レグナム奪還戦・6
レグナム奪還戦作戦決行日。
ネアンストール防衛軍及び徴兵された冒険者たちはレグナムとの中間地点に敷設された簡易砦に集っていた。
そこから十の隊に分かれ、距離を空けて進軍する。
これは竜のブレス対策だ。超遠距離からのブレスでまとめて消し炭にされぬようリスク分散した形だ。
しかしこの懸念は杞憂に終わる。
軍は何事もなくレグナムを視界に捉える位置まで進軍を完了した。
「分かるか、モルティア」
「はい、筆頭閣下。この距離からでも重い空気がひしひしと伝わってきます」
本隊からレグナムを睥睨するゲイルノートは手を二度、三度と開いて力を抜く。
「改めて伝令を飛ばせ。正面の門に広域殲滅魔法を撃ち込み、その後に分散してレグナムへと侵入。セクションごとに制圧を開始しろとな」
「はっ!」
レグナムの制圧戦では市街地をいくつものセクションに分割し、順次攻略する作戦が取られる。
どこに魔物が潜んでいるか分からないため、家屋ごと広域殲滅魔法で吹き飛ばし、炙り出された魔物を始末していく予定だ。
もちろん家屋の再利用など考えていない。廃棄されてからすでにかなりの時が経っている以上、いっそ更地にした方が再開発も容易い。
今回の作戦で問題となるのは大きく二つ。
一つは竜。これを討伐せねばレグナム奪還は達成されないだろう。
そしてもう一つはマンティコアのようなSランクモンスターが出現した場合。
レイン・ミィルゼムを中核としてSランクモンスター討伐を専門とした部隊を創設したが、一部隊がやっとだ。
冒険者らをそれに比すると考えても二部隊となる。同時に相手できるのは二体までだろう。
他の部隊でも対応は可能だが、竜の存在を考慮すれば損耗は避けたい。つまり、二部隊で処理し切れない数が現れた場合に一気に劣勢に陥る可能性があった。
レグナムの調査は万全とは言えない。未だにどんなモンスターが生息しているか定かではなく、作戦の成功率は極僅かだろう。
それでも。
それもこれも竜などという化け物が居座っているからだ。
ゲイルノートは心の内で恨み言を溢し、大きく息を吸い込む。
やらなければならない。魔法使い陣営のためにも、国のためにも、そして人類のためにも。
心を切り替え、そして覚悟を決める。
「行くぞ。作戦開始だ」
ゲイルノートは本陣と共に前進し、レグナムの門を射程に捉える場所まで進んだ。
手にするのは広域殲滅魔法に特化した杖。魔法使い次席レイン・ミィルゼムの所持していた杖だ。
「閣下。全軍、準備完了です!」
「よし。では狼煙を上げるぞ。どデカい狼煙をな」
そして。
特大の広域殲滅魔法がレグナムの門を一帯ごと吹き飛ばす。
レグナムに侵入したラインら冒険者一行は右翼の主力として南側を攻めている。
各戦線に分かれた魔導士隊の放つ広域殲滅魔法によって炙り出された魔物の掃討戦だ。
「はーっはっは! 弱った魔物なんぞ俺の拳で一撃だぜえ!」
Aランクモンスター、パラゼクトスパイダーの腹下に潜り込んだ“狼藉者”ウルズの拳が胴体と頭部を亡き別れにさせる。
周囲の魔物が多種多様な攻撃を繰り出すが、大道芸かのような奇抜な動きで回避して次々と拳を叩き込んでいく。
瞬く間に屍の山が築かれていった。
「やはりわしの目は間違っていなかったようじゃの。あやつの体術は天性の才能よ」
「ま、そこに全部の才能を突っ込んだって感じだよな。Aランク以下はもう敵じゃねえ」
最も手のかかった最後の弟子の奮闘ぶりにノルンは感極まる。
ラインは魔力管理を脳裏に浮かべながらしばらくは好きにさせる選択をした。
すると魔導士隊の隊員から合図が上がる。
「ティアーネ、出番だ。広域殲滅魔法を一発、向こうにぶち込んでくれ」
「ん。繋ぐ?」
「ああ、そうだな。せっかくだ、軍人どもを驚かせてやれ」
「ん」
ティアーネは四人の杖を連結し、指定された方向へと広域殲滅魔法“トラッキング・ブリザード”を放つ。
その凶悪な暴風雪は一キロ四方に存在する邪魔な家屋を文字通りに丸ごと吹き飛ばした。
破壊跡には動く生物の気配すら無い。
軍人たちが呆然としている中、ティアーネらは何事も無かったかのように接続を外してポジションに戻る。
「おい、チビ! てめえ獲物が残ってねえじゃねえかよ!」
「そうカッカするなウルズ。どうせ町中に獲物はいるんだ、焦ることはねえよ」
その証拠に範囲外にあった家屋の影からいくつもの姿が湧き出してきていた。
Bランク、Aランク……それも三桁に届こうかという数だ。
「へっ、なんだいやがるじゃねえかよ。俺が喰らう。手を出すなよ」
「馬鹿言うんじゃねえ、ウルズ。俺たちで独り占めしちまったら“草原の餓狼”に恨まれちまうだろうが。あっちは購入ライセンスが掛かってるんだ。譲ってやらなきゃな」
「甘えこと言ってんじゃねえよライン! 早い者勝ちだろ!」
新装備を得てからずっとウルズはこんな調子だ。
面白いように魔物を倒せるようになったことで気が大きくなるのは分かるが、猪突猛進ぶりに拍車がかかっている。
とはいえ抑えつけて簡単に納得するような男でもない。
……仕方ないか。
「分かった。ただしツーヴァと組め。引く時の判断は必ずツーヴァに従う。それなら良いぞ」
「へっ、話が分かるじゃねえか。ならお前も来いよライン」
「遠慮しとく。おいウルズ、啖呵切ったからには“草原の餓狼”に負けるなよ。二人しかいねえってのは言い訳にならねえからな」
「はっ! 俺一人でも勝ってやるよ! おい、ツーヴァ!! 行くぞ!」
ウルズに引きずられるように魔物の群れに向かうツーヴァが恨みがましい目をしてくるが、気付かないフリをする。
「ほっほ。流石にウルズの扱いを良く分かっておるの」
「ま、それなりの付き合いだからな。あいつもツーヴァの指示なら従うだろう」
ツーヴァも魔力消費を抑えて魔法薬を節約する方針は理解している。
いずれ現れるかもしれないSランクモンスターに対処するためにも出来るだけフルで戦える状態を維持しておきたい。魔力残量を考えて上手く撤退指示を出してくれるだろう。
ウルズ・ツーヴァのコンビが“草原の餓狼”に劣らない速度で魔物を殲滅していく様子を眺める。
鎧袖一触で蹴散らす様はなかなかに壮観だ。
「ツーヴァも少しは落ち着いたようじゃの」
「なんだノルン爺、気付いてたのか」
「当然じゃ。弟子ではなくとも気は配っておるよ」
「そうか。あいつもあれでコンプレックスを抱えてるみたいだからな。俺らの中で一番結果を欲してるのは何を隠そうアイツなんだ」
そのコンプレックスがマンティコアとの戦いにおいて窮地を生んだ。そのことでツーヴァは自分を追い込むように訓練に励んでいた。
何かは聞かない。ただ仲間として支えるだけだ。
「おっと、もう一段落ついたのか。ミーナ! 次は向こうに広域殲滅魔法だ、任せるぜ」
あっという間に魔物の群れは駆逐され、魔導士隊の隊員から次なる合図が出ている。
想定よりペースが早い。
ミーナの広域殲滅魔法がレグナムの町並みを吹き飛ばす様を眺めつつ、ラインは一抹の不安を心に抱えていた。