一章 二話 『主人公最強系と神は嗤う』
凛と響いたその声の持ち主の方へ体を向ける。
そこには朱と白、(多分絹だろうが)を基調とした鮮やかな着物を着て、艶な黒髪を背中まで伸ばしている、古風な美少女が一人。
おかっぱとは言い過ぎかもしれないが、ある程度の長さで前髪は切りそろえられている。
全てを飲み込むような漆黒の瞳に、ほんの少しだけつり上がっている目は好戦的に見えて、まるで彼女の性格を表しているようだ。
えっと…赤の他人だよなあ?
中々昔のことは覚えているつもりなのだが、それでも忘れてしまっているいとこ的存在の人なのかもしれない。
…まてよ。
もし神谷の血が流れているならあれほど美形に生まれない。
よって血縁関係ではない。QED。
それでは誰なのん、って話になるが、それを今話してくれるのだろう。
地平線に沈もうとしている夕焼けの太陽光が彼女の体を縁取っていて、眩しい。
つまり彼女の背の方向に太陽があるはずのだが。
僕はふと気づく。
ーー影がない?
彼女の足元からはアスファルトに這っているはずの影がない。
太陽光が物体に遮られて、影ができる。それは自然界のルールだ。
それを超越している存在が僕の目の前にいる。
そりゃ血縁関係じゃないわけだ。だってこれ妖怪とかでしょ。酷くない?僕さっきまで人助けしてたのにコロス、とかなったら酷くない?
まあでも。僕はようやく、いや、もう遅いかもしれないが、この場の異常な雰囲気を感じ取った。
異常…ねえ。その響きが頭を回す。
グルングルンと電気信号が回る。
ふと視線を落とす。包帯の留め具を外す。
「これはお前の仕業か?」
しゅるしゅると、音を立てながら落ちていく。そこで露わになったのは女の子を庇ったため焼けただれた右手なんかではない。
ーー甲に、〝神〟という文字が浮かび上がった異常な右手だった。
「私の仕業も何もない。ただそれは不幸にもカミガミ戦争への参加証で、私のパートナーの証だ。だからこう姿を表したのだよ、これから助け合っていかなくてはならないからな」
彼女はうっすら笑みを浮かべて言う。
「カミガミ戦争?」
「ああ、神の神を決めるための戦争。…まあ実際に戦うのは人間なのだがな」
「それはどういう…」
いつのまにか彼女は目の前にいて、僕の唇に人差し指を当てた。
「まぁ最後まで聞け。そう一々突っ込まれては日が暮れてしまう」
「…神々はある時神の神を決めなくてはいけなくなった。なぜそうしなければならなかったのは省くとしてーーそこで神の頂点、一番優秀な神がそれになる必要があったのだよ」
しょっぱなからトンデモな話をしているが、そう、それは突っ込んだら負け、ってやつである。
春風が足元を通り過ぎる。彼女の背中まで伸ばしている黒髪がなびいた。
「もちろんジャンケンで決めるわけにはいかない、まあ殴り合いだ。神も人間も、心も持つ存在はあまり変わらないよ。ただ、本気で神が戦うのは一方が消滅してしまう可能性が否定できない。それは概念の消滅を意味していてーーそれは避けねばならなかった。そこで発案されたのがカミガミ戦争だ」
「人間に自分の力、神力を譲渡し戦わせる。それで最後に生き残った人間と契約している神が、神の神になれる。これがカミガミ戦争の概要だよ」
情報量が多すぎて上手く処理できない。
まだどこぞやの異世界に行った方が分かりやすい。
カミガミ戦争?神の神?契約?神力?
県内指折りの妄想癖の自負がある僕でさえこのベクトルのシュミレーションはしていない。
「つまるところ好人、お前は他の神との契約者を殺し尽くせばいいわけだ。私の圧倒的な力でな。簡単だろう?」
話はひと段落ついたかな?
「…もう喋っていいか?」
「ああ、構わない」
いつのまにかアスファルトの塀の上に立っている。
さっきから地球のルールに従え!瞬間移動をするな!
彼女の艶な黒髪は夕空によく映える。
「なんだかごちゃごちゃ言ってるけど急に出てきて戦えってなんなんだよ?僕は人を殴ることすら出来ないような凡人だぜ?そんなホイホイ危なっかしい戦いに身を投じるのはごめんだね。他を当たってくれ」
「もうこの契約は死ぬまで解けないし、お前は殺さなくても他の奴らはお前を殺しにくるぞ?」
「うっ、そうなのか?」
「ああ、明日と言わず今、命を狙いに来るかもしれんな。お前のような貧弱なもやしのような男は一番やりやすいだろう」
彼女は足をぶらぶらしながら煽ってくる。
薄ら笑いが加速している。品性な美少女の顔が台無しだ。
「くっ…そもそも僕はお前の名前すら知らないんだぞ!そんなあっさい関係で代わりに戦えだのなんだの言われる筋合いはないし…っていうか僕の名前をどこで知った!?」
「ふむ、そう言われてみれば、だな。軽く自己紹介といこうか。私はセイシール・ディア・カミ。神の神だ。カミは苗字みたいなものだが…まあいい。カミ、と呼んでくれ」
個人情報流出元の話は完全に無かったことにされた。平成って怖い。
ん?つか今なんつった?
「なあ、カミ。お前今神の神って言ってなかったか?」
「ああ。そう言ったよ。つまり私は前回のカミガミ戦争に優勝している。二連覇に向けて日々精進しているよ」
わーお。アリエナイ。アリ◯ールでしょ!
いや、この動物に例えたらカラカルあたりの娘が神の頂点なんて、信じられない。
まあ信じる信じられないとかは置いておくとして。(影のことを自分で気付いてしまっただけに、どんな奇想天外なことを言われても信じそうだ)
「お前がか!?外見は強くなそうだし…神の神になる前はなんの神様だったんだ?」
興味本位で口走ったことだった。
だがその言葉でカミの表情が明らかに曇った。
この顔は分かる。僕も山ほど体験しているからだ。
そう、まるで父や母が死んでいる僕や妹に、友達の親御さんからご両親は?と聞かれて反射的にしてしまうそれだった。
「わ、わりぃ、変なこと聞いちまったな」
また表情が変わった。
次はあまりに早く心を読み解かれて、面食らったらしい。
「…いや別に大丈夫だ。私は神の神になる前の記憶がさっぱりなくてな。ーーだから前の戦った記憶も、苦節を共にしたパートナーの名前も、私がもともとなにを司っていたかも、覚えていない。戦争管理会の天使は、神の神になった副作用だ、と言っていて、仕方ないと割り切っているけどな」
彼女を見ると少し哀しそうに空を見上げていた。
神様がこぼしたその言葉は春風がどこかへ連れ去っていく。
「…たしかに身勝手だ。いきなり現れて殺しあえ、なんて。だが戦う覚悟がなければ死ぬぞ?もうカミガミ戦争は始まっている。三日前ほどにな」
「右手にこの文字が浮かんだ日だな。…じゃあなんで今まで現れなかった?三日前じゃ都合が悪かったのか?」
三日前、起きたら右手が変だった。そのことに気付いたのはなんとなく歯磨きをして今日もフツメンなのな、と鏡で確認している時だった。
シャコシャコ動かしてる右手に広範囲に黒い痣ができたのかと思った。
あ、勘違いすんなよ。シコシコじゃあねぇぞ?
ーーでもそれは痣なんかではなく、不気味なほどはっきりと浮かび上がっていた。
「神」と認識できる痣もどきは流石に目立ちすぎた。
その日の学校、というか今もだが、包帯で見えないように巻いて行った。
まあ剛に「厨二病患者がいるぅぅぅ!」と叫ばれたが。
「ハンデで私は遅れて地上に降りた。私以外の神々、その契約者たちは戦いに備えているかーーもう殺そうと探し回っているのかもしれないな」
〝殺し合う〟という現実が心に重くのしかかる。
アニメとかラノベとかの主人公は躊躇なく敵を殺したりするけれど、もし実際にそんな状況になったら、絶対僕はビビる。ひよって、震えて。
相手の攻撃をかわしても、それで生じた砂煙とかで目をやられるんだと思う。
「ーーなあ、カミ。僕はもうお前の力が使えるのか?」
「ああ。その右手に刻まれたーー神印があるんだ。私の神力はお前に移っている」
「これでどんなことができる?」
「…そもそも神は何かを司っているものだ。火や水、太陽や月。その全ての権化、それが神なんだよ。私は神の神だ。つまり、神を司っていた」
全てを飲み込むような漆黒の瞳に夕日がきらめく。
カミの説明は貧弱な僕のおつむじゃあまり要領を得ない。
「つまり…?どういう?」
「神を司っていた私は全ての神の力を操れる。
〝神の傲慢〟それが、私の神力。」
ーー艶な黒髪が印象的な神様の表情は、そう、戦いに飢えた獣のように歪んでいた。