LOVE TRIP
LOVE TRIP あの夏に言いに行く
時々、思い返してみたくなる。
切なさが、とても甘酸っぱく、清涼飲料のように、乾いて
しまった心を、忘れたしまっていた胸のつっかえを、あの新
鮮な痛みを思い出させてくれる気がする。
恋と言えるのか、ただの思い込みと一人芝居だったのか。
夏の暑い時。校舎がやけに大きく感じて、もしかしたら、
誰にも見られないで済む、自分にさえも見られないような
隠れ場所が、ただ欲しかったのかもしれない。
あの夏、ドキドキした夏……
「何、話って?」
いつもは近づかくことがない、そのクラスの前で、教室の外
から彼女を呼び出してもらって、廊下の突きあたりで二人。
授業の合間の時間は、10分足らず、僕も理科室へ向かわないと
間に合わない時間だ。
「本当は、もっと先に言うつもりだったんだけど」
本当はというか、過去のボクは、この日の10日後を告白
する日と決めて、宣言していた。
「早くしないと、次の授業始まっちゃうから」
彼女は、急かす感じはなく、無言の間を消すかのように
言った。
昔のボクなら、ここで焦って、自滅のパターンだ。
僕は彼女の目を見た。
多分、昔のボクは目を見ずに話したんだろうな。
「何?」
彼女が少し小さな声でつぶやいた。
「付き合って欲しい」
僕は、言葉で告げるより先に、
彼女の目に、僕の目で、そう伝えた。
そのあとに、先ほどの言葉が続いた。
長い、沈黙。昔のボクには、死刑宣告前の時間のように
思えただろう。
でも、今の僕には永遠に生きているような時間に感じた。
風が、ふぅーと僕の横を通り抜けて行った。
鈴の音が聞こえた。
何だろう。過去と現在が交錯した音?
それとも、時間切れのベルの音?
彼女がクスっと笑った。
「返事が要る?」
僕も笑った。
「イヤ。返事は要らない」
僕は返事を欲しかった訳じゃない。そう、自信を持って
彼女に映った僕を、見つめたかっただけなんだ。
こうしたら、こうなるとか、
ああすれば、ああなるとか、そんな計算はせずに
ただ、自分の思いを伝えるのではなくて、
承認の言葉を聞きたいからではなくて、
何も確実なものが手に入らならなくても
ただ、この思いが間違いない事を確かめたかった。
それだけだ。
鈴の音が、もう1回。
多分、時間切れだろう。
彼女は、スカートの裾を直しながら
僕の顔を見上げていた。
鳴り始めたチャイムの音が一瞬止まった。
気がついたら、彼女の唇がふれていた。
何秒? これが永遠の一瞬?
僕の唇は、僕のものでないような気がした。
彼女の全身が、僕の中に入って来たような
彼女の分身が、僕の唇になってしまったような
想像にしても、夢にしてもリアル過ぎる。
彼女の顔がぼやけてきた。
多分、当時のボクの記憶は思い込みが強すぎで
本当の彼女の顔を見つめられなかったのかも
しれない。
彼女の顔がぼやけてきた分、彼女の気持ちが
僕の心の一部になっているような気がしてきた。
あの当時の心の痛みが、これまで以上に新鮮に
ここち良く感じる。
彼女の名札が落ちていた。
どういう意味だろう。
拾ってはいけないような気がした。
始業前のチャイムの音がし始めた。
そろそろ僕もいかなくちゃ。
七夕の季節
ダメなボクをいつも思い出していたけど
今年は、七夕が過ぎて、ダメじゃないボク
と出会う事ができた。
FINE