レグナム奪還戦・7
「閣下! 北1から北5、南1から南5、いずれも順調に制圧を続けております」
「うむ」
ゲイルノートは次々と届けられる朗報に小さく息を吐く。
まずは重畳。出だしから躓くようでは先が思いやられるが、滑り出しは順調。
「Sランクモンスターの発見報告は?」
「ありません!」
無しか。だがこのレグナムの町全体から感じる重圧は……。
「Aランクモンスターはどの程度出現している?」
「はっ、確認を取ります!」
「損耗度合いも確認しておけ」
「はっ!」
すぐさま戦場全域に伝令が散った。
この重圧が竜のものならいいが。
しばらくして伝令が戻り、現在の状態が齎される。
「Aランクモンスターの出現数がやけに多いな。幸いこちらの損害は数名が負傷した程度。それもすでに回復している……」
やはり装備を充実させた成果が如実に現れている。以前の状態ならすでにAランクモンスターの数に押されて後退していたはずだ。
魔法薬の消費もまだまだ許容量内。魔導士隊には魔力回復促進の鎧を配布しているため、半数以上が未だに未使用の状態だ。これは大きい。
しかし南5の部隊が突出している。
報告ではSSランク冒険者二名が桁違いの広域殲滅魔法で援護しているらしい。
複数の杖の接続による一体化。
ゲイルノートはその能力の秘密をすぐさま看破した。
しかし何よりも重畳なのはそれだけの規模の魔法を操れる実力があることだ。
モッチーの仲間なら竜と遭遇した時の……
なるほど、あの時の少女たちか。確かに良い才能を秘めていた。SSランクも不思議では無いな。
とはいえ突出しているのは危険だ。敵を多面に抱えることになる。
足並みを揃えさせ、魔力消費も抑えさせねば。
伝令を飛ばし、広げた地図を確認する。
古ぼけた地図にはすでにいくつものセクションにバツ印が入っており、すでにレグナムの西側三分の一が制圧完了していた。
南5は中央まで進出している。明らかな突出だ。
だがここで留まり北に圧力をかければ他部隊の援護にもなり得るか……?
「閣下!」
思案している時だった。
血相を変えた伝令が本陣へと飛び込んできていた。
「南5の部隊がSランクと思しきモンスター三体と遭遇! 戦闘に入りました!」
「っ!」
その知らせはゲイルノートらを絶句させるに十分な衝撃だった。
時は少し遡る。
「おい、ライン! なんで中途半端で止めるんだ! 俺はまだまだやれる!」
「言っただろうよ。魔力の回復が優先だ」
「魔法薬ならいくらでもあるだろうが!」
「無限には飲めないってくらい知ってるだろ。雑魚狩りなんぞで魔法薬は使えねえよ。大物が来る前に万全の状態にしとけ」
「ぐっ……」
ウルズは調子に乗って暴れ回り、魔力切れを起こして魔法薬に手を伸ばしたところでツーヴァから強引に制止をくらい連れ戻されてきた。
少々撤収のタイミングが遅かったのはツーヴァもそれなりに熱中してしまったからだろう。
ティアーネとミーナの二人はそれぞれ三度ほど広域殲滅魔法を放ったが、それ以外では一切の戦闘に参加せず魔力の回復に努めていたため魔法薬の消費は無く魔力残量にも余裕がある。
また、他の面子もほとんど戦闘には参加せず、主に戦っていたのは“草原の餓狼”の面々だ。
「それより“草原の餓狼”の方は飛ばし過ぎだな。随分と魔法薬を消費しているようだが、在庫は大丈夫なのか?」
購入ライセンスのかかった“草原の餓狼”はどれだけ軍にアピールできるかが戦後に大きく影響する。
Sランクの購入ライセンスが一時的なものとなるのか、それとも今後も継続するのか。彼らにとっては今こそが大一番なのだ。
「ふひっ。作戦前にモッチーから大分融通されたみたいなの」
「あ? いつの間にそんなことがあったんだ?」
「ふひっ。工房の方でも山盛りだったらしいなの。格安で卸したそうなの」
「……はあ? 全くあいつは限度ってもんを知らんな。一体どれだけ譲ったんだか」
「ん。体力回復薬と魔力回復薬を五十本ずつ」
「んなにぃ!? それ本当か、ティアーネ!!」
「ん。邪魔だって怒られたって」
「かあーっ! 桁がおかしいんだよモッチーは!」
万年品薄の魔法薬はたとえ一本でも十分な贈り物になる。十本も積み上げれば下手な冒険者なら破産しかねないレベルだ。
それを百本。格安にしたとはいえ十分に“草原の餓狼”の財布を崩壊させかねないはずだが。
ラインは一息ついた“草原の餓狼”の元に向かい、マーモットを捕まえた。
「なんだライン。何かあったのか?」
「何かあったもなにもお前らモッチーから魔法薬をしこたま購入したらしいな」
「ああ、そのことか。いや、モッチー君は豪気だね。すっかり頭が上がらないよ」
「あ? いくらで買ったんだ? 百本となれば大銀貨どころじゃねえだろ」
するとマーモットはニヤリと笑みを浮かべる。
「銀貨二枚さ。しかもお前たち“赤撃”と“猛き土竜”が全員無事ならお代はなし。タダになる」
「は、タダ!? ……ったく、お人好しにも程があるな。いつか絶対騙されるぞ」
「同感だ。まあ俺たちが彼に不義を働くことは無いから安心してくれ」
「当たり前だ。そんなことしやがったら俺が叩き潰してやる」
まあ軍の後ろ盾があるモッチーに手を出せるのは精々が無知な小物程度だがな。
小さく溜め息を吐き、“草原の餓狼”の様子を確認する。
だいぶ消耗が激しい。しばらくは魔力を回復させないとすぐに息切れするだろう。
だがその分、相当数の魔物を討伐しておりアピールとしては十分なほどの成果を出していた。
「ライン、俺たちは一旦後ろに下がるが斥候連中はまだまだ動ける。上手く使ってくれ」
「おう。早めに復帰しろよ」
“草原の餓狼”の主力組が後方に下がるのと入れ替わりに魔導士隊の隊員が前に出てくる。
広域殲滅魔法を放つ合図が出た。
ラインはパーティーの元に戻り、“草原の餓狼”の斥候メンバーが南側の警戒に当たる。
そして広域殲滅魔法が放たれた。
東側のセクションに向けて放たれた魔法は家屋を薙ぎ倒しながら突き抜けていき、
唐突に掻き消される。
粉塵の向こうでゆらりと影が見えた。
「二……いや、三箇所か。レジストされたな」
「まずいね。あの規模をレジストする魔物となるとAランク超えだろう」
「となるとSランクか。ツーヴァ、三体いるってことか?」
「ああ。見てくれ、姿が見えてきた」
ラインらは一気に戦闘態勢に入る。
粉塵が収まったその先で三つのシルエットがその姿を現した。
その姿は巨大な狼。しかしいずれも三つの首を持っている。
「おい、三つ首のオルトロスといやあ……」
「ケルベロスだね。Sランクに指定されている」
「っ、ようやく本番ってわけだ。複数体が出た際は軍が一体を受け持つわけだが……」
「残り二体をどう対処するか、だね」
パーティーメンバーに視線を向ける。
前衛で戦えるのは五名。どう分けるかだが。
ここは俺が一体を足止めして……
「ラインさん。私が“草原の餓狼”の皆さんと一体を受け持ちます」
声をかけてきたのはセレスティーナだった。
確かに実力的にもランク上でも十分選択肢になり得る。
逡巡したのはほんの僅かな時間だった。
「分かった。すぐに片付けて援護に回るから無理をするなよ」
「はい。承知しています」
「頼んだ。……おいウルズ、魔力回復薬を飲め。魔力切れしたら即死だぞ」
「はっ。ちょうど暴れ足りなかったところだ」
ラインは自ら前に出て万全の態勢を敷いた。
そして軍、“赤撃”、そしてセレスティーナと“草原の餓狼”によるケルベロスとの戦闘が始まる。