引き続きアルバート ギルドの小話
ちょっと思い付きで書いちゃいました。
そろそろ本編を進めますんで許してください|д゜)
翌日。金銭的な問題から簡単な装備しか整えた私達は、ついに冒険者ギルドの門を叩いていた。
「これはまた、かわいいお客さんだ。ここは冒険者が依頼を受ける場所。依頼を出したいなら裏手の入り口から入るんだな」
扉を潜ると、顔に傷のある男がニヒルに頬を吊り上げて私達を出迎えた。装備を見れば冒険者志望だと分かりそうなものだが。
分かった上で絡んできているのは明白。
おそらくこれが就寝前にリョウスケ殿が語っていた洗礼と言うものなのだろう。
このような対応をされる事などなかった私には、どう返すのが正解なのか一瞬考えてしまい言葉に詰まってしまった。
「――ふっ、生憎だけど僕たちは依頼を出す側じゃなくて受ける側なんでね。わざわざ教えてくれたのはありがたいけど余計なお世話だよ」
その間に、短髪なのに髪をかき上げる仕草をしたリョウスケ殿が先頭に立ち受け答えをする。
「ほう……ボウズ、その気概は買うがな、実力がない奴が何を言おうとこの業界じゃ意味はないんだぜ」
「実力の有無はこれから証明していくさ」
「度胸だけは合格といったところだな」
「当然さ。これから魔物と戦うというのに、人間相手にビビっちゃいられないからな」
相手はこちらの身長よりも頭二つは巨体だというのに、その威圧感に一歩も引く素振りを見せないリョウスケ殿の胆力には舌を巻いてしまう。
魔物も魔獣も存在しない世界から来たと言っていたが、彼にとってこの程度の障害などあってないようなものなのだろう。流石は私の生涯の友だ。
……だが、なぜ絡まれて少し嬉しそうなのだろうか?
「くくく、そうか。――だがな、冒険者ってのは度胸だけでどうにかなるもんじゃない。魔物退治専門の冒険者ってのはそう甘いもんじゃない。どいつもこいつも癖の強い実力者ばかりだ。――見てみな、あそこのエルフを」
傷の男が顎をしゃくって標された先。四人掛けであろうテーブルを一人で占領し、どこか陰鬱そうに物思いに耽る一人の女性。
森林を思わせる若草色の髪。その隙間から覗かせる耳は種族特有の尖耳。男女問わず目を引き付けるような肉体は、線が細くスレンダーなエルフとは思えないほどに豊満で、繊細と言うよりは機能美を連想させる。
もしもあの身体で抱きしめられたのなら、極楽昇天は間違いないだろう。
「あれは……!」
「おっと、気持ちはわかるがパーティーに誘いたいならやめときな。腕も確かで冒険者としては一流だが、お前さん達の手におえる相手じゃない。火傷じゃすまなくなるぞ」
思わず目を見開いて声を漏らしたリョウスケ殿に、男は含んだような物言いで忠告する。
「あいつは惚れっぽくてな。古今東西、今まで告白した相手は数知れず、振られた回数は告白した数よりも多い。通称『筋肉の乙女』。あいつに惚れられたが最後、熱烈すぎるアプローチは男を恐怖のどん底に叩き込む、筋肉の申し子みたいな奴だ」
相対した相手に威圧感を与える僧帽筋。
服の上からでも鋼のようだとわかってしまう上腕二頭筋。
パンパンに膨れ上がった大腿四頭筋はカモシカではなくゾウを連想させる。
妥協を許さず鍛え抜かれた筋肉。ただ座っているだけだというのに、背後からは蒸気が上がり空間を歪めているようだ。
女性の象徴たる胸筋に至っては、最早男の夢と希望を砕く人外魔境と化している。
骨格、シルエットともに太く逞しい。もしも男に聞かなければ性別を間違って認識していた事だろう。
「あ、あんなの、僕が求めるエルフじゃない……」
森の守り人? 美しき宝石? 違う、あれは筋肉の妖精だ。
筋骨隆々という言葉があの精霊種を十全かつ的確に表していた。
さっきまで自信満々だったリョウスケ殿は膝をつき項垂れる。何か彼の琴線に触れてしまったようだ。
「おっと、この程度で折れるようじゃ話にならないぜ。次にあいつ、今や都市伝説として恐れられる女――アリーシャ」
傷の男が示した先にはソファーに腰かけ、まだ昼間だというのに杯を傾ける妙齢の女性。一口飲むごとに唇を舐め取り、魅惑的な色香を放っていた。
「お……おお! ビキニアーマーを着た女騎士! そうだよこれだよこれ! やっぱりファンタジーはこうでなくっちゃ!」
肩口で切り揃えられた髪に銀色に輝く鎧。露出が多いのは機動力を確保するためだろう。腰に差している剣も華美ではないが、使い込まれているようで、無骨ながらも相当良い物に見える。
ドレスを纏えば貴族の令嬢にも引けを取らないであろうその美貌は、命のやり取りをしてきた者だけが放つ貫禄と混ざり合い妖しい魅力を醸し出している。
「あいつを見た目だけで判断するのは早計だ。言ったはずだぞ、あいつは人々に恐れを込められ語られていると」
傷の男は怯えるように、畏怖の念を感じさせる声音で続けた。
「アリーシャはこの街きっての蟒蛇だ。流通する酒類全てを網羅し、飲み干した女。奴が酒を口にしない日はないと言われるまでになり、今ではアルコールの祟り神――『|まき散らす中毒者(ゲロ女)』として伝説を刻んでいる」
「……」
「そしてアリーシャときたら忘れちゃいけねえ男がデグルトだ。奴は『街の掃除屋』と呼ばれ、アリーシャが吐いたゲロを誰よりも早く掃除する事からその名がついた。奴は奇麗好きと同時に無類の動物好きでもある。愛犬と会い猫のポチとタマは冒険者の中でも人気が高い。……最近では、冒険者から足を洗ってペットシッターを始めようか悩んでいると聞く」
どうでもいい……。
「因みに二人の仲は険悪だ。汚す者と浄化する者。相反する性質を持つのだから当然だな」
傷の男は因縁の二人を憂うように遠くを見つめ、すぐに憮然とした態度に戻る。
「どいつもこいつも一筋縄じゃ行かない強者ばかりよ。その中でも特に曲者と言われるのがあいつ、とある居酒屋でとある人物にたかり続け、最近そう呼ばれるようになった『狐を捕食する者』ダック。奴はこの王都でもトップクラスの実力を持つSランク冒険者だ」
そこには、ニワトリがいた。
頭部の髪を中心だけ残し、それ以外は刈り取った異形。トサカと見紛うその髪は、真っ赤に染まり天に向かって雄々しく逆立っている。
「奴は今までは頑なに単独にこだわっていたが、最近では相棒を探したり、野良パーティーに加わったりと精力的に仲間を探しているらしい。お前たちも、いつの日か実力を身に着けたら奴の目に留まるかもしれねえな。――まあ、先は長いだろうが頑張んな」
最後にささやかな声援だけ残し、傷の男は去って行ってしまった。
結局、あの男は何がしたかったのだろうか? ただ親切に実力者達を紹介してくれただけのように思える。
…………まあ、実力者の紹介というよりも生体の説明に近かった気もするが。
「……依頼、受けに行こうぜ」
「……そうだね。そうしよう」
疲れたようなリョウスケ殿の声に同意して受付に向かう。
私は冒険者という存在を甘く見ていたのかもしれない。色々な意味で。
……ごめんなさい