レグナム奪還戦・2
「へえ、これが鍛治師のライセンスか〜」
俺はSランクと表記されたライセンス証を手に入れた。
ロックラック工房に行くなり親方から鍛治ギルドに所属するよう言われた。そういえば入って無かったな、と考えながら鍛治ギルドまで行くと、受付で名乗った途端にあれよあれよとギルドマスターのマインフォール・バルトロさんのところに案内され、あっという間にこのライセンス証を握らされた。
所属することの確認とかも無かったな、そういえば。
で、会費の免除や役員選挙、会合といったあらゆる義務を免除するとかいうどう見ても特別待遇を言い渡された。
なんでか聞いてみたら、俺が所属していないと鍛治ギルドの面子が丸潰れになるらしい。なんでそうなるのかよく分からないが、そういうことらしい。とにかく名前だけでも良いから籍を置いてくれと頼まれた。
そして今に至るわけだ。
「“赤撃”の“新入り”……?」
「へ?」
さて、工房に戻ったら魔法石で色々実験するか。
などと考えていたら声が聞こえて思わず反応してしまった。“赤撃”って言ったよな……ってことは俺?
見るとラインさんくらいの年頃の実直そうな男が口を手で押さえていた。
筋肉質には見えないけど……あれ、鍛治ギルドで販売してる膨れた“新型杖”か?
てか誰?
「すまない。声をかけるつもりでは無かったんだ」
「はあ。どこかでお会いしましたっけ?」
「いや、こちらが一方的に知っているだけだ。“赤撃”の“新入り”……確かモッチーと言ったか」
「そうですけど。あの用が無いなら行っても?」
「ああ。……あ、いや、せっかく会ったんだ。良かったら少し話さないか?」
「え……。これから行くところがあって」
「ならば移動の間だけでも構わない。ああ、そういえば自己紹介をしてなかったな。俺はAランクパーティー“草原の餓狼”に所属しているマーモットと言う」
マーモットと名乗った男はごく自然な動きで俺に並走し始めた。
なんかスルッと内側に入るタイプの人だな。
「“草原の餓狼”って確か……斥候の多い大規模パーティーでしたっけ」
「ああ、そうだ。俺たちは索敵を何よりも重視している。獲物を見つけることもそうだが、不足の事態が起きないよう備えることで安全を担保しているんだ」
「なるほど。不意の遭遇でパーティーが壊滅、なんてよくあることだと聞きました」
特に魔王軍の魔物の分布なんて分からない。俺自身もキングファングと不意に遭遇して死にかけたし。
「俺たちもそうだが、基本的には強力な魔物と不意に遭遇するとまず間違いなく逃げ出すだろう。“赤撃”や“猛き土竜”のようにAランクやSランクのモンスターを不意遭遇で討伐するなんてできることじゃない」
「それは確かにそうですね。ウチは装備が揃ってますから」
「羨ましいことだ。俺たちはまだしばらく装備を揃えることはできないからな。購入ライセンスのことは知っているよな? 俺たちはBなんだ。Sランクの魔物と渡り合うにはSランクの購入ライセンスを得て、Sランクの鍛治師の装備を揃える必要がある。そうだろう?」
「まあ、そうですね。Aランクの装備だと……たぶん攻撃が通らないんじゃないですかね。Sランクモンスターと戦うつもりなら現状での最高性能の装備を揃えないと危ないと思います」
Sランク鍛治師だと魔法銀の作製以外の技術制限が無いからガチ装備は作れるけど、それでも性能的にはマジでギリなんだよね。“赤撃”だってセレスティーナさんの“首狩り”が無ければ全滅していたはずだし。
てかセレスティーナさん、やばいんだよ。何がやばいってマンティコアを倒してから動きがもう侍みたいになってたんだよね。なんかこう時代劇の殺陣とかで見るような、重心が安定してて刀の振りもめっちゃ綺麗だし。
本人はコツを掴んだって言ってたけど、流石に早すぎるだろう。藁人形とかスパスパ斬ってたしさ。
「そうか、やはりSランクの壁はそこか。俺たちもSランクモンスターに遭遇する前に装備を充実させなければならないな。……ところで君は鍛治師のライセンスを持っているのか?」
「ええ、ありますよ。さっき貰いました」
「差し支えなければランクを教えてくれないか?」
あれ、これ知られても問題無いよな? 黙ってろとか言われて無いし、どっちみちそのうち知られるだろう。
ならいいか。
「Sですよ。これがライセンス証です」
「え、S!? ……本当だ、確かにSと書いてある。ということは君はSランクモンスターに対抗できるだけの装備を作ることが出来る、ということだな?」
「できますね。まあ、客を取るつもりは今のところありませんが」
マーモットさんが目を丸くした。
「何故だ? それだけの装備が作れるのならいくらでも稼げるだろう。名誉だって思いのままではないか」
「俺、やりたいことがあるんですよ。で、今はもうとにかく時間が足りないので」
「そうか……。あわよくば、と思ったが仕方がない。気が変わることを祈るとしよう」
マーモットさんはあっさりと引き下がった。どのみち購入ライセンスはBだからな。Sに上がるのはまだまだ先のことだし、焦る必要も無いのだろう。
とはいえAランクの中でも最近名を上げている“草原の餓狼”のメンバーだから上がってくるのは早いかもしれない。
その後は世間話を少しして別れた。
別れ際に何故かラインさんへの伝言を頼まれたが、後で聞いたら二人は元々“猛き土竜”で共にノルンさんに師事していた仲らしい。
ちなみに伝言の内容は『いつまでも上には立たせない』だった。どうやらライバル関係に近いようだ。
「さて、この結果をどう受け止めたものかな」
俺は作製した魔法銀を並べて腕組みしながら唸った。
これらはそれぞれDからBランクの魔法石を使って作製したインゴットだ。使用する魔法石のランクが魔法銀の性能に影響するのかどうかを確かめようと思ったのだ。
「どうしたんだいモッチー君。そんなに難しい顔をして」
「へ? ……あ、ローンティズさん。いえ、魔法銀の性能を比較してたんですよ」
「魔法銀の性能の比較、かい? どれも同じに見えるけど」
ローンティズさんは三つのインゴットを見比べて首を傾げた。
見た目は同じだからな。というか違いが無いんだよ。
普通に考えるなら魔力の含有量が多い高ランクの魔法石を使う方がより魔力との親和性が高い魔法銀になるはずだ。だがそれが無い。つまり魔法石のランクは魔法銀の性能に影響を及ぼさないのだ。
というか今まで気付かなかったのもおかしな話なんだけどさ。わざわざ高ランクの魔法石を使わなかったのもあるけど。
スライムの粘液に溶かすと魔力の密度が一定まで薄くなるとか?
それとも魔法銀には魔力含有量に限度があるとか。
スライムの粘液が原因だった場合、これは代替物質を探さないといけない。検証は膨大な量になるな。
魔法銀、というより鉄と銀に限度がある場合、これも代替物質を探す必要がある。
「…………ん〜〜〜〜〜〜………………」
レナリィさんに聞いた話では魔力というのはある程度集まると一点を中心に集まる性質があるらしい。
で、その集まる範囲というのが決まっていてちょうど魔法石の大きさなのだとか。
ただ大気中の魔力は薄いので固体になるほどに集まることは無く、魔物の体内で見つかるのは魔物の持つ魔力が集まっているからだそうだ。属性が付くのもそのためだな。
じゃあ人間も魔法石ができるんじゃ無いか、って思うよな?
でも人間は魔力の吸収と発散を自然に行っているからそんなことは無いらしい。ただ、魔力の発散ができない病気?呪い?にかかった場合は体内に魔法石が生まれることがあるのだとか。しかも体内の魔力は血液と共に循環しているらしく、血管の中で魔力が物質化していく。つまり血流が阻害されるわけだ。そうなると身体が壊死したりコブができたりするのだとか。
ただし、回復魔法を使えば簡単に除去できるそうだ。魔力安定化の刻印が無い魔法石だと思ってもらえば分かりやすいだろう。消費されて消えるわけだ。
話が逸れたが、スライムの粘液は魔法銀が完成すると共に蒸発して無くなっている。つまり化学反応に例えると触媒の役割なわけだ。
このスライムの粘液が原因かどうかは判別は簡単だ。魔法石を溶かせば良い。
粘液に魔力含有量の限界があるのなら、魔法石のランクによって粉末を溶かすために必要な用量が変わるということなのだから。
「とりあえず実験するか。あ、ローンティズさん暇だったりします? ガジウィルさんは忙しそうなので手伝って欲しいんですけど」
「暇というほどじゃあ無いけど。最近は親方やガジウィルだけじゃなくてブルームや他の弟子たちも目の色を変えて修行してるからね。ここは僕が手を貸そう。猫の手のようなものだけど」
「はは、何を言ってるんですか。助かります、ローンティズさん」
鍛治師のライセンス証の効果は抜群みたいだからな。特に親方とかガジウィルさん、ブルームさんなんかは熱量がすごい。
俺なんて『お前にもう修行は必要無い』なんて言われてほっぽり出されたからな。おかげで研究時間は増えたけど、ガジウィルさんが来てくれる研究会がある夕方までは人手不足気味だ。
…………うーん、俺も弟子を取ろうかなぁ。お手伝いさんでも良いんだけど。