難儀な性格保持者――アルバート
「コン吉様……」
名残惜しそうに扉を見つめるのはルナフォード嬢。リトワール侯爵家の令嬢にして、十六歳という若さで王宮魔導士となった若き天才。過去、私の愚かな振る舞いで傷つけてしまった元婚約者であった令嬢だ。
「ルナ嬢、今の彼は守護獣様ではないよ」
「えっあ、コンラッド様、でしたかしら」
「それも違うよ。会った時に旅人コンラリアンだと名乗っていたじゃないか」
「そうでしたわね……」
余程動揺したのか彼女にしてはらしくないミスだが……まあそれも無理はないかと思う。
ルナフォード嬢がコンラッド・ハイロニアと、旅人だと名乗ったコンラリアンを混合させるのも仕方がない事だろう。なぜなら二人の容姿に違いなど殆んどないのだから。
せいぜいが髪の長さと、年を少し重ねて身長が少し高くなったかな、程度。あくまで誤差でしかない。最初会った時、守護獣様は隠す気がないのではないかと思ってしまった程だ。
――いや、おそらくそれも踏まえての事なのだろう。
国の守護者たるあの御方があんな見え見えの変装をする訳が無い。まだまだ未熟で浅慮な私では考え付かないような、そんな意義ある意味が隠されているのだろうと確信できる。
あの事件以来、心を入れ替え孤立奮闘してきたつもりだったが……どうやら全く足りていなかったようだ。今の私では想像することも叶わない。
ルナフォード嬢が守護獣様を深く慕っているのは歴然。想いというのは簡単な事で震え些細な事で一喜一憂してしまう、そんな天気のように移ろいやすく繊細な感情なのだ。
当事者にならなければ分からない。複雑かつ難解な代物。
傷つけた私が言うのも烏滸がましいが、願わくば彼女のその想いが成就して欲しいと切に願っている。
「しまった……伝え方を間違えたか……」
「う~ん、コンさんって変に打たれ弱くてめんどくさいところがあるからなぁ~。この前だってキク婆ちゃんに『もう少し落ち着きを持っては?』て言われてへこんでたし。どうせ次に会った時にはいつも通りに戻ってるだろうし、気にしないでいいんじゃないかな」
「……それもそうか」
ガリガリと頭を搔いていた強面の主人が、息子さんの言葉であっさりと持ち直す。既にそこには申し訳なさや恐れ多いなどの色は見て取れない。
私はそんな異常な光景を見て、流石はこの国の守護獣様だと思わずにはいられない。
守護獣様が変装して国中を回っている事も、民がそれを知っているのも城では有名な話だ。つまりはこの親子も『コンさん』が『守護獣様』だと既知なのも間違いない。
それでありながら、ここまで民との信頼関係を築くというのは並大抵の事ではないだろう。普通ならば恐れ多くなり、もっと遜った関係になってしまうモノだ。
「あんな残念な人で、この国って本当に大丈夫なのかな……」
このように気の置けない友人のようになる事はあり得ないだろう。
――そうかッ。そういう事なのか!
もしかしたら守護獣様は、民の素である反応を窺う事で国の情勢や流れなどを読み取り、そこから国の行く末を知ろうとしているのかもしれない。
父も良く言っていた。『天を見れば足元が疎かになり、地を見れば流れが見えなくなる』と。
守護獣様は自らの身をもってして国に、民に寄り添おうとしているのではないだろうか。そう考えれば辻褄が合う。
何故あのような見え見えの変装なのかはまだ分からないが、やはりそこにも深い意味が隠されているのだろう。
まったく、守護獣様は恐ろしい御方だ。あのような演技までして全ては国の為、民の為に尽力して下さっている。
……私もいつかは王となる身。あの御方に届かないまでも、せめて呆れられない程度には努力しなければならない。
いつかは私も父のように、≪清廉の間≫で守護獣様と国の行く末について話してみたいものだ。
「おいアル、お前さっきからなに一人でブツブツ言ってんだよ。親父さんが部屋に案内してくれるってよ」
「ああすまない。考えに没頭してしまっていた。今行くよ」
リョウスケ殿に促されて後を着いていく。
私の悪い癖だ。一度考えに没頭してしまうと周りに目が届かなくなってしまう。気をつけねば。
廊下を進み、階段を上がる。
「ここがお前らの部屋だ」
そう言って通されたのはベットが二つ。棚が一つ。机と椅子のセットが一つという簡素な部屋だった。
王城では見たこともない様な狭い部屋だったが、掃除は行き届いているようで不清潔な印象は受けない。
「……最初に言っとくが、俺は何も訊かないし、特別扱いもしない。俺や部屋に文句があるなら他の宿に行くんだな」
唐突に言われたものだから最初は戸惑ったが、言わんとしている事を理解して相好が崩れる。
「ありがとう。私達にとってそれが一番のもてなしとなるでしょう」
「……ふん」
元来不器用なのだろう。顔を背けた宿屋の主人は何も返さず、そのままルナフォード嬢とミノリ嬢を部屋に案内しに行ってしまう。
非常に好感が持てる主人だ。おそらく私達が何者なのかを察しているのだろう、それでも普通の客として扱うと言ってくれているのだ。守護獣様に使っていた不自然な口調ではなく、素であろう話し方をしてくれるのも好感が持てる。
今は変装しているとはいえ、民も参加できる式典などでも私とルナフォード嬢は何度も顔を出している。『コンさん』が誰であるかを知り、似た人物を連れてきた。見る人が見れば分かってしまうのも仕方がないかもしれない。
守護獣様がここを選んだ理由が少しだけ分かった気がする。
「なんだよあの態度。こっちは勇者兼王子な一行だぞ! 部屋も狭いし……ちょっと身分明かして文句言ってくるわ!」
…………。
守護獣様と主人両方の心遣いを無にしようとするリョウスケ殿の肩をガシッと掴み捕獲する。
「な、なんだよ急に。ってか顔っ! 顔が近い! 俺にそういう趣味はないぞ! 女の子オンリーでグローリーなナンバーワンだかんな!!」
「私たちは今、市井の民として冒険者になろうとしているんだ。わざわざ正体を明かす必要はないと思うよ。それに君は王宮の広さで麻痺しているかもしれないが、部屋だって普通の宿ならこのくらいが一般的なはずだ。あのコンさんという人が紹介までしてくれたのだから。それを台無しにするような真似は控えた方がいいだろうね」
「お、おう……」
「君は忘れているみたいだけど、私は一応お目付け役という名目でここにいるんだ。無暗矢鱈と波風を立てるのは控えようね」
「はいっわかりました! 引率と言われなかったことに感謝しています!!」
リョウスケ殿に分かってもらえるだけの脳みそがあって良かったよ。
権力や身分をひけらかそうとするのは、私の過ちを思い出させる。
私は王太子であり、そこには責任と義務が生じている。卑屈になって立ち位置を忘れることはしないし、過敏に否定するつもりはないが……必要もないのに王族だと偉ぶるつもりなど毛頭無い。
「イケメンの笑顔は怖いってばよ……」
今回のように民に紛れて生活を送る事などそうそうあるものではない。これは、改めて私という個人を見直す良い機会なのだろう。
自分が何処にいてどう振舞うべきか。誰の為に存在しどう在るべきか。何の為に、何が為に。
正しくその在り方を学び責務を全うする。至らぬ私は理解しなければならない。それを見す見す逃すなど言語道断だ。
……そしていつか、王として、男として相応しくなったその暁には彼女を――
「なあアル」
愛称であり、今回に限っては偽名である名で呼ばれる。
因みに、ルナフォード嬢はルナであり、リョウスケ殿とミノリ嬢はそのままだ。
「何かな?」
「宿も決めたんだしさっさと冒険者ギルドに行こうぜ! そんでもって依頼を受けてその途中、ありえない魔物に遭遇してそれを討伐。そして一気に俺たちの名が広まるんだ! ――血沸き肉躍る冒険が僕を待っている!!」
「リョウスケ殿……」
「ルナさんに恰好良いところも見せたいし、お姫様が襲われているのを助ける展開もアリ!」
一国の姫がそのような事態に巻き込まれるなどある訳ないだろうに。
それ以前として。デレデレな顔で腰をくねらせる気持ち悪い彼に、私は重大な事を伝えねばならない。
「受ける依頼は、王都内の雑務依頼に限られているよ」
「はあ!? なんだそれ聞いてないぞ!!」
これはもう何度も伝えてあるはずなんだが……。
王都周辺が比較的安全だとは言え魔物の被害が無いわけではない。
私も王宮魔術師であるルナフォード嬢でないにしろ、戦う術は学んでいるが……それでも私は王太子。万が一にでも命を危険に晒す訳にはいかない。このように護衛も付けずに城下を出歩くのだって異例なのだ。
ましてやリョウスケ殿とミノリ嬢は戦闘とは無縁に暮らしていた身。
城では戦闘訓練もサボっていたらしいので、討伐依頼など受けさせる訳にはいかないのだ。
それを説明したのだが……リョウスケ殿は私の肩を組み、内緒話でもするような小声で語りかけてくる。
「……アル、よく考えてほしい。僕たちに課せられた役目とはなんだ?」
「役目……? というより、これは街の住民に奉仕するという君に対する罰則なんだけど」
「そう! 街の住民に奉仕する、つまりは『みんなの役に立つ』ということなんだ!」
それは……その通りだが。
「だったら! 少しでも功績は大きい方がいい! そうだろ!?」
「それは、まあ……」
「魔物討伐ならより多くの人に感謝される。役に立つ! ――例えば、どっかの家の草むしりの依頼を受けたとしよう。それで喜ぶのはその家に住む人だけ。でも魔物依頼なら? 街道に出没する魔物討伐。それを解決したとしたら? どうなる? そしてどうするべきだ?」
交通を阻害するような魔物がいたのなら、それは優先的に排除すべきだ。物資の流通はそのまま人々の生活に影響を及ぼすからだ。
街道を利用する比率は行商人が一番多い。
小さな村などでは生活品を行商人に依存しているケースがほとんどなので、何かトラブルや危険があるとそれがそのまま死活問題になってしまう。
「街道封鎖などになってしまえばその煽りをもろに受けるのは弱い立場の人間。安心して行き交いができればそれだけで国が潤うのだから、民を守る為にも率先して解決に挑むべきだろうね」
「だろ? 魔物討伐ならより多くの人を救うことに繋がる。だったら僕たちが受けるべきは討伐依頼一択だろ」
「しかし……これは君達二人が安定して生活できるよう、基盤を築く意味合いも含まれている。それに仮にそうだといても、真面目なルナ嬢が許してくれるかどうか……」
「大丈夫! これは王様と神獣様の隠された意図でもあるんだから! あの人たちだって本当なら僕たちに頼みたいに決まってる。なんたってこっちには〝魔法〟があるんだからな! ……アル、言われたことを言われたままやるだけじゃ、いつまで経っても立派な王様にはなれないぞ? もっと視点を広くして、秀才じゃなくて天才。百点じゃなくて百二十点を目指さなきゃいけないんだ。期待ってのは、裏切ってこそ輝くものなのだよアルバート君。――僕たちは今こそ殻を破ろう! 大空に羽ばたくのは今なんだ! 傷つくことを恐れるな! 僕たちの飛翔を見せつけて! 僕たちの力を認めてもらうんだよ!」
「認めて……もらう」
熱く語られる内容に、忘れていたナニかが揺り動かされ、甘美な欲求に鎌首をもたげるのを実感する。
「そう! それこそが! 僕たち若者が求められている役目――いや! 真の使命なのだから!!」
「真の――使命……!」
目から鱗のような話だった。
確かに父上や守護獣様から与えられたこの役目。単純に果たすだけでは期待に応えられても超えることはできない。リョウスケ殿の言うように、期待は裏切らなければならないのかもしれない。
――いや、あの知略に長けたお二人ならば、最初からそれを狙っていたのではないだろうか?
この任を与えられた時、父上は言っていた。
『アルよ、この任務を無事やり遂げた時、お前は一回り成長している事だろう。王族として、儂の息子として、お前が成長した姿を見れる事を楽しみに待っておるぞ』
私は……怯えていたのかもしれないな。
過去の失敗を悔やむあまり、いつの間にか守りに入っていたのかもしれない。
王とは誰よりも先を歩き、道を切り開き、誰よりも先に傷つく存在でなければならない。安全な場所からただ指示を出し、漫然と構えてるだけの者を誰が支持するのか。
王族は、自分の身を第一に考えなければならない。例え親しい者が倒れようと、非情だと囁かれようと、己の命を何よりも優先しなければならない。
――だがそれは、より多くの民や臣下を守るためという大前提があってこそだ。
民を守れず、臣下に応えられない。そんな王に何の意味がある!
「リョウスケ殿、私は君を誤解していたようだ。ただのスケベで怠惰な人間だと思ってたが――とんでもない。こんな広い視野で物事を見極め、隠された真意に気づけるだなんて……私は君を尊敬する。どうか君を生涯の友と呼ばせて欲しい」
「もちろんだ。かわいい子や綺麗なお姉さんを紹介してくれるなら、僕たちの友情は永遠に不滅だ」
私はリョウスケ殿と固く握手を交わす。
魔物と戦うのはそれだけで命がけ。勇気が必要になってくる。
そんな危険を自ら率先して行おうだなんて……もしかしたら、彼は本当に選ばれた勇者なのかもしれないな。
ルナフォード嬢とミノリ嬢にも事情を説明し、リョウスケ殿が私に語ったように同じ事を言い聞かせると、快く同意してもらえた。
「コン吉様がそれを望んでいられる……」
決め手は間違いなく守護獣様だろう。
ミノリ嬢も、リョウスケ殿が言うならと快諾済みだ。
そうなると、必然武器が必要になってくる。
私は護身用の剣を身に着けており、魔術も扱える。ルナフォード嬢も魔術が主体となるので問題ないが、リョウスケ殿とミノリ嬢は手ぶらだ。
なので二人の装備を整えなければならない。私たちはさっそく宿屋の主人に店の場所を訊く事にした。
その際に何度も「本当にいいのか?」と渋られたが、守護獣様もそれを望んでいると返せば、しぶしぶだが武具を取り扱っている店を紹介してもらえる事になった。
「今日は装備を整えて、明日から行動を開始しよう。――絶対に、王や守護獣様の期待を裏切ろうじゃないか」
「ええ、わたくしもやり遂げて見せますわ」
「くぅうう――ついに僕の伝説が始まるんだ!」
「が、がんばります……」
今の私達はヤル気、気力ともに充実している。この調子なら確かな結果を残せそうだ。
……ただ、この感覚は前にも一度味わった気がするが。
――はて? いつだったか。
(´・ω・`)暴走フラグが立ちました。