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レグナム奪還戦・9

 南の戦線では冒険者たちが暴れ回っていた。


 桁違いの魔法に目にも止まらぬ連撃。ダウングレードされた装備を纏った兵士たちを蹂躙していたケルベロスを僅かな時間で蹴散らしていく。


 その中でも単身でケルベロスを斬り刻むセレスティーナとツーヴァ、そしてレジストごとぶち抜く魔法で仕留めていくティアーネとミーナの姿は恐怖にかられていた兵士たちを大いに鼓舞していた。


 しかしその四人だけではない。ライン、ウルズ、スルツカの三人は連携を取りながらケルベロスを翻弄しつつ着実に削り、仕留めている。


「うらあ! こっちだって負けてられねえんだ!」


 その中で一番触発されていたのは“草原の餓狼”リーダーのシュライグだ。


 フル装備を纏った彼は装備の質の上では“赤撃”に遅れを取っていない。ならば実力が伴っていれば同じ成果を挙げられるはず。


 斥候メンバーから発破をかけられた主力陣は覚悟を決め、ケルベロスとの死闘を演じていた。


 まともにやりあえるのはシュライグだけだが、マーモットの魔法は的確にダメージを与え、前衛陣は囮の役目を果たしている。


 魔法使い二名も妨害魔法で微力ながらも貢献しており、チームワークで渡り合っていた。


 そしてシュライグの一撃がケルベロスの頭部に傷をつけた時、一気に形勢が動く。


「うおおおおぉっ!!」


 前衛陣の間を縫って乾坤一擲の突撃をした斥候クリムの剣が横腹に突き刺さったのだ。


「続けえええぇぇぇ!!」


 全力で魔力を注ぎ、剣の先からケルベロスの体内に雷撃を撃ち込む!


 二本、三本、四本……!


 斥候たちの剣が次々と突き刺さっていき、どんどんと雷撃が魔物の体内へと送り込まれていく。


 たまらずケルベロスは苦悶の叫びを上げて動きを止めた。


「おおあああぁぁ!!! くたばれ化け物ぉ!!!!」


 千載一遇の好機にシュライグが全力の一撃を見舞う。


 これで仕留める! 動かねえ的すら当てられねえなら終わりだ!


 遠心力を十分に加えた渾身の回転斬りがケルベロスの首に吸い込まれる。


 ザシュッ


 その一撃は見事に首の一つを斬り落とした。


「もう、一発!!!! これでぇ!!!!」


 振り切る勢いを殺さず一回転し、再び回転斬りを叩き込む。


 ズバッ


 重い切断音を残し、二つの首がまとめて地面へと落下した。


 ケルベロスは、絶命した。


「お、……おおおおっ! おわあああぁぁぁっ!!!!」


「勝った!」


「勝った! そうだ、勝ったぞ!」


「俺たちの勝利だ!!」


 Sランクモンスター討伐の快挙に沸く面々の中で、斥候のクリムは気が抜けてペタリと地面に尻餅をついた。


「良くやったぞクリム! でかした! 最高だ!」


「やりやがったなこんにゃろう!」


 そのクリムに斥候陣が群がり、背中をバンバンと叩いていく。


 思わず咽せたクリムの顔は安堵と興奮、そして歓喜に塗れていた。


 その姿を見ていた兵士たちから、恐怖が消える。


 そして力強い勝鬨が誰からともなく上げられていった。









「戦況は」


「はっ。各戦線、ケルベロスの掃討を完了し隊列の再編に入っております。討伐総数は五十二。追加の出現は確認されておりません!」


 ようやくのひと段落にゲイルノートは大きく息を吐き出した。


 本陣ではゲイルノート・アスフォルテ、モルティア・クスハン、メリオン・フェイクァンの三人が魔力回復促進の鎧を身に纏い、消耗した魔力の回復を図っているところだ。


「バーッハッハ、やるものですな! これだけの数を討伐するとは。我輩も手柄を譲って欲しかったですぞ!」


 手持ち無沙汰を持て余していたゴーリンキ・マチョン子爵はそう言って高笑いする。


「残念ながら万が一にも“アームストロング流決戦装甲”に傷がついてはならん。卿に何かあれば作戦自体が失敗しかねんのだ」


「バッハッハ、それは理解しておりますがな、目の前で楽しげに大物を仕留められては羨ましくもなりますぞ!」


「…………」


 ゲイルノートはスッと目を逸らす。


 ゲイルノートの放つ広域殲滅魔法はケルベロスの群れに直撃し、レジストを超えてダメージを与えることに成功した。


 瞬時にケルベロスの魔法防御力を察し、単体撃滅特化仕様の自身の杖に持ち替え、ドリル術式を用いた上級魔法での迎撃に切り替える。


 兵らの支援によって動きを止め、魔法を直撃させる。それによって一撃で致命傷を負わせることに成功したのだ。


 そのことにゲイルノートのみならず、モルティアも興奮に飲み込まれた。


 襲い来るケルベロスに向けて幾度も上級魔法を放ち、やがてメリオンと三人で全てのケルベロスを討伐する。


 だがその代償として魔力を使い果たし、魔力回復促進の鎧を纏って大人しくする羽目になっていた。


 要するに調子に乗ってしまったのだ。


 早々に話を逸らすことにする。


「それよりも特務隊の消耗具合はどうなっている」


「はっ。特務隊は負傷者一名。すでに回復済みで装備の補充も終わっております。魔法薬の使用状況は限界値の三割であります。現在、後方に下り魔力の回復に当たっております」


「冒険者は?」


「はっ。負傷者無し。魔法薬の使用状況は限界値の四割であり、現在は魔力回復に当たっております。しかしながらサポートに入っておりました“草原の餓狼”は消耗具合が限界に達し、これ以上の作戦続行は不可能と判断いたします」


 “草原の餓狼”か。斥候の多いAランクパーティーと聞く。Sランクの群れ相手に生き残っただけでも大したものだ。


「思ったよりも消耗が少ない。もっと苦戦するかと思ったが」


「閣下。南5の冒険者からはケルベロスはマンティコアに比べると数段落ちる、との報告がありました。Sランクの中でも下位であろうと」


 ゲイルノートは目線をメリオンに向けた。この男は単身でケルベロスを圧倒していたのだ。


「確かにAランクモンスターと比較すれば遥かに上位ではありますが、速度に対応さえできれば与し易い相手でした。下位という評価も妥当でしょう。兵らの損害は主に装備の質に原因があると考えます」


 なるほど。それなら確かに特務隊や冒険者らにそれほど損害が出なかったのも頷ける。


 ……装備を揃えることがSランク以上の魔物と相対する条件、ということか。


「しかしそのケルベロスより数段上というマンティコアとやらも拝んでみたいものです。どこまで私の剣が通用するか」


「冗談でも今はやめろ。これ以上はもう沢山だ」


 Sランクモンスターのバーゲンセールなど冗談では無い。今度こそ軍が崩壊しかねないのだ。


 仮にケルベロスではなくマンティコアの群れだったら。……想像するだに恐ろしい。


「“草原の餓狼”については後方待機を命じろ。これ以上は足を引っ張る」


「はっ。……しかし閣下」


「何だ」


「はっ。“草原の餓狼”はパーティー単独でケルベロスの討伐に成功したとの報告が。魔力が回復すれば十分に戦力になるかと」


「……何?」


 Aランクパーティーがケルベロスの討伐?


 ……いや待て、確か暫定的にSランクの購入ライセンスを発行していたはず。ならばある程度装備を揃えているだろう。それなら討伐も十分あり得る。


「後方待機だ。不足の事態に備えるよう伝えろ」


「はっ」


 ケルベロスの残党が出たらぶつけてみても良い。Sランクのライセンスを餌にすれば嫌とは言わんだろう。


「例の“赤撃”と“猛き土竜”はどうか。ケルベロスとの戦闘の詳細は分かるか?」


「はっ。すぐに伝令を呼び出します」


 モルティアがすぐに南5へ行っていた伝令を連れてくる。


 そこに別方向からタイミング良くレイン・ミィルゼムの姿が現れた。


「やあ、筆頭殿。随分と大暴れしたと聞いた」


「レインか。そちらも北のケルベロスを一掃したようだな。負傷者が出たと聞いたが?」


「ああ、あれは死角から飛んできた瓦礫がぶつかってね。少しばかり気を失ったのさ」


「実力の問題では無いと?」


「あれを実力のせいにしては可哀想だね。なにせ味方の魔法の余波が原因だ。ケルベロス相手に遅れを取ったわけじゃあない」


 なるほど。特務隊の練度はケルベロスに劣るものでは無いか。短い期間でよくも鍛え上げたものだ。


「それでメリオン・フェイクァン。ケルベロスはウォーミングアップになったかい? 物足りなかったんじゃないか」


「本心を言えば歯応えに欠けました。次席殿も同様では?」


「まあね。剣、魔法。どちらでも十分に仕留められる相手だったよ。それもこれも装備が揃っているからだがね」


「同意します」


 レインの装備は『聖光領域』搭載の軽鎧に『エンチャント・シャープネス』採用の鞘、『耐久強化』特化の剣。そして単体撃滅魔法特化の“重量杖”タイプの杖。まさに全部盛りだった。


 杖だけは補佐に持たせて持ち替えをせざるを得なかったが、ミィルゼム家の剣術に加え豊富な魔力量や精緻な魔力操作が合わさり、遠近剣魔単体集団と全ての戦闘状況において比類なき戦闘能力を発揮していた。


 まさに王国最強戦士の名に恥ぬ姿を体現している。


「筆頭閣下」


 モルティアが声をかける。伝令の男が所在無さげに立っていた。


「うむ。レイン、これから冒険者とケルベロスの戦闘の詳細を報告させる。同席しておけ」


「へえ。向こうも随分な活躍と聞いた。おい、誰か椅子を出してくれるかい」


 兵に用意させた椅子に座り、レインは不敵な笑みで伝令を出迎えた。

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