side ルナフォード 2
「りょ……んを…………めな、い……で」
リヨウちゃんをいじめないで。おそらくそう言いたいのでしょう。
慣れない殺気に触れ、張っていた気が緩んだのか、地面にクレーターをあけた人物とは思えない稚拙で、子供の癇癪のようなセリフを残してミノリさんは気を失いました。
すっかり失念していましたがミノリさんもリョウスケさんと同じで異世界からの迷い人。同じように魔法が使える可能性があるとコン吉様が仰っていました。
先程の身体の一部を肥大化させたものがミノリさんの魔法なのでしょう。魔獣の一撃を受け止めたということは、ただ巨大化するだけではなさそうです。
「凄まじい威力だな……」
「ええ……。リョウスケさんの魔法とは違い、純粋な攻撃力は――これを見る限り、ミノリさんの方が遥かに上でしょう」
クレーターの中央。そこに陥没いている魔獣。
魔術を受け付けなかった魔獣ですが、埋もれたまま身動き一つしません。その結果がミノリさんの魔法の破壊力を雄弁に語っています。
「考察は後回しだね。まずは軍部に連絡して処理を」
「――待ってください。魔獣の様子が……」
完全に沈黙していた魔獣でしたが――
『ぐぅ……抜かったわ。まさか、俺様が人間の小娘如きに、後れを取るとは……』
ゆっくりではありますが、魔獣は埋まっていた四肢を持ち上げて立ち上がろうとしていました。
「まさかっ! あれでも倒れないのか!」
アルバート殿下の驚愕をよそに、魔獣の身体は半分ほど自由になっています。
このままであればすぐにでも立ち上がってしまいそうです。
「殿下ッ! ここはリョウスケさんとミノリさんを連れて退きましょう! 今ならまだ逃げ切れるかもしれません!」
本当に逃げ切れるかどうかは未知数ですが、このまま何もせず、魔獣が復活するのを指をくわえて見ているだけではどうにもなりません。こちらには対抗する手段がないのです。撤退以外に生き残る可能性はありませんでした。
殿下の了承を確認する前にリョウスケさんとミノリさんの元へ走りました。
「お二人とも起きてください! お願い、目を覚まして!」
気絶した二人を抱えて逃げることはできません。殿下ならともかく、わたくしの身体能力は一般女性と遜色がないのです。
殿下も二人を抱えて走ることは難しいでしょう。
ですから、どちらか一方は起きてもらわなければ逃げることも叶いません。
「ぅ……うぅ~ん……」
幸いにもリョウスケさんが意識を取り戻してくれました。
「あれ……俺どうなって……?」
「良かった。リョウスケさん、すぐに起きてください。逃げますわよ」
「にげる……? なにから――ってあぁあああああ! あの魔物!」
魔物ではなく魔獣なのですが……今は訂正している暇はありません。
「急いでください。魔獣が立て直す前にここを離れなければ」
「冗談ッ! やられっぱなしで終われるか! 今度こそ僕がけちょんけちょんにしてボロ雑巾にしてやるっ!」
「お待ちなさいッ!」
リョウスケさんは立ち上がると、静止の声を無視してクレーターの端まで行き『な、なんだこの穴……?』と呟きながら魔獣を見据えました。
「わたくし達ではあの魔獣には勝てません! 今はこの場を離れることが何よりも先決なのです!」
「大丈夫!」
今は問答している時間すら惜しい。
状況を理解していないリョウスケさんに言いますが、ぴしゃりと断言されました。
「僕には奥の手があるんだ」
「奥の手?」
こうなれば引きずって連れて行こうと思いましたが、自信満々に言い切られてしまい機会を失います。
リョウスケさんは城でも修練をサボっていましたし、メイドにセクハラばかりしていました。
そんな遊びほうけていたクズ人間であるリョウスケさんに、この状況を覆すような奥の手があるとは考えづらいです。
どうしましょう……。
『やってくれたな人間。楽に死ねると思うなよ』
そうこうしている内に魔獣は完全に抜け出して、忌々しそうに、射殺さんばかりの視線を向けてきます。
「それはこっちのセリフだ! 僕はお前を倒してハーレム道を突き進む!!」
『訳の分からぬ事を……! 人間如きが俺様を傷つけられると思うなよ!』
「ぷっ、さっきまで埋まってたくせになに言っちゃってるの? 馬鹿なの? 死ぬの? どうせアルかルナさんにやられたんだろ。今度は僕がそれをやってやるよ」
『キサマァアアあああああああ!!』
煽りに煽り、魔獣は怒髪天を衝く勢いです。
そんな激昂する魔獣を相手に、リョウスケさんは余裕を崩さず不敵に微笑みます。
「ふっ、お前はここからの僕を視覚することはできない――見よ! これが光速機動を得た僕の姿だ【天雷砲撃紫雷超越従雷・装鎧】!」
視覚できないのに見ろとはこれ如何に……?
そんなツッコミをぐっと堪えます。
天に向かって片手を上げるリョウスケさん。
そこに落雷。
紫電がリョウスケさんを襲いました。
「うぉおおおおっあぎゃがぎゃがががやぎゃぎゃぎゃががががががぁぁあああ………………」
自身に放った魔法。当然ながらリョウスケさんは感電し、無様な悲鳴を上げています。
「が……な、んで…………けほっ……」
鳥の巣のようなヘアースタイルになりながら、口から煙を吐いて仰向けに倒れました。
どうやらまた気を失ったようです。
「……」
「……」
『……』
……いったい、彼は何がしたかったのでしょうか。
わたくしはもちろんのこと、アルバート殿下も魔獣も呆れて言葉を失いました。
自信満々で勇んだ挙句に自滅。フォローのしようがありません。
「……よ、よくもリョウスケ殿を! 許さないぞ魔獣!」
アルバート殿下が魔獣に責任をなすりつけました。
魔獣も『えっ俺様!?』みたいな顔をしています。
「我が生涯の友を傷つけた罪、その身で贖ってもらう!」
「おやめください殿下ッ!」
腰から剣を抜いた殿下が魔獣へと突撃しました。
完全に濡れ衣です。責任転嫁です。犯人に仕立て上げられた魔獣はたまったものじゃないでしょう。
『ええい、うっとおしい!』
「ぐぁあっ――」
激情に駆られて切り付けたはいいですが、騎士団でも敵わなかった相手に、殿下一人でどうにかなるはずもありません。魔獣の牙で弾かれてしまいました。
それでもアルバート殿下は立ち上がって剣を構えます。
このままでは殿下の命が危ない。
殿下は《赤の王国》唯一の王子であり王太子。こんな所でむざむざ命を散らせるわけにはまいりません。
「殿下、」
ここはわたくしが時間を稼ぎ、王族である殿下だけでも、と考えましたが――
「ここは私が引き付ける。ルナフォード嬢はその間に二人を連れて逃げてくれ」
わたくし達を先に逃がそうとしているのを察しました。
御自分の安全よりも仲間の安全を優先しようとする姿を見て、わたくしは口をつぐみます。
王族は一度熱くなると厄介です。決めたら最後、目的を果たすか間違いを認めない限り考えを変えない頑固者として有名です。
殿下は思慮が足りません。女の細腕で気絶した二人を抱えられるわけないでしょうに。
何より、わたくしは《赤の王国》の貴族です。殿下を見殺しにして自分だけ逃げだすことなどどうして出来ましょうか。
……かといって、殿下を説得しようにも聞き分けてくださる気が致しません。だって熱くなりやすい王族ですし。
それならば答えは一つだけでした。
「わたくしもお付き合い致します」
「何を!?」
「倒すのではなく、時間を稼ぎますわよ。リョウスケさんは……どうでも良いとして、ミノリさんが目を覚ませばチャンスはあります。倒せないでも牽制しながら逃げることは可能かもしれません」
「危険だ! そんなのは認められない。死ぬかもしれないんだぞ!?」
「アルバート殿下に認めてもらう必要はありませんわ。それに――」
――あの御方に想いを伝える前に果てるつもりは毛頭ありません。
言いかけて、寸でのところで思いとどまります。
この秘めた想いは、最初にあの御方へ伝えたいから。
「それに?」
「それに、わたくしは王宮魔術師。敵を前に背を見せるなど、我慢なりませんわ!」
掛け無しの自尊心を奮い立たせて己を叱咤します。
「ルナフォード嬢……」
「これ以上の問答は不要です。わたくしはわたくしの意思で戦います。誰に何を言われようとも曲げるつもりはございません。事ここに至って、言葉を重ねるのは野暮というもの」
「違うんだ」
違う?
わたくしがアルバート殿下に振り向くと、殿下は視線を彷徨わせながら気まずそうにしていた。
「何が違うのでしょうか」
「その……こんな時に言うのも何なんだが……その、ズレている」
「ズレている?」
いったい何が。
アルバート殿下が指さした先はわたくしの胸部。
訝しみながら視線を向けて見ると、
「――ッッ!!?」
わたくしは目を剝きます。
ズレていました。
コン吉様が『ボンッキュッボンッ』な女性を好むと聞いてから付けているソレが、ずり落ちそうになっていました。
「……」
「いやっ! すまない! 言おうかどうか悩んだんだが、動きを阻害してしまうのではと思って!」
「……」
「違うんだ! 戦闘中に気づいたら動揺して隙を生んでしまうと思ったんだ! 他意はない!」
わたくしは無言で位置を直します。
これは王妃様から直接頂いた『装備』なのです。粗末には扱えません。
「……」
「……」
わたくしは澄まし顔で襟を正します。
「……許しませんわよ魔獣!!」
「なすりつけた!?」
淑女を辱めた罪は万死に値する。
わたくしの中に恐怖とは別の、黒くドロドロとした感情が滾るのを感じます。
アルバート殿下には後で記憶を失ってもらうとして、魔獣には存在を抹消させていただきましょう。
もはや実力差など度外視して、闘争心が膨れ上がりました。
『……』
一方、そんな殺す気なわたくしを気にも留めず、魔獣はこちらを見てはいませんでした。
何か探るようにな、警戒するような。
一心に森の奥をを凝視しています。
そのとき風が吹きました。
その風は、何かが疾走して、急ブレーキをかけて発生したような、そんな不自然な風でした。
『何者だ』
唸るような声を茂みに投げかけた魔獣。
一拍置いて、
「あっ――」
そこには銀色の髪をたずさえた、一人の男性が姿を現します。
強い意志を感じさせる茜色の瞳。見惚れてしまうような端正な顔立ち。額にはうっすらと汗をかいていました。
「はあ……はあ……ようやく見つけたぞ……」
母上のような眼差しで。
慈しむように。
息を切らしながら、ホッと安心するような声音で息を吐く旅人コンラリアン――コン吉様がいたのです。
マンネリ?
ありきたり?
いいえ、王道です。




