新たな杖と魔導剣・3
モッチーが閃きを得てから三日目のこと。
ロックラック工房にて泊まり込みで作業を続けていたモッチーがようやく一度帰宅してきた。
拠点には“赤撃”のメンバーが勢揃いしている。もう少し事情を詳しく言えば、破損した装備の修復が終わっていないので探索に向かえず強制休暇となっていたからだ。
すぐにスキンヘッド頭のラインさんが手を上げて迎えてくれる。
「おう、遅かったなモッチー」
「ええ。杖を同時に四つ作っていたので」
「あ? 四つ? ……ってもしかしてレイアーネとノルン爺の分も含んでるのか?」
「はい。今までお二人とも遠慮はされてたんですけど、今回はどうしても作る必要があったので強制です」
レイアーネはともかくとしても”先導者“ノルンは冒険者の引退を明言している。そのため高性能の杖は不要になるからと遠慮していた。
そしてレイアーネとすれば生粋のヒーラーであり、現状の『新型杖』レベルの杖でも十分に役割を果たせていたので、目が飛び出るほどの価値がある最新の杖を持つのが恐れ多いという感情があった。
「ちょっとモッチー君。作ってくれるのはありがたいけれど、私じゃ十分に性能を発揮できないわよ?」
「はは。レイアーネ、それは流石に謙遜じゃあないかな。君も伊達にAランクまで上がってないはずだよ」
「何を言ってるのよ、ツーヴァ。ティアやミーナのような才能がなければあんな化け物杖を使いこなせないわよ」
「おいおい。レイアーネだってすぐに使いこなせるようになるだろうよ。要は気合いだ、気合い」
「ライン……。はあ。あなたね、魔法を使うのにどれだけ制御力が重要か分かってて言ってる? こればっかりは才能がものを言うの。特に大きな魔法を使うときはね」
本来、魔法を使うに当たっては込める魔力が多くなればなるほど高い制御能力が必要とされる。これには魔力の制御と術式の制御の二種類があり、同時に要求されるために相乗的に高い制御能力が求められると言われていた。
理論上では杖の性能が上がればそれだけ強い魔法が使えるようになり、無限に魔法石を接続すれば無限のエネルギーを持った魔法が使える。だが、実際にはそうではない。
どれだけ杖が優秀であろうと、自身の持つ制御能力を超える魔法は扱えないのだ。
もちろん刻印によって制御能力を上昇させることはできるが、それに割いた分だけ総合的な魔法の威力は低下する。
「そんなこともあろうかとかなり大きく制御に割り振っておきましたよ。なので総合的な性能としては”重量杖“の八割程度になっちゃいましたけどね」
モッチーの言葉に面々が八割か、と微妙そうな表情を浮かべたが、すぐに頭を振って否定した。八割でも十分に高性能だ。
「まあ、とは言っても本来の目的は別にあるんですけどね」
「おう、ちょっと待ったモッチー。ミーナとノルン爺の杖もあるんなら、ついでに呼んでこよう。お前も何回も説明するのも手間だろう?」
「あ、そうですねラインさん」
その後、すぐそこにある”猛き土竜“の拠点にラインさんが走っていき、しばらくすると”猛き土竜“のメンバー全員が揃ってやってくる。
だが、またしてもこの人物がいた。
無言で、しかもムスッとした表情を浮かべる金髪縦ロールのお嬢様。
「えっと、レナリィさん?」
「何よ。いたらいけないの!?」
「あ、いや。そんなことは。も、もちろん歓迎しますよ、はい」
うーん、いつも防衛軍の敷地内にある研究室に篭っているって聞いてるけど、当たり前のようのミーナのところに出没してるんだな。
苦笑いしていると、ミーナのニヤニヤ笑いが目に入った。くそう、相変わらず人をダシに楽しみやがって。
まあいいさ。これから盛大に驚かせてやるからな。覚悟しとけよ。
「それでは皆さん集まったところで、ティアーネ、レイアーネさん、ミーナ、ノルンさんの四人の杖を披露したいと思います。まず先に謝っておくけど、ティアーネ。ティアーネの杖は前回と同じ性能になってるんだ。流石にまだ杖そのものの性能を上げるアイディアが無くてさ。ごめんな」
「ん。大丈夫」
ティアーネが表情を変えないままに頷く。
落胆の色は無い。それも当然だ、彼女は今回が現状維持などでは無いことを十二分に知っているんだから。
「じゃあまずは杖を出すんで各自確認して下さい。ティアーネの杖は前回と見た目も同じ。次にこっちがミーナの杖。意匠は前に作った翼のモチーフに加えて中央に星をデザインしてます。性能はAランクモンスターの魔法石をガッツリ使ってるんでティアーネの杖とほぼ近いところまで上がってます」
そう言って二人の杖を机に乗せる。
「ほう、大盤振る舞いじゃねえか。ミーナの戦力が上がるってのは大歓迎だ」
「そうだね、ライン。攻撃、支援、回復と多彩なミーナだ。きっとこの杖も十全に使いこなしてくれるだろう」
「ふひっ、任せとけなの。なんならもっと性能が高くても良いなの。遠慮せず作れなの」
「はいはい、作れるようになったら作ってやるよ。とりあえず今はそれで我慢しとけ」
ミーナの杖は威力と魔力許容量に大きく振っている。彼女曰く、範囲拡張に振っても使い所が限られるからだそうだ。それに彼女自身が範囲魔法を得意としているおかげで拡張などなくても問題なく対応できる。
ただ最大威力を比較するとティアーネの方が上らしい。ミーナを多彩なマルチプレイヤーとすると、ティアーネは固定砲台タイプなのだとか。下手に支援などさせるよりも攻撃一辺倒の方が良い結果になるため、基本的にミーナやレイアーネさんが支援に回ることになる。
「じゃあ次はレイアーネさんの杖ですけど、制御補助にかなり大きく振っています。そのため、最大威力としては“重量杖”の八割程度ですね。意匠ですけど、これはかなり会心の出来ではないかと思います。六角錐にカットした魔法石を中心に、花びらのように周囲を魔法石を加工したヴェールで幾重にも巻き付けるようにしました。イメージとしては蕾から花開いていく様子ですね。正直、これを作るのに半日はかかりましたね……」
「ちょ、待っ! いくらなんでもデザインにそんなに手間かけてどうするよ!」
「ちょっとライン! せっかくこんな素敵な杖を作ってくれたのにそんな言い方はないでしょうが」
レイアーネさんが自分の杖を手に持ってウットリと眺める。前にミーナの杖を見て羨ましそうにしてたからな。無骨な杖は流石にやめとこうとなったわけだ。
ちなみに花びらを見たガジウィルさんが妻への贈り物に作って欲しいと言っていたので、暇が出来た時にでも瓶まで含めた魔法石仕様の花瓶を作る予定だ。……待てよ、せっかくだからティアーネにもプレゼントしよう。みんなの装備が完成したらすぐにでも取り掛かるか。
「では最後にノルンさんの杖です。これも制御補助に大きく振っていて、“重量杖”と比較して七割ほどになってます。意匠ですが、オーソドックスに六角錐の魔法石の下方に同じく六角錐の三つの魔法石が囲んでいる形になります」
「真にありがたい限りじゃのう。これほどの杖を手にする機会があるとは、長生きはしてみるものじゃ」
ノルンさんは杖を眺めながらしみじみと呟いた。確か”新型杖“の時も似たような反応だった気がする。
するとノルンさんが申し訳無さそうな顔を浮かべた。
「すまぬのう、モッチー殿。わしの力ではこれほどの杖を十全に扱うなどとてもできんじゃろう。宝の持ち腐れとなってしまうじゃろう」
「おいおいノルン爺、まだ遠慮なんてしてるのか? 素直に貰っとけって」
「む。そうは言うがの、せっかくの杖を扱いきれずに持て余してしまうのは申し訳無くてのう」
尚も遠慮を見せるノルンさんに俺はニヤリと笑ってみせる。
「ラインさんの言う通りですよ、ノルンさん。それにですね……実はノルンさんの杖もレイアーネさんの杖も使いこなせるように制御補助に高く振ってるわけじゃ無いんですよ」
「それは……如何な意味じゃ?」
まさしく虚をつかれたのだろう、ノルンさんの目が点になった。
レイアーネさんも、他のみんなも怪訝な表情を浮かべる。
さあ、今回のビックリドッキリ機能の紹介といこう。
「さあさあ、皆さん杖をようく御覧ください。持ち手の辺りに前後に開そうな部分がありませんか?」
俺がそう言うとみんなが杖を観察し始めた。
「もしかしてこれか? お、開いたぞ。片方は細い窪み? で、もう片方からは銀糸が出てきたが……」
ラインさんが見つけるとすぐに全部の杖で該当の箇所が見つけられた。
どれも片方に窪み、片方に銀糸となっている。
「実はですね、窪みに銀糸を差し込んで蓋を閉めることで杖同士を繋ぐようになっているんですよ。もちろん四つの杖を繋ぐこともできます」
一度言葉を区切り、全員の顔を見回す。
「そして窪みに銀糸を嵌め込むことによって魔力回路が完成し、繋がれた杖同士を一つの杖として纏めることができます」
静寂が下りた。
何を言っているのかすぐに理解出来なかったのだろう。
恐る恐るといった風にツーヴァさんが口を開く。
「つまり……こういうこと、かい? 四つの杖を繋いだら”重量杖“の四倍近い性能を発揮する一つの杖として扱える、と?」
みんながそれぞれに顔を見合わせ、如何とも形容し難い表情を浮かべた。
「そういうことです。必要に応じて二つ、三つ、四つと接続していくことでより強い魔法が使えるようになります。二人の杖を制御補助に大きく割いたのは接続した状態の杖を扱うためですね。……つまりノルンさん、レイアーネさんも、この杖を持っていることそれ自体が大きな役割になるんです」
あれ、反応が薄い? 困惑……かな?
最初に口を開いたのはミーナだ。
「ふひっ。相変わらずぶっ飛んでるなの。冗談は顔だけにしとけなの」
「おいこらミーナ。お前の杖没収するぞ」
「ふひっ。まあそう怒るななの。ミーナなりに褒めてやってるなの」
「それが褒め言葉に聞こえるわけねぇだろがよ。本当に褒めてるのか?」
「ふひっ、もちろんなの。モッチー様さすがですぅ、尊敬してますぅ、なの」
「うわっ、ビックリするぐらい不快だわ」
ここまで不愉快に聞こえるのはもはや才能だな。煽り全一かよ。頭良くて魔法もすごいくせに無駄なとこに才能発揮してやがる。
はあ、と溜め息を吐く。
とはいえ今回の杖、実は杖の内部に魔力回路を巡らせるのが結構大変だった。半日くらい試行錯誤したからな。
そんで上手く構成が決まってテンション上がってしまい、気が付いた時には夜が明けてまた夜が来ていたほどだ。結局、止めるタイミングが見つからなくてぶっ続けでやってしまった。後悔は無い。でも眠いものは眠いけどね。
ティアーネがこっちをじっと見ていたのでサムズアップを送る。すると気づかないくらい僅かに口元を綻ばせて小さくサムズアップを返してくれた。
く〜、やっぱティアーネなんだよな。ミーナとは大違いだわ。ホント爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだわ。
オッドアイの少女にほっこりしている時だった。
じっと黙っていたあの女性がついに口を開く。
「必要な時だけ魔力回路を機能させる……それなら魔法陣でも同じ?」
レナリィさんがポツリと溢した言葉は不思議としっかり耳に届いた。
そして俺は頭に電気が走ったような衝撃を受け、叫ぶ。
「それだぁぁぁぁ!!!!」