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レグナム奪還戦・4

 ネアンストールより東。


 防壁より二キロほど離れた平原に三十名近い冒険者が集まっていた。


「どうだ、マーモット。世界が変わるだろう?」


「ああ、そうだな、ライン。今までの俺たちは何だったんだって気持ちだ」


 パーティー“赤撃”、“猛き土竜”、そして“草原の餓狼”。


 三つのパーティーがレグナム奪還戦前の顔合わせ、そして調整を行っている。


 その中で“草原の餓狼”の面々は斥候も含めて生き生きと動き回っていた。


「全身を揃えたわけじゃねえんだな。フル装備はシュライグだけか」


「ああ。予算もあるが、単純に時間が足りないと言われた。納品用も作るからな。ロックラック氏とガジウィル氏は疲労困憊のようだった」


「……ん? ちょっと待て、モッチーはどうした」


「モッチー君か。彼はやりたいことが多くて時間が足りないと言っていた。ただ魔法石の内部刻印だけはやってくれたよ。他にできる人間がいないそうだ」


「そうか。相変わらず突っ走ってるな、アイツは。なあマーモット、お前のその杖は“重量杖”タイプだろう。どのくらいの性能だ?」


「……まあお前に隠しても仕方がないか。通常の杖の十倍くらいらしい。モッチー君がそう言っていた」


「ほう! ということは、だ。お前の杖は魔導士隊の杖と遜色ないレベルだぞ。十分に一線級だ」


「そうなのか。それは嬉しいな」


 マーモットは自身の杖を見つめ、相好を崩した。


 彼の他に同レベルの杖を持つ者はおらず、残り二人の魔法使いは予算の都合で膨れた“新型杖”タイプだった。


「斥候連中は『聖光領域』搭載の軽鎧に雷撃魔法を仕込んだ刺突用の剣で揃えているのか。どういう運用なんだ?」


「あれは大型の魔物対策だな。集団で取り囲んで雷撃魔法を内外から打ち込んで動きを止める。つまり完全な支援用さ。ちなみにモッチー君の提案だ。戦法を試して運用データを還元するなら格安にすると言われてね、シュライグが飛び付いた」


「ははははは! モッチーらしいぜ。だがなかなかエグい発想だな。俊敏性に分がある斥候陣に()()()()を打たせるか。こんなん食らったらほとんどの魔物が身動き取れんだろう」


「俺もそう思う。だからな、見てみろ。ウチの斥候連中、目の色が違う」


「そうみたいだな。くくっ、これは化けるな。“草原の餓狼”のランクアップは近そうだ。こちらもうかうかしてられん」


 視線の先では“草原の餓狼”リーダー・シュライグと“赤撃”の双剣士ツーヴァが模擬戦を行っている。


 シュライグは速度に秀でた大剣使いだ。遠心力を利用した力強い連撃を得意としている。


 速度、技術に秀でるツーヴァ相手には分が悪いが、魔物相手には無類の強さを発揮する。そしてロックラックの製作した魔法剣は耐久力に優れ、叩きつけるようなシュライグの戦いを強烈に援護していた。


 とはいえツーヴァはマンティコアと渡り合い、SSランクの冒険者になった強者だ。


「やはりシュライグが不利か。相性もあるが……」


「装備の練度がまるで違う。だが初めてにしては使いこなしているぞ。俺なんて完全に『聖光領域』に振り回されたからな」


「だが使いこなしている」


「当然だ。でなきゃモッチーに顔向けできねえからな」


「ふっ……。お前たちの立ち位置が羨ましいよ」


「それは俺たち自身が一番良く分かってるさ。だからこそ装備に恥じる戦いはできねえ。使いこなさなきゃならねえ。意外と気苦労もあるんだぜ」


「贅沢者めが」


「違いねえ」


 ひとしきり笑い合うとラインはツーヴァと交代してシュライグの相手に回る。


 マーモットは生き生きと戦う二人を眺めた後、師匠である“先導者”ノルンの元に向かった。


「師匠」


「おお、マーモット。訓練はせずとも良いのか?」


「はい。それよりも周りを見ておこうかと。随分と熱が入っておられるようですね」


 ノルンはお世辞にも魔力量や制御能力に長けているとは言えない。それを技量でカバーしているのを知っている。


 今は過剰な性能の杖をなんとか使いこなそうと四苦八苦していた。


「なに、わしの冒険者人生最後の大一番じゃ。後悔せぬようにしたくての」


「最後? 引退されるのですか?」


「うむ。弟子たちは皆巣立ったからの。このレグナム奪還戦を最後に引退するつもりじゃ」


「そうでしたか……。いえ、おめでとうございます。最後の大一番、我々“草原の餓狼”が全力でサポート致します。師匠、存分に」


「ほっほ。頼りにしておる」


 ……やはり自分も調整するか。


 師匠に感化されたマーモットは自身も杖を十全に扱えるようトレーニングを始めた。


 そして連日行われた彼らの調整がひと段落をつく時。それはレグナム奪還戦が始まる時だった。









 ロックラック工房では目を回すほどのデスマーチが佳境を迎えていた。


 軍からの徴収、“草原の餓狼”への装備提供と寝る暇も無いほどに稼働していた工房主ロックラック、そして一番弟子ガジウィルはようやく最後の装備を仕立て上げ、腹の底から唸るような大きな息を吐いた。


 どちらも疲労困憊で言葉も出ない。ただ椅子や床に座り込み、じっと虚空を見つめる。


 そこに能天気な声が聞こえてきた。


「親方、もしかして一区切りつきました? 良かったら炉を使わせて欲しいんですけど」


 見るとモッチーが手にあれこれ抱えて来ている。思わず嘆息した。


「今度は何をするつもりだ」


「ちょっと魔法銀の生成過程で試してみたいことがあるんですよ」


「……好きにしろ。おい、ガジウィル。誰か適当にコイツに付けておけ」


「へい。なら俺が見ていやすよ。気を抜いたら離されちまうもんで」


 ロックラックは付き合っていられんとばかりに控え室に引っ込み、大の字に転がって意識を手放した。


 そしてガジウィルは机に突っ伏しつつ何やら動き回っているモッチーを眺める。


「魔法銀に何かあるのか?」


「魔法銀の魔力量をなんとか増やせないかと思いまして。ちょっとスライムの粘液で実験してたんですよ」


 モッチーの説明によればスライムの粘液は容積に対する魔力含有量に限界があるそうだ。


 だが、魔力回復ポーションで用いる薬草を使い、魔法陣を用いてスライムの粘液と反応させると魔力含有量を増やせるらしい。


 ……いや、何を軽く言ってるんだコイツは。それ、自分で試して見つけられるもんか!?


 内心のツッコミを飲み込みつつ、モッチーの説明に耳を傾ける。


 魔法銀の製法は鉄と銀、そして魔法石を溶かしたスライムの粘液を溶かして作る。なら高魔力の粘液を使えば出来上がった魔法銀の魔力含有量も増えるのではないか、とのことだ。


 これで増えなければ鉄と銀の合金自体に魔力含有量の限界があることになる。その場合、魔法銀そのものに見切りを付けて新たな合金を模索するそうだ。


 ……簡単に言うよな、ホントこいつは。本職の研究者でも無いくせに一丁前に理論立てしやがる。


 モッチーは銀と鉄の比率を変えながら何パターンか魔法銀を製作していく。


 そして何故か鉄のみ、銀のみでの作製も行っていた。


「うーん。どうやら金属自体に魔力含有量の限界があるみたいです。鉄はゼロで銀の含有量がイコール魔力含有量になるみたいですね」


「そうなのか。その魔力含有量自体は増やせないのか?」


「増やせるのかな? …………魔法陣をどう使うかだけど……」


 モッチーはぶつぶつ言いながら銀のインゴットを魔法陣の上に乗せ、魔法石の粉を振りかけて魔力を流す。


 魔力の光が溢れ、やがて収束する。


「駄目ですね。やり方が違うか、そもそもできないか」


 次は魔法石の粉ではなくスライムの粘液に浸して試すが、同様に混ざらなかった。


「駄目か。……あれ、なんでだ? 銀の含有量の限界までは混ざらないとおかしいんだけど。…………あ、そうか。銀を溶かした状態じゃないといけないんだな。固体のままだと混ざらないと」


 なるほど、そうなるのか。しかし超高温の炉で溶かしている時にどうやって魔法陣を作用させるかだが。


「んー…………炉を丸ごと魔法陣に入れて発動し続けるしか無いか? それとも溶けない金属で魔法陣を作って設置するか。あ、でも薬草を混ぜたら流石に合金に支障をきたすからそもそも駄目か。ということは代替魔法陣が必要になりそうかな……」


「おい、モッチー。代替魔法陣ってえのは?」


「薬草の代わりですよ。薬草の魔力吸収の効能を魔法陣で再現すればいけそうかなって」


 そういうことか。


 だがよくもそんな短時間でそこまで結論が導き出せるもんだ。こいつの開発スピードは発想力もそうだがこの考察力に支えられているわけだ。


 やはり目を離せないな、こいつは。親方、油断してると本気で置いてかれちまいますぜ。剣の高み……どんどんゴールが高くなりそうですぜ。

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