新たな杖と魔導剣
Sランクモンスターが討伐された。
その知らせは瞬く間にネアンストールを駆け巡り、東門には様々な人が集まって運び込まれた魔物の骸を眺めている。
五メートルにも及ぶ巨大な獅子。その体は強靭な筋肉で覆われており、人の胴より太い手足に鋭利な爪、漆黒の翼を持つ。また全身に傷痕が残り、冒険者ならずとも戦いの激しさを容易に理解できるほどだった。
「す、すげえ……何だあの切り口」
「あんな綺麗に斬れるもんなのか? 誰か教えてくれよ……」
その中でも明らかに致命傷と判る部分がある。それは誰もが呆然と眺めるほどの物だ。
恐ろしく綺麗に首が落とされている。
こうして解体もせず丸ごと運んできているのだ。わざわざ首だけ切り落とす必要など無い。つまりは戦闘の中で首を落とした。トドメの一撃だったのだ。
討伐したのは誰もが知るこのネアンストール最強の“赤撃“並びに"猛き土竜”の混成パーティー。ならば気になるのは誰が首を落としたのか。
重戦士ラインか、双剣士ツーヴァか、斥候のスルツカか。いや魔法という可能性もある。"氷雪の魔女“ならああいった芸当が出来てもおかしくは無い。
いや、しかしSランクモンスターと言えば軍が崩壊覚悟で戦うような存在だ。高々十人に満たない冒険者で討伐できるものなのか……?
……やはり"氷雪の魔女“は、"赤撃”が只者じゃないんだろう。
そうこうしているうちに数人の軍人が走ってきて人垣を掻き分けていく。
そして魔物と持参した本の中身を比べて大声を上げた。
「やはりだ! 巨大な獅子の体に翼……こいつはSランクモンスター、マンティコアに間違いない!」
なんだ、マンティコア!? 誰か知ってるか!?
口々に囁き合う声が聞こえる。そんな中でたまたま知っている者がいたのだろう、漣のように伝わっていく。
曰く。過去に一度しか討伐された記録が無く、千に近い死者を出して軍が崩壊してしまったのだとか。また、討伐までにあった被害を総合すると五千を超える死者を出したほどの大被害だったらしい。
「マンティコアをたったの九人で討伐するとは…………何、実際に戦ったのは四人!? 本当か!?!?」
詰問した軍人がリーダーである重戦士ラインに確認するや否や目を丸くして叫ぶ。
四人!? たったの四人!?
周囲のざわめきが悲鳴に近いものへと変わっていく。
信じられない。たった四人で一軍に匹敵する力を持つと言うのか……。
そこから何度かやり取りがあり、マンティコアの死骸は国が買い取ることが申し渡された。また、実際に戦った四名は駐屯地で詳しい話を聞くとのことですでに夕暮れゆえ明朝の出頭を命じられる。
そして軍がマンティコアを回収した後、"赤撃”と"猛き土竜“はギルドへと向かって行く。
後に残された野次馬たちはいつまでも動揺が収まらず、口々に囁き合う声が日が沈むまで続いた。
「ただいま……ってうわっ! ちょ、どうしたんですか、装備がボロボロじゃないですか!」
「おう、モッチー。済まねえが修繕頼むわ」
俺は帰るなり床に広げられた装備品たちを見て驚いた。
ラインさんが疲れたような声で迎えてくれるが、横にいたツーヴァさんはよほど疲れているのか苦笑しながら手を上げて迎えてくれていた。
それにしても酷い。
ラインさんの重鎧と盾はひしゃげて魔法陣が機能不全になっており、魔法剣は真っ二つ。辛うじて大剣が原型を留めているだけだ。
ツーヴァさんの双剣はどちらも砕けていて、軽鎧には大きく三筋の傷がある。貫通しているから魔法陣も当然パー。無事なのは鞘だけだ。
そしてミーナの杖は魔法石が砕けており、ティアーネの杖に至っては軸が折れて魔法石も粉々に吹っ飛んでいる。
唯一まともなのはセレスティーナさんの鎧か。ところどころ凹みや傷が目立つが、見た感じでは魔法陣や魔法回路には問題無さそうだ。とはいえこのままというわけにもいかないだろう。
「これ……ってそうだ、みんな大丈夫なんですか!? 相当ヤバい敵と戦ったみたいですけど」
明らかに致命傷になり得そうな傷跡もあるし、特に後衛二人が襲われたのは間違いない。
「ああ、なんとかな。回復出来ない傷を負ったやつもいねえよ」
「ちなみにレイアーネとティアーネなら風呂に入ってるだけだよ。無事だから心配ないさ」
「は、はあ。本当にみんな無事なんですね? ……それなら良かったですけど。とりあえず替えの装備は最優先で作ります」
それから俺は事の顛末を聞いた。どうやらSランクモンスターと遭遇して死闘を繰り広げたそうだ。
「なるほど。ってことはSランクモンスターと戦うにはまだ装備のレベルが足りないわけですか」
「いや、かなり良いところまでは行ったんだよ。ただミーナがやられてから一気に戦況が悪化したんだ。守勢に回ったらどうにもならなかったよ」
「後衛が狙われたんですね。うーん、後衛陣の防御のことも考えないと駄目そうですね。前衛だけで全部防ぎきれるとは限らないわけですし」
選択肢は三つくらいかな。防御力を上げる、シールド系の魔法で防ぐ、回避する。
ガッチガチに固めてもいいけど、身体強化との兼ね合いで竜のブレスみたいに必ず回避しなければならない攻撃から逃げられなくなる可能性がある。
スルツカさんのガントレットみたいなシールド系の魔法だとたぶん気休め程度になるだろう。それなら自分で防御魔法を使う方が確実だ。
となれば回避力を上げる。つまり聖光領域か、もしくは身体強化魔法を発動できる魔法陣を組み込むとか。……どっちが良いかは実際に使わないと分からないかな。
「けど本当によく倒せましたね。聞く限り敗色濃厚って感じですけど」
「ああ、そうだね。みんなやられて正直終わったと思ったんだけど、セレスティーナが最後の力を振り絞ってマンティコアの首を一刀両断にしてね。辛くも勝利したってわけさ」
「……は? 一刀両断? Sランクモンスターをですか!?」
「どうしてモッチー君が驚くのさ。カタナは技量次第でどんな魔物でも斬り伏せられる、って話だったろう?」
「いや、確かに親方もそう言ってはいましたけど、実際に試し切りしたわけじゃないし本当にSランクモンスターを斬れる確証は無かったんで……」
そうか、Sランクモンスターもぶった斬れるのか。やべえな、刀。流石は日本の魂。
ティアーネが俺の姿を見るやいなや小走りで近づいてくる。そしてそのまま胸に飛び込んできた。
風呂上がりのほんのり湿った髪から石鹸の香りがふわりと届く。
「ど、どうしたんだティアーネ。何かあったのか?」
困惑し、視線を下げた俺に飛び込んできたのは目尻に涙を浮かべる少女の姿だった。
「モッチー……、モッチー……、もっと強い杖が欲しい」
「杖?」
問い返してすぐに思い出す。
ティアーネの杖は完膚なきまでに破壊されていた。負けたのだと。
「ティアーネ、Sランクモンスター相手だと性能が足りなかったのか」
「ん」
「モッチー君、結構戦えていたよ。ちゃんとダメージを入れられていたさ。押し切るまではいかなかったけどね」
「ツーヴァさん、そうなんですか。じゃあ押し切れるくらいじゃないといけないんですね。どのくらいの性能が必要そうですか?」
「……そうだね、せめて三割増しくらいは必要かな。それくらいの威力だったら動きを鈍らせるくらいのダメージを出せていたかもしれない。けれどそれだと魔法使い筆頭の杖と同じくらいの性能になりそうだね。できそうかい?」
「ええ、まあ。作るのは難しくないんですが……」
材料もあるし時間をもらえれば製作そのものは十分に可能だ。というか多少無理してでも絶対に作ってみせるけど。
ただここで問題になるのはSランクモンスターと対等に戦うにはゲイルノートさんの杖レベルが必要って事実だ。しかも現状ではSどころじゃないオーバーランクモンスターの竜まで控えている。
これはもう一段階の進歩が早急に必要かもしれない。でないと魔導士隊の分をまとめて発注される可能性がある。また何十人分もの量を作らされてデスマーチになりかねない。
とはいえ案が浮かんでいたらとっくに最優先で取り掛かっている。杖は素材や魔法陣以外で工夫できる部分が少ないので改善が難しいのだ。
いや、そんなことじゃ駄目だ! ティアーネのためにもっと凄い杖を作らないと!
「待ってな、ティアーネ。すぐにもっと強い杖を作ってやるからもう少しだけ待っててくれ」
「ん。待ってる。……次は勝ちたい」
潤んだ瞳に強い意志が込められていた。
こんな目で見つめられたら応えないわけにもいかないよな。
「ああ、俺が絶対に勝たせてやるからな!」
「ん。モッチーと一緒ならきっと大丈夫」
そうだ、一人で戦うわけじゃないんだ。パーティーには役割があるし、裏で支える人間もいる。それらの力が合わされば何倍もの力が発揮できるはずだ。
…………ん? 力を合わせる?
ふと、脳裏に何かが引っかかった。
「モッチー?」
思考に沈んだ俺をティアーネが小首を傾げて見上げる。
しばらく無意識に青と緑の鮮やかなオッドアイを見つめていたその時だった。
「それだぁ! 思い付いた!!!!」
俺は思わずティアーネの肩を掴んで叫んでいた。