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守護獣様は苦労性  作者: 丸メガネ
13/25

口うるさいみんなのお父さん

短くしようと奮闘しましたが、結局長くなってしまいました……。


「えっと、油揚げに狐殺し酒、香辛料に……うん、これで全部だ」


 お父さんに買い出しをたのまれて、わすれている物はないかを確認。あとはお父さんに渡すだけだ。

 意気揚々と来た道を引き返していると……その道中、ぼくは変な人を見つけてしまった。



「いやだからな? 今まで兄妹のように育ってきたわけだし、ポチに彼女ができたらタマが寂しく思うのもわかるよ? でもだからって、デート中のポチに猫パンチはねえだろ猫パンチは。せっかくいい雰囲気だったのに、猫に猫パンチを叩き込まれる大型犬とか……発情期の恋だってそりゃ冷めるわ。こいつにもようやく春が来たわけなんだし、ここは妹として寛大な心で見守ってやろうぜ。っな?」


 犬と猫を相手に熱心に話しかけている一人のお兄ちゃん。

 日の光を浴びてキラキラと揺れる長めの銀髪に、夕焼け色の瞳。思わず足を止めて魅入ってしまうような、そんな見たこともない格好いい人だ。道行く女の人はもちろんのこと、性別を感じさせない姿から男の人からも視線を集めている。


 服はぼくたちが着ているような普通の物だけど、あの人を見て一般市民だと思う人はいないだろう。

 どこかの豪商か貴族か。どちらにしても住む世界の違う人種なのは間違いない。


「シャーっ! ニャオン、ニャンニャ―!!」

「え? 違うって? 寂しいんじゃなくて、ポチのくせに私より先に相手を見つけるのが気に入らない? いやいや、いくらなんでもそれはあんまりだろ。お転婆なお前の相手が見つかるまで待ってたら、ポチの(つがい)なんて一生……」

「シャーーーーッ!」

「いやっ! 悪い! 口が滑った!! そんなことないそんなことない! お前ならすぐに良い相手が見つかるって! いやマジで!!」


 そんな人が、犬と猫を相手に熱心に語りかけている。


 なんだろう。

 なんだか危なそうな人だ。関わっちゃいけないような気がする。


「ほ、ほらポチもなんか言ってやれよっ! お前だって言いたいことの一つや二つぐらいあるだろ?」

「くぅ~~ん」

「タマが言うならそうするって? かぁっ~~~! お前はそれでいいのかよ! デカい図体しといてそんな弱気でどうすんだっ! 狩猟犬の名が泣くぞ!! お前がそんなんだからタマが付け上がるんだろうがッッ!! ここは兄として、オスとして。一発ビシッと――――」


 うなだれている(ように見える)犬相手に、本気の説教を始めた推定十六、七歳ぐらいの格好いいお兄ちゃん。

 なにかの病気か大道芸の一種だろうか? そのわりにあんまりおもしろくない。たぶん、ぼくと同じでまだ見習いなんだと思う。


 ここは人が集まる王都で見回っている兵士もいっぱいいるけれど、人が集まる分、同じくらい変な人も集まってくる。

 あのお兄ちゃんが頭の弱い人なのか、友達がいないのか。それとも頭のおかしい人なのかはわからないけど。

 ぼくみたいな子供は目をつけられないように、変な人を見かけたら見て見ぬふりをするように言われている。


「ほらポチっ! 言え! 今までの溜まりに溜まったうっぷんをここでぶちまけてやれっ!」

「く、くぅ~ん……」

「二―ッ! ニーッ! シャーッッ!!」


 ……がんばって生きてね、お兄ちゃん。


 ぼくは少しだけ眺めて、可哀想だと思いながらその場を後にした。



「ただいまー」


「おう帰ったか。ちゃんと買えたか?」


 自宅に帰ると、お父さんが出迎えてくれた。


「うん買えたよ」


「なら良かった。今日は大切な日だからな。買い忘れは無いだろうな?」


「むぅ……だいじょうぶだよ。なんども確認したし、今日出すメニューだってなんども練習したんだから」


「ならいいが。一品だけとはいえ客に出す物を作るんだ。お前も俺の息子なら、つまらねえ失敗はするんじゃねえぞ」


「そんなの言われないでもわかってるよっ!」


 そう、今日はぼくが初めて作った食事をお客さんに出す日なのだ。


 ぼくの家は王都で飲食店を営んでいる。

 昼は定食屋で夜は酒場。

 大通りからは外れているしそんなに大きなお店じゃないけど……冒険者の人や近所の人から安くておいしいと評判だ。常連さんもいて、父親と息子二人だけなら十分に食べていけるだけの稼ぎがある。


 ぼくはまだ見習いで、今までは下拵えと昼の給仕しかやらせてもらえなかったけど。

 でも今日、十歳になったぼくは初めてお客さんにご飯を作ることが許された。

 今までだってぼくは夜も手伝いたかったのに、頑固なお父さんが「夜に子供は寝るもんだ」と言って手伝わせてくれなかったのだ。


「んじゃさっさと仕込みに取り掛かるぞ。お前も準備しろ」


「うん!」


 今日からは夜も手伝える。これでお父さんを少しは楽させてあげられる。

 そう考えると自然と声が弾んだ。


 早く夜にならないかなぁ~


 そんなことを考えながらいつもの作業をこなす。

 ジャガイモやタマネギの皮を剝いたり、テーブルを拭いたり。


「ふぅ~ん、ふ~ん♪ ふふぅ~ん、ふん♪」


 いつもやっている作業なのに、今日はいつもよりも楽しい。ついつい鼻歌まで歌ってしまう。

 お父さんがこっちを見て、なにか言いたそうにしていた。まるで「しょうがない奴だな」とでも言いたげな態度だったけど、結局なにも言わずに視線をそらしてくれた。



「いらっしゃいませ!」


 そうこうしている内に開店の時間だ。

 お昼の営業は近所の人がメインで、家族が出かけていて作るのが面倒だったり、知り合いとの触れ合いの場としても活用してくれている。


 ぼくは入って来たお客さんを席に案内して注文を受け取る。


「何だか今日はご機嫌だねぇ。何かいい事でもあったのかい?」


「えへへ~わかっちゃいます?」


「そりゃ~ねぇ~。こっちまで楽しくなるような笑顔を浮かべているんだもの。良かったら私に教えてくれないかしら?」


 この人は真向いで雑貨屋を営んでいるキク婆ちゃん。毎日朝にはうちで朝食を食べてくれる常連さんの一人だ。普段通りにしようとしていたが、昔から通ってくれて気心が知れている相手なので簡単に見破られてしまう。だけどしょうがない。本当に嬉しいんだから。


「すいませんねキクさん。今日からこいつには夜の店も手伝ってもらおうと思っていて、その時に一品だけ作るのをゆるしてやったらすっかり浮かれちまって」


 見兼ねたのか、奥からお父さんが出てきた。

 自分でも浮かれている自覚があるから、なんだかちょっと恥ずかしい。


「あらあら、そう言えば前に言っていたわねぇ。それなら今日来て下さるの?」


「ええ、ここ最近毎晩のように来てくれていたので、その時にお願いしたら快く受けてもらえましたよ」


「そうだったの……惜しいことしたわねぇ。それなら私も夜に来れば良かったわぁ」


「それなら今夜また来たらどうです? 歓迎しますよ」


「ふふふ、そうさせてもらうわぁ。あの方は気まぐれだから一目見れるだけでも嬉しいものねぇ~。それで一言でもお声をかけてもらえたら孫に自慢できるわぁ」


 なんの話をしてるんだろ? 聞いているとまるで偉い人に会うみたいな口ぶりだけど、やり取りからは強い親しみみたいなものが伝わってくる。

 とうぜん、一介の食事処であるぼくの家に貴族なんかが来るはずないし、もし貴族だとして、こんな仲良さそうに話すはずもない。


「おいっ、いつまでもぼさっとしてないでキリキリ働け。ほら、またお客さんが来たぞ」


「う、うん」


 どこか違和感を覚えたが、それを聞く前にお父さんとキク婆ちゃんは会話を打ち切ってしまった。

 ここでお父さんのご機嫌を損なえば、夜の手伝いの話がなかったことになってしまうかもしれない。ぼくは慌てて仕事に戻った。

 お父さんも厨房に戻り、料理を作り始める。

 そこからは次々にお客さんが来てあっという間に忙しくなった。


 席に案内して注文を聞いて運んで会計を済ませてお皿を下げて。

 目まぐるしく働いていると時間の流れなんてあっという間だ。


「ありがとうございました。……ふぅ」


 夕方。最後のお客さんが帰ったのを確認して入り口に立札をかける。

 ここから一時間のうちに夜の準備だ。片づけをしてぼくとお父さんの夕飯はこの時に済ませる。簡単な(まかな)いだけど、お父さんが作るとすっごく美味しくなる。その日の余った食材でメニューは変わるから飽きもこない。

 やっぱりお父さんはすごいなぁ。なんて考えながら賄いを食べていると、ぶっきらぼうにお父さんが言う。


「後は夜だが……別にやる事は変わらん。普段通りやればいい。品を作る時は言うから、それまでは普段通りしていろ。酔った相手は面倒だから絡まれたら言え……まあ、質の悪い連中は来ないだろうがな」


 それだけ言って、お父さんは食べ終わったお皿を持って行ってしまう。料理に関してはいつも厳しいけど、なんだかんだと言いながらお父さんは優しい。

 顔も怖いし、身体も大きいし、寝相も悪いけど。お父さんはいつもぼくを気にかけてくれる。


「さっさと片付けろ! 店開けるぞ!」


「うん!」


 残りのご飯を掻きこんでごちそうさま。片づけをしていよいよ夜の部の始まりだ。

 夜に来るお客さんは冒険者の人がほとんどだ。鎧を着ていたり、剣を腰に差していたり。お父さんに負けないくらい怖い顔の人も大勢いた。驚いたのは女性の人も少なくない数いたことだ。

 冒険者と聞くと荒くれ者のイメージが強かったけど、そうでもないみたいだ。話してみれば気さくに返事をしてくれるし、態度が悪い人なんて一人もいなかった。


「だから言っただろ。俺の店に禄でもねえ連中は近づかねえんだよ」


 さすがお父さんだ。ニヒルに笑う姿は極悪人にしか見えない。


「おっ、どうやら来たみたいだな……」


 お父さんの声を聞いて入口に目を向ければ、そこにはキク婆ちゃんと――朝に見た、友達のいない可哀そうなお兄さんが入ってくるところだった。


「いやー久しぶりだなキク。まさか酒場の前で会うとは思ってなかったぞ。お前って酒飲めたっけ?」


「ふふふ、嗜む程度ですけど飲み方は心得ているつもりですよぉ。コンさんもお変わりなく。若々しいままで羨ましいです限りですねぇ」


 キク婆ちゃんとお兄さんは楽しそうに話しながら同じ席に着いた。


「ま……まあ、俺ってば少しだけエルフだかドワーフだかの血が混じってるからなっ! ……えっと、俺の爺ちゃんの弟の従妹の娘の隣に住んでいた息子夫婦の知り合いの…………隣に住んでいたエルフかドワーフの孫? ……うん、そんな感じだ。だから歳をとったように見えないのかもな!」


「あらあら、そうでしたねぇ。それを聞くのも久しぶりで懐かしい限りですねぇ」



 ………。


 怪しい。


 胡散臭い。


 絶対に嘘だ。


「お父さん、キク婆ちゃん大丈夫かな? あのお兄ちゃんに騙されてるんじゃ……」


 優しいキク婆ちゃんを言葉巧みに言い包めて、自分を孫かなにかと思い込ませてるんじゃないのだろうか。そんなふうに考える。

 悪い人には見えないけど……でも、あんなあからさまなデタラメを言っているんだ。やっぱり心配にもなる。


「何言ってんだ、さっそと料理を作り始めろ。お前の初陣はあの人だぞ」


 えっ!? あの人に出すの!?

 初めてお客さんに出す料理が怪しいお兄さんと聞いて、ぼくは複雑な気分になった。


「早くしろ。客をいつまでも待たせるな」


 言われて渋々引き下がる。お父さんは一度言ったらぼくの話なんて聞いてくれない。でも、作り始めてもお婆ちゃんが気になってしまう。

 キク婆ちゃんならお世話になっているし、ぜひ食べてもらいたいけど……あのお兄ちゃんは。

 せめてもの救いは、キク婆ちゃんにも同じ品を出すことだろうか。


 そうだ、これはキク婆ちゃんに作るんだ!

 あのお兄ちゃんは怪しいし、キク婆ちゃんが心配だけど……そう思えば自分を納得できた。



「最近さ、知り合いの所に人の話も聞かないで暴走する奴がいてな。何度同じことを言っても歪曲して、自分に都合の良いようにしか受け取ってくれないんだよ」


「あらあら」


「そんで勉強もしないし訓練もしないし。見境なく城……家の使用人たちにセクハラするはでもう大変なんだよ。そのセクハラされた使用人たちも激怒しちゃって。それでも構わずやり続けるんだぜ? もうね、凄いよ。あれが若者の性に対する執着かと感心させられる。でも見境なくはやり過ぎだと思わないか? いくら若いたって、分別ってのは大切だと思うわけよ」


「まあまあ」


「一緒にいる女の子も女の子で大変でさ。真面目で大人しい子なんだけど、ちょっと卑屈というか自己評価が低いっていうか……どうやらその男の子の幼馴染で淡い恋心を抱いてるみたいなんだけどさ、男の子の方はそれに気がつきもしねえの。近すぎて気づかないってやつ? 鈍感って罪だなと思い知らされるよ」


「コンさんがそれを言うと説得力がありますねぇ」


 楽しそうにお話しする姿は仲睦まじい。もしかしたら本当に知り合いなのかなぁ?

 二人の様子を観察しながら料理を作り終えた。気が散っちゃったけど、自信が持てる仕上がりだ。


 ぼくが作ったのはパルクというおつまみ料理だ。

 下拵えした油揚げをブツ切りにして、刻んだオニオンを乗せてハムで巻いて焦げ目がつく程度に焼く。

 そこにお父さんが作った直伝の甘ダレをかければできる簡単な物だけど、ぼくが初めてお客さんに出す料理だ。すこし緊張してしまう。


 料理が完成して、ぼくがお皿を席に運ぼうとすると……二人の席に近づく人がいた。


「また性懲りもなく来たッスね。そんなに財布を軽くしたいんスか? それならお望み通り搾り取ってやるッスよ」 


 ニワトリだ。ちがう、モヒカンだ。モヒカン頭のガラの悪い冒険者が二人に絡んでいる。

 その表情はニヤニヤといやらしく、獲物を見つけたハイエナのように笑みを浮かべている。

 店にいるのは鎧や剣を身に着けた冒険者ばかり。キク婆ちゃんとお兄ちゃんの席だけ浮いている。だから目をつけられたのかもしれない。


 どうしよう……柄の悪い人だけど、お父さんを呼んだ方が良いのかな……。


 でもまた(・・)? 聞く限りだと何回も同じことがあったみたいだけど、そのたびにカモにされているということだろうか。


「ダックか……」


 忌々し気につぶやいたお兄ちゃんの顔は苦渋に染まっている。


「ここんとこ毎晩ッスね。今日は連れもいるみたいッスけど、やるんスか? 大人しく負けを認めれば見逃してやるッスよ?」


「舐めるな! このしゅご……ただの旅人であるコンラリアン。戦う前に敗北を認めるような臆病者ではない! 今日という今日はその鶏冠(トサカ)を萎びさせてやる!!」


「懲りない人ッスねぇ……マスター! いつもの酒お願いするッス!」


 ニワトリ頭の冒険者はそう言って二人の席に同席する。その際に「すんませんね、お邪魔するッスよ」とキク婆ちゃんに挨拶していた。


 良かった、暴力沙汰になるかと思ったけど、やるのは飲み比べみたいだ。キク婆ちゃんも快く「どうぞぉ」と快く承諾した。

 柄の悪い人だと思ったけど、見た目に反してそうでもないみたいだ。



 それにしてもニワトリの冒険者を恨めし気に睨んでいるお兄ちゃん、毎日来ていたといことは働いていないんだろうか?

 旅人だと言ってたし、お金はどうしてるんだろう……。


「でもいいんスか? コンさんもそろそろ手持ちが少なくなってきたでしょ」


「ふふんっ、言っただろ舐めるなって。今日は小遣いを貰ったばかりだからな。懐には余裕があるんだよ」


 おこづかいだった。このお兄ちゃん自慢気に無職だと自白した。

 ぼくは認識を改める。お兄ちゃんは可哀想な人じゃなくてダメな人なんだ。


 お兄ちゃん、仕事はちゃんとやらないとダメだよ?


「それなら良かったッス――みんな! 今日も好きなだけ飲んでいいッスよ! またまたコンさんが奢ってくれるらしいッスから」


「おい待て! まだ俺が負けると決まったわけじゃねえだろうが! 今日は絶対にお前に支払ってもらうからな!」


 店内にいたお客さんが歓声を上げた。

 どうやら飲み比べで負けたほうが店のお金を払うということらしい。


「……コンさん、売り上げに貢献してくれるのは嬉しいんですがね、頼んでいたことを忘れないでくださいよ」


 盛り上がる店内。とそこに、お父さんが気配もなく隣に立っていた。手にはお酒の入ったグラスがトレーに乗せられている。


「んあ? ……ああ! 大丈夫だって。ちゃんと覚えてるからさ。お前の息子が初めて客に出す物だろ? しっかりと味合わせてもらうから心配するなって」


「はぁ……ダックも。飲み比べをするなとまでは言わないが、ウチの(せがれ)の用事が終わってからにしろ。それまではあんまりコンさんを煽るな」


「すんませんッスおやじさん……ついテンション上がっちまって」


 お父さんスゲェ~!

 あれだけ騒いでた二人を、あっという間に言いくるめて大人しくさせてしまった。周りにいたお客さんも気まず気に視線を逸らしている。

 すると、視線を逸らしていたお兄ちゃんがぼくに気がついた。


「ん? もしかして隣にいるのが息子か?」


「ええ、そうです」


「ほぅ~大きくなったな。お前の子供時代にそっくりだけど……目元は母親似だな。お前と違って優しそうな印象だ。これは将来ハンサムになるぞ」


 今度はみんなの視線がぼくに注がれる……。

 お兄ちゃんがぼくの頭を撫でながら興味深そうに見られ、意味もなく緊張してしまう。


「おい、いつまで突っ立てるつもりだ。早くその手に持った皿を客に出せ。冷めちまうだろ」


 お父さんに言われハッとなる。バルクは熱いうちが華だ。アツアツのパルクを冷えたお酒で流し込むのが一番おいしい食べ方らしい。いつまでも呆けていては、せっかくの料理が台無しになってしまう。


「お、おまたせしました。こちらパルクになります……」


 ニワトリの冒険者も、周りの人も。ぼくが出した料理を固唾を吞んで見守っている。


 ……なんでこんなに見られてるんだろう。


「おおっ! 俺の大好物じゃねえか!」


 なぜか静まり返った店内で、一人陽気にはしゃぐお兄ちゃん。

 キク婆ちゃんの前にも同じ品を出して、ぼくも見守る一員になる。


「これ酒によく合うんだよな。見た目も親父さんが作ったのと遜色ないじゃねえか。そんじゃキク、さっそくいただこうぜ」


「ここはまずコンさんからどうぞぉ。そういうお話でしたでしょう?」


「ん? それもそうだな。では早速――いただきます」


 お兄ちゃんはパルクをフォークで刺して口に運ぶ。お兄ちゃんは味わうようにして口を動かす。咀嚼されているあいだもぼくの心臓は高まりっぱなしだ。


 ――おいしくないって言われたらどうしよう……。


 やっぱり不安になってくる。

 これだけの人が注目している中、そんなことを言われてしまえばまた当分のあいだは見習のままだ。お客さんに出す料理を作らせてはもらえない。


 ドキドキしながら見守っていると、お兄ちゃんは料理を飲み込んだ。


「んん~~~旨い! ハムの焼き加減と、中に入ってるオニオンとのアクセントが最高だ! ハムのカリカリとオニオンのシャキシャキ感もまたなんとも……なにより! 油揚げ! 下処理された油揚げに甘辛いタレがよく浸み込んでていて噛むほどに味が溢れ出てくる! ほらっキク、お前も食ってみろって」


 大絶賛だ。

 ぼくの作った料理が、お客さんを喜ばせている。そう考えると嬉しさがにじみ出てくる。

 いつの間にか握りこんでいた拳から力が抜けた。


「大したもんだ! これなら味も親父さんの作った品に負けてないぞ」


「いえ、ぼくなんてお父さんに比べたらまだまだで……」


「そんなことないって。キクはどうだ?」


「えぇ、とってもおいしいですよぉ。心を込めて作られたのが伝わってくるみたいだわ」


「ほらな? その歳で謙遜なんて覚えないでいいんだぞ。お前は客が満足できる一品を作ったんだ、もう立派な料理人じゃねえか。だったらもっと素直に胸張って喜べばいい。行いに対して正当な評価を受け取るのもプロの役目なんだからな」


 無職のお兄ちゃんにプロ意識について語られてしまった。

 それをいう前に働こうよお兄ちゃん……とも思ったけど、なぜか納得してしまった。

 無職のお兄ちゃんが言っているのに妙に説得力があって、受け入れてしまう。

 お兄ちゃんに微笑まれると、変な気分になってくる。

 優しくて、あったかくて、安心できて……胸の奥がポカポカしてくる。

 すごく大きなものに包まれるような、そんな、変な気分だ。



「よーーし! 子供の門出を祝して今日は俺の奢りだ! お前らっ、好きなだけ飲んで食って騒いで大いに楽しんで行け!!」


『いぇーーーいっ!!』


 お兄ちゃんの音頭で、店内がまた活気に満たされる。所々で「乾杯~!」の声と、グラスのぶつかり合う音が重なり合う。

 それを眺めて満足そうに頷いたお兄ちゃん。今度はお父さんに向き直る。



「んでだ、頑張った子供を褒めてやるのは大人の役目――と俺は思うんだが、そこんとこどうなのよ」


 お兄ちゃんは「なあそうだろ?」とキク婆ちゃんと笑い合う。


 お父さんはどこか照れるように顔を背け、


「よくやった」


 短い、それだけの言葉。ただそれだけ言って、お父さんは不器用にぼくの頭をなでてくれた。

 嬉しさがじんわりと浸み込んでいき、


 ――ぼく、うまくやれたんだ。


 手応えを実感した。



「えへへへ……」


「……仕事に戻るぞ。忙しくなるのはこれからだ」


 さっさと厨房に戻ってしまったお父さんの背中を見送って、ぼくも余韻に浸らず給仕に戻ることにする。

 好きなだけ飲み食いできるというだけあって、そこかしこで注文が聞こえてきた。


「おーい、注文頼む」

「こっちもお願ーい」

「はーい! ただいまー!」


 ぼくはお客さんを待たせないように直ぐにその場を離れようとしたが、



 ――ゴンッッ!



 背後で鈍い音がぼくの足を止める。

 なんだと思って見てみれば、


「ヒャッハァ―! 今日は率先して奢ってくれましたけど、勝負してもしなくても結果は変わらなかったスね! 今日もオレの勝ちッス!」


 勝ち誇るニワトリの冒険者。


 テーブルにはお父さんが持ってきた狐殺し酒。手には空になったグラス。

 キク婆ちゃんが頬に手を当て「あらあら、相変わらずこのお酒には弱いですねぇ」と苦笑。


 お兄ちゃんは、完全に酔いつぶされていた。


 たった一杯で……?



「ぅ~ん、……油揚げ~……、…………zZZ、zZZ」



 マヌケな寝言を洩らすお兄ちゃん。そんなとき、ぼくは、気づいてしまった。

 だらしなくテーブルにうっぷして眠るお兄ちゃん。気持ち良さそうなそのお兄ちゃんのお尻には……!


「まっ! お父さんッ! こ、このお兄ちゃんのお尻にっし、尻尾がッッ!!」


 さっきまでは確実になかった尻尾。それが椅子からはみ出してフラフラ揺れている。


 お店にもときどきやって来るし、獣人という種族がいるのは知っている。

 でも獣人の人は尻尾が消えたり生えたりはしない。獣人ならずっと生えたままだし、毛みたいに抜け落ちたりしない。そんなのは僕でも知っている。


「バカヤロー! 客に向かって指さす奴があるか!!」


 お父さんのが鳴り声が飛んでくる。


「そ、そそそんなことより! これっ! 尻尾! 尻尾が生えた! 獣耳も!」

「んあ? お前、コンさんを知らなかったのか?」


 厨房から出てきたお父さんが「なにを今更」みたいな反応をするから、ぼくのほうが混乱してしまう。

 ぼくの声でこちらを向いた冒険者の人達も訳知り顔で苦笑している。


「あらあら、リュート君はコンさんの正体を知らなかったのねぇ」


「正体……?」


 キク婆ちゃんは手を口に当てて上品に笑う。


「この方はこの《赤の王国》に住んでいるみんなを守ってくださる、とても優しくて優しい狐様なのよぉ」


「それって……っ!」


 そんなの、そんな存在は、この国に一人しかいない。


 《赤の王国》を建国以来ずっと守ってきてくれた狐様。

 年に一度の建国記念祭にだけ姿を見せてくれる偉大な守護獣様。

 ぼくも遠めにだけど見たことがある。


 大きくて、きれいで、威厳に満ちていた――コン吉様。


 ぼくはお兄ちゃんをマジマジと見る。

 よだれを垂らしながら気持ちよさそうに眠っていた。


「だって! 守護獣様はお城の神聖な場所に住んでいるって!」


「まあまあ、詳しいのねぇ。そうねぇ、『守護獣様』はきっとそこにいるのかもしれないわねぇ」


 でもね、と続ける。


「今ここにいるのは旅人のコンラリアンさん。私たちと同じ立場に立ってくれる、ただの優しい……そうねぇ、みんなにとってお父さんみたいな人かしらねぇ」


 キク婆ちゃんは「みんなが気付いている事はコンさんには内緒よぉ?」と、ちょっとだけ悪戯っぽく笑っていた。



「う~~ん…………そのキツネうどんは俺んだぁああ! ……………zZZ……zZZ……」



 ……やっぱり、そんなすごい守護獣様にはとてもじゃないけど見えない。でもだからって、お父さんやキク婆ちゃんが噓を言っているようにも見えない。


 ――ほんとうに……?


 ぼくが悩んでいると、眠っていたお兄ちゃんがバンッ! と突然立ち上がり、


「俺はまだまだ負けてねーぞ! ……ヒック」


 お兄ちゃんは千鳥足になりながら、誰もいない場所を指さして声を張り上げた。目が完全にすわっている。


「コンさん勝負はもう終わったッスよ。ほら、もうフラフラじゃないッスか」


「なぁに~? いいか、ダック、勝負ってのは、下駄を履くまで……ヒック、わからないもんなんだよ!」


「もう履きましたから。擦り切れるくらいにボロボロッスから」


「あぁん? 誰が友達一人いないボッチだ!」


「言ってないッスよ」


「クソゥ……もういいよ。知ってるよ。そんなのわざわざ言うなよ……。ダック、お前はそろそろパーティーを組めよ。変な頭してるけど実力はあるんだ。いつまでもソロじゃいつ危険な目に合うかわからないだろうが。冒険者を続けるつもりなら、仲間の存在は必須だって。お前が死んだら悲しむ奴もいるんだ。……少なくとも俺は悲しい。それを考えてみろよ…………俺がボッチなのがそんなに嬉しいか!? 『別にいつでも作れるし』ってか!? ふざけんなよコノヤロー!!」


「だから言ってないッスよ? 途中まで良い話っぽかったのに、最後で台無しッスね」


 脈絡のない説教を始めたお兄ちゃん。その火の粉はニワトリの冒険者に留まらず、周囲の人にまで及んだ。


「ガイル、お前の戦い方は雑すぎるんだよ。もっと守りに意識を裂けよ。突っ込むだけが戦いじゃねえ。そんなんじゃ大怪我するぞ」

「スピーツ、お前はもっと装備に気を配れ。自分の命を預ける相棒をぞんざいに扱うとか正気を疑うぞ」

「ミリス、お前は最近評判悪いぞ。男をとっかえひっかえしてたらそのうち嫁の貰い手が無くなるぞ。……え? そんなの知らない? 振った男が流したデマ? …………それは、すまん」

「デグルト、お前んとこのタマ、どうにかならないのか? 今日なんてポチのデートに割って入って邪魔してたぞ。いい加減タマの相手を見つけてやれよマジお願いします」

「アリーシャ、お前は所構わず酔い潰れるのをやめろ。次の日お前のいた場所にゲロが残っていて、軽い都市伝説化してるぞ。掃除する人の身にもなれ」


 爺臭い説教を続けて次々にお客さんに絡んでいく。酔っぱらいの口はよく回る。


「そんでもってリュート!」


 こっち来たぁーー!


「お前はこれから料理人として、親父さんと一緒にこの店の看板を守っていかなきゃならないんだ。子供だとか大人だとかは関係ない。客に料理を出してそれで金をもらうなら等しくプロだ。わからない事や知らない事を聞いて恥をかくのを恐れるな」


「はぁ……」


「知らねえもんをいくら考えようがわかるようになるものでもないだろう。『聞くのは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥』ってな。むしろ恥を恐れて知ろうとせず、恥の上塗りをする方が恥知らずってもんだ」


「はい……」


「衛生面にも気をつけろよ? 手洗いうがいは怠るな。飯をしっかり食って健康にも気を付けろ。もちろん運動もしっかりな。若いからって不衛生な生活をしてたらすぐにだらしない身体になっちまう。あっ、それと――――」


「……」


 長々と、饒舌に。

 フラフラ頭を揺らしながら話は続く。


 ……まだ仕事もあるのに。


 いい加減、なんというか、うっとおしい。隣で聞いているお父さんも困り顔だ。


「コンさん、どうかそれくらいで」


 そんなとき、キク婆ちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。


「キク……でもまだまだ言わなきゃいけないことがだなぁ……」


「まあまあ、もう一杯どうぞぉ」


 キク婆ちゃんが空になっていたグラスに狐殺し酒を注ぐ。話を遮られたお兄ちゃんは不満顔だけど、無下にもできずに口へと運んだ。

 一口飲むと、再度テーブルに顔を叩きつけて眠り込む。


「おやすみなさい、コンさん」


「助かりましたよキクさん。コンさんは一度話し出すと長くて長くて……」


「ふふふっ、いいのよぉ。お仕事中ですものねぇ」


「それじゃ客を待たせられないので俺はこれで」


 お父さんが厨房に戻ると、残ったのはぼくとキク婆ちゃんの二人だけ。ニワトリの冒険者はとっくに席から逃げ出していた。


「なんで大人の話ってこう長くてしつこいんだろ。お酒が入ると余計にだよ」


「あらあら」


 お父さんも仕事終わりに飲むときがあるけど、普段はあまり喋らないお父さんが、お酒が入ると途端に話が長くなる。

 それも同じ話を繰り返し繰り返し。聞かされる方は堪ったものじゃない。


「ふふふっ。それはリュート君のお父さんも、口うるさく言われて育ったからかもしれないわねぇ」


「お父さんも?」


「ええそうよぉ。そしてお父さんのお父さんも、そのまたお父さんも。みんな同じように言われて大人になってきたの。勿論、私もねぇ」


 だれに……?

 キク婆ちゃんの視線は……お兄ちゃんに向いていた。


「でもそれはね、愛情の裏返しなの。大切で大切で、とても大切な宝物だからついつい口を出しちゃうのよ? 老婆心って言葉は……まだちょっと難しいかしらねぇ」


 頬に手を当てたキク婆ちゃんはすてきに笑う。


「今日だって、リュート君が見習いを卒業するからって、お父さんはコンさんに頼み込んだのよぉ? 守護獣様(コンさん)が初めてなら縁起が良いって。ご利益があるかも知れないって」


「お父さんが?」


「コンさんに狙って会うのは難しいから、偶然会った時に『数日以内には必ず客に出せるようにさせるから』って無理を言ってねぇ。コンさんも快く受けてくださって、ここ数日は毎晩店に来てくれていたらしいわぁ」


 ぼくのために……?

 お兄ちゃんが本当に守護獣様なら、そんな人が、ぼくなんかを気にかけてくれた?

 眠っているお兄ちゃんをもう一度見る。

 やっぱりだらしなくよだれを垂らして眠っている。


「《赤の王国》に住む人は、みんな守護獣様の子供みたいなものだもの。守護獣様はいつだって、どこに住んでいたって、私たちを見守ってくれているのよぉ」


「……」


 そんなの、そんな言い方ってズルいよ。



「……ぼくも、仕事にもどらなきゃ」


「あらあら、私も長話をしちゃったわ。お仕事の邪魔しちゃってごめんなさいねぇ」


「ううん、ありがとうキク婆ちゃん」


 お礼を言って、ちょっとだけあったかくなった胸に手を当てる。

 ちょうど新しいお客さんが入ってくるところだった。



「いらっしゃいませっ! こちらの席へどうぞ!!」


 ぼくはもう立派なプロなんだ。それを認めてくれた人がいる。

 そんな人たちに恥ずかしくないよう、ぼくは自信をもって仕事をこなさなきゃと思う。



「……ヤメロっ! 買うなら赤にしろ! 緑に屈するな! …………ぐ~すかぴーzZZ……zZZ」


「おいおいなんだぁ? 酔っ払いがなんか言ってるぞ。迷惑な奴もいたもんだなあ」


 その途中、気の抜ける寝言が聞こえてきたけど、


 この人たちも知らないのかな?

 だったら教えてあげないと。



「おじさんたち知らないの? あの人はちょっとだけ口うるさい、でも優しい、そんなみんなのお父さんなんだよ」



 王都にある食事処兼酒場。

 ときどき説教臭い旅人が立ち寄る『銀毛の止まり木』は、今日も元気に営業中です。




あれ? 今回コン吉何もしてない?

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