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守護獣様は苦労性  作者: 丸メガネ
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 俺は姿見の前で身支度を整える。


「狐耳出てない。尻尾も収納済み。準備は万端。どっからどう見ても人間。よし行くか!」


 耳や尻尾を隠すのは少し窮屈にも感じられるが、人型の俺はコンラッド・ハイロニア。ハイロニア子爵の三男ということになってるからな。獣人でもないのに獣の特徴があっては大問題だ。

 まさか学園を卒業してまでこの名前を使うことになるとは思っていなかった。


 一部の人間にしか知られていないが、俺は普段人々の生活に紛れている。

 俺はこれでも王国唯一の幻獣であり、位の高い神獣であり、長年王国を見守ってきた守護獣なのだ。人間の姿に扮しなければたちまち大騒ぎになってしまう。

 気分は超有名な芸能人。お忍びでなければ堂々と往来を歩けないだなんて、いやはや人気者は辛い。


 最後に一度だけ姿見を確認して俺は部屋を出た。


「しゅご……コン吉様。今日もどこかにお出掛けですか?」

「ああ今日はちょっと食堂にな」


「おや? しゅご……コン吉様ではありませんか。先ほど王が慌てて執務室に駆け込んでおりましたが、何かあったのですか?」

「アイツが仕事人間なのは今に始まったことじゃないだろ。いつも通り至って通常。世は事もない」


「しゅご……コン吉様じゃねえか。良い酒が手に入ったんだが、どうだ? 今夜にでも一杯付き合わねえか?」

「いいね! 適当なつまみ持って行くから、俺が行くまでに飲み干すんじゃねえぞ」


 メイド、執事、庭師と、すれ違うたびに呼び止められる。

 この気安い感じは嫌いじゃないが――


「これはこれは守護獣様ではありませんか」

「あー言っちゃった! ついに言っちゃったな! 今まで聞かないフリしてたのに、ハッキリと守護獣だって言い切っちゃったな宰相コノヤロー!!」

「そうでしたそうでした。ではコン吉様。王にもご報告いたしましたが、たった今守備隊から連絡がありまして、どうやら北の森に〝魔獣〟らしき影が見受けられたとか。被害もなく、討伐に問題はないと思いますが、御身(おんみ)にもご報告をと思いまして」

「……念のために言っとくけど、コン吉って名前も守護獣とイコールだからな。俺のスルースキルにも限界があるからな、一応」


 これまでは一部の上層部しか俺の正体を知らなかったのだが、『婚約破棄断罪事件(笑)』のせいで、俺が守護獣であるということが知れ渡り、今となっては公然の秘密となってしまっている。

 公然という時点でそれはもう秘密としての機能は有していないし、秘密という言葉が形骸化しつつあるのだが……。


 ただ以前から王城には出入りしてたので、使用人や貴族の人たちと打ち解けられているのは救いだ。

 公式の場では異なるが、既にバレてしまっているので堅苦しい言葉遣いをしないでいいのも助かる。


 それでも表向きは〝俺と守護獣は別人〟というのが世間一般での不文律であり暗黙の了解なのだ。


 まぁ実際問題、城下に出れば俺の姿を知る人なんて殆どいないし、不都合はないのだから気にする程のことでもないんだけど。一般的と言っても、あくまで城の中での話だ。


 城に勤めているのは身元の保証できる、信用ある選りすぐりの精鋭たちなのだ。知られても困ることはない。

 形だけの機密事項であっても漏洩の心配はないだろう。たぶん。いやきっと。


「ったく、姿だけ爺になりやがって。中身は幾つになってもガキのままだな、お前は」

「おやおや、貴方様ぐらいですよ? こんな老いぼれを子ども扱いするのは。これでも有能な老中などと呼ばれているのですがね」

「はんっ! どれだけ仕事ができようと、俺から見たらお前なんてまだまだケツの青いヒヨっ子だっての」


 俺がこの世界に来て何年生きてると持ってるのか。


「これは手厳しい。いつか貴方様に認められるようこれからも精進するとしましょう」


 冗談めかして肩を竦める宰相だが、言葉の端々には隠し切れない疲労が見て取れる。今は教育中らしいが、宰相翁も孫が問題児で苦労してるんだろう。これぐらいの悪戯で気が紛れるのなら付き合うのも(やぶさ)かじゃないさ。


 本来なら俺が口を挟むようなことじゃないのだが、問題を起こしたとはいえ宰相翁の孫もあの時はまだ学生であったし、大事にはならなかったのだから目くじらを立てるものでもない。性根が簡単に治るとは思えないが、真っ当な人物になれたのなら時期を見て王に進言するつもりだ。

 だからそう心配するな。



 それから宰相を労いながらいくつかの雑談を終え、たどり着いた目的地。城で働く兵士や使用人たちが食事を摂る大食堂だ。


「コンラッド様」


 到着早々に声をかけられる。

 時間にはまだ余裕があったのだが、根が真面目なのだろう。どうやら彼女は既に待っていたらしい。


「悪い。待たせたか?」

「いいえ、わたくしも今来たところですわ」


 近づいてきたルナはいつもと変わらない笑みを浮かべる。

 稲穂を思わせる淡い金髪が揺れ、意志の強そうな切れ長の碧眼に変わりなく、王宮魔導士だけが着ることを許された、紋章入りの純白ローブを身に着けている。

 まだ十六歳なのに、この半年の間に培われた経験によってより一層美貌に磨きがかり、大人っぽくなった色気を孕んでいる気さえする。

 前世の美的観点から見ても文句無しの美少女だ。


「コンラッド様……? どうかなさいましたか?」


 やっぱり真面目なのだろう。彼女ぐらいなものだ、この姿の俺をコンラッド・ハイロニアの偽名で呼ぶのは。

 ある意味その真面目さ故に『婚約破棄断罪事件(笑)』が起きたと言えなくもないが、憑き物が落ちたと言えばいいのか。前に比べて雰囲気が柔らかくなったような気がする。少し融通が利かない程度ならば寧ろ美点になり得るだろう。


 王族との婚約破棄により相手を探し辛いだろうが、容姿、家柄、そして王宮魔導士となった実力の三拍子が揃っている彼女ならば、そう遠くない将来、きっと素敵な相手が見つかることだろう。


 あえて欠点を上げるのならば、侯爵家の人間が子爵の人間に話すには丁寧すぎるという点か。


「ん、短い期間なのにルナも成長したなと思ってな」

「唐突に何をおっしゃるんですかもう。昨日もお会いしたではありませんか」

「いやそうなんだけどな。なんかこう……改めて見ると感慨深いというか、子供の成長は早いというか」


 こんなことを考えるのも『婚約破棄断罪事件(笑)』を思い出していたからか。はたまた今日俺が死ぬのか。もしかしたらついに俺も老人の仲間入りをしてしまったのかもしれない。見た目は若いけど。


「またそうやってわたくしを子ども扱いして。わたくしももう成人しましたし、立派な淑女ですのよ? そのあたりの配慮がなっていないのではなくて?」

「それは失礼しましたレディ。そうですね、ルナフォード嬢はとても魅力的な淑女ですとも」

「分かればよろしくてよ」


 茶目っ気よく、こんな冗談めかして話すのは純粋に楽しい。

 平和な日常ってのはそれだけでありがたくも堪らないものだ。勿体なくも、そんな当たり前のことに気がつく人間がどれだけいるのか。


「そういえばまだ稲荷寿司を作ってないんだな。早く来てたならてっきりもう出来上がってるのだとばかり思ってたよ。――いや別に急かしてるわけじゃないけど」

「仕込みは既に終えておりますわ。ただコンラッド様には出来立てを召し上がっていただきたくて。――その方がより一層効果的かと思いまして」

「効果的? まぁでも出来立ては好きだぞ」


 気分はお供え物を捧げられてをお祈りされる御地蔵様(おじぞうさま)。いや意味合いとしては間違ってはいないんだけど、俺にはちと荷が重い。


 家内安全。恋愛成就。商売繁盛。無病息災。交通安全。諸願成就などなど。

 御地蔵様になら効果があるかもしれないが、俺に貢物をしてもご利益はない。せいぜい困った時に、俺が力になってやるぐらいしか期待できないぞ。


 あ、一応俺ってば幻獣だからその価値はあるのか。


「では直ぐにお作り致しますから、少しの間お待ちくださいね」

「あいよー。期待して待ってるぞ」


 踵を返して厨房に向かっていくルナを見送って、俺は近くの席に腰を下ろす。

 期待と涎をブレンドしながら。

 なぜかちょっぴりセンチな気分の俺はしみじみと物思いに(ふけ)る。


 今のルナに暗い影はない。半年前の沈痛な面持ちは、ルナの成長する糧となってくれたのだろう。一度挫折した人間が立ち直ると、かくも強く逞しく成長するもんだ。


 こんな人の(したた)かさをまざまざと見られる環境。美味しい油揚げが食べられる食料事情。

 だからこの国を離れられないんだよなぁ。なんてついつい思ってしまう。


 

 ――いつまでもこの平和が続けばいいのに。



 柄にもなくそんなことを考えていたからだろうか。そうは問屋が卸さない。

 俗に言う『フラグ』というものを立ててしまったのだから仕方がない。

 経験上、得てして災厄というものは突如として表れるものなのだ。





 ――――――キィ――――ン――ッ!





「ッッ?!」


 直接的に耳朶を穿ち響く音ではなかった。

 ソレは魔法的――(ことわり)に干渉したような。今や神獣のみが扱え、過去の遺物となり果てている〝魔法〟を行使した、『世界』に生じる共鳴音のような音色に似ていた。


「コンラッド様ッ! これは――!?」


 弾けるように立ち上がると、ルナも感じたのか、調理場から飛び出してくる。ここまで乱暴な共鳴音。間近にいる鋭い者なら感づいてもおかしくないだろう。

 精錬されて発動される魔術とは異なり――雑で粗い。まるで原石のような剥き出しの波動。


 制御されることなく無作為に起こる災害の前兆――〝魔力暴走(マジック・スタンピード)〟。


 ルナの問いに答える前に、俺は既に発生源を辿り駆け出していた。


「これは……地下の『儀式の間』か!」


 あそこはこの国で一番濃い『龍脈』が通っている場所で、魔術効力が高まる一種のパワースポットだ。数百年前の戦争で活用されていた『儀式の間』だが、今やその利用はなく、平成の現在では俺が管理していて誰も入れないはず。


 だとすれば、やはりこれは自然に発生した可能性が高い。


 ただでさえ魔術効力が向上する『儀式の間』。メラを使えばメラゾーマぐらいの威力になるあの場所で、偶発的な大規模魔法が発動すればどうなるか。〝魔力暴走(マジック・スタンピード)〟が起こればどれだけの被害が出るか。

 ……そんなの想像したくもない。


 焦燥に駆られ、気がつけば後ろからルナも並走して来ていた。


「ルナは――」

「わたくしも参ります」


 ルナを置いていこうとするが、最後まで言うことは叶わなかった。


「わたくしはこの国の王宮魔導士です」


 続く決意に満ちた声音を聞き、ルナを置いていく選択肢は消え去った。


 人同士の争いと違い、まだ強大すぎるコレは守護獣としての俺の領分なのだが。

 最悪、俺の神獣としての力を出すこともあり得るのだ。そうなれば近くにいる物も者もただでは済まない。――が、ルナも簡単に引いてはくれないだろう。


 正直に言えば、差し迫った現状では一刻を争う。問答する時間さえ惜しい。


「お前を守れる保証はないぞ」

「当然です。わたくしは守ってもらうのではなく、恐れ多くもコンラッド様と共に戦うために()くのですから」


 それを聞き、マヌケにも俺は一瞬呆けた顔をしてしまう。

 だが直ぐに立て直し、苦笑する。


 ああ――――本当に。なんで人間ってのはかくも強いんだろうな。

 肉体は貧弱で魔法に関しても、稚拙な〝魔術〟しか扱えない。寿命も短く、ちょっとしたことで死んでしまう脆弱とも言える人間。

 そうだというに、意志を貫こうとする(さま)はなによりも――そしてなにより美しい。

 元人間だというのに、その強さの源流は幻獣となった今でもわからない。なぜこうも眩しく、なぜこうも愛おしく感じるのかわからない。


「上等」


 不明瞭なのに、わからないのに。

 知らぬ間に俺の口角は上がっていた。




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