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守護獣様は苦労性  作者: 丸メガネ
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今回は難産でした(´・ω・`)



 《赤の王国》に置いて、『守護獣』とは神にも近しい存在として崇められている。

 別に本当の神様というわけではない。『守護獣』とは幻獣種の中でも最高位とされる神獣が、人類の国を守護していることから、時代の流れと共にそう呼ばれるようになっていったのだ。

 一種の縄張りとでも言えばいいのか。

 『守護獣』によって介入する度合いや頻度は異なるが、それぞれの守護者はそれぞれの自国に対し、一定数の愛着を持っているのは間違いない。


 『守護獣』とは神ではない。〝魔法〟という人外の法。その『理』に干渉できるというだけだ。

 ただ単に、概念としてそう位置づけられているだけなのだ。





「それで? わざわざ真面目ぶった前置きをしといて、結局アンタは何が言いたいのさ」


「いや、だからさ。神ならざる俺としては失敗だってするし、間違えることがあってもそれは普通のことだと言いたいわけなのよ。だってほら、俺ってば守護獣なんて御大層に呼ばれていても元はどこにでもいる野良狐だったわけだし。大切なのは間違いを正そうとする意志であって、必ずしも失敗が過ちであるとは限らないと思うわけよ、うん。その際に落ち込んだりしてもそれは何らおかしいことのない極々自然な流れであって、守護獣としての役割に(もと)るような行いではない! うん!」


「あぁ~~~~~~~! もう! 自己完結も自己弁護もどうでもいいから言いたい事は簡潔に! つ・ま・り!?」


「…………人に迷惑をかけてしまったから、その罰としてお前に会いに来た」


「いらっしゃいっ! 会いたかったわよコン吉!!」


 言って、アメフト選手ばりのタックルを決め込んできたのは、《赤の王国》の正妃であるネククル王妃。


 ……そう、信じたくないことに王妃なのだ。


「まったく、滅多に会いに来ないんだから。せっかく用意した新しいブラシをようやく使えるわ!」

「匂い袋には触るなよ」

「わかってるって!」


 高貴さの欠片もない道行くおばちゃんみたいな口調だが、こんなんでもれっきとした王妃なのだ。

 いつもなら窘めるぐらいはするが、ブラッシングの腕は確かで、尚且つ自慢の毛並みを褒められるだけに抵抗もしづらい。

 ましてや今回は自分への罰としてやってきたのだ。いまさら逃げられるはずもない。



 『銀毛の止まり木』から帰った俺は、まったく活用されていない後宮に閉じ籠り、反省を兼ねて布団に包まって自己嫌悪に精を出していた。

 メイドさんが数人様子を見に来たが、俺は気づかない振りをして尻尾だけで受け答えし、居座っている対価として好きなだけ触らせるというサービスをしていたのだ。

 キャアキャア言っていたので居座る分の支払いは出来たのだと思う。


 一晩経ち、反省が済んだところで俺は立ち直った。

 いつまでも塞ぎ込んではいられない。


 『銀毛の止まり木』には詫びとして、特製油揚げを送ることで謝罪しよう。

 そして今回の件を忘れないよう、戒めとして、王妃に身を捧げようと心に決めたのだ。


「――――ああ、やっぱりこのフワサラな毛並みはさいこうだねぇ……」


 恍惚とした表情でブラシを動かす王妃は、『守護獣コン吉』と対等に話すことができる数少ない人物の一人である。


 夫である国王を影ながら支え、時には政策に対して意見を口にし、王が道を誤りそうなときはそっと正してくれる頼れる王妃。


 そんな王妃だが、公式の場に現れることは極端に少ない。

 夜会などにはめったに出席せず、年に数回国営の式典に出席するに留まっている。


 曰く、あまりにも美し過ぎるため、配下の心を奪わぬように。


 曰く、王妃は精霊で年に数回しか現世に顕現できないから。


 曰く、王の独占欲で人目につかないようにしているから。


 曰く、単純に身体が弱いため。


 理由は他にも諸説語られているが、そのどれをとっても王妃に好意的な捉え方をされている。

 誰よりも美しく気高い国の誇り。誰もが羨む淑女の鏡。それがネククル・セリス・マクシミリアンという女性だ。


「ここでしょ? ここがいいんでしょ? さっさと白状しちゃいなさいよ」

「やめっ、そこは…………ああ……」


 だがその正体は軽くSの入った中身おっさん。もちろん人間で身体も弱くない。むしろ強い。王が独占欲を発しているわけでもなく、どちらかというと尻に敷かれている方だ。

 王妃はただ単に堅苦しい空気が嫌いなため、必要以上に表舞台には出ないようにしているだけだという現実。


 ――噂の実態なんて所詮なんてこんなもんだ。


「あの人ったら髭にご飯粒をつけて……ふふっ、いくつになっても子供みたいで可愛いったらないわ。最近は加齢臭が気になっているみたいで、必要以上に入浴時間が長いの。無駄な足掻きなのにね。アタシは気にしないし、むしろドキドキする良い匂いなのに……ふふふっ。この間なんかいつもの六倍は香りが強くなった日があって、宰相翁や近衛騎士団長に距離を置かれてへこんでいたわ。その背中の哀愁も魅力的で……年甲斐もなく燃え上がっちゃった」


「さいですか」


 そんでもって砂糖を吐きそうな内容を延々と語りだす。

 これってなんて酷い拷問?


 俺がここに来たくなかったのは、弄ばれるうえ、毎度毎度しつこく聞かされるのろけ話が嫌だからだ。

 これさえなければブラッシングは上手いので毎日でも通いたい。


 しかも、


「アンタもそろそろ身を固めたら? 城下に繰り出してるなら良い相手が一人や二人はいるでしょうに」


「幻獣が人間と結ばれるのは物語だけだっての。寿命も生態も異なるってのに、(つがい)なんてできるわけねえだろうが」


「エルフやドワーフなら人間よりも寿命は長いじゃない。それか同じ幻獣でもいいし。結婚は良いわよぉ? アタシも最初は結婚なんてと思ってたけど、してみると案外悪くないわ。愛するあの人との間にアルも産まれたし。年々歳を重ねるごとに深まる気持ちは、結婚した人にしか分からない温かさがあるもの。アンタってまだまだ長生きするんでしょ? だったら想い合える相手が一人や百人いてもいいじゃない。そうすれば末代まで見守る楽しみができるわよ」


 最近ではこのように結婚を勧めてくるので輪にかけてめんどくさくなった。

 お前は近所のお節介おばさんかっての。


「それはお前の夫に言ってやれ。王族が妻を一人しか娶らないとか、他国から見ても異常だからな?」


「え? いやよそんなの。あの人にはアタシが居ればそれでいいの」


 なんで俺の周りにはまともな女がいないのか。

 別に結婚願望があるわけではないが、ときたま世の無常さに泣きたくなってくる。



 ――コンコン



 俺が鳴いた声ではない。

 扉がノックされたのだ。


「どうぞ」

「失礼致します」


 促されて入室して来たのは近衛騎士の一人だった。


「どうしましたか?」


「はっ。宰相閣下より守護獣様への報告を預かってまいりました」


「そうですか、それはご苦労様です。――守護獣様、わたくしなどに構わずどうぞこちらへ」


 いつの間にか王妃が、白々しい王妃然とした振る舞いになっている。

 驚きの豹変の早さだ。相も変わらず猫かぶりが上手い。


 まあ、俺もキャラを演じるのだから人のことは言えないな。


「では訊こう。宰相からだとすると〝魔獣〟に関してか」


「その通りであります。先日報告された〝魔獣〟の目撃例を元に先遣隊を送り、〝魔獣〟を目視にて確認。その後第一騎士団並びに第二騎士団が交渉に赴きましたが失敗。交戦状態へと発展致しました」


「交渉に乗らなかったのであれば迷い込んだのではなく、意図的な侵入か」


 ≪赤の王国≫が俺の縄張りであることは幻獣達にも有名な話だ。

 これは他の国も共通なのだが、許可なく領域を超えてきた幻獣は〝魔獣〟と呼ばれている。


 時折迷い込んでくる若い幻獣もいるが、その場合は騎士団が接触し領域外へと案内する手はずになっている。

 戦闘になったということは、明らかな害意あってのことだろう。


「して、その後はどうなった」


「騎士団の奮闘により〝魔獣〟に深手を負わすことに成功しましたが激しい抵抗にあい、仕留めきれず『享楽の森』へ取り逃がしました。追撃を進言する者もおりましたが、こちらの戦力も大幅に削られており……幸いにも死者は出ておりませんが負傷者が続出したため、第一第二騎士団ともに撤退を余儀なくされました。……申し訳ございません」


「よい。騎士団の精鋭でも手が足りなかったのであれば、相手は上位に位置する幻獣であったのであろう。寧ろそのような相手に良くぞ死者を出さず帰ったものよ。騎士団には責務を果たした勇姿は見事。撤退は英断であったと伝えよ」


「――御意に。守護獣様よりお言葉を賜われたとなれば、騎士団も至高の誉れとなることでしょう」


 なにを大袈裟な。

 でも安心しろ。しっかりと補償の方も宰相が用意してくれているから、不便はかけないつもりだ。


 にしてもめんどうだなぁ。

 騎士団が手に負えない相手ならば俺が出張らなければならないだろう。

 幻獣は総じて魔法を操る。高位の幻獣であればそれはより強大になる。

 そんな連中が村や町々で暴れたら被害が甚大だ。

 どこの誰だか知らないが、人の縄張りで好き勝手はさせない。


「案ずるな。後の事は我が受け持とう。人類で相手取れない幻獣は我の領分だ。宰相には我から伝えておこう」


 にしても、なんでわざわざ人界なんかに侵入するんかね。幻獣達が住む領域は緑も豊かだし大地も広大だ。まだまだ未踏の地だって腐るほどある。

 人類と幻獣の住み分けはとっくの昔に済んでるってのに。縄張りが欲しいなら他所へ行けよ……。



 ――コンコン



 もう一度言っておくが俺が鳴いた声ではない。

 扉がノックされたのだ。



 静かに成り行きを見守っていた王妃が「どうぞ」と入室を促す。

 今度の相手は白と黒のシックな服に身を包んだメイドだ。


「冒険者ギルドより、アルバート王子一行に関する問い合わせがありましたのでご報告に参りました」


「ギルドから? 我にか?」


 ギルド長には事情を含め、王太子が行く旨を内密に通達しておいたはずだ。

 報告を頼んだ覚えはないが、なにか問題でも起きたのだろうか。だったら俺よりも王へ伝えた方が良い気がする。


「最初は国王様へだったのですが……その、『この件は守護獣に任せてある』とのことで……」


 あ・の・や・ろ・う。面倒事を全部俺に押し付けやがった!


 ……てかさ、なんで王も宰相も当たり前のように俺がここにいるって知ってるの? 俺ってば王妃に弄ばれていることを知られたくないから、一応隠密行動してたんだけど。

 バレバレなの? 筒抜けなの? 俺に監視でもつけてるの?

 なにそれ怖い。


「……訊こうか」


「はい」


 内心の動揺を悟らせぬよう苦心しながら報告を聞く。


「王太子一行が王の勅命により、『享楽の森』の討伐依頼を受けるように命じられたのことですが、その真意と通達しなかった理由を問いたいとの事です」


「――そうか。報告ご苦労であった。ギルド長には我から伝えておこう。二人とも下がって仕事に戻りなさい」


「はっ」「はい」


 近衛騎士とメイドが折り目正しく退出していく。その背中を静かに見送って、俺は元いた定位置に戻る。王妃も無言で寄り添ってきた。


 静寂に包まれながらブラシを動かす王妃。

 俺は足音が遠ざかったのを見計らって、押しとどめていた感情を濁流の如く放出した。



「はあ!!? なんであいつら討伐依頼なんか受けてんだよ!? 雑務依頼だけって口を酸っぱくして言ったじゃんよ!! しかもよりにもよって〝魔獣〟が逃げ込んだ『享楽の森』とか馬鹿じゃねえの!? アルとルナは何やってんだ!! てかあいつ等、冒険者登録したばかりならFランクからだろ? 討伐はDランクからしか受けられないはずだろうが!! ギルド職員は何やってんだ! 受けさせる前に確認とれよ!! そういえばアルバートは王太子だった。そりゃ王太子が王からの勅命とか言ったら止められないか! 納得しちゃった! できちゃった!!」


 山のように積み重なる疑問。

 湯水のように湧いてくる不平不満。 

 まさか『人の役にたて』という言葉を歪曲して誇大解釈したんじゃないだろうな?

 いやいや何度も説明したし、そんなアホみたいなことになるわけがない。亮介ならともかくアルとルナが一緒なんだぞ? 美野里だって人見知りはするが比較的常識人のはずだ。


 ……でも、現にこうしてやらかしちゃってるわけで。

 常に冷静沈着である俺を取り乱させるとは……これが若さか。


「ってそんな場合じゃねえーーー!!」


「落ち着きなさいよ。うまくブラッシングできないじゃない」


「なんでお前は落ち着いちゃってるの!? 愛する息子がピンチなんだぞ!!? あいつらってば火中の栗を拾うどころか火中に身投げしちゃってるんだぞ!?」


「慌てたってどうなるものでもないでしょうに。それに『享楽の森』って言ったってあそこは広いわよ? 〝魔獣〟と遭遇するとも限らないじゃない」


 甘い。甘いぞ王妃。

 幻獣なら人類よりも遥かに優れる五感を持っているし、人間に対して害意があるなら、寄ってきた獲物を見逃しはしないだろう。そのなのは説明するまでもない。

 普段は残念な王妃だが、本性は《赤の王国》の王妃。そんな簡単なことがわからないはずがない。

 それなのに王妃は落ち着いたまま俺の毛をとぐし、艶やかでフワサラな毛並みを堪能している。


「あの子なら大丈夫よ。アタシとあの人の子なのよ? ルナちゃんもいるんだし、相手が〝魔獣〟とはいえそうそう遅れは取らないわよ」


「騎士団が取り逃がした相手になにを悠長な……! ――もういい。問答の時間ももったいない。俺は行くギャァアアぁあああああ!!!!」

「だから落ち着きなさいっての」


 すぐに立ち上がって向かおうとすると、王妃が俺の自慢の尻尾を鷲掴みにして強引に押し留めた。

 付け根から引き抜かれそうな激痛が喉を穿ち部屋の中を木霊する。


「なっ! ななっん何すんだよ!! ヤバかった。今のはかなりヤバかった!! 俺のアイデンティティが失われるところだった!!」

「そんな鼻息荒くした状態で行っても空回りするだけよ。ただでさえアンタは不足な事態には弱いんだから。もう少し肩の力を抜いてリラックスしなきゃ。そうね、ブラッシングが終わってから行きなさいな。そうすれば余裕も生まれるでしょ」

「ないの! 時間的余裕も心の余裕も今はないんだよ! お前はなんでそんなに落ち着いていられるんだよ! 一人息子の一大事だぞ!」


「だってアタシ達には頼れる守護者がいるんだもの。心配する必要なんてないわよ。――そうでしょ? 優しい我らの守護獣様」


 王妃の言葉に、んぐっ……と返答に窮した。

 全幅の信頼を乗せた眼差し。問いかけの容をとった確認。

 言われ、熱くなっていた頭が冷静になっていくのが自分でもわかった。


「……」


「さあっ! あと少しだから済ましちゃいましょうか!」


 体勢を戻しブラシが動き出す。

 鼻歌を奏でながらご機嫌な王妃。その余裕が俺を信用してのことだと思うと嬉しいやら恥ずかしいやら。

 ブラッシングされた箇所から浸透するように焦燥が消えていくような気がした。


 確かに俺は不測の事態には弱い。それは自覚している。

 人の生活には積極的に手を出せないという基盤あってのことだが、基本的に問題が起こる前に予防するのが俺のスタイルだ。

 人間に化けて城下や色々な村町に足を運んでいるのもそれが理由だったりする。問題が起こりそうなら一早く対処して、問題が問題になる前に潰してしまおうと考えているのだ。

 《赤の王国》は広い。五大国の中でも一、二位を争う国土を誇っている。当たり前のことだが、そんな大国を俺一人で回れるはずもないのだ。


 ……俺は、もう少し人を信じなければいけないのかもしれない。

 王妃が息子を信じているように。俺を信じてくれたように。俺も人を信じて頼るべきなのかもしれない。

 何百年生きようと、気づかされてばかりだ。『人生は常に勉強である』昔の人は良いことを言う。


 まったく……国王夫妻はこういうところがあるから侮れない。いつもはぬけているように見えて、ふとした瞬間に不意を突いてくる。

 王族のこういうところにはどれだけ生きようと(かな)う気がしない。


「ありがとうな」


「どういたしまして」


 自然と漏れた感謝の言葉に、王妃は柔らかな微笑で答えてくれた。
























「クッ! も、う……これ、以上は……!」

「クククッ、そんなことを言いながら身体は正直だなぁ? 喜びの声を上げているではないか! この卑しんぼめ。ここか? ここがいいのか? どうして欲しいのか自分の口で言ってごらんなさい!!」


 だからって! ちょいと愉しみすぎやしませんかね王妃様!?


「もっ――そこはっらっ、らぁめぇえ~~~~!」

「あっははははははははははははは!!」



 やっぱり王妃には勝てなかった。






次回! 勇者パーティーの戦闘!!

もしかしたら省略もあるかも!? だってこの作品は説教コメディーだから!!

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