13
「着いちゃった……。もう、お父さんになんて言おう……」
先を歩くリュートの暗い声が目的地への到着を知らせる。
事情は聞いているが、早く戻ったというだけでそんなに悩む必要はないと思うのだが。真面目なリュートにはそれほど大事なのか、それとも何か他に悩ませる要因でもあるのだろうか?
なんにしてもそんな嫌そうな声を出さないでくれ。なんだか悪いことをしているようで居たたまれなくなってくる。
これは後で何かお詫びをしないとな。料理の本でもプレゼントしてやろうと決めて、俺たちは扉を潜った。
途端に食欲を刺激するような香りと、楽し気な話し声が聞こえてくる。席はまばらに埋まっていた。
時間にして十時頃。朝食には遅く、昼食には早い時間帯。この店は大通りからは外れているし、隠れ家的雰囲気なので、客の入りとしてはまずまずといったところだろう。
「お父さんに伝えてくるからちょっと待っててね」
「俺も一緒に行こうか? 無理を言ったみたいだし、俺が事情を説明すればリュートが叱られることもないだろ」
「……ううん、コンさんだけは絶対にここにいて。よけいに面倒になりそうだから」
俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。俺が一体何をしたというのか。迷惑を掛けるようなことをした覚えなんか一つもないというのに。
「ん、まあ、了解した……」
納得いかなかったがリュートはさっさと奥に行ってしまう。その背中を見送って、待つまでの間、何の気なしに店内を眺める。
夜の酒場は騒がしいのというに朝ともなると雰囲気がガラッと変わる。
穏やかな会話。落ち着いた雰囲気。
のんびりとお茶するには最適な環境のように思えてくる。
――今度はプライベートで来よう……そうしよう。
思わぬ発見に心躍らせていると、リュートが親父さんを連れて戻ってくる。
「うちに宿泊したいらしいですけど……本当ですか?」
「ああ。急で悪いんだけど用意できるか?」
「それは大丈夫なんですが……それでコンさんも一緒に、ですか?」
問題児たちがいつ問題を起こすか分からないので、そうしたいのは山々なんだが。
「今回は後ろの四人だけだ。これから冒険者になる予定なんだが……ちょっと訳ありでな。一般常識に疎い部分があるから、その辺も含めて親父さんの方で面倒見てほしいんだ。あっ、もちろん手が空いてる時でいいからさ。部屋は二部屋でいいから頼めないか?」
四人には魔物狩りなどの危険な依頼ではなく、街の雑務依頼を受けさせるつもりだ。
だが世間知らずが露呈した今では不安しか湧いてこない。他にも宿の候補はあるが、できれば親父さんの店で面倒見てもらいたい。
俺がずっと一緒というのも不自然だし、旅人コンラリアンは四人を宿に連れてくるまででお役御免。次は野良狐のコン太にでも化けて、影ながら見守ることにするつもりだ。
俺は泊まらないよ。それを伝えれば、親父さんは目に見えてホッとした。
「そうですか、分かりました。コンさんが一緒でないなら大丈夫でしょう。うちで面倒見ますよ」
えっ……なにその含んだような言い回し。俺が一緒じゃないならってどういう意味? 俺には宿を貸したくないってこと?
仲良くやれていると思ってたのって……俺だけ?
そりゃ……さ、飲みに来たときとか大騒ぎはしてたけどさ。
でもそれって普通だろ?
酒飲んで楽しく騒いで笑い合う。酒場ってそういう場所じゃんか。店の物を壊した訳でもないし、誰かに迷惑もかけたわけでもないのに。お金だってしっかり払ってるじゃん。
「お、俺なんか迷惑かけるようなことしてたかな? だったらスマン。悪気とかはなかったんだよ……次からは気を付けるから教えてくれないか?」
「いえ、コンさんがというわけでは……」
普段からの怖い顔は鳴りを潜め、申し訳なさそうな顔をする親父さん。それを見て、俺は頭を鈍器で叩かれたような衝撃を受けていた。
「倅の件で毎晩のように来ていただいてたので、その……コンさんは有名ですから。夜にはコンさんが来るという話が出回って、コンさんに一目会おうと人が押しかけてくるようになったんですよ」
「よ、良かったじゃないか。繁盛するのは良い事だ……」
「ええ、忙しい分には嬉しい悲鳴なんですが……異常に忙しすぎると、ちょっと……。最近では妻の手も借りてようやっとになってしまって……。コンさんが泊まって常駐してるのが知れたら、店の手が足りなくて営業どころじゃなくなってしまうんで……」
「なん……だと……!」
正直言って、ショックだった。
暇な時間を見つけては色々な街や村を回り、人知れず人の生活に溶け込み、時には手を貸し、時には相談に乗ったりと、俺は人の営みを見守った気になっていたのだ。
だが実際はどうだ?
俺が関わったことによって一つの店に迷惑をかけ、不利益を被らせてしまっている。
もともと『銀毛の止まり木』では親父さんが切り盛りし、嫁さんが家で家事を受け持つというスタイルだったはずだ。それなのに嫁さんまで駆り出されたのでは家のことが出来なくなってしまう。
リュートという子供もいるし、生活のリズムというものもあるだろう。まさか俺のせいでそれを邪魔してしまうとは欠片も考えていなかった。
何が守護獣だ。何が国の守り神だ。これでは偉そうに亮介たちを叱れないではないか。
「……悪い。俺は、これで帰るよ。四人のことは……頼んだ」
「ちょっ、コンさん!?」
俺自身、少し自分を見直す必要がありそうだ。旅人コンラリアンだからと油断していた。
考えてみれば、旅人コンラリアンは長く使ってきたし、多くの人とも関わってきた。そうなれば必然と挨拶したい人間も増えてくる。
いつの間にか挨拶するだけで営業妨害をするまでになっていたとは……。
「頼んだのは俺ですし、コンさんに責任なんてありませんから!!」
心遣いは嬉しいが、その優しさが雄弁に俺の罪を語っている。気を使わせてしまう事が非常に申し訳ない。
自分でも覚束ないと分かる足取りで店を出た。
そこからの帰り道はよく覚えていない。気が付いたら城にいて、気が付いたら狐の姿に戻り後宮で丸くなっていた。
それぐらいで大げさだって?
大丈夫です。これは質の低いコメディです。