レグナム奪還戦・3
ネアンストール冒険者ギルド。
ギルド長の執務室ではスレイニン・シェイルクラフトが一人の男を上座に座らせ、客を待っていた。
「ふむ、遅いな」
「致し方ありません。ここからは距離もありますので。もう少しで着くとは思うのですが」
その男、ゴツィーナ・オサーン男爵は特に表情を変えずにカップに手を伸ばした。
薬草茶だ。独特の渋みがあり、クセになる者も多い。
「しかし冒険者への装備販売を許すとは思い切りましたな」
「やむを得ぬ事情もある。ただし緩やかなものになるだろうな。技術習得には時間がかかる想定だ。しばらくは軍への納入で手一杯となろう」
「それでも販売の戸口が開いた。この事実は大きいと認識します」
「うむ。ただし問題が無いわけでは無い」
「ええ。魔法石の慢性的な不足ですな」
「その通りだ。そのため民間から魔法石を吸い上げるスキームが実施されるやもしれぬ」
「他国からの輸入は?」
「もちろん動いている。だが魔王軍との前線となる国以外では魔物のランクが低く高ランクの魔法石は期待できない。……つまり高ランク魔法石の慢性的な不足こそが喫緊の課題だな」
それ以外にも問題は発生している。特にここ最近はある国との間がギクシャクし始めた。
しかしゴツィーナはそこには言及せず話題を逸らす。
「ところでSSランク以上への昇格が期待される冒険者に心当たりはあるか?」
「“赤撃”と“猛き土竜”からは遠からず昇格者が出るでしょうが……他の、ということですな?」
「うむ」
スレイニンはしばし黙考する。
「装備を揃えられる、という点では“草原の餓狼”が第一候補でしょう。装備を揃えたなら、という条件ではAランクだけでなくその下のランクにも目ぼしい者はいますな。例のSSSランクを得た冒険者……“猛き土竜”所属ではありますが、あれはBランクでした」
「なるほど。才能による優劣が今まで以上に顕著になるか」
「軍でも同様でしょう? 個々人の戦力差が大きく広がった」
「だが万能ではない」
「魔力、ですな」
現状、Sランクと渡り合うための装備は全て魔力を使用するものだ。当然、運用には相応の魔力が必要。
つまり、戦闘能力の高さと継戦能力は反比例する傾向にあるのだ。
そうなると魔力回復薬の消費が多くなる。だが慢性的な魔法石不足の問題があり、消費は抑えたい。
ではどうするか。
「もしや少数での運用ではなく頭数自体を揃えようと? となると今回の依頼内容と先ほどの問いを繋げれば……」
「うむ。帰るまでに能く能く考慮しておいてくれ」
「はっ。かしこまりました」
これは重大な責任を負うことになった、とスレイニンは顔を引き締める。
それから客ーー“赤撃”リーダー・ラインと“猛き土竜”リーダー・“先導者”ノルンが現れたのは十分ほど後だった。
「来たか、マーモット」
“草原の餓狼”の拠点に勢揃いしたパーティーメンバーを見回し、マーモットは自分が最後だったかと思った。
「どうしたんだ、休日に緊急会議とは穏やかでは無いが」
「うむ。容易ならざる事態が起きた。これは好機でもあり、危険でもある。だから皆に急遽集まってもらったんだ」
周りを見回す。
困惑だ。まだ話していないのか。
「さて。全員揃ったから話を始めよう。……Sランクの購入ライセンスを得る機会が訪れた」
おおっ。それは。
皆が喜んでいる。……だが危険?
「シュライグ。危険でもある、と言ったな。何かあるのか?」
「ああ。まずは聞いてほしい。レグナム奪還戦までもう一月を切った」
「そうだな」
「奪還戦は防衛戦とは違う。冒険者の従軍義務は無い。というかこれまで攻勢に出ることが無かったから規定が無いとも言える」
その通りだ。だから俺たち冒険者にはレグナム近郊の調査依頼は入っているが、奪還戦への徴兵はされていない。
…………嫌な予感がするな。
「だがレグナムには竜の存在が確認されている。皆も知っているな? “赤撃”と“猛き土竜”が遭遇したアレだ」
「そして例のSランクモンスター、マンティコアが山間部で発見、討伐された。これを踏まえると、レグナムでは竜の他にSランクモンスターが控えている可能性は否定できない。いや、複数体存在している可能性もある」
「だから軍は実力のある冒険者を徴兵することにした。Sランクモンスター討伐実績がある“赤撃”と“猛き土竜”の二パーティーをな」
そこまでは理解できる。Sランクモンスターと渡り合える強さがある冒険者を使わない選択肢は無い。何より竜が控えているのだ。つゆ払いに力は使いたく無いはずだ。それが対Sランクモンスターであっても。
「だが遊撃部隊として考えた場合、その二パーティーでは九人と頭数が少ない。そこで彼らを補佐する冒険者を付けることになった」
「それが俺たち」
「そういうことだ。人数が多く、斥候も充実している。……だがこれは命令では無い。任意だ」
つまり、断れば他の冒険者に話を持って行くということだ。人数の差は複数のパーティーに任せることで埋められるのだから。
「シュライグ。つまり従軍が購入ライセンスの条件、ということだな?」
「ああ、その通りだ。しかし竜と戦う危険がある。それにどれほどのモンスターがいるか分からない。……ハッキリ言えば危険だ。超危険だ」
珍しい。シュライグが軽口を叩くとは。
会議は真剣に行うをモットーにしているリーダーだ。普段はおちゃらけても全体の意思統一には何よりも気を遣っているというのに。
……そうか、これはまだ何かあるな。何らかの恩恵か、それとも譲歩を引き出したか。
パーティーメンバーたちはSランクの購入ライセンスのために賭けに出るべきという意見、今回は見送って地道に上げるべきという意見と割れている。
俺は……
「そしてこれから言うことを良く聞いてくれ。重要な話だ」
シュライグは不敵な笑みを浮かべ、皆の目を一人一人見た。
否が応でも緊張する。いや、これは緊張ではなく……期待?
「もしこの依頼を受注した場合……奪還戦までの間、暫定的にSランクの購入ライセンスが発行される!」
「な、何!?」
ガタガタッ
何人かが椅子から立ち上がった。
俺も思わず立ち上がっていた。
「作戦が終了すれば、功績次第になるがそのまま正式にSランクライセンスが得られる。……それに受注すればすぐにでもSランク鍛治師から装備を購入できるんだ。一ヶ月あればある程度揃えられる。安全マージンを広げられる。だから皆、時間が惜しい。受けるにしろ受けないにしろ、今この場ですぐに決めたい!」
先ほど見送るべきだと言っていた者たちが目を見合わせて頷き合っている。
全員の目がシュライグに向いた。期待に満ちた顔をしている。
……最先端の装備。Sランクモンスターと渡り合える夢のような装備。その誘惑は大きい。
シュライグの目が俺を向いた。
頷いて返す。
「よし。では参加で決定する。冒険者ギルドで依頼の受注後購入ライセンスを受け取り、Sランクの鍛治師がいるロックラック工房に向かう。異論のある者は?」
異論は無い。皆の意志が固まった。