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――って、んな訳ねえだろうが!
「何言ってんだボケ。次はお前ら馬鹿王子とアホ女とその取り巻き。お前らの番だ」
「え?」
俺が王太子……には負けるかもしれないが、極上の笑みを浮かべてそう言えば、目に見えて固まるボンクラども。
「おいおい、まさかこれでハッピーエンド。世は事も無し、なんてことになるとでも思ってたのかよ。むしろ俺から言わせれば、ルナフォード嬢よりもお前らの方がよっぽど質が悪い。本来なら卒業後にひっそりと呼び出してからのつもりだったけど……まあいいだろ。こんな横暴がこの国でまかり通っているなんて諸外国に伝わるよりも、今ここで間違いを正した方がいくらかマシだろうしな。俺の管轄外だけど、関わった以上は一肌脱いでやる」
いや、それを言うなら学園生活中に指摘しろよって話なんだが……俺はそんな真面目で仕事熱心な狐ではないし、俺が口出ししてしまえば蛇足となってしまう。
監視役の俺が話を拗らせてしまえば本末転倒だろう。
……というか、俺はここにいること事態が不本意なのだ。
俺はこの国に愛着はあっても執着はない。追い出されるまでは役目を全うするつもりだが……狐は気まぐれなのだ。どうなるかなんて分からない。
そもそも、間違いを正すのはいつだって自分自身だ。親しくもない外野がとやかく言うものでもない。
間違いを諭すのは友の役目。
共に歩むのは仲間の役目。
それならば親は? 大人である俺の役目とは何なのか。
それは若者たちに立ちふさがる壁となり、目標となるべきなのだ。
いつの日か守護獣である俺が必要ないと謂われるその時まで。
俺は国を守護する盾となり、庇護を与える保護者であり続ける。
ときおり先達としての助言や説教はしても、子供たちの選択を否定し、道を狭めるようなことは決してしない。間違いに気付く機会を奪うことなんてできない。
子供は甘やかすだけではいけない。
子供は厳しくするだけでもいけない。
大人というのは常に子供を見守る存在であるべきなのだ。
これは俺のルールであり戒めだ。
だからこそ俺は俺の考えを貫いた。貫き守らねばならなかった――それだけだ。
言葉にしてしまえばなんと安易で稚拙な羅列なのか。でも実にシンプルで分かりやすい行動原理だ。
プッツンしてしまったとはいえ、幻獣である俺の姿が知られるのは控えたかったが……大きな問題にはならないだろう。
諸外国のお偉いさん達には俺がここにいることは不文律として知られているし、一切の関与を遠慮してもらっているから問題はない。
おかげで学園生活は常にボッチだったけどな!
王太子が俺の名前を憶えていたのも、俺が独りで浮いていたからだろう。
「な、何を?」
「だ・か・ら、次はお前らの軽率さと馬鹿さ加減についての説教をするって言ってんだよ」
この王太子、優秀なんだがどうにも一途過ぎる節がある。
それが悪いとは一概には言えないが、少なくとも全体が見えないようでは王族として失格だ。私情でこんな騒ぎを起こすだなんて再教育の必要がある。
「貴様! 黙って聞いていれば殿下に向かってなんて口の利き方だ!」
「……失礼な奴」
「今までは場合が場合なので見逃していましたが、これは純然たる不敬罪ですね」
今まで空気だったくせに、こぞって取り巻きが騒ぎ出す。
うぜー。
なんで権力者のガキってのは不敬罪とかすぐに言いたがるのかねぇ。
なに? はやってるの?
なにそれすぐに廃らせるべきだろ。
「はあ……なんか面倒になってきたな」
こいつらに至っては、貴族社会で生きていくだけの素質が丸っきりないと俺は判断していた。
無能ではないのだが、こいつらの気質は貴族には向いていない。
だって戦うしか取り柄がない、脳まで筋肉でできている筋肉ダルマ。
魔法研究ばっかりで人間関係を円滑に構築できない根暗。
自分は賢いと思い込んでいる腹黒気取りのメガネ
どう考えても無理じゃね?
本人たちは将来の重鎮だと勘違いしているみたいだけど、今のままではそんな将来は未来永劫に来ない。
三人とも学業においての成績は高いようだが、今のままでは貴族として、国家の中枢になんて怖くて据え置けねえよ。
お互いに不幸になる未来が透けて見える。
あ、ふと思ったんだけど、前世では笑顔を浮かべて計算高い奴を腹黒とか言ってたけどさ、それって安易過ぎないか?
貴族なら顔で笑って腹で毒づくなんて日常茶飯事だし、平民であったとしても、大人になって社交性を身につければ多かれ少なかれ打算は生まれると思うんだよね。まして貴族である以上利用し利用される、利害関係があるのは当たり前ではないか。
当たり前のことができているだけで腹黒……そう考えると、腹黒系のキャラってなんか薄いよね。
……ごめんそれだけ。
「なんとか言ったらどうなんだ!」
俺がトリップしていると筋肉ダルマが掴み掛ってきた。
そんな筋肉ダルマを反射的にいなし、襟元を掴みながら足を引っ掛けてやる。
「ぐあっ!」
「……よわ」
倒れこんだ筋肉ダルマを踏みつけて呟く。
コイツは父親同様、近衛騎士を目指しているらしいけど……話にならんだろ、これ。あまりにも弱すぎる。
頭に血が上って実力を出し切れないとかダメすぎ。こんな直情的な性格では近衛騎士どころか、騎士だって難しいかもしれない。
国民や兵士たちの憧れる近衛騎士は、各国の首脳陣が来日した折にそれを警備する役割も担っている。そのため実力もそうだが、同時に品格も求められる。
それなのに、こんな感情的になって周りが見えなくなる奴を傍に置くことなんてできる筈もない。
ちなみに俺は必要な体罰ならアリだと思っている。子供相手でも容赦はしない。言って分からない子供には体で教えてやるしかないのだ。
だから俺は言おう。
体罰は教育です!
「き、きさま……」
「キサマじゃねーよバカタレが。国家の盾である騎士を目指していると公言しておきながら無様なマネしやがって。仮にも近衛騎士団長の長子という立場だろうが。公衆の面前で婦女子に暴行を加えるとか何考えてんだ」
「私はタリアを……守るべき人を守っただけだ! なんら騎士道に悖る行動はしていない!」
「へー、自分たちで相手を追い詰めるような状況を作っておきながら、よくそんなセリフを吐けるもんだな。騎士道が聞いて呆れるぞ」
ただ好きな女の前で、良い恰好したかっただけのくせに生意気な。
「なら聞くが、さっきのルナフォード嬢は何をした?」
「知れたことっ! タリア嬢に手を上げようとしただろうが!」
「はぁー……だから馬鹿だって言うんだよ。ルナフォード嬢は武器でも持ってたか? 地べたに抑え込まれ、痛みを訴えていても拘束を緩めもしない程の事をしたか? ――してないだろ。
ただの張り手をしようとしただけにしては過剰な扱いだと思うが、そこんところどうなのよ」
「それは……」
結果だけ見れば、平民を叩こうとした侯爵令嬢が男に拘束されて暴走。その余波を食らって俺の愛しい食事が台無しになった。
ふざけんなって話だ。
この国には身分制度があるから、貴族が平民を叩こうが法的には何の問題もない。
あまりにも理不尽ならば俺も止めるが……今回は違う。
「そもそも、そうなるように先導したのはお前らだろうが。こんな衆人環視で断罪の真似事をして、相手を追い詰めて。挙句の果てに自分の行いを正当化しようとする。……下劣にも程がある。それは悪漢となんら変わらない、畜生にも劣る行いだ」
筋肉ダルマから足を離し、吐き捨てるように侮蔑の念を送る。
ちなみに俺もルナフォード嬢を叩いたけど、あれは教育なので暴力には入らない。あれは教育なので暴力には入らない。あれは教育なので暴力には入らない。
大切なことなので三度言った。
……いや、本当だよ?
加減もしたし、後も残らないように気も遣った。なにより、俺は男である前に幻獣なのだ。
自分の都合のいいように解釈する。俺はそんな狐なのだ。
悔しそうに無言となった筋肉ダルマ。しかし、それを擁護するような発言が聞こえてきた。
「……でも悪いのはアイツだし」
「そうですね。些か過剰だったかもしれませんが、それも身から出た錆。仕方のないことだと私も思いますね」
根暗とメガネ。
「……なに自分は関係ないみたいな面してんだゴラァ! テメーら二人も同罪だクソがッ!!」
「なっ!」
オッといけない!
今更だがついつい口調が汚くなってしまった。自重、自重。
「婚約者のいる身でありながらそれを放置し、タリア嬢にベッタリで夜会ではダンスを踊る順序を競い、様々な宝石やドレスその他女性の喜びそうな贈り物をし、そこかしこへと連れ出しては寵を争い、そしてそれを隠そうともしなかった。お前らのせいで学園の風紀が乱れたのは紛れもない事実。無関係でいられるなんて思わないことだ」
有数の貴族である者の息子。もちろん彼らには既に婚約者やそれと目される相手もいたのだが、いつの間にか彼女達のことなど忘れたかのようにひたすらタリア嬢を囲んでいた。
いずれも政略結婚で、政治的に意味のある相手だった。それを反故にし、国を守る一員となるという立場を蔑ろにし続けてきた愚か者。
それ故彼らの行いは周囲から白眼視されている。他の宮廷人達も冷ややかな目で見ていたのだが、彼ら自身は全く気づいていなかったらしい。
あーアホらし。
笑えない道化とか存在価値皆無だろ。
「お前らは自分の行動で周りにどれだけの影響が及ぶか考えないのか?」
本当に呆れてしまう。そんな事も分からない彼らが次代ならば……この国の未来は暗い。暗雲どころじゃない。もう暗黒だ。お先真っ暗だ。
中核には置かないにしても、地方の治安が悪くなれば少なからずの影響が及ぶ。その対処に俺も巻き込まれる可能性は高い。マジふざけんな。
はぁ……面倒くさい。
久しぶりに放浪の身に戻りたくなってくる。
キツネうどん推奨団体とか作ってみようか?
世間にキツネうどんが如何に素晴らしいかを伝える団体だ。
……あ、ちょっといいかも。
「……アイツがタリアを苛めるから悪いんだ」
「そもそも貴方は何様なんですか? 子爵の三男が偉そうに。私たちに意見できる立場ではないでしょう」
あ~、論点がズレてるよ。今はルナフォード嬢の話も、肩書きの話もしてないっての。
そんなんで誤魔化されると思うなよ。
第一、ルナフォード嬢がした嫌がらせなんて、悪口を言った~とか、わざとぶつかってそのまま無視した~とかそんなもんだよ? 愛しい彼を奪われまいとする可愛らしい嫉妬ぐらい大した話じゃないだろうが。
たったそれだけのことに、なんでこんな大騒ぎになってんだよ。
まぁ、それでもイジメはイジメだからね。当然それなりの罰はあるだろうけど……どれくらいの罰かは推して知るべし、ってところかな。
「今は当人同士で話し合っているのです。無関係な貴方が野次馬根性で首を突っ込む問題ではありません。貴方の存在は場を掻き乱しているだけということが分からないのですか?」
クイッと眼鏡を上げるメガネ。
まだ言いたいことは山ほどあるが、子爵の三男という肩書だけではこいつらの舐めた態度は変わらないだろう。
ってか、ぶっちゃけ飽きた。
どうせこの後は王城で報告もしないといけないだろうし、いつまでもガキに構ってはいられない。
相手がいうことを聞かないときは、やっぱり権力に頼るのが手っ取り早い。
俺はデデンッ! と効果音がつきそうな勢いで懐から書状を取り出した。
「なんですか、そんなもの……をとり、だ……し……え?」
後半になるにつれ尻つぼみになっていくメガネ。
俺が取り出したのは、息子の躾すらまともにできない仕事馬鹿からの委任状。
どこの世でも国家権力は絶大な威力を誇る。メガネの顔色が見る見るうちに青ざめていく。
「見たとおり、俺は王からお前らの采配を任せられている。俺の行動、発言、対応はどれをとっても王のそれと同義だ。ここからの発言は細心の注意を払ってするように」
俺はバカっぽく胸を張る。
これぐらいの方がこいつらには伝わるだろう。
「待ってくれ! 父上が、君に? 私は何も聞いていないぞ!」
おいおい、発言には注意しろって言ったばっかりだろうが。
例え王太子であろうと、王の権限に逆らえる道理はない。
「それを貸してくれ!」
半ば奪うようにして俺の手から書状をひったくり、マジマジと読む王太子。
本来ならば許される行動ではないが……まあ大目に見てやる。信じられない気持ちもわかるからな。
「た、確かにこれは父上の正印だ……」
書状にはしっかりと王印も押され、偽装ではないことを明確に証明している。
紙も王家の紋章が浮かぶ特別性の物で、複製は不可能だ。
「これで分かっただろ。お前らの親がどれだけ高い爵位を持っていようと、今この場では何の意味もない。自分勝手な理由で軽率な言動をするのは、自分の首を絞める結果にしかならないからそのつもりで」
虎の威を借る狐。――実にいい言葉だ。俺の至言としよう。
「そんじゃまぁ、さっさとこの茶番を終わりにして、明日の卒業式に備えるとしようじゃないか。取り巻きのボンクラ三人には家に連絡して相応の対処をしてもらう。お前らの無能っぷりを報告するからそのつもりで。ルンフォード嬢にも罰を受けてもらうけど、う~ん……重くてもせいぜい謹慎ぐらいが妥当か? 馬鹿王子は王位継承権剥奪とはいかないまでも、再教育の必要があるから、文官の下で執務に励んでもらうかな。同時に、一から王族としての在り方を学んでもらおう。その甘ったれた根性を叩き直してもらわないといけないしな」
矢継ぎ早に告げられた沙汰に、それぞれが一喜一憂する。
その中でも一番の取り乱しようを見せたのは馬鹿王子だった。王族であるからこそ、この措置が法外であることが十二分に理解できるのだろう。
「あり得ない! 厳格な父上が一学生にこんな物を渡す訳がない!」
女に現を抜かすとここまで視野が狭まるものなのか。
どうしよう……。もう言っちゃう? 言っちゃう?
「ふっ、所詮は恋に目を曇らせたヒヨっ子か。まだ我の正体に気が付かないようだな、アルバートよ」
「なんだって……?」
ニヒルに微笑む俺に、その場にいる全員の視線が集まる。
……いや、最初から集まってたんだけどね。
俺の今の気分は大魔王。
怯える子羊たちに自愛の終焉を言い渡す宣告者。
「いいだろう見せてやる。我の本当の姿をなっ!」
言った瞬間、俺の体が淡い光を放ち始める。
観衆の期待に応えるべく、俺は抑えていた霊格を開放する。
それと同時に演出として、狐の尻尾と耳を顕現させた。
「なッッ! その姿はっ‼」
ベースは人型。そこに月の光を溶かしたような銀毛が覆う耳と尻尾を加えた獣人スタイル。
毎日ブラッシングを欠かさない自慢の毛皮だ。
「改めて名乗ろう。――我が名はコン吉。この国を守護する尊き存在にして絶対の超越者。個にして全なる神獣である」
キャァアアアア恥ずかしいぃいいいいいい!!!!
自分で尊き存在とか言っちゃった! 言っちゃった!
でもちょっとだけ気持ちぃいいいい!
一度黄門様みたいにやってみたかったんだけど、想像以上にこれはクルッ!
副将軍様は当たり前みたいにやってたけど、俺には無理だ! 二度はできない、絶対!
今、めっちゃ控えろぉー控えろぉーとか言いたい。
一気に小物臭くなるから言わないけどね!
「な、なぜ守護獣……様がこんなところに……それに、そのお姿は……」
「四年間。我は王の頼みで人の姿を取り、お前達を見守り続けてきた。道を踏み外さぬように、取り返しのつかない過ちを犯さないように、お前達の意思を阻害せぬように見守り続けてきたのだ」
ふふふ。俺の尻尾と耳から目が離せないだろう。我ながらこの尻尾の毛並みには惚れ惚れしてしまう。
寝るときに抱いて寝れば安眠間違いなしの太鼓判を押せる圧倒的な手触り。保温性にも優れ、冬場は湯たんぽ代わりに。夏場は人型になって収納すれば邪魔にもならない。
耳も負けず劣らずの高性能。一キロ先に落ちた小銭の音だって余裕で拾えるし、情報収集には持って来い。
そんな俺は幻獣であり神獣のコン吉ですっ!
「そんな――ッ! 守護獣様は王宮の奥深く、王のみが入室できる審殿におられるはず……」
「対外的にはそうなっておるが……我とはいえ、いつまでも同じ場所に閉じ籠っておれば息も詰まる。むしろ王宮に居る時間の方が短いぐらいだ。覚えてはおらぬだろうが、お主のおしめを取り替えてやったこともあるのだぞ?」
「まさか……そんな……」
これは知られてはいないが、産まれてからの一年間の王族は、俺が乳母と一緒に面倒を見ることになっている。
この世界の死亡率は前世と違ってさらに高い。物資の流通がスムーズではないから食文化がそこまで発展していないし、魔法がある分、医療技術が遅れているからだ。
だから身体ができていない弱い時期は俺が付き添って万一の時に備えている。
「馬鹿おう……アルバートよ。人とは間違いを犯す生き物であり、それを正す強さを持つ生き物なのだ。まだ学生であるお前の過ちは我が許そう。まだ未熟なお前に責を押し付けるようなことはしないとも誓う。……だがそれは学生である今日までのこと。明日になればお主は王族として、一人の大人として見られるようになる。今まで民の血税で生き、育てられてきた責務を果たさねばならなくなる……残念だが、タリア嬢を王太子妃にすることは叶わない」
俺がそう言えば、馬鹿王子は傍目から見ても顔色が悪くなる。
「そ、それは、なんとかなりませんか?! 私が王太子として相応しくない行動をとったことは猛省し、二度とこのようなことが起こらぬよう自分を律します。――ですからっ! どうかタリアとの婚約を認めてはいただけませんか? 貴方様がお認めになれば王も、貴族諸侯からも反対は出ないはず……。どうか、どうか伏してお願い申し上げますッ!」
「それは出来ぬ。いくら我とはいえ、何の実績もない、市井の者を国母とすれば要らぬ混乱を招くこととなるだろう。そうなればどうなるか……仮にも王族であるお前ならば分かるであろう?」
「…………はい」
「悪しき前例を作る訳にはいかぬのだ」
そう断言すれば悔しそうにかんばせを歪める馬鹿王子。
アルバートとしてなら情もあるし、どうにかしてやりたいとも思うが……こればっかりは俺でもどうしようもない。
諦めてもらう他ないだろう……。
………………
なんつって!
確かに何の実績もない平民を正妃にはできないけど、其れなりに相応しい実績を上げ、品性と品格、それと実力があればその限りではない。
ぶっちゃけ、何代か前の国王も平民を妻に迎えてるし、不可能ではないのだ。それなりの手順と実力が必要になるが、王太子が手助けをして、本当に彼女を愛しているなら越えられない程でもないだろう。
正妃として必要なことは多く、長い時間はかかるだろうが、それぐらいは我慢して貰うしかない。
さて、この馬鹿王子はいつそれに気が付くか。帰ったらヒントぐらいは教えといてやるか。
俺がそんなことを考えていると、どこからともなく声が聞こえた気がした。
「あ、あの……みんなに酷いことをしないでください」
ん? 空耳か?
「あ、あの! みんなに酷いことをしないでください!」
「…………」
そんなことを言い出したタリア嬢には脱力させられる。
あれれ~おかしいぞぉ~?
俺ってばこの国を守護する幻獣の、しかも神獣であることも明かしたし、王の書状も持ってるんだよ?
なんで普通に話しかけられるのかなぁ?
あまつさえ、見当違いな非難まで受けてるんだけど……これってどういうことよ。
好意的に解釈したとしても無礼以外の何物でもないんですけど。
「えっと……もしかしてだけど、俺に言ってる?」
ついつい確認のために素で答えてしまったが、
「そ、そうです! コン吉さんは偉い人なんですよね? お願いします。みんな根は良い人たちなんです。彼らの未来を閉ざすようなことはしないであげてください」
返ってきたのは聞き違いなど起こり得ない肯定。
真っすぐと俺を見つめるタリア嬢。
……………………ブレイクブレイク。まだ慌てるような時間じゃない。落ち着いて対処しようじゃないか。
確かに今までは貴族として、王族としての話だったけど、この学園に通っているんだ。平民とはいえ、話の意味と意図は理解できて然るべきのはずだ。
特に今回はガキの色恋沙汰に関してが主だったものだし、難しいことなんて何一つ言っていない。権力を持った気になってたガキを叱ったという、ただそれだけのことなんだから当然だ。
ともあれ、仮にも貴族には違いないから厳しいことは言ったかもしれないけど、人道的に、温情溢れる対応のはずだ。これが他国ならお家断絶とか、国外追放、王位継承権剥奪なんかになってもおかしくない出来事なんだから、俺の措置は甘いと言われても仕方ないぐらいには優しいものだ。
……俺、酷いことなんてしてなくない?
「あの……聞いていますか?」
「あ、ごめん。考え事してた」
「もう、人の話はしっかりと聞いてくださいよ! 人としての基本ですよ!」
む~、なんて頬を膨らませている彼女は可愛い。とってもとっても可愛らしい。
荒れ荒んだ心を癒してくれる清涼剤のような可愛らしさだ。
うっかりしていると惚れてしまいそうになる。
……ってバカぁん!
いや、なんでそんな発言ができるの?
君ってば確か、ルナフォード嬢相手にはカチコチに緊張してたじゃないですか。
俺、守護獣、建国から、いる、凄い、ちから、持ってる。侯爵令嬢、より、凄い、存在。
もしかしてこれってあれか?
馬鹿王子もその取り巻きも、貴族としてのプレッシャーとか、家を継ぐという重責に苦しんでいるときに特別扱いしない、自分を個人として見てくれたからとかそんなドMな感じでこの女に惚れたのか?
どう考えてもそれって考えが足りていないだけだろうが!
何のために身分制度なんてあると思ってんだよ!
親しい間柄とかで非公式な場でとかなら分からなくもないけど、仲良くもない、それこそ初めて話すような相手にこの態度は不味いだろ。
想定外だ。想定の範囲外過ぎる。
まさかタリア嬢がマイペースな電波さんだったなんて……。
そりゃあ四年間もの間、俺は王太子であるアルバートを見守ってきたよ? タリア嬢と知り合った経緯も経過も知ってるよ?
多少世間知らずだなぁ~なんて思っていたけど、ここまで酷いなんて……。
馬鹿王子も取り巻きも趣味悪すぎだろ。もっと別の女の子に惚れればいいのに……。
しかもただの電波さんならまだいいが、優しく思いやりのある電波さんとか対応に困る。どうせなら滅茶苦茶自分勝手な電波さんであって欲しかった……。
「もうっ! 言ったそばから聞いてませんね!」
プンプンと擬音が付きそうに怒る彼女は、俺という存在のことを知らないのだろうか?
俺のやったことなんて、前世の知恵を少し貸した事と、戦争に対する抑止力として外交のカードになったぐらいだが、それでも俺のことを知らない奴なんてこの国にはいないと思ってたんだけど……もしかして己惚れてた? 本当はそこまで知名度とか無いの? 俺の独りよがり?
あ、なんか泣きそう……。
「わたし、コン吉さんの言葉に感動したんです。〝人とは間違いを犯す生き物であり、それを正す強さを持つ生き物なのだ〟。その通りだと思います。元から悪い人なんていないんです。だからこそコン吉さんが言ったように、みんなを許してあげてほしいんです。わたしには貴族様の事情はよく分かりません。……でも、みんなが優しくて頑張り屋さんだということは知っています。だから……、だからお願いします!」
「……」
俺が言いたかったのはそんなことじゃないから。もっと単純で当たり前のことを言っただけだから。勝手に歪曲して受け止めるのはやめてください。
ここにきての性善説、性悪説はちと荷が重い。そんな答えの出ない禅問答は俺のいない遠い彼方の地でやってくれ。きっと世捨て人の哲学者とかなら喜んで付き合ってくれると思うから。
……意図的なのか無意識なのかは分からないが、タリア嬢は男を駄目にする典型的な悪女だ。
女に甘いと定評のあるコン吉さんでも限度があるぞ。
「あのさ、わかってる? 許すも何も、そもそもの元凶って君なんだからね」
「えっ!?」
「わかってなかったんだ……」
この子、本当に特待生?
この子も勉強はできるけど頭が残念な一人なのか?
残念美少女電波系とか誰得だよ。少なくとも国を傾ける女なんて俺は嫌いだ。傾国の美女なんて害悪以外の何物でもない。
せっかく整った容姿を持って産まれてきたのに、宝の持ち腐れもいいところだ。もったいない。
「婚約者がいる異性に近づいて誑かし、いいように弄んでこんなバカ騒ぎに発展させた。しかも相手は貴族だ。捉え方によっては国家反逆罪で極刑もあり得るんだからね」
「わ、わたしはそんなつもり……」
「お前にそんな気がなくても事実そうなるんだよ」
無自覚をここまで拗らせて凶悪にするとは……恐ろしい子!
何で今までの話を聞いててわからないんだよ。世間に疎いなんて次元じゃないぞ、これ。
まさか感情面でも鈍いなんて事はないだろうな……?
「念のために聞くけど、タリア嬢から見たあいつ等ってどんな感じなの?」
俺は取り巻き達を指さす。
「どんな感じ……?」
「だからどう思ってるかってことだよ」
「どう思っているかですか? えっと……ギルは頭固いけど真面目で、いつも裏庭で剣を振っている頑張り屋さん。ボーダ君はわたしが知らないことをいっぱい知っている尊敬できる友達で、メリサスさんは……ちょっと意地悪だけど、困った時には力を貸してくれる友人です」
うわ~……。
いい友人?
なにそれおいしいの?
俺って、昔から鈍感系主人公って嫌いだったんだよね。
あそこまで露骨に態度に出てたのにそれはないだろう……同じ男として同情を禁じ得ない。
「ちなみに馬鹿……アルバートは?」
「で、殿下は……その、とても大切な方……です」
顔を赤らめて恥ずかしそうに俯く姿は保護欲を誘う。
でも、
「ねえ今までの俺たちのやり取り聞いてた? それが原因だって言ってんだよ」
「ほえ?」
人の話はしっかりと聞いてくださいよぉ~。人としての基本ですよぉ~。
天真爛漫、純真無垢。タリア嬢を表すのはこんな言葉だ。
どれも聞き心地はいいけれど、言い換えれば勝手気儘なおバカさんでしかない。
ダメだ。この女を国母なんかにしたら俺の面倒が天井突破する。
人の恋路を邪魔する趣味はないけど、それは俺に害のない範囲での話だ。
ルナフォード嬢が抑え込まれた時も、婚約者を奪われて激オコ状態の人間に話しかければどうなるのかは目に見えてるだろ。それをわざわざ刺激するような真似をするなんて。
取り巻きにしても、日々精進して励んでいればもしかしたら、もしかしたほんの少しだけは可能性があったかもしれないが……今となってはもうダメだな。だって目がハートだもん。完全に堕ちちゃってるもん。
前途有望な若者が腐るのには心が痛むが、更生させようだなんて面倒なことは……たぶんしない。うん、しないと思う……ってかしたくない。そんなのはあいつ等の親にでも任せるさ。
近衛騎士団長の長子、魔法研究の第一人者であるギルハトス王宮魔導伯の三男、現宰相であるモラリス翁の孫といった貴公子たち。
よくもまあ、ここまでの人材を誑し込んで手中に収められたものだ。その手腕は大したものだ。是非この国のために使ってほしかった。この世界が乙女ゲームの世界だと言われたら信じるかもしれない。
……いやゴメン嘘だ。
ただちょっと現実逃避したくなっただけだ。許してほしい。
俺はこの国が建国する前からこの世界で生きているし、人の営みを長いこと見守ってきた。
それが、こんな青臭い一幕だけのために今までの歴史が築き上げられてきただなんてあるわけがないし、そんなことを思うのは歴史を作ってきた多くの偉人達に対する冒涜だ。
俺は元人間だっただけに、人間という種そのものが好きなのだ。それが侮辱されるだなんて、とてもじゃないけど看過できない。業腹にも程がある。
……タリア嬢は電波さんだが優しい人物なんだろう。
思い悩む男どもを癒した。
……代わりに未来を閉ざしたけど。
孤児院に寄付をして経営を助けたこともあった。
……男からの貢物だったけど。
困っている人がいれば悩みを聞き、慈善事業に勤しんだ。
……結果的に状況を悪化させてたけど。
それでも『良かれと思って』の行動には変わりない。
なればこそ、タリア嬢には相応しい場所を用意してあげようではないか。
「タリア嬢。君は修道院でその弱い頭を鍛えてきなさい。国から派遣する監査役が『問題なし』と判断するまで俗世との関わりは一切認めない。当然、王太子との関係も絶ってもらう」
「えっ!?」
驚いているようだけど、関係を断つのは一度馬鹿王子にも言ったからね。
「そんなおかしいです! 誰かを慕う気持ちを我慢しなきゃいけないなんて、そんなのは間違っています!」
「お前の考え方は前衛的過ぎる。今のこの世界の価値観にはそぐわないんだよ」
自由に恋愛できない
悪しき風習とも思うが、俺は前世の考え方を押し付けることはしなかった。
この世界にはこの世界の仕組みがあり、この世界にはこの世界の進化の可能性がある。そして、時間の進みがあるのだ。
それなのに自分の世界はこうだったからと強制させては、それを閉ざすことになる。
なにより、そんな何の苦労も挫折もなく得られた発展に意味などない。
俺は前世の記憶があるから〝一例〟を少しだけ伝えはしたが、それだけに留まっている。長い時間を掛けて未来を模索し、達成するべき成果を奪う権利など誰にもないのだ。
「これは決定事項だ。覆ることはない」
そう宣言し、取り巻きにタリア嬢をここから連れ出すように指示を出した。
タリア嬢はまだ何かを言っているが、正直もうお腹いっぱいだ。勘弁してくれ。
わざわざ取り巻きに指示を出したのは、ここまで言ってまだ自分の無能を晒すようなら仕方がないと、試す意味合いがある。タリア嬢を連れてどこかに逃げるようならそれまでだ。明日になれば成人になるんだし、勝手に生きて、勝手に死ねばいい。
まあ問題はないだろうとは思うけどね。……目はハートのままだったけど。
「さて、馬鹿王子とルナフォード嬢には婚約解消の件も含め、これから一緒に王城に行ってもらうけど大丈夫か?」
当然拒否権はないが、社交辞令として聞いておく。
「……はい」
「わかりました」
二人も快く承諾してくれたのでさっそく向かうことにする。
一人気落ちしている男がいるけど……まあ自業自得ということで。大いに反省してもらいたいものだ。
「……………………俺のキツネうどんを台無しにされたしな」
「え、今なんと?」
「いや別に」
王城に向かうまでの道中、せっかくなので二人にキツネうどんの素晴らしさを説いてみたのだけれど……。
「キツネうどんってのは如何にして油揚げという主役を際立たせるかに焦点を置いている。コシのある麺はもちろん、具の下に隠されている汁も中々どうして、侮れない。なにより噛み締めるたびに黄金色のダシを十全に染み込んだ油揚げから、汁が旨みと混ざり合って素晴らしい味がする。地味だと思われることもあるけど、ワカメやナルト、天かすで丼を彩り、麺を口に運ぶとつるつるで、ちょっとだけ香辛料が入った塩味のスープが良く絡んでいて美味しいんだ。主役は油揚げ、それに変わりはない。が、主役を際立たせるために最も大切なのがバランスだ。これは調和と言い換えてもいい。具と、麺と、スープ、そして油揚げ。それら4つが渾然一体となり、キツネうどんという偉大な作品を完成させる。まったく、キツネうどんを考え出した人には脱帽だ。足を向けて寝れないよ。そもそもキツネうどんとは丼一つで宇宙の真理を語る手段であり手法でもあるんだ。これは魔術に通ずるものがある。料理という枠組みを飛び越えて新たなる領域に踏み込み、形成される事象と現象を知る役割も担っている。お前達だとまだ理解できないかもしれないが、俺の扱う魔法と、お前達が使う魔術の差はここの理解力に生じる差異が大まかな理由だと俺は思っている。これは国家機密に抵触してしまうかもしれないが――まぁ良い。ちょっと早い成人のお祝いだ。いいか? 魔術の腕を上げたければ、油揚げを深く理解するのが一番の近道だ。アレは最高にして至高の食材だからな。『油揚げは一日にして成らず、しかとて知ることを恐れることなかれ』。これは俺が数百年の年月をかけて行き着いた真実であり真理だ。当たり前のことだが、油揚げ料理を楽しむ際には感謝の念を…………………………………………………………………………」
存分に熱い思いを伝えたつもりだったが――俺は見た。
キツネうどんの素晴らしさを恍惚と説いた後に、馬鹿王子とルナフォード嬢の顔がドン引きしているのを。
え、なんで?
おまけ
~~~王との会話~~~
「はぁ~ようやく卒業できた。毎回毎回王太子が産まれるたび、幻獣であり神獣の俺が入学するとかどうよ? 正直、入学するたびに知っている教師勢が『あ、やっぱり今年も来た』みたいな目するから気まずいんだよ。そろそろこの制度ヤメにしようぜ」
「初代国王が決めた制度だからな。不都合も起きておらんし、廃止するわけにもいかん」
「起きてる! 俺に不都合が降りかかる勢いで起きてるよ!」
「国に不利益はない」
「……ねえ、嘆願書って俺でも有効? ちょっと糞王をリコールしたいんだけど」
「無理じゃな。儂は人気あるし、失策も目立ったものはないし」
「父親としては最悪だけどな」
「そういえば」
「どうした?」
「リトワール侯爵家からお主に婚約の申し入れが来ておるぞ。正確にいえばハイロニア子爵の三男にじゃが、お主宛で間違いあるまい」
「はい……? なんでそうなった?」
「誰も手を差し伸べてくれない状況で自分を諭し、救ってもらえば当然の成り行きじゃろう」
「いや、俺ってば爵位とか持ってないんだけど。それに俺は守護獣だぞ? 貴族……というか、人との結婚なんて出来ないだろ」
「なんでもルナフォード嬢たってのお願いだそうじゃから一考してみてはどうじゃ? お主もそろそろ身を固めるのも悪くなかろう」
「え~ヤダよ。そんなことしたら、ますますこの国から離れられなくなるだろうが。俺ってばこの国に愛着はあっても執着はないの。それに俺としてはもうちょっと、グラマラスで、ボンッキュッボンッな大人の女性がいいね。子供には欲情できねえよ」
「……ッチ」
基本、歴代国王とは友達感覚。
この作品のコンセプトは『なんだこれ?』