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またもやフルアクセルになった亮介に、取り繕うのも忘れてツッコんでしまった。
俺の自己嫌悪と心配りを返せこのヤロー。そう言ってやりたいが、寸でのところで思い止まる。
尚も亮介の妄言は止まらない。
「これこそ成り上がり系の王道! 果てには〝魔王〟を打ち滅ぼし、圧政を強いる国王を打倒して、僕の僕による僕だけのハーレム王国を築き上げていくだ!!」
「ムッ、わしを打倒じゃと?」
オォォオオイッッ!!
その国王である国の最高権力者を前に、なに堂々と国家転覆計画を暴露しちゃってんだよこのバカは!!
もはや怖いもの知らずは天井知らずのハイテンションに同調し、そんな亮介に呼応するかのように紫電が迸り、魔力が膨らんでいく。
「ッ! 陛下お下がりくださいっ!」
危険をいち早く察知した近衛騎士団長が、王の前に立ちはだかり壁となる。
いい反応だ。しっかりと障壁魔術を張っている点も評価できる。さすがは精鋭中の精鋭といったところか。脳筋の息子と違い面目躍如である。
――ただ、亮介の雷は召喚により『世界の理』を食い破って得た〝魔法〟によるものだ。まだ扱いが未熟とはいえ、〝魔術〟による障壁では力不足。耐えきることは不可能だろう。
〝魔法〟には〝魔法〟でしか対抗できない。それはこの世界の常識だ。
案の定、障壁魔術は雷に触れると割れるように砕け散る。近衛が次々に障壁を張っても時間稼ぎにしかなっていない。
ということで、ここは俺が一肌脱ぐことになる。
万が一にでも怪我人を出してしまえば保護どころの話ではなくなり、取り返しのつかないことになってしまう。召喚当初は調査を優先してしまい失敗してしまったが……同じ轍は踏まない。
「ちょっと落ち着けよバカたれ」
俺は美野里を庇うルナに迫る電流を『尾』で弾き、
――トンっ
一足飛びで亮介の背後に回り込む。
魔法とはいえ、この程度の雷では俺のサラフワな毛並みを逆立てることすらできない。キューティクルを損なうこともない。
亮介の雷を全身に浴びながら、俺は気にせず爪で亮介を引き裂いた。
「がっ……!」
また、つまらぬモノを切ってしまった。
――なんて冗談を言うのは不謹慎か。
「イヤァアアアアアッッ! 亮ちゃーーん!!」
ルナに守られていた美野里が悲鳴を上げる。
この世界で唯一の知人である幼馴染が、いきなり現れた人間大の狐に裂かれれば取り乱しもするか。
日本の高校生にはショッキングな光景だったな。
「なん、で――…………ってあれ? 痛くない……?」
「大丈夫。傷一つ負わせてないから」
美野里に宿っているであろう〝魔法〟が暴走してしまうのも困るので、即座に安心するように笑みを浮かべる。
……狐顔でどこまで伝わるかは知らないが。
「俺の【佐爪】は実体のないモノを断つ無血の狐爪。引き裂いたのは雷の〝魔法〟だけだよ」
この世界ではゴーストのような思念体や、吸血鬼のような不死体の輩が普通に存在している。
そういった相手には、大火力の〝魔術〟で身体を構成している魔素を霧散させたり、心臓に杭を打ち付けたまま三日三晩殺し続けるなどの手順が必要になってくる。
特殊な武具でも持っていれば話は違ってくるのだが、基本面倒なのに変わりない。
そこで非常に有用なのが俺の左手に宿った〝魔法〟の爪だ。
物理的要因で対処できないのならば元から断ってしまえばいい。
俺の【左近】は何物も傷つけることができない代わりに、無物を裂くことができる。
≪緑の帝国≫の守護獣であるタヌ子が、時折かけようとしてくる気持ち悪い〝呪術〟を防ぐのにも一役買ってくれている有り難い爪なのだ。
「デカい狼が喋ったッ!?」
亮介が俺の姿を見て驚愕の声を上げる。
おいやめろ。俺は賢い狼のように行商人と旅などしたことはない。商売のイロハも知らないぞ。
つーか間違えんな。俺は『狐』であって『狼』ではない。安定安寧を求めるただの守護獣だ。
「……ほんと、忙しないなぁ。俺はこの国の守護獣コン吉。狐の神獣だ」
「しん、じゅう……」
「神獣の意味ぐらいなんとなく察せるだろ?」
呆けた面の亮介に言えば、頷いたあとにハッとなり、今度はブツブツと独り言を言い始める。
「これはどういう展開だ……いやでも、…………だとすると……」
一度考え始めると始めると周りが見えなくなるのか、思考に没頭して自問自答を繰り返している。
本当に忙しない。
無理して褒めるとすればその集中力は素晴らしいと言えるが、この少年に関しては褒める気にまったくなれない。不思議だ。
「怪我は…………誰もしていないみたいだな」
王はもちろんのこと、王を庇って立ち塞がっていた近衛騎士団長も、少し離れていたルナと美野里も健在だ。良かった。これで最悪の状況に陥ることはないだろう。
……本来ならば王族を危険に晒した時点でアウトなのだが。
俺が本来の狐姿。守護獣としてこの場にいる以上、決定権は依然として王が握っているが、主導権は俺にある……はずだ。
「王よ」
ここは俺が無理を押してでも庇ってやらねば、亮介は冗談抜きで罪に問われてしまうだろう。