答え合わせの10分を、謎解きの30分に
「おい、何やってんだ。」
とても低い声、高い身長、明るい金髪。
そんな男の人が、わたしと龍我くんの間に、割って入ってきた。
「お前...! ......ちぇっ、なんでもねーよ。」
そういって、路地裏を立ち去る龍我くんの後ろ姿を、わたしは見ることができなかった。
そして、目の前の大きな背中がぱっと消えた。
「大丈夫? えーっと...巫さん?」
身長も、髪の色も、声も少し変わっていたけれど、それは紛れもなく、桜庭くんだった。
「あ、ありがとう......ちょっと、変わった?」
身長もすごく伸びたし、声も、昔より低い。
髪の色だって、明らかに染めてるけど、変わった、とはっきりは言えなかった。
「まぁ、ちょっと変わったかな?」
恥ずかしそうに少し笑って、そっぽを向く。
「それより...なんであいつについてったんだよ。」
少し怒ったような声になり、さっきまでとはいかないけど、声がわずかに低くなる。
「もしかして、俺の下の名前、覚えてない?」
いつの間に、俺、なんて言うようになったんだろう。
そんなことを考えたくなるけど、桜庭くんの下の名前を先に思い出さなきゃ。
いつも、桜庭くんって呼んでて、みんなもそう呼んでたから、あまり覚えていない......でも、不釣り合いな名前だったような気がする。
そう......龍...龍だ!
「龍くん...?」
自信なさげに答えると、少しため息をついて、わたしの方へと近づく。
「俺のこと、忘れたのかと思った...」
気がつけば...ぎゅっと、抱きしめられていた。
「あ、あの、桜庭くん。 ちょっと、苦しい...」
少しどきっとしながらも、あまりの力強さに、思わず息が苦しくなりそう。
とっさに離れて、わりーわりー、と桜庭くんは謝ってくれた。
「10分、答え合わせをしようかと思ってね。」
答え合わせ?
思わずきょとんとしてしまうわたしだったけど、心当たりがあった。
すぐに持っていた鞄から、1冊の本を出す。
横から見ると、よくわからない文字の書かれた、暗号。
「答え、わかったかな?」
*+:。.。:+*'*+:。.。:+*'*+:。.。:+*'*+:。.。:+*'*+:。.。:+*
「あ、ありがとう......桜庭くん。」
暴力なんて無縁なんじゃないかと思っていたのに、わたしを守ってくれた。
思えばわたしは、この時から、彼のことが好きだったのかもしれない。
それから桜庭くんは、わたしとよく話すようになった。
いつも1人でいるのを心配していたのかもしれないけど、強引にみんなの輪に入れようとはしなかった。
むしろ、いつも1人で机の上に突っ伏して寝てばかりいたわたしに、読書を勧めてくれた。
わたしは、すぐに読書という楽しさにハマってしまい、それまで滅多に使わなかったお小遣いも、ほとんど本を買うのに、使ってしまった。
本を通じて、色々な世界を見ることができた。
そんな色々な世界を見るきっかけを作ってくれた桜庭くんとは、わたしもすぐに仲良くなった。
一緒に図書館に行くようになったり、さらにはおすすめの本を持ってお互いの家に行き、交換して呼んだりもしていた。
もちろん、本だけではなく、映画化されれば、映画館にも行った。
いわば、デートだった。
趣味だけではなく、勉強も一緒にした。
苦手な分野を、徹底的に、わかりやすく教えてくれた。
でも、時はあっという間にすぎ...卒業の日となった。
桜庭くんが東京の高校へ行くことは、とっくに知っていたはずなのに。
いざ別れとなると、とても悲しくなった。
わたしは、やっとその時、『好き』という気持ちを知った。
「桜庭くん...東京、行っちゃうんだよね...」
もう、わたしと桜庭くんしか残っていない教室。
夕日が射し込み、桜庭くんの横顔を照らしていた。
「うん......ほら、泣かないでよ。」
ぼろぼろと涙がこぼれてしまって、その涙を、桜庭くんが指で拭う。
桜庭くんの指のほんの少しの熱が伝わって、わたしは余計にじーん、としてしまう。
「ゆいなちゃん、この本、最後に貸すよ。」
涙でいっぱいの目だったけれど、それが桜庭くんお気に入りの恋愛小説であることが、すぐにわかった。
「これ、なに?
ひゃくにじゅうはち...るーと...」
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横から見たところに、ペンで直接書いてあった。
「暗号だよ、ゆいなちゃんへのメッセージ。
同窓会で会ったら、答え合わせをしたいんだ。」
だから、大事に持っといてね? と、大好きな笑顔を見せてくれた。
その日は、最後になる帰り道を一緒にゆっくり歩いて帰った。
*+:。.。:+*'*+:。.。:+*'*+:。.。:+*'*+:。.。:+*'*+:。.。:+*
「ごめん...まだ解けてない。」
読んでいけば、絶対解けるって言われたけれど、何度繰り返し読んでも、結局わからなかった。
「しょうがないなぁ...30分に延長ね。」
10分って、答え合わせだったんだ...でも、30分。
たったの30分で、わたしの恋は、終わってしまう。
とても悲しかったけれど、近くのカフェに行って、わたしはゆっくりとページをめくり始めた。