アームストロング流剣術
「ここがノーフミルか〜」
ノーフミルの町の門を前に俺はグッと背を伸ばして息を吐く。
馬車で四日の旅は暇だったので、手慰みに魔法石の内部刻印をこなしていたのだが、途中経由した二つの町で山盛りに買い集めるほどサクサク進めていたため身体がすっかり固まってしまった。
「都合百個の内部刻印を量産か。揺れる馬車でよくもやるものだ」
「ははは。そうでもしてないとすること無いですからね。モルティアさんも結構上達しましたよね」
「ああ、良い訓練になったよ。あれほど精緻な魔力操作を行うのは骨が折れたね」
軍では精密操作スキルの必要な魔法石の内部刻印が出来る人材が少ないため、魔法石を使用した装備の配備が遅いらしい。
そのため人材の育成に躍起になっているが、生産職で魔法スキルが高い者は意外と少ないようだ。
「いっそのこと内部刻印を訓練に取り入れたら良いんじゃないですかね。一石二鳥になりますよ」
「それは良い案だ。戻ったら筆頭閣下に上進しておこう」
こうして俺が軍人であるモルティアさんとノーフミルの町まで足を伸ばしたのには理由がある。
つい先日、騎士団派にオーダーメイドで装備を作るようレインさんに頼まれたのだ。
そして道中の護衛にと軍人が二十名も同行している。何でも騎士団派との交渉役も混ざっているとか。
ちなみに道中はずっとモルティアさんが相手をしてくれた。顔見知りは他に居なかったし、年も一番近いからだろう。
「ところで鍛治師君は役割を覚えているかい?」
「ええ。オーダーメイドで何人かの装備を作れば良いんですよね?」
「そうだ。でもそれだけじゃない。君には彼らの度肝を抜いて欲しいそうだ」
「度肝? それはまた無茶振りですね」
「何、難しいことは考えなくて良い。普段通りに装備を作るだけさ。なるべく最新の技術を使ってね。それだけでも度肝は抜ける」
そんなもんなのかな?
疑問に思いつつも案内に従って門を潜り、軍人に囲まれながらノーフミル防衛軍の駐屯地へ向かった。
「ワーッハッハッハッハ!! ブワハハハハハハアバァッ!?!?!?」
バゴン、と大柄な騎士が吹き飛んで行った。
剣の峰で腹を殴り飛ばしたメリオン・フェイクァンが油断無く構えを取る。
「ふぬうぅぅぅぅぅううぅぅんん!! ……ふしゅう〜〜…………ブワーッハッハ! 行くぞお!!」
大したダメージ無く立ち上がった騎士が大声を張り上げながら満面の笑みで地を蹴った。
瞬間、メリオンの構えた剣と鍔迫り合いになる。
五メートル、いや十メートル以上メリオンの身体が地を滑った。
その様子に俺は呆れ半分驚愕半分で呟く。
「いや、なんであのオッサンあんなに笑ってんだ?」
「君もあの全能感を味わってみれば分かるよ。それより相手は曲がりなりにも騎士第四席だ。オッサン呼ばわりは感心しないね」
「あ、すいませんモルティアさん。えっと、確かゴーリンキ・マチョン子爵、でしたっけ」
ゴーリンキ・マチョン子爵は身長二メートルほどの全身がはち切れそうな筋肉に包まれた巨漢だ。
アームストロング流剣術というのを体得していて、この流派は一撃の威力を極限まで高める方法を極めるもので、どんな魔物の装甲をも穿つことを信条としている。
そのため覚える剣は大上段からの振り下ろしが唯一にして最強の型、必要なのは筋肉とシンプル過ぎて潔い流派なのだ。
それを知った俺は試しに作れと筆頭騎士に命令され、このゴーリンキ子爵のために馬鹿重い特注鎧を製作した。
この鎧なのだが、まず『聖光領域』の採用は言わずもがな。魔法銀の格子と魔法石のプレートによって全身を構成していて、防御力は僅かに入れた耐久強化頼り。
しかし全身鎧かつ素の状態だとまともに動けないほどの重量を誇り、その分だけ魔力許容量が高いので“重量杖”を遥かに超えるスペックを叩き出す。
ハッキリ言えば重すぎてあっという間に息切れする欠陥品だが、元より一対一の戦いなど想定しておらず、周囲の味方に動きを止めさせて最強の一撃を叩き込むことだけを目指している。
「どうだ平民上がりめ。手足が震えているようじゃないか。もう一撃、受け止められるかな?」
ゴーリンキ子爵はテンションが上がりっぱなしなのかずっと笑い続けていた。
ちょっと煩いな、このオッサン。
「とはいえメリオンさん、よく受け止められたな。あの剣、数打ちなんですけど」
「おそらく受ける際に衝撃を殺したんだろうさ。それでも相当な衝撃だったはずだが」
「剣を折らずに受け止め切ってる辺り、やっぱどこかおかしいですよ、あの人」
しかしメリオンさんが剣を投げ捨てたことで気付いた。
「今の音……流石に剣にヒビが入ったみたいですね。良かった、なんとか人間だった」
「おいおい、まるで人外みたいに。というか音だけでヒビが入ったなんて分かるのか」
とはいえメリオンさんは勝つだけなら避ければ良いんだから受ける意味は無い。単に威力を確認したかっただけなんだろうな。
ゴーリンキ子爵が再び最上段に構えて迫る。
今度は回避した。
バゴォッ
勢い余って叩きつけられた剣が地面を砕き、土を撒き散らす。
……あ。
「バッハッハッハ!! 素晴らしい威力だ! これは良い物だぞお!!」
ゴーリンキ子爵が剣を引き抜いて再び最上段に振り上げ、メリオンに狙いを定めた。
そこに俺は空気を読まずに声をかけた。
「ゴーリンキ子爵! ストップ、ストップでーす!! メリオンさんも一旦止めてくださーい!」
ゴーリンキ子爵がぐりんと顔を振り向かせ、メリオンさんが無言で剣を鞘に戻す。
……オッサン、目が血走ってて怖いよ。
「ゴーリンキ子爵、今の一撃で剣に歪みが出たみたいです。どこか魔法陣に影響が出たかもしれません」
声をかけるとゴーリンキ子爵が剣を下ろし、魔力を込めて勝手を確かめ始めた。
「ふむ、確かに剣が曲がっておるな。いささか魔力の流れが悪い気がする」
「やはりですか。身体強化に対して剣の性能が追いつかなかったみたいです。一旦調整が必要ですね」
「ウチの技術部の特注品だぞ」
「その鎧を想定してませんからね。剣には更なる耐久強化が必要みたいです」
ノーフミル防衛軍で作成したこの剣は大体ツーヴァさんの持つ双剣くらいの性能だ。これ、結構高い性能で、ぶっちゃけロックラック親方にも引けを取らないくらいのレベルの品だ。
それでも性能の限界はあって、“重量杖”レベルオーバーの『聖光領域』という化け物級身体強化の前には反動に耐えられなかったらしい。
「うーん。でも剣の体積から考えて割と限界性能っぽいんですよね〜」
俺はゴーリンキ子爵の体格を観察しながら呟く。
この体格だと剣がちゃっちいと言うか……
「なんだ、鍛治師」
「……ゴーリンキ子爵。質問があるんですけど、アームストロング流剣術って剣にこだわりあります?」
「こだわり?」
眉を顰めるゴーリンキ子爵に俺は不敵に笑みを返し、剣の特注を申し出るのだった。