新たな杖と魔導剣・2
翌日、ネアンストール防御軍の駐屯地では魔法使い筆頭ゲイルノート・アスフォルテが頬杖をついて思案していた。
先ほどまでマンティコアを討伐した四人の冒険者たちに聴取を行なっていたところだ。
「俺の杖ならばマンティコアを押し切れる、か」
得られた情報の中で思わずニヤついてしまう内容もあった。
それは単体撃滅仕様に特化したゲイルノートの専用杖がおそらくSランクモンスターと互角に渡り合える代物であるということだ。
実際に相対していた"氷雪の魔女”の持つ杖で着実にダメージを与えていたという。そしてその三割増しの性能を誇るゲイルノートの専用杖ならばさらなる戦果を挙げることは想像に難く無い。
それに軽戦士二人と魔法使い二人の四人だけでかつての軍隊に匹敵するほどの戦果を挙げられたのだ。彼らの装備はモッチー謹製の高性能品だとはいえ、その事実がどれほど軍にとって重大な事柄であることか。
「やはり装備の充実は急務か。ノーフミル、スイヌウェンにも詳細を伝え軍備を急かさねばなるまい」
特にノーフミルは騎士団派が多勢であり、軍備も騎士向けに偏っている。ダウングレードした"重量杖“を少数配備しているのみであり、主に鎧の生産に比重を傾けていた。
だがお世辞にもその質は高くない。……いや、ここネアンストールでもさほど変わらないが。モッチーの手掛ける装備群が異常なのだ。
質で敵わぬなら量で勝負するしかない。技術者どもの尻を叩くしか現状では対策はない。
「しかし確かカタナとか言ったか、恐ろしいほどの斬れ味を誇るという。求められる技量が相当に高いらしいが、マンティコアをただ一振りで仕留めるほど切断力があるのならば十二分以上のリターンだ。……モッチーめ、つくづく驚かせてくれる」
それだけの性能ならば試験的に幾人かに持たせてもいい。年端もいかぬ女の身でもあれだけの戦果を挙げているのだ。使い熟せば相当に化けるだろう。
ほんの一瞬だけ、竜の鱗が斬れるのかと期待したがすぐにかぶりを振った。
落ち着け。過度な期待は禁物だ。
それにそちらは別口で対策を立てている。逸る必要はない。
しばらく思考に浸っているとドアをノックする音が聞こえ、意識を切り替えた。
現れたのは魔法使い次席レイン・ミィルゼムだ。
「お呼びかい、筆頭殿」
「ああ。とりあえず座ってくれ」
机の前にある向かい合わせのソファーにレインが座り、ゲイルノートは対面に移動する。
「冒険者らの聴取を終えた」
「ああ、どうだったかい? 有益な情報は得られたのかね」
「十二分にな。二人ほど頭のキレる者がいてな、思いの外詳しく分析していたようだ」
「………」
「お前も参加すれば良かったな。質の高い生の声は貴重だ」
「……ま、機会があれば考えるさ。それよりマンティコアとやらはどんな魔物だったんだ? 死骸を見てきたが相当にパワーがあったんだろうことは想像がつく」
まるで筋肉を着ているかのように肥大した体は強靭な筋肉としなやかな毛皮に包まれていた。
それに爪や牙も相当に鋭利でAランクモンスターですら一捻りだろう。
「ほとんど近距離戦主体のようだな。遠距離攻撃は最初に上級魔法相当のブレスを放った後は一度も確認されなかったようだ」
「なるほど、見た目通りってわけか。ならば近接戦は?」
「魔法攻撃の類は確認されていない。つまりは身体強化魔法のみで猛威を振るっていたようだな。だがその膂力によって振るわれる攻撃はかの竜を彷彿とさせるほどの威力らしい。それに軽戦士が全力を出さねば追いつけないほどの速度だとか。それもモッチー謹製の鎧でだ」
「ほう……。そいつはなかなか。あの図体でそれほどの速度で動き回られたらそりゃあ今まで対処の仕様が無かったはずだわ。だが……なるほど、それがSランクのモンスターってやつか。良くもまあたったの四人で倒せたものだ」
前回、Sランクモンスターの討伐が行われたのは二十年ほども前のことだ。当然ながらレインやゲイルノートにも戦闘経験がない。
では竜はどうだったかと言えば、あれはSランクの括りから逸脱したオーバーランクモンスター。Sランクとは隔絶した強さを持つゆえに経験と呼べるものではないと言える。
だが、今回の件でSランクモンスターの強さの程度が朧げながら見えてきた。
「まあ一口にSランクと言えどそれこそピンキリだろうな。いずれも軍が全力でぶつからねば討伐できない、という括りだ。その中にも当然ランクが分かれてくる」
「SランクのBランク、みたいな感じかい? それは相当に面倒な表現だね」
「うむ。いずれは新たなランクの創設と全体的な見直しが必要になるだろう。それと同時に強さの基準となる我々の装備についても細分化しなくてはならん」
現状を例えるならどうなるか。
モッチー謹製の装備がSランクモンスターと渡り合えるのであれば、ゲイルノートやレインの持つ杖は当然Sランク。そして騎士グレイグ・ヌンフェイルの持つ重鎧と騎士次席メリオン・フェイクァンの軽鎧もSランクと位置付けられる。
そして魔導士隊に配備したモッチー謹製の“重量杖”タイプはAランク、騎士らに配備し始めているネアンストール防衛軍製の鎧も同様だろう。また、ダウングレード版の“重量杖”はBランク相当。
「こうして考えると装備の良し悪しが相当に大きいことが分かる。少なくともSランクモンスターを相手取るにはSランク相当の装備を揃える必要がある」
「確かに。今までみたいに兵を消耗してばかりではいられないからな。なら早急に少年のケツを叩いて増産させねばならんね」
レインが楽しそうに含み笑いをするのをジッと見ていたゲイルノートは一言「そこでだ」と仕切り直した。
本題に入るのを理解したのだろう。レインの表情が真面目なものに変わる。
「Sランクモンスター討伐を主目的とした小隊を作ろうと考えている。数は五名から十名程度で全員にSランクモンスター討伐用の装備を配備する。もちろんモッチーに製作させる予定だ」
「へえ……。まさに特務部隊ってわけかい。いいんじゃないか、賛成するよ」
「うむ。そこでな、お前にその小隊を率いてもらおうと考えている」
「……なんだって?」
予想外だったのだろう、レインの目が点になった。
当然だ、ゲイルノートともどもネアンストール防衛軍の指揮官なのだ。まさかそこから外されるなどとは思いもしなかったのだろう。
「なに、軍の指揮ならレインがいなくともどうにかなる。それにだな……軍の指揮よりも現場で戦う方が性に合っているのではないか?」
「筆頭殿」
「正直に言えば俺も前線で戦いたいのはやまやまだがな。さすがに俺が離れるわけにもいかん」
「いいのかい? もちろん俺としてはありがたいが」
「ああ。メンバーも構成も装備も自由に選んで良い。杖も今の広域殲滅魔法特化仕様では目的に合わんだろう、新たに発注しておけ。ついでに剣や鎧も揃えておくと良い。後衛も装備を充実させておかねばSランクモンスターに直接狙われたらひとたまりもないからな」
「ははっ、至れり尽くせりじゃあないか。ならば折角の好意であることだし、ありがたく引き受けさせてもらうよ」
隠しきれない笑みを溢しながらさっそくとばかりに装備の発注に向かおうとしたレインだが、相対する男がまだ真剣な表情を浮かべているのに気付いて浮かしかけた腰を下ろした。
「もう一つ、ある」
「ああ、すまない。それで今度はどういう要件だい?」
「こっちは急を要する案件だ」
「………」
「カタナ、という武器について早急に検証と評価を上げてもらいたい」
「カタナ?」
初めて聞く言葉に記憶を探ってみるが思い当たる物がない。だが少なくとも確信できることはある。
レインは嬉しさやら諦念やら幾つもの感情が織り混ざった表情を浮かべ、それでも口角を上げながら尋ねる。
「また少年が何かやらかしたのかい」
「ああ。マンティコアの首……それで理解できるだろう?」
「……! なるほど、それは確かに急を要する案件だ。どんな人外じみた剣豪がやったのかと疑問だったが、新種の武器というわけかい。ちなみにやったのはどんな人物だ?」
「いまだ年端もいかぬ娘。年の頃はおそらく17かそこらだろう。身体つきも特別筋肉質というわけでは無かったな」
「おいおい……さすがに筆頭殿の言葉でも信じ難いものがあるぞ。だが……それが本当ならばおそらく武器の性質は切断に特化、それに恐ろしく技量を要求される類とみた」
「ふ、さすがに剣士だな。曰く、技量で斬るそうだ。本人はまだ百のうち一か二ほどしか理想的な剣筋を出せぬらしい」
「ほう。つまりその理想的な剣筋とやらを発揮した時にはあのマンティコアの首さえ一刀両断にせしめる力を持った武器、と。ならばそれをどれだけ高確率で出せるか、期待値はどの程度か、それにどこまでの性能を発揮できるか、と言ったあたりを調べれば良いわけだ。だが相当な技量を要求される以上、検証には相応の期間が必要だ。反抗作戦までには到底間に合いそうにないが良いのかい?」
「構わん。レグナムを取り返したとて、そこで魔王軍との戦いが終わるわけではない。我らは常に先を見据えておかねばなるまい」
「なるほど、道理だ。分かった、こっちの件も任されよう。何人か引き抜いても構わんだろう?」
「無論だ。……レイン、悠長にしている暇はないと心に留めておけ。反抗作戦のことももちろんあるが……我々が想像する以上にヤツの歩みは早い。我らが取り残されては笑えんぞ」
「ああ、しかと頭に入れておくさ。……しかしまあ、退屈する暇もありゃしない」
「同感だ」
二人の男が笑い合う。
そうしてそれぞれが目的のために行動するが、まだ彼らは理解していなかった。
想像以上などではなく、その二段も三段も早く変革は起きているのだと。