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パーティーの形・10

「か、はっ」


 全身を強打したセレスティーナから肺の空気が押し出される音が漏れた。


 地面にくず折れ、空気を取り込もうと必死に横隔膜を動かす。


「……ひゅ……ひゅぅ…………」


 だが上手く呼吸が出来ない。口から溢れるのは消え入りそうな浅い呼吸音だけだ。


 魔物は……戦況は……


 必死に目だけを動かすが、視界が真っ赤に染まっていて良く見えない。


 それでもティアーネが倒れている姿が確認できた。


 杖が、砕けている。


 魔物は彼女を見下ろしていた。


 駄目……このままじゃティアーネさんが殺されてしまう……!


「……て…………いて……」


 助けなきゃ。助けなきゃ。助けなきゃ!


 だから動いて! 私の身体!


 ピクリと指が動いた。


 カタナは……あった。手を伸ばして掴んだ。


 あとは立ち上がるだけ。


「ゴホッ……が、はっ」


 口から血がどろりと零れ落ちた。


 頭から流れる血を拭う。……視界はなんとか戻った。


 一振りだけでいい。一振りだけ身体が保ってくれたらそれで良い。


 魔物を見据える。


 ティアーネの身体がピクリと動くのが見えた。それに反応して魔物が右前脚を振り上げる。


 動け! 動け! 走れ! 走れ! 走れ!


 聖光領域は生きていた。瞬く間に距離が詰まる。


 この一閃で仕留めなければ……!


 急所は外せない。避けられても駄目。振りをミスしても駄目。重心を低く。相手を見て。身体で振るように。絶対に外せない。外せば死……!


 頭の中をぐるぐると思考が駆け巡る。


 こんな状態では駄目だ。心を落ち着けて冷静にならないと……。


 ちゃんとして、私! 無駄なことを考えないで! ここでやれなきゃ私はなんのためにここにいるの!


 だって私はこれしか無いから……!


 私はミーナやノルン様みたいに頭なんて良くない。スルツカさんみたいになんでもこなせるわけじゃない。ウルズさんみたいに体格が良いわけでもない。……それにモッチーさんみたいに何かを作り出す力があるわけでもない。


 剣を振るうことだけは得意だった。


 魔物を前に臆することも無かった。


 剣技は身体が覚えてくれた。


 魔法剣を手に入れる幸運にも恵まれた。


 そして……彼が最高の装備を与えてくれた。


 今、この時が私が一端の冒険者だってことを示す時!


 頭を空っぽにしよう。


 ただ接近して斬る。それだけすれば良いのだから。




 深く、息を吸った。




 魔物がこちらに反応し、振り上げた脚を叩き付けてくる。


 右足首を僅かに捻った。上半身が沈み、地を蹴ると自然と前脚を掻い潜った。


 カタナを握る手は微かに震えて上手く力が入らない。


 でもそんなことは関係ない。カタナを振るうのに余計な力は要らないのだから。


 重心は安定している。魔物はすぐ目の前にいる。


 時が止まったかのように流れが遅い。


 ただカタナを上段に構え。


 腰の回転を軸に振り切る。




 無かった。音が。抵抗が。そこには。




 斬ったのか、外れたのか。それを確認する前に。


 セレスティーナの身体は巨大な重量に押し潰された。









 激戦で荒れ果てた地にラインらが辿り着いたのはそれから十数分の後だった。


「おい! 無事かお前ら!?」


 声を張り上げ、息を呑む。


 魔物の巨大な体が見えた。


 だが。




 首が、無い。




 いや、首がすぐそばに転がっている。


 骸だった。


「た、……倒し、た!? いや、それよりも!」


 周囲を見回す。すぐにティアーネの姿が目に映った。


 頭や口から血を流している。


「ティア!?」


 すぐにレイアーネが駆け出した。


 周囲を見回すと木々の向こうにミーナの姿も発見する。


「おい、ミーナ!?」


「ライン、こちらもじゃ! セレスティーナが魔物の下敷きになっておる!」


「な、何ぃ!?」


 ティアーネの状態を確認して回復魔法をかけたレイアーネはミーナの元に走り、ライン、ノルン、ウルズの三人は魔物をどかせようと集まった。


「スルツカ! お前はツーヴァを探してくれ! 姿が見えねえ!」


「了解した」


「よし、お前らいくぞ。せーの!」


 三人がかりでなんとか魔物の骸を動かすと、赤黒い返り血に染まったセレスティーナが虫の息で蹲っていた。


「レイアーネ、こっちがやべえ! すぐに来れるか!?」


「……ええ、大丈夫! ミーナは失神してるだけで軽傷よ! じきに目を覚ますわ!」


 レイアーネは駆け寄るとすぐに回復魔法をかける。


 眉を顰めながら二度、三度と回復魔法を重ねた。


「おい、どうしたレイアーネ、やばいのか!?」


「……いえ、大丈夫よ。予想以上に消耗が激しかったみたい。相当な激戦だったのね」


「そりゃあそうだろうよ。生きてるだけでも不思議なくらいなんだ」


 骸を見た今でも信じられない。


 Sランクモンスターを相手にたった四人で勝った……?


「ぬうぅ。よもやこのような魔物と相打ちとは」


「おい、ノルン爺。相打ちじゃあねえ、勝ったんだ。誰が何と言おうと勝った。それは譲らねえ」


「……そうじゃの。実に見事じゃ」


 よくやったよ、若えのによ。


 ラインが安堵で膝をついたその時だった。


 笛の音が響いた。


「っ! そうだ、ツーヴァ!!」


 ラインが顔を上げると同時にレイアーネが走り出す。


 遅れてラインも追走した。


 笛の合図は動かせないほどの重症だ。軽傷ならスルツカが運んできているはず。


 果たして二人が見たのは腹を切り裂かれ、土気色の顔で今にも死にそうなツーヴァの姿だった。


「い、息があるなら私が!」


 右腕と左足を骨折し、右肩から左脇にかけて三つの切断痕が走っている。そこからは夥しい血が流れており、地面を赤黒く染めていた。


 身体中が土と草に塗れていて、周囲の様子からここまで吹き飛ばされたのだと嫌でも分かる。


 ……高レベル冒険者じゃなかったらとっくに死んでいるレベルの傷だ。


「レイアーネ、いけるか?」


「……手が足りないわ。もう一人フォローが欲しい」


 回復魔法をかけるレイアーネだが、回復速度と生命力の低下速度が拮抗しており容態が改善しない。少なくとももう一人回復魔法を扱える人間の手助けが必要だった。


 ノルン爺なら多少の心得はあるが、と顔を上げたところでこちらに歩いてくる人物の顔が見えた。


「ミーナ……お前、動いても大丈夫なのか?」


「ふひっ。ミーナが一番軽傷だったなの。とっとと治してセレスティーナの面倒見ないとなの」


「助かるぜ」


 ミーナのフォローが入り、ツーヴァの容態は次第に回復していく。


 杖を持たないミーナだが、簡単な止血から体力の回復を中心に役割分担することで効率的に治していった。


「ふひっ。これくらいなら傷痕も残らないし完全に回復できるなの」


「そ、そうか……良かったぜ」


「ふひっ。後はレイアーネに任せるなの。ミーナはセレスティーナを診ておくなの」


「ミーナ、セレスティーナは……」


「ふひっ。無理を重ねたみたいで身体の芯の部分が弱ってたなの。しばらくはじっくり回復させなきゃならないなの」


「そうか。しっかり回復できそうか?」


「ふひっ。任せとけなの」


 ミーナを見送ったラインは全員の生還を実感し、膝をついた。


 張り詰めていた精神が一気に弛緩し、長い溜め息を吐く。


 右手で土を硬く握りしめて。

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