005 正史と事実
学園長室から出た悠人は、リーゼからの歴史に関する話を聞いていた。
「では、悠人さん。
第二次世界大戦は知ってますか?」
「あぁ、世間一般に言うやつだろ?
それは、知らないやつはいないだろ。」
「はい。1940年前後にドイツ、イタリア、日本がその他の連合国と戦ったあの世界大戦です。」
「それなら、知ってる。
おそらく、学校で習う範囲ぐらいには。」
悠人は、内心少し馬鹿にされていると思った。
第二次世界大戦なんて知らない人はほとんどいないし、それに魔法なんて関係ない。
ましてや、悠人の部屋が学生寮じゃなくなる事に何の関係もないからだ。
「それなら、話が早いです。
簡単に、日本だけの目線で行くと少し疑問を持ちませんか?」
「いや、特には。」
「そうですか、1942年前半までは連合国軍を圧倒していた日本が、何故、あれほどの大敗を期したのか。」
「そりゃ、日本にアメリカとかと対抗するだけの資源や生産力が無かったからだろ?
学校でそれくらい習ったぞ。」
リーゼが話す事は、日本の中学生ならみんな習っているような事だ。
次第に、悠人は何が何だか分からなくなってくる。
「はい。
確かに、日本にはそれらが乏しかった事でしょう。
しかし、実際に東南アジアを占領していた日本には、もう少しの余裕があったはずです。
それなのに、ミッドウェー海戦で日本だけが大きな損害を出した。」
「それは、戦術的に失敗したからじゃないのか?」
「そうです。
しかし、世界で初めて航空機の船舶に対する優位を実証した日本がそれを活用しない様な作戦を立てたのか。」
「・・・」
「それは、そうなるように仕向けられたからです。」
「仕向けられた?」
「そうです。
では、チェスをしたとしましょう。
チェスの駒は軍隊。
プレイヤーは、それを指揮する立場にある人間です。
確かに、プレイヤーの技術に決定的な差があれば、ゲームは片方が圧勝するでしょう。
これは、駒が多少強くても、どうしようもないことです。
しかし、その強いプレイヤーが、途中で負けなければいけなくなったとします。
この時、プレイヤーは戦力となる強い駒を敵に倒されやすい所へと動かせばいいだけです。
ただ、一つ気をつけなければいけないのは、そのゲームの外野、観戦している人間にそれがバレない様にするためには、ある程度、戦い、奮戦虚しく負けたという状況を作り出す必要があるということです。
そして、ゲームが終わった後も隠し通さなければならない。
これをするには、対戦相手の協力も必要です。
では、このチェスのプレイヤーを当時の日本、連合国軍、観戦者を何も知らない一般市民に置き換えて考えてみてください。」
「つまり、日本は何らかの理由で第二次世界大戦に負ける必要があって、奮戦を演出するためにミッドウェー海戦やレイテ沖海戦、ガダルカナル島や沖縄戦をしたって事か?」
「はい。
まあ、実際に10年と続いていたら資材不足などの問題で決着がついていたかも知れませんけどね。」
「奮戦と敗北の理由に、指揮の失敗と資源、生産力の不足が選ばれたってことか。」
「はい。
比較的、簡単だったのでしょうね。
ミッドウェー海戦の結果は国民には実際より被害が少なく、戦果が多く発表されました。
しかし、これは、情報操作ではなくこっちが事実だったのです。
演劇が終わる前に、国民に戦意を喪失されては話が終わってしまいますからね。
事実は後でいくらでもつけられますから。」
悠人の知っている歴史をねじ曲げる発言を、リーゼは淡々としていく。
「じゃ、じゃあ、沈んだ、いや、沈んだ事にされた船はどこに行ったんだ?
自分たちで沈めたのか?」
「そんなことしては、それこそ資源の無駄でしょう。
そもそも、それでは目的が達成されませんから。」
悠人は、リーゼの言っている事は分かった。
しかし、言っている事が意味する事はわからなかった。
「目的?」
「はい。
大戦の結果が創り出された理由の一つとして、軍艦を世間から消すことです。
まあ、これは後から追加された内容なのですが。
確かに、初めは事故で沈んだ事にされたらしいです。
有名なのは、戦艦陸奥の爆沈です。
しかし、そんな事故を多発させては怪しまれる。
そこで、大戦末期のレイテ沖海戦などでは、多くの艦艇が戦域に投入され、帰ってこなかったのです。」
「でも、亡くなった人や帰ってきた人はどうなってるんだ?」
「ほとんど、生きてますよ。
事故で亡くなった方もいたようですが、ほとんど生還してます。
ただ、記録上亡くなった事にされただけです。
最も、戦果操作の無かった戦いや行われる前の戦いの死者は事実ですが。」
「じゃあ、バレるだろ!」
「そんなもの、厳重な緘口令がしかれたに決まっているじゃないですか。」
悠人のなかの歴史に対する『常識』が崩れ去った。
しかし、肝心な事はまだ聞いていない。
何故、そこまでして戦果の操作や艦艇の沈没の偽装をする理由を聞いていない。
「で、なんでそんな事をして、歴史を変える必要や、船を沈んだ事にする必要があったんだ?」
「それはですね、ここからが本題になります。
第二次世界大戦が起こっていたとのほぼ同時期に、第二時魔導大戦が起こっていたからです。」
「第二次魔導大戦?」
「魔導大戦とは、魔物と総称される生物から地球を守るための戦いで、特に大きかったものを指します。
これで、戦うための船が必要でした。
しかし、これは途中から出来た目的でした。
当初の理由は、幻想属性の中で、時空特性を持つ高位魔法士が、未来予知で、第二次世界大戦後、世界が勝利した日本、ドイツ、途中参戦のソ連、自国を守り抜いたアメリカにわかれ、四勢力で対立。
そして、各地の国境線での散発的戦闘、無計画な戦線の拡大、最終的には、人口の9割以上の喪失。
という結果が出たのです。
初めは誰も本気にしなかったそうです。
しかし、1942年の三月までに同じような予知を時空特性の高位魔法士のほとんどがしたのです。」
「そんな、人口の9割なんて有り得ない!
核戦争だってそんなに半減ぐらいだって言われてるのに。」
「魔法師は、国際協力が原則です。
しかし、所詮は国に属する機関の集合体ですから、魔法による奇襲、大量破壊、さらに、国際連携が取れなくなったことによる魔物との戦線が崩壊。
これらが、その予知から考えられる結果です。
ここまで行くと、流石に無視出来なくなった。
という事です。
何か、わからない事はありますか?」
笑顔のリーゼに、悠人は追求をやめた。
「いや、理解したとは言えないが、事情は分かった。
とはいえ、船が必要な理由がわからないんだが、それはどうなる?
それに、俺の、いや、俺達の部屋が荷物置き場になる意味もわからないんだが。」
「それはですね、魔法師同士の戦いにおいて、海と船は非常に好条件なのです。
そして、軍艦は少し改造するだけで強力な魔法兵器になります。
後は、自分の目で見て理解してください。
もうすぐ、見えるはずです。」
学園の中にある丘の頂上の少し手前辺りで話が終わり、ちょうどその時、リーゼは丘の反対がわを指した。
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