レグナム奪還戦・5
レグナム奪還戦を三日後に控え、ネアンストール防衛軍の駐屯地では魔法使い次席レイン・ミィルゼムが客人を迎えていた。
「歓迎するよ、メリオン・フェイクァン。そしてゴーリンキ・マチョン子爵。子爵は予定に無かったはずだが今回の奪還戦に協力してもらえるということで良いのかな」
「バッハッハ! 左様。竜を相手にアームストロング流剣術をお見舞いしてやりましょうぞ」
高笑いをする筋肉大男に頷き、レインの視線は彼らの後方へ。
「あちらの荷車から顔を覗かせているのは例の“アームストロング流決戦装甲”とやらかな。本番の前に一度威力のほどを見ておきたいが、良いね?」
「もちろんですとも。あまりの衝撃にチビってしまっても責任を持ちませんがな。バッハッハッハッハ!」
良く笑う愉快な男だ、と内心で苦笑しつつ、モッチーの手がけた新装備の性能には純粋な興味がある。
カタログスペックの方は設計図などで把握しているが、実際に見ると見ないとでは認識が全く異なる。それにゴーリンキ子爵が使いこなせるかどうかも重要になってくる。
「ああ、それとメリオン・フェイクァン。ウチの若い連中が大掛かりな作戦を前に気が昂っていてな。支障が出ない範囲で適当に揉んでもらえるかな」
「ほう。もちろんですとも、こちらとしても願ってもない」
「頼もしいことだ。今回の竜との戦いでは君が中核となるだろう。念入りに調子を整えておいてくれよ」
「ええ、この剣にかけても」
二人の要人を会議室へと案内し、今回のレグナム奪還戦及び竜への対抗策について話し合う。
中心となるのは魔法使い筆頭ゲイルノート・アスフォルテ、そして技術顧問補佐であるレナリィ・キャンベルの二名だ。
「……つまり、竜は体のどこかに魔力を吸収する器官を持っていることが推察されます」
以前の竜との戦いで分かったことの一つに無尽蔵の魔力がある。
だが生物として無限の魔力を持つなどあり得ない。そうなると可能性として容量が異常に大きいか、回復力が高いかのどちらかになる。そしておそらく後者であろうと軍は見ていた。
これは以前にモッチーからの研究要望書の中にあった魔力回復魔法陣の文言からレナリィが導き出した答えでもあった。
「つまりだ。この竜の魔力回復器官がどこにあるかを探り、破壊する。これが我々の竜の攻略法というわけだ」
「筆頭殿。目星は付いているのかい?」
「それだが。レナリィ」
「はい。まず前提として魔力回復には大気中から吸収する必要があります。そしてそこから導き出されるパターンとして大きく三つが考えられます」
一つ目。体の正中線上。
二つ目。左右対称の位置。
三つ目。口腔内。
「竜の資料を拝見致しましたが、開閉する器官は確認されておりません。それゆえ最も可能性が高いのが三つ目である口腔内であると考えられます」
「つまり喉を潰せと?」
「はい。口腔内の場合はそうでしょう」
居並ぶ面々が頷くのを確認し、ゲイルノートが言葉を続ける。
「ここからは不確実な話になるのでそのつもりで聞いて欲しい。これは以前の話だが、モッチーに竜について尋ねてみたことがある」
「ほう。鍛治師殿に」
そう言って目をギラリと輝かせたのはゴーリンキ・マチョン子爵。
そしてメリオン・フェイクァン次席騎士もわずかに身を乗り出した。
「彼はこう言っていた。『竜と言えば逆鱗が弱点』だとな」
「『逆鱗』? それは?」
「なんでも鱗の生える方向が逆になっている場所があるそうだ。そこが竜の急所となっているらしい」
「うーむ。本当にそうなら重要な情報だが、鍛治師殿はどこからそんな情報を」
「確かにな。それを尋ねてもはぐらかされてしまった。だが、その『逆鱗』とやらが存在していた場合、そこが魔力回復器官である可能性が高い」
鱗というのは外敵から身を守るためにある。そして体全体を守るために効率的に並んでいるものだ。
だが仮に一部だけ不審な鱗の並びがあったらそれは何のための場所か。
可動部なのではないか。
そしてその可動部の役割とは? 内から何かを出すか、それとも外から何かを入れるか。
「つまり私の役割は竜と戦いながらその『逆鱗』なるものを見つけることだと」
メリオンの目がギラリと光った。
「そういうことだ。真に急所であれば見える場所には無かろう。おそらくは腹部。首から腹にかけての正中線上が怪しいと睨んでいる」
そしてその逆鱗に攻撃を叩き込む。
計画ではドリル術式を用いた上級魔法で集中砲火を仕掛ける予定だったが、レジスト能力を考慮すれば確実とは言い難い。
だが今回は幸運があった。
「ゴーリンキ子爵。モッチーからの報告では“アームストロング流決戦装甲”を用いたアームストロング流剣術は世界最強の物理攻撃であると聞いている。それゆえ『逆鱗』の破壊は任せる。構わないな?」
「バッハッハッハ! もちろんですとも。世界最強の名に恥じぬ成果を示してご覧に入れましょうぞ! バッハッハ!」
その後、細かい作戦内容を詰めるとゴーリンキ子爵は技術部の面子を連れて“アームストロング流決戦装甲”の試運転へ。
メリオンは猛禽の目で若い兵士らを物色しに向かう。最低限の枷は嵌めたからやり過ぎることは無いだろう。
二人を見送り、ゲイルノートとレインは三人分の紅茶を用意させて一息吐いた。
「ゴーリンキ子爵がオマケで付いてくるとはね。嬉しい誤算だ」
「ああ。虎の子の魔導士部隊から十名も交換で送り出したのだ。その甲斐があったと思おう」
「トータルならこちらがマイナスか。だがアームストロング流剣術……少年のおかげで実戦レベルになったのならもしかするとプラスなのかもしれんか」
「竜の鱗を壊せるのならな。こればかりは天に祈るしかあるまい」
ゲイルノートは熱い紅茶を喉に流し込むと、一枚の紙を取り出した。
眉根を寄せてレインが覗き込む。
「新たな炉の特注? なんだいそれは」
「モッチーからの要望だ。大掛かりな実験をしたいらしいな」
答えながらレナリィに手渡した。
彼女は食い入るように内容を読み込んでいく。
「魔法石について知りたい、とか言っていただろう。あれがこれに繋がったようだな」
「はて、さっぱり流れが分からんが。炉ということは魔法銀関係か?」
「うむ。どうやら金属ごとに魔力含有量の限界があるらしい。それを引き上げる方法が無いかと模索しているようだ」
「……含有量が増えるということはより少ない体積で同じ性能を発揮させる、という認識でいいのかい? もし出来るのなら革新というレベルを超えてきそうだが」
「くくっ、面白くなってきただろう。魔法銀の性能が上がれば一番恩恵を受けるのは剣士だ。つまり騎士団派への大きな貸しになる」
「それは確かにそうだ。……いや、筆頭殿。我々はこう考えるべきじゃあ無いか? あの少年がその革新一つで止まるものか、とね」
「ほう。つまりその先があると。なかなかに景気の良い話じゃないか」
どちらからともなく笑い合い、視線をレナリィに向けた。
モッチーの躍進を力強く支えているのはこの年端もいかないこの少女なのだ。モッチーへの期待はそのまま同様にレナリィへの期待へと同一しつつある。
「レナリィ、如何だ」
ひと段落つけたのを確認して声をかけると、レナリィは一度口を開きかけてからすぐに噤んだ。
そして資料の一部を指でなぞり、きゅっと口を引き締める。
「叔父様。このやり方は有効かと思われますが、成功しません」
ゲイルノートの目が細まった。
炉そのものを巨大な魔法陣の中に入れる、という発想自体は良い。炉に直接刻む場合、高熱による魔法陣の損傷や魔力伝達の困難さ、また伝達回路そのものにも大きな制限が出るだろう。
だが巨大な魔法陣の中に入れてしまえば炉の外から魔法陣を起動できるため安全性を確保でき、全体に効率良く効果を発揮させられる。
しかしここで問題になるのは魔法陣そのものだ。
まず薬草の魔力吸収の効能を代替する魔法陣自体が無い。そしてもう一つは効果対象を溶かした金属に限定することができないこと。
つまり炉全体に魔力吸収の効能を与えてしまうのだ。
「失敗するのではなく、成功しないのです。効率がかなり低くなるでしょう」
「……出来るか出来ないかを知ることはできよう」
「はい。ただしそれしかできません。新たに造り直さねばならなくなります」
「なるほど、一度の実験のためだけに大枚を叩いて炉を造ることになりかねんか。非効率的だな」
ゲイルノートは少し思案し、『却下』と裁定を下した。
「レナリィ。一度モッチーに突き返すゆえ今言った問題点を書いておけ」
「はい。かしこまりました」
口直しに紅茶を含むとレインがニヤニヤしているのが見えた。
「あの少年のことだ、すぐにも改善して出してくるかもしれんね」
「ふっ。だがまずはレグナムの奪還戦だ。話はそれからだな」
ピシリと空気が固まった。
そしてとうとうその日が来るのである。