鍛冶師を始めよう・2
「ここが細かいんだよな。ノミで削れったってミリ単位までできるのは宮大工くらいだろ」
俺は木板を手に四苦八苦しながら表面を削っていた。
教本にある魔法陣と必死に見比べながら間違いのないよう根気よく進める。
「っと、これで大体オッケーかな?」
見本と遜色ないことを確認し、中央に空けたくぼみに魔法石をはめ込んだ。
魔力を流してみると、木板の表面を薄く魔力の膜が覆う。試しにノミで突いてみたが、硬い感触が返ってくるばかりで傷一つ付かない。どうやら上手くいったようだ。
「モッチー君、それは何だい?」
「耐久性を上げる魔法の刻印ですね。防御力が上がりますし、壊れにくくなります。防具の付与としては最もメジャーってなってます」
「なるほど、耐久強化の魔法か。確かに防具としては一般的だね。でも刻印の練習かい?」
ツーヴァさんが懸念していることはわかる。防具に魔法の刻印を施すことはあまり一般的ではないからだ。
刻印魔法を発動させるには魔力が必要だ。魔法石はあくまで魔法陣に魔力を供給するための媒介でしかなく、装備している人間が魔力を供給しなければならない。
確かに発動時は防具の性能を上げることはできるが、刻印を施す分だけ多少なりと防御力は落ちる。それなら防御魔法を使う方が手っ取り早いため、防具に刻印が施されることはほとんどない。
とはいえほとんどない、ということは少しはあるということ。
魔法石は魔力を蓄える性質を与えることができる。これをバッテリー代わりにすることで刻印魔法を継続して使おうと考えている。
しかし蓄魔力型魔法石は入手が非常に困難であり、さらに作製できるどころか作り方を知る職人もいないのが現状。
「確かに非常に高価な代物ですけど、刻印魔法を常時発動できるのであればそちらの方が強いのは間違いありません。最高の防具を作るためには避けて通れないと思ってます」
「そうか、そういう目標があったね。しかし蓄魔力型魔法石はどうやって手に入れるんだい?」
「自分で作れれば、とは思いますが。とにかく今はやってみることが肝心なので」
まずは何が出来て何が出来ないかを知る。そこから始めるのが大事だと思う。
「それに何も刻印魔法だけにこだわるつもりもありませんし。防具に関する知識と技術を吸収しなければ新しいものも生まれませんから」
「新しい、か」
「はい。俺が目指すのは最高の装備です。生半可で満足するつもりはありませんよ」
俺は素人だし、前世の知識だって大したことはない。経験だってない。あるのはせいぜいゲームの知識くらい。
けど、ゲームの中だからこそ突拍子のないものや考えうる最強の装備なんてものがあった。その知識こそが俺の武器だ。
「公都で蓄魔力型魔法石についての本があればいいんですけどね。こればっかりは運次第ですが」
魔法石を取り外して次の木板を用意する。今度は別の魔法陣を刻み、動作を確認。こうして俺は順調に経験値を貯めていった。
結論から言えば公都シルヴェストで蓄魔力型魔法石についての本は見つからなかった。
代わりに別アプローチでの刻印についての本やその他有用そうな本を数点入手、さらにポーション関係の本や素材も入手してある。
そして今回のメインは積み上げられた短剣だ。
「うん、これは買い過ぎたかな」
値が張らないとはいえ、五十本はやり過ぎたか。またラインさんに呆れられそうだ。
そして魔法石も複数買い揃えた。ひとまずの準備は整ったと言えるだろう。
「モッチー、ギルド」
確認していた俺をティアーネが促す。だが、ギルドに用事なんてあっただろうか。
「スキル」
「ああ、そういえば。中級の鑑定版なら見れるんだっけか」
「そう。重要」
「じゃあちょっくら行ってくるかな」
他に用事があるかと考えているとティアーネが横にぴたっと並んだ。
「一緒に行く」
「おう。じゃあ行こうか」
そう遠くない距離だし、本人が行きたいのなら問題ないだろう。それに女の子と二人きりのシチュエーションを逃す手はないってもんだ。
大通りには店が立ち並び、また出店も多い。だからひやかして回るだけでも楽しめたりする。
俺たちはゆっくり眺めながら進んでいたが、アクセサリーの出店で俺の足が止まった。
そういやゲームなんかじゃアクセサリーって強化アイテムになってるよな。この世界じゃどうなってるんだろうか。
店の品揃えはネックレスや指輪、腕輪、イヤリングなどオーソドックスなのが並んでいるが、刻印が付与されたものは見当たらない。
教本にもアクセサリーに刻印するのは表記がなかった。もしかしたら存在しないのだろうか。
「ティアーネ、マジックアイテムになってるアクセサリーってあるの?」
「ない。小さい」
「なるほど、やっぱりか。刻印するには小さいし、刻印と相性の良い素材を使っても小さくて効力がない、か」
確かに普通に考えればそうだが、もし、可能性として、この大きさで満足な能力を発揮できるアイテムが作れたとしたら。
革命が起こるのではないだろうか。
武器だって防具だって、今までより飛躍的に強いものが作れるはず。ゲームで出てくるような最強装備だってきっと。
「すみません、これとこれと……そうですね、これとこれも。それからこっちとこれ、ああこれも……」
値段も安いからここぞとばかりにまとめ買いする。俺の心はすでに次の実験へと向いていた。
「モッチー?」
「おっと、ティアーネは欲しいものあるか?」
「……これ」
ティアーネが選んだのは薄桃色の花を模した髪留めだった。彼女の青髪にはどうだろうか、と髪に当ててみたら薄桃の優しい色が思いのほか似合っていた。
「似合ってる。可愛いよ」
「……あ、ありがとう」
ティアーネの顔がぽふっと音がしそうなほどに沸騰した。今まで見た中で一番の表情変化だ。
それにしても可愛い可愛いとは思っていたけど、実はとんでもなく可愛くないか、ティアーネ。
今までオッドアイばかりに目が行ってたけど、レイアーネさんの妹だけあって容姿も整っているし、小さい身体で動き回る姿は庇護欲をかきたてられるというか。
いまっさらだけど、めちゃくちゃタイプかもしれない。
やば、顔が赤くなってきた。今まで結構近くにいたのに気付かなかったのかよ俺。節穴かよ。
うわ、店員さんにめっちゃニヤニヤされてるし!
「すみません、会計お願いします!」
急いで会計を済ませて出店から退散する。どさくさ紛れで手を握ってしまったけど、改めて気づいてさらに顔が赤くなってしまう。
くうぅ、前世での経験不足が悔やまれる。ケントの野郎なら平気なんだろうなぁリア充め。ちったぁ女運分けろってんだ。
いや、今こそが俺の黄金期なのかもしれない。これから俺の時代が始まるんだ。
待て、落ち着け俺。ここでがっついて引かれたら黄金期が遠のいてしまう。クールだ。クールに振る舞うんだ。
「てぃ、ティアーネ。早くギルドに行こうか」
あああああっ、噛んだぁ! 俺の馬鹿野郎!
「ん」
ああやべ、ティアーネがいつの間にか無表情に戻ってる。いや、これはちょっと照れてる……?
分からん! ちょっとは分かるようになったかと思ったのに。
てかさっきまでの俺はなんで平気だったんだ。平常心カムバック!
落ち着け、落ち着け、落ち着け……
「モッチー」
「ん?」
「ギルド過ぎた」
………………あ。