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守護獣様は苦労性  作者: 丸メガネ
20/25

side ルナフォード

 『享楽の森』。

 広葉樹で覆われたその森は、多くの命が満ち溢れ、豊穣の恩恵を惜しげもなく与えてくれる事で有名です。

 浅い層では比較的安全に果実や山菜が採取可能で、近隣の村や町では『享楽の森』で採れた実りが食卓に並ばない日はないと言われるほど慣れ親しまれています。

 当然その恩恵を得られるのは人類にとどまらず、潤沢な山の幸が魔物をも祝福しているのです。


 わたくし達が受けた依頼はその魔物の討伐。

 時折にですが森の奥からふらっと魔物が現れることがあり、採取する住民の安全を考え、ギルドには毎日のように魔物の間引き依頼が張られているのです。

 迷い込んで来る魔物は強力な者が少なく、新人冒険者が初めて魔物討伐を請け負うときの登竜門としても広く知られているそうです。


「はぁ……はぁ……」


 荒く乱れた息が、渇いた口内をさらに乾燥させます。息を整えようにも状況がそれを許さない。

 『享楽の森』には強力な魔物はいない。〈コンフィールド学園〉でも何度か演習で来ていましたし、王宮魔術師である今のわたくしならば散歩感覚で散策ができる。――――そのはずでした。


『人間如きが俺様に勝てるつもりだったのか。傷を負っているとはいえ、キサマらのような餓鬼に甘く見られるとは。(はらわた)が煮えくり返る思いだぞ』


 しかし目の前には明らかに格上の存在。『享楽の森』どころか、≪赤の王国≫にだっていないはずの高位存在が立ちはだかっています。


 イノシシに近い容姿をしていますが、この相手を前に普通のイノシシだと勘違いする者は絶無でしょう。

 見上げる体躯(たいく)はわたくしの身長の三倍ほど。額から背中にかけて生えている剛毛は鋼のように鋭く、特徴的な豚鼻は息を吐くだけで落ち葉や小枝を巻き上げる。そして下顎から二本の鋭牙は天に向かって雄々しく伸びています。


 〝魔獣〟。

 許可なく国境を越えた幻獣をそう呼びます。

 そんな相手が明確な殺意を持って眼前に立ち塞がっている。それは、絶望的なまでにわたくし達の死を暗示していました。



 どうしてこんな事になってしまったのでしょう。

 冒険者として人々の役に立ち、あの御方に褒めてもらう。ただそれだけのつもりでしたのに。


 その邂逅は唐突でした。

 わたくし達が森に入って数時間ほど散策していた時の事です。依頼のため魔物を探していましたが、普段ならば少し奥に入るだけで発見は容易なはずなのに、今日に限って一向に発見できませんでした。

 思えばこの辺りで変調をきたしていたのでしょう。違和感はありましたが、わたくし達は『こんな日もあるだろう』と気にも留めなかったのです。


「なんだよ、魔物なんていないじゃないか。ゴブリンとかドラゴンとか、こう……ファンタジック的な? 伝説的な生物とか出て来ると思ってたのに」


「ここは魔物がいるとはいえ人類の生存権だよ? スライムは魔物だからともかく、ドラゴンみたいな幻獣はこの国にはいないよ」


「魔物と幻獣ってなにが違うんだ?」


「そうだね……簡単に言ってしまうと、魔物とは魔力溜まりから『発生』する獣の総称なんだよ。知性もなく、ただ本能のままに暴れ回る人類の敵だね。幻獣は知性も知恵もあり、僕たち人類よりも長寿で強靭。もちろん人格も形成されているから性格や個性なんかも十人十色で、友好的だったり敵対的だったりして、中には本当の神様みたいな存在もいるんだよ」


「へ~~」


「守護獣様なんかが良い例だろ? 僕はまだコン吉様としか会った事がないけれど、王に即位すれば他国の守護獣様とも謁見できるから、それが楽しみだったりするんだ。普通に生きていて幻獣に会う機会なんてほとんど無いからね」


「ふむふむ………………で、魔獣と幻獣どこが違うんだ?」


「……」


「なあ、おいって」


「…………言葉を話すのが幻獣で、話せないのが魔物だよ」


「なるほどな!」


 私の背後ではリョウスケさんと殿下が雑談に花を咲かせていますが加わろうとは思いません。

 殿下には申し訳ありませんが、リョウスケさんの話し相手がわたくしではなくて良かったと本気で思います。


 そのまま暫く進んでいると、森に感じていた違和感が疑念に変わりました。


「森が静か過ぎる。魔物どころか野生動物にすら会わないのは不自然だ」

「そうですわね。一度ギルドに戻って情報を集めた方が良いかもしれません。もしかしたらこの森で何かあったのかもしれませんから」


 流石に森の様子がおかしい事に気付き始めたわたくしとアルバート殿下ですが、


「なに言ってんだよ! これは魔物の上位種が現れたフラグに間違いない。このまま進むべきだって!」

「りょ、亮ちゃん、それならよけいに戻った方が良いんじゃないかな……」

「大丈夫だって美野里、むしろこれはチャンスだ。ここでその魔物を倒して報告すれば、僕たちの評判はうなぎ上り! ――もとい、多くの人を救う結果になるんだ。国のため、みんなのためにも引く訳にはいかないんだ!」


 リョウスケさんの口車にまんまと乗せられてしまいました。

 いえ、これはわたくしの責任でしょう。

 もしかしたらあの御方が褒めてくださるかもしれない。もしかしたら「よくやったな」と頭を撫でてくださるかもしれない。そんな欲求に負けて、判断を誤ってしまったのですから。


 結局は探索を続行する事になり、わたくし達は魔獣に出会ってしまいました。



『俺様を追ってきた奴らかと思えば、ただのガキではないか』


「なっ?!」


 突如現れた魔獣に、わたくし達は言葉を失いました。

 見ているだけで実力差を痛感させられ、受ける圧迫感は魔物の比ではありません。冷や汗が噴き出し自然と足が震えてしまいます。


 所々に傷を負い、肩には騎士団の槍が深々と刺さっている。国の剣である騎士団と戦闘したのは明白でした。王宮魔導士としてはこの魔獣を討伐しなければならない。それは分かります。

 ですが、それでも勝てるとは微塵も思えません。そもそも戦おうという気概が奮い立てません。

 わたくしはコン吉様以外で、初めて幻獣を見ましたが……ここまで圧倒的なのですか。生物としての『格』が違い過ぎます。


『ほう……身の程は弁えているか。ならば()ね。無垢な弱者に用はない』


 何も出来ず、何も言えないわたくし達に、魔獣は一瞥し、興味が失せたように冷めた視線を送ります。

 助かった――恥も外聞もなく、ただただそう思いました。

 この危機的状況から脱する事が出来るのが嬉しかった。魔獣の気まぐれに感謝すらしました。


 しかし、それも次に魔獣の発した言葉で塗り替えられました。


『俺様の目的は唯一つ。守護獣などと祭り上げられて浮かれている幻獣の恥晒し。本来あるべき自由と誇りを忘れたコン吉を殺す事だけだ』


 聞いた瞬間、思考は遥か彼方へ置き去りに。

 屈するほどの恐怖は歩みを止め、絶望を孕んだ震えが猛々しい怒気で押し潰された。


 ――恥晒し? ――コン吉様を殺す? ――我らが守護獣様を?


 視界の端が赤く染まり全身の細胞が戦慄いているのが分かる。


 国の象徴にして国の守護者。偉大なる守護獣。

 そんな建前よりも、わたくしが恐れ多くもあの御方に密かに抱く感情が、目の前の存在を許さなかった。


「……」


 許容範囲を一気に超えた発言に、気がつけば攻撃のための魔術を編んでいた。


「ッ待つんだルナフォード嬢!」


 感情に任せて魔術を打ち込もうとしましたが、アルバート殿下が肩を引いてそれを止めます。


「……放してください」

「落ち着くんだ。私達ではあの魔獣には勝てない。気持ちは分かるが、ここは激情に身を任せるのではなく、冷静に対処するんだ」


 どうして貴方はそんなに落ち着いていられるんですか! わたくし達の国が、誇りが乏しめられているのですよ!!

 そう言ってやりたい。怒鳴りつけてやりたい。ですがまだ残るわたくしの冷静な部分が、アルバート殿下の言い分を正しいと訴えてきます。


 口惜しい。

 言い返してやりたいのに何も言えない自分の弱さが憎い。


「私達が今すべきことは、魔獣の存在を報告することだ。いいね?」

「分かり、ました……」


 唇を噛み締めて必死に自分を納得させます。強く噛み過ぎて血の味が広がり、それが己の無力さを如実(にょじつ)に語っているようでした。


「それじゃあ魔獣を刺激しないように……」


 アルバート殿下が言いかけて、


「【天雷砲撃紫雷超越従雷(ライトニングバーン)】!!」


 目が眩むほどの発光。葛藤などとは無縁の、何も考えていない雷がその場に轟きます。

 以前、王の御前で見た時とは比べ物にもならないリョウスケさんの紫電が、魔獣を襲いました。


「リョウスケ殿!? 何故いきなり攻撃を!!?」

「なぜって、コイツどう見ても悪者じゃん? だったら必要なのは先制の一撃だろ。きっとこいつが魔物の親玉に違いない。よってっ! これでっ! みんなから感謝されて俺のハーレムへの道が切り開ける! ……どう? どう? ルナフォードさん俺に惚れちゃった?」


 キラキラとわたくしを見詰めるリョウスケさん。視線は胸や腰を行ったり来たりしています。


 なんでしょう……こう、明瞭しづらい嫌悪感。細胞の一つ一つが拒絶反応を起こしてしまいます。

 端的に言えば生理的に無理です。明確に言うなら気持ち悪いです。


「死んでください」


「なんで!? ここ惚れポイントでしょ?!」


「申し訳ありません……死んでください」


「二度も言われた!!?」


 道すがら女性にセクハラを繰り返す殿方に好意を持てという方が無理な話です。

 リョウスケさんは城の使用人――特にメイド達からの評判が地を這っている事を知らないのでしょうか。


『人間如きが舐めた真似をしてくれる』


 呑気に話していると、忌々しそうな、猛りを抑えるような重低音が耳を突く。

 リョウスケさんの魔法を受け、肩に刺さっている槍が体内にも電流を流したにもかかわらず、まるで堪えた様子のない魔獣がそこにはいました。

 帯電しているのか全身の毛が逆立っています。それが魔獣の怒りを表しているようで恐怖感を煽ります。


「私達に抗戦の意思はありません! どうか御静まりください!」

『仕掛けておいて世迷いごとを。見逃してやろうと思えば付け上がりおって。それほど死にたいのなら俺様自らが冥府に送ってくれようではないかッ!』


 アルバート殿下の説得も意味を成しません。

 魔獣が足を踏み鳴らすと地面から数十本もの突起が浮かび上がります。それがゆっくりと捻じれていき、槍を連想させる鋭石が出来上がりました。


『身の程を知れ、雑魚が』


 魔獣が嘶き首を振ると、それらがわたくし達を襲います。


「なんだよこいつっ! ふつーチュートリアルに出てくる魔物っていったらゴブリンとかだろう!! なんでこんな化け物が出てくんだよ!!」


 この死地に至った元凶である馬鹿が何か吠えています。それよりも避けることに専念しなければ!

 わたくしとアルバート殿下が魔術障壁を張りますが、魔獣の操る魔法の前では時間稼ぎにもなりません。張った瞬間には破られ、紙のように突き破られてしまいます。


「ぐっ……!」

「亮ちゃんっ!」


 直撃は避けられましたが、被弾した衝撃でつぶてがわたくし達を襲います。金棒で殴りつけられたような衝撃が全身を貫きました。

 魔獣の一番近くにいたリョウスケさんはそれをもろに受け、身体が木々に叩き付けられました。


「亮ちゃん! しっかりして、亮ちゃん!」


「おっ……おっぱい、もみ……たい…………」


「亮ちゃーーーーーーーーん!!」


 ミノリさんが駆け寄って呼びかけますが……大丈夫です。直撃は免れましたしその変態は気絶しただけです。命に別状はありません。



『一人も殺しきれんとは。思っていた以上に傷が深かったか』


 嘆息するように魔獣が言いますが、周囲を見渡すと鋭石が当たった場所は深く抉れ上位魔術後の爆心地のような状態になっています。

 深手を負っていながらこの威力。もし魔獣が万全の状態で、この魔法を放った事を考えると寒気がします。


『まずは俺様に危害を加えようとした人間を殺しておくか』

「いけないっ!」


 魔獣がリョウスケさんに狙いを定めたようです。


「【カルラホルン】」「【ネガフレイル】」


 わたくしとアルバート殿下が魔術で応戦しますが、魔獣に直撃しても大した効果は与えられません。ついには二人の前にその巨影を落としました。

 ミノリさんは逃げようとはせず、気絶しているリョウスケさんを守るように抱き抱えます。


「やめ……こないで……」

『オスを庇うか。人間如きに掛ける慈悲はないが、せめて二人同時に冥府に送ってくれよう』


 嘶き、先程の魔法が再度展開されました。

 魔獣を中心に螺旋を描き一つの大きな渦となって二人を飲み込む。わたくしはそれを見ている事しかできませんでした。


「そんな……」


 わたくしとアルバート殿下、どちらが漏らしたのか。

 与えられた任務を果たせず、短い時間とはいえ、共に過ごした者が目の前で命を奪われた。自分の無力さを嘆かずにはいられませんでした。


『なんだッ! どうなっている!?』


 しかし魔獣の様子がおかしい。

 まるで予期せぬ事態に対面したような、初めて動揺した声を上げています。


 攻撃対象であった二人に視線を戻すと、そこには巨人の手を連想させる壁が魔獣の魔法を受け止めていました。


「亮ちゃんをっ……いじめないでぇえええーーー!!」

『ぐぉおおおおおおおおお――』


 巨人の手は魔法を握り潰すと、魔獣を真上から叩き付けました。

 そこには肘から先が巨大化したミノリさんが、腕を振り下ろした姿で座り込んでいたのです。


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