8
「王よ」
向き直り、姿勢を正して先手を打っておく。
「異世界よりの迷い人。彼らに〝魔法〟の危険性をわかってもらうため、敢えてこのような状況を作ったことをまずは謝罪しよう」
王の眉がピクリと反応する。
構わず俺は続ける。
「我が傍にいるのだ。其方等に害は無いとわかっていても、事前に伝えなかったのは我の手落ちになるのだろう。――が、しかし、緊急時による近衛の練度を見たかったという側面もあったのだ。許せ」
「……そのような戯言が通るとでも?」
「通るもなにもそれが真実だ。乱暴だったのは自覚しているが、それだけの収穫はあった。近衛騎士団長よ、実に見事な対応であった。身を挺して王を守る姿勢は十分に近衛の者として相応しいものだ。これからも精進を怠らず、研鑽に励め」
「はッ! 光栄でございます」
強引であるが、穏便に事を進めるにはこうする他に手が残されていない。
王とて自分の息子と同じぐらいの子供を好んで罰したいわけではないだろうが。でも立場がそれを許さない。
王を危険にさらした。つまりは国全体を危険にさらしたに等しい行為。それを簡単に許してしまえば、それは甘さとなり、弱さに繋がる。一国を代表する王が、そんなモノに囚われるわけにはいかないのだ。
王が王として国を想い、王は王として規律を重んじる。王として時には冷徹な判断を下さねばならない時がある。王はそれができる王なのだ。それは知っている。
だがやはり、必要だとわかっていても、そんなことは可能な限りしてほしくないし、平時である今ぐらい、血生臭い真似はさせたくない。
そう思えるだけの愛情を、俺は王に持っている。
「本気か?」
「無論だ」
俺の思惑は伝わっているだろう。あとはそれを汲んでくれるかどうかだ。
今の俺は、守護獣として過干渉が過ぎるかもしれない。すでにグレーゾーンから片足は出てしまっているのは間違いない。
だから俺にできるのはここまで。これ以上は完全にアウトだ。〝誓い〟に抵触してしまう。
ここで王の同意を得られねば、俺にはもうどうすることもできない。
「……」
「……」
互いに視線を逸らさず無言のまま時間が過ぎていく。
誰かがゴクリと喉を鳴らした音が、妙に大きく聞こえた。
「……なるほど、そういうことか。つまりは…………だったら……やっぱり俺は選ばれし者…………」
おいクソガキ。お前のためにこちとら必死になってんのに、当の本人がぶつぶつと独り言を呟いてるってどういう了見だコラ。空気読めよ。どう見ても今はシリアスなシーンだろうが。
王はバカを放置して、重々しく、口を開く。
「その者は余に成り代わり、打倒するとまで言っておった。王位強奪まで示唆されてしまえば、どう言い繕っても国家反逆罪は免れん。余は国に要らぬ混乱を招く種を放置するほど昼行燈ではないつもりだ」
この国は嘘偽りなく絶対王権制だ。王を権力の頂に置き、中間管理職である貴族を挟み、その庇護下で民が暮らしている。
その市井の民が庇護してくれている立場の者に暴言を吐く。これは不義理などを通り越して、許されざる行為だと言える。例え口にしただけでも罪状としては一級品となるだろう。
もう一度言うが、口にしただけでも、だ。
大げさに聞こえるかもしれないが、そうして守られてきた秩序が確かに実績としてあるのだ。軽々しく扱うことはできない。
それがまた現状の打破を行き詰っている理由なのだが……。
しかし、今この場において、これは厄介であると同時に救いにも成り得る。
「王よ。この世界に迷い込んできたばかりの異邦人、しかもこの世界のことを何も知らぬ子供の戯言ではないか。それを真に受けるなど狭量に過ぎるというものではないか? 我が守護する国の主は、いつから広大な大器を欠けさせてしまったのか」
異世界から飛ばされた、国民ではない亮介と美野里。
屁理屈を唱えるならここしかないだろう。
「このような異常事態に心を乱し、愚にもつかない妄言を吐いてしまっただけの子供だ。そこまで目くじら立てるほどの事でもあるまい。我には十分に情状酌量の余地があると見えるが、如何か」
「余に聞かなかったことにせよと。つまりは不正をしろと、非公式とはいえ、衆人監視の中でそう言っているように聞こえるのは気のせいか? そうであるならば守護獣であるお主の案といえど、到底受け入れることはできんな」
非難するような声音で問われ、俺は無言で王を見詰める。
王の言ってることはもっともだ。
人の上に立つものが私心で法を曲げることなどあってはならない。そんなことをしてしまえば秩序などは無に帰し言葉だけの形骸となってしまう。公正は夢想と化し、人心は離れていってしまうだろう。
無論、王とて公明正大というわけではない。
国のためなら少なからずあくどい真似もしてきた。
が、そうであったとしても、表向きは綺麗なままでいなければならないのだ。間違っても感情や感傷で判断を下すと思われてはならない。それが公人というものだ。
「それは分かっている」
「まさかお主がそのようなことを申すとは思いもよらなかったぞ」
「早合点するな。そうではない。我は何も不正しろと言っているわけではなく、もう少し事情を汲んでやってもよいのではないかと言っているのだ。その采配をするのも王としての器量だ」
「私情で法は曲げられん」
「人の情を忘れた法に何の価値がある」
答えなんて存在しない禅問答。安っぽい感情論。
不味い。このままだと論点がズレて変な風に歪曲してしまう。そうなれば頭の良くない俺は簡単に言い負かされてしまうだろう。
王の言うことは一から十まで正しい。俺自身、彼らがこの国の人間ならば諸手を挙げて同意しただろう。
しかし、亮介と美野里はこの国どころか世界すら違う人間だ。
「王よ。其方は勿体ないとは思わんのか?」
俺は論破される前に慌てて言い訳を並べ立てる。
「勿体ない?」
「そうだ。人間でありながら〝魔法〟を操る者だぞ? このまま手放してしまうには惜しい人材だ。適所を振り当ててやれば大きな恩恵をもたらすとは思わんか?」
こちらからしたら、どうにかこの場で温情ある判断を下してもらうしかないのだ。
人前でやらかしてしまった以上は人前でどうにかするしかない。そうでなければ『なんであいつだけ』と悪しき前例を作ることとなる。
それを避けるため、もっともらしい建前が必要になってくる。それが俺の望むこの場における着地点だ。
「どうだろう? この者には城下に下ろし民たちに奉仕させるというのは」
「ふむ」
急ごしらえの言い訳としてはまずまずではないだろうか。
魔法と魔術では文字通り格が違う。
長年の英知の結晶である『技術』とは違い、魔法は『理』に作用する類のものだ。魔力を用いるという点では同じだが、両者には天と地ほどの開きがある。上手く活用すれば、得られる恩恵は計り知れない。
王も一考の価値があると判断してくれたのか、顎に手を当てモジャモジャした髭を撫でている。
「彼らを冒険者として登録し、雑務などの依頼をこなさせれば民の生活も潤おう。罪を罰したいというのでれば、それは行為によって償わせるべきだ。断じて安易な決断で機を奪うことではないと我は考える」
ここぞとばかりに追い打ちをかける。
ほれほれ~。どうだ、それっぽく聞こえるだろう。こちとら守護獣なんて仰々しい肩書を背負ってるんだ。説得力もそれなりにあるだろう。
YOU言っちゃいなよ。それで良いって言っちゃいなよ。
「条件がある」
「訊こうではないか」
考え込んでいた王の返答に、俺は小躍りしたい気分になった。
条件があるということはつまり聞き入れるということ。事実上の勝訴に他ならない。
あとは無理難題を吹っ掛けられなければ良いだけだが、それに関しては心配はしていない。王とてメンツを気にしているだけで、子供を罰したいわけではないのだから。
「彼らには監視者を二人付けること」
「当然だな」
いくら有益かもしれないとはいえ、相手はまだ子供だ。今回のように魔法を暴走させてしまう可能性がある。『馴染め』ば自然と『理解』するだろうが、危険がある以上は監視は必須だ。
亮介と美野里。監視対象が二人ならば監視者もまた二人は必要になってくる。
常に行動を共にできるわけでもないので、個人的にはもう数人同行させた方が良いとは思うが、それでは亮介も美野里も息が詰まってしまうという判断なのだろう。そこら辺の気遣いはさすがである。友達のいない俺とは一味違う。
「なに、我とてここまで口を出したのだ。無責任に放置はしない。そのうちの一人は我が担おう。この世界の常識、風習、情勢、生きていくために必要な術。それらをしかと教え込もうではないか」
面倒だが仕方がない。俺には学園で王太子を見守るという経験もあるのだ。やってやれないことはない。
そう思っての発言だが、その提案は素気無く却下されてしまう。
「それは認められん。国を守護するお主が、個人に対して必要以上に加担することは許されない」
「む……、それならばどうする。魔法に関して我以上の適切者は他にいないだろう」
国を守護する魔法の使い手なのだ。実際問題、魔法に関しては俺の右に出る者はいない。
これ、俺の数少ない存在意義の一つだ。
むしろそれくらいしか取り柄がないとも言える。
……いや、他にもサラフワな毛並みとかもあるのだが。
俺から魔法を取ったら、ただの美しいく至高の毛並みを持つ獣になってしまうではないか。
「一人は王宮魔導士であるルナフォード嬢だ」
「はぁ!?」
「わたくし、ですか?」
「そうだ」
「ちょ、ちょっと待てよ。ルナが? なんでそういう結論になった?」
あまりのことで素が出てしまう。いきなり白羽の矢が立ったルナは困惑顔だ。おそらく俺も同じような顔をしているだろう。……狐顔だけど。
「この件に関しては箝口令を敷くつもりだ」
「それはまあ、分かる」
面倒事をわざわざ言いふらす必要はない。
「無駄にこの件を知る者を増やすつもりはない。事実を知る者は少ないに越したことはないからな。また、監視者には共に行動して違和感の無い者が好ましい。実力に関しても、王宮魔導士ならば急事の際にも対応できよう」
「だから歳も近く、秘密を知っているルナなのか」
もっともらしく聞こえるが……どうにも腑に落ちない。王にしては安直な判断だ。
ルナは王宮魔導士としても将来有望な実力者だが、まだ成人したばかりの16歳。経験不足は否めない。
万全を期すのならもっと熟練の、それこそ魔術研究の第一人者である王宮魔導士伯を派遣するのが最善だ。彼ならば仮に亮介の魔法が暴走しそうになっても、制御ぐらいは出来るだろうから。
狙いは何なのか。俺が無い知恵絞って考えていると、それは次の王の発言であっさりと氷解する。
「そしてもう一人の監視役はアルバートだ」
そういうことか!
俺は長年連れ添った王の意図を瞬時に理解した。
アルバートはこの国で唯一の王子だ。将来は王となる事が確約されている。
しかし半年前に起きた『婚約破棄(笑)』での一件で、『女に現を抜かし、骨抜きにされた王子』という不名誉な醜聞を得てしまっている。
これはよろしくない。
民にも臣下にも示しがつかない。
なので王は、そんな評価を今回の騒動を利用して払拭するつもりなのだろう。
『民の為に(自称)勇者と力を振るう王子』
宣伝としては中々だ。
もしかしたら魔法を扱える二人との仲を深めさせて自営に引き込み、将来的な基盤をより一層盤石にするつもりなのかもしれない。単純だが悪くない手だ。そうなると、ルナはお目付け役といったところか。
――いや待て。小賢しい王の案がそれだけのはずがない。
……ルナとアルバート。この二人が共に行動することによって、侯爵家に対する過去の失態を帳消しにしたいのかもしれない。そして二人の仲が深まり、婚約復縁をも狙っているのかも。
婚約やその破棄はそう何度も容易く出来るものではないが、仲睦まじくしていれば元々人気のあった二人のことだ。周囲の納得さえ得られれば可能性はゼロではない。もしかしたら既に手を回していてもおかしくはないだろう。
仕事中毒者である王のことだ。俺が思いつきもしないような策を、他にも張り巡らせ、幾重にも計略を仕掛けてどう転んでも損の内容に仕込んでいるはずだ。
なんて奴だ! 汚い。国王汚い!
「ぐぬぬぅ……」
成人したとはいえまだ16歳の子供。そんな相手を政事に巻き込もうとするのは気に入らないが、政略結婚すら容認している俺がとやかく言えた義理ではない。
俺は王の決定には口を出さない。そういうスタンスなのだ。
……所詮は同じ穴の狢か。
「細かな指示は後日追って出す。ルナフォードは勤務に戻り、二人はこちらで用意した部屋で休むが良い。アルバートには余の方から連絡しておく」
話は終わりだ。そう言い残して、王は退出していった。
まだ王の企みが何なのか、何を狙っているのかがわからないが、これ以上粘っても無駄なのは目に見えている。
終始翻弄されっぱなしで悔しいが……舌戦や読み合いでは俺に勝ち目はない。白旗を上げるしかないだろう。
俺たちは大人しく指示に従うこととなった。
この作品はコメディーです