鍛冶師を始めよう・4
その日、俺はこの世界で初めて魔物に遭遇した。
種別はフライ・ウルフ。翼の生えた体長二メートルに迫る体躯を持ち、獲物の体を抉って動きを封じる強力な爪が特徴だ。
危険度ランクはC。ここエルネア王国に棲息する中では最も危険な魔物の一つに挙げられる。
それが八匹、俺たちを頭上から襲い掛からんと取り囲んでいた。
俺がそうやって冷静に考えていられるのは“赤撃”のメンバーが微塵も余裕を崩していないからだ。姿を確認してから数を把握し迎撃態勢を整えるまで、全く淀みない動きだった。
「エンチャント・ウォーター、エンチャント・ウォーター、エンチャント・ウォーター」
あらかじめ指示されていた通りにラインさんの大剣とツーヴァさんの双剣にエンチャントをかけ、剣を保護する。
そうしてアッサリと俺の出番は終わった。
「じゃあみんな、目を閉じてね。シャインフラッシュ」
光属性の使い手レイアーネさんの放つ魔法が視界を白く染める。目を閉じていても瞼の上から伝わる眩さに、対応していなかったフライ・ウルフたちが目を焼かれて次々と地面に落ちていく。
一匹だけレジストしたのか滞空している個体もいたが、
「アイシクルスピア」
ティアーネの放った氷の槍が喉元を貫き絶命させた。
死体が落下する間に次々と他のフライ・ウルフたちが断末魔の声を上げて死んでいく。近接二人組が刃を振るうたびに命を刈り取っていた。
「モッチー、解体するぞ〜」
「はい! ……もう終わったのかよ。Cランクの魔物なんじゃなかったのか?」
解体用ナイフを手にラインさん監修でフライ・ウルフたちを解体する。皮は丈夫で外套に流用され、長い爪は鍬や鎌などの農具に利用されるらしい。
肉は硬くて味もイマイチで安く買い叩かれるが、肉自体の需要が多いのでどこでも買い取ってもらえるらしい。でも翼などは使い道はほとんどないようだ。
血抜きをしている間に頭部を割って魔法石を探す。頭蓋の額に嵌め込まれるような形なので、骨を砕いて抜かなければならない。この作業が現代っ子の俺にはかなり抵抗があった。
皮剥ぎとかはすぐに慣れたんだけどな。
「ラインさん、魔法石があるってことはこいつら魔法を使ってくるんですか?」
「そうだな。テレパシー系の魔法で意思疎通して、集団連携をしてくる。まともに戦ってると面倒な奴らだ」
「テレパシーなんてあるんですか?」
「風属性にそれっぽいのはある。テレパシーってのは俗称だな。そういう名前の魔法があるわけじゃない」
フライ・ウルフの魔法石は風属性を帯びている。そこから類推されたようで、明確にはなっていない。俺は現代知識から勝手に音波だろうか、とあたりを付けた。
魔法石を回収し終わり、血抜きが終わるまでの間に俺は魔法石の使い道を考えていた。
これまでなら魔法石はそのまま売却していたのだが、今は俺のスキルアップに利用できる。そのためどうするかについては俺に一任してくれている。
「属性石をポーションに使うのは勿体ない。とはいえ杖に加工してもティアーネは水属性の方が得意だから使わない。刻印の練習するなら普通の魔法石で事足りる」
そうなれば売却が妥当、となるのだがせっかく手に入れたものを使わないのは勿体ない気がする。
「ん〜、これで何かの魔道具が作れたらいいんだけどな。何かないかな」
風属性の刻印魔法を探してみると、拡声や探知といった有用そうなものがあった。他にも音響波という高出力の高音で怯ませるものや電撃で痺れさせる拘束具といったものまである。
どうやら風属性は音や風、雷を得意とするようだ。
音響波ってのを使えば音爆弾が作れるんじゃないだろうか。投げるくらいなら俺でもできるし、魔力を込めてから数秒のタイムラグを付与する遅延魔法を重ねてやればいい。
「決定だな。これなら狩りの役に立つし、刻印の練習にもなる」
「モッチー、何作るの?」
暇を持て余しているらしいティアーネが興味深そうに覗いてきた。暇なのか、最近よく俺の作業を見学している。
「ああ、音響波を発する爆弾。名付けて音響玉だ。誰でも使えるように無属性の魔力で発動できるようにしてみるけど、多分使い捨てになりそうかな」
「使い捨て。どうして?」
「今の刻印技術だと魔法石の魔力の漏出を止める刻印と、音響波の刻印を同時に刻むことができないんだ。だから一度使えば魔力を消費して魔法石が小さくなる。そうすると刻印が崩れて機能しなくなるんだよね」
だから使い捨て。せめて魔法石が刻印部分以外から磨り減ってくれたら一、二回は再利用できそうなんだけど。
「………………ん?」
「モッチー?」
待てよ、魔法石を削らなくても魔力を消費したら無くなるんだろ。それなら部分的に魔力を消費させるか吸収するような方法さえあればいいんじゃなかろうか。
「ティアーネ、精密操作系の魔法……いや、指定した空間だけ魔力を消費する魔法……ああ、説明が難しい。とりあえず知識を貸して欲しい」
ひとまず思い付いたことをたどたどしく説明する。自分でもまだ理解が固まってないことを意識しながら、とにかく重要な部分が伝わるように繰り返す。
「つまり、魔法石の中から魔力を抜きたい?」
「そう。それで抜く場所を自由に操作したい。そうすれば内部に空洞の形で自由に魔法陣を刻めるんじゃないかと思うんだ」
「…………モッチー、天才」
珍しく目をぱちくりさせてまん丸いオッドアイが開かれる。それほど衝撃的だったのだろう。なにせこれまでの歴史の中で一度も試みられたことのない方法を見つけたのだから。
魔法陣とは魔力を誘導するためのもの。それが溝であろうが物質であろうが、例え空洞であろうが関係はないのだ。
本来であれば魔法石の内部に魔法陣を刻むなどという飛躍した発想は誰も思い付かない。……そう、この世界で生きてきた人間には。
ティアーネは頭をフル回転させて何か方法がないか思案する。これは大発見だ。仲間がそれを成し遂げようとしているのを手伝わない理由などない。
とはいえ彼女の知識が他人より特別優れているわけではない。それでも一つの魔法に行き当たった。
「ドローイング。魔力操作スキルの応用魔法」
別名で絵画魔法とも呼ばれるそれは、主に液体を操作する魔法とされている。絵の具を操ってキャンバスに走らせるのが有名だが、もともとは魔力を自由に操るための練習魔法だった。
それが属性付与することで液体を操作できることが判明し、やがて液体操作魔法として認知されていった歴史がある。
「魔法か……使えるかな?」
「厳密には魔法じゃないから大丈夫。液体操作する方が魔法」
「ああ、そうか。あくまで魔力操作スキルの延長に当たるから魔法スキルは関係ないってことだな」
それなら俺でも使えるだろう。さっそく魔法石を使って練習してみるか。
俺は練習すればすぐになんとかなるだろうと楽観していたが、これがまさかクルストファン王国に着くまで一度も成功しないとは思いもしなかった。