王の策略(笑)
この作品はコメディーです
儂等はコン吉達と別れ、仕事に戻るために執務室に帰ってきていた。
一息つくためにメイドに紅茶を用意させ、そのまま退出するように促す。室内に残るのは儂と近衛騎士団長だけとなった。
「ふう……」
腰を落ち着かせて息を吐く。
治水や街道の整備、いつまでも減らない嘆願書の数々。王という立場は多忙で、この一杯を飲み終えれば山のように積まれた書類に目を通さねばならない。
なればこそ、今の時間に先ほどあった出来事の整理をしておく必要があった。
「……くくく、はっはは! 見たかコン吉のあの顔。あれは絶対に深読みし、儂が何か企てたと勘違いしていた顔だっ!」
真っ先に浮かび上がるのは我が国の守護獣であるコン吉の、思い悩んだような狐顔。
何百年と生を過ごしてきたくせに、儂とのやり取りで悔しそうに顔を歪めるというのはいつ見ても愉快痛快なものだ。
本人は隠しているつもりのようであったが、数十年も付き合ってきた儂からすれば、若人のように感情を露わにする姿が一目瞭然。狐の顔といえども丸わかりだ。
お主もそう思うじゃろ? ゆるむ口元を自覚しながら、そう同意を求めた近衛騎士団長は無表情で返す。
「守護獣様は聡明でいらっしゃいます。故にあらゆる可能性を考慮し、精査していたのでしょう」
「よせよせ。あれは賢しくはあっても聡明ではない。ただ空回り気質なだけじゃよ。その証に見当外れな穿った見方をしていたではないか」
儂が何か行動を起こせば深読みしてすぐに陰謀に繋げたがる。
まったく、儂がいつもいつも悪巧みをしてると思っているのか、あ奴は。そんな訳がないだろうに。
今回の会談にしても、報告を受けてわざわざ王である儂が宰相すら伴わずに出向き、腹心である近衛だけを連れて行ったのだ。それがどういう意味を持つか、冷静に考えれば分かりそうなものだ。
儂とて王座に就いてから長くなる。権力を振るう場は弁えているつもりだ。無益に若者の命を取ろうとは思わない。
前もって非公式にと伝え、あの場には身内しか居らず、多少手心を加えようが何ら問題は無かった。
無論、これが欲に眩んだ強権ならば話は違ってくるが、今回は異世界から迷い込んだ若者を庇護しようというモノだ。情状酌量なんて言葉を使わずとも、十分に情状酌量の余地があるのは明白。儂を冷酷無比な鬼とでも思っているのか、あ奴は。
……あ、情状酌量って使っちゃった。
「それだけ王を信用なされているということでしょう。でなければ深読みはしませんから」
「信頼はされていなさそうじゃがな」
今回アルバートを同行させる理由は机上の上ばかりだけでなく、実際に民の暮らしを己の目で見て肌で感じ、それによって世界観を広めるには丁度良いと考えたからだ。
学園での一件で暴走してしまったアルだが、今では心を入れ替え文官の下で真面目に執務に精を出している。視野を広げられればより一層王としての自覚を得られるであろう。それ以外にこれといった思惑などはない。
……まあ、強いて挙げるのであれば、ルナフォード嬢との関係を少しでも修復できれば儲け物、といったところか。
ルナフォード嬢の家であるルトワール侯爵家は王家の血を引いてこそいないが、この国を代表する大貴族に違いはない。その影響力は国内だけに留まらず、国外にまで及ぶ。
会えば世間話をするぐらいには差しさわりのない関係に修復しているとはいえ、次代の王として、アルにはルナフォード嬢の信頼をさらに取り戻してもらう必要がある。
反感や敵対さえしなければ国が荒れることはないので、これは本当にオマケのようなものだが。
「コン吉の奴は、儂を過大評価しているのか過小評価しているのか。判断に迷うな」
背もたれに身体を預けて苦笑する。策謀など無く、いうなれば子を想う親心のようなものだ。
伴侶もなく、実子のいないコン吉が想定できないのも致し方ない事かもしれんが。
「王太子を護衛も付けずに派遣するのです。守護獣様が疑うのも無理はないでしょう」
「王族が自国を自由に歩き回れないでどうする。仮に不測の事態に襲われたとして、自力で解決できないようではまだまだ未熟。王太子とはいえ王位継承権を持つ者は他にもおるのだ。万が一の事態に陥ったとしても国が揺らぐことはない」
「不心得者がいないわけではないでしょうに……。そんな事ばかりしているから守護獣様に信頼されないのですよ。守護獣様の気苦労が目に浮かびます」
呆れたように言うが、止める気がないのだから近衛騎士団長とて人のことは言えんじゃろうが。それは近衛騎士団長も渡りに船だと考えたからに他ならない。
コン吉にしても自ら首を突っ込んだのだ。否応はないだろう。
……しかし、儂が話を振ったにしても、堅物である近衛騎士団長がここまで口数が多いのも珍しい。
「随分とコン吉の肩を持つではないか。いつの間に懐柔されたのだ? 以前までは特に関心も無さそうだったじゃろ」
「懐柔などされておりません。私は近衛騎士団長の義務に則り、王の身辺での出来事に関し、公平に公正さを見極めているだけです。…………ただ、不敬を恐れず敢えて付け加えるのであれば、私個人として、守護獣様の在りようは大変好ましく映っているのは否定致しません」
む……回りくどい言い方をしおって。
「……そういえば、お前の息子も奴の世話になっていたな」
そこで思い出す。確か近衛騎士団長の長子も半年前、我が息子アルバート同様に色ボケてしまったのだったか。
「はっ。愚息が御迷惑をかけたようで。今でも度々私の所へお越しくださり、恐れ多くも愚息を気に掛けてくださっております」
「まったく、あ奴は甘いというかお人好しというか……」
学園でのコン吉の役目は見守ること〝のみ〟だった。命の危険が迫った場合には介入をするように頼んであったが、それ以外では不干渉で構わないと伝えていた。
にも拘らず、面倒が嫌などと言いながら、自ら面倒事に首を突っ込むのだから訳が解らない。コン吉の奴は馬鹿なのではないだろうか。そう思ったのも一度や二度ではない。
「…………まあ、それが悪いとは言わんがな」
民に寄り添い心を砕く守護獣。本来ならば人類に肩入れなどせず、自由を謳歌するはずの幻獣が人間の国を守っている。
そのおかげで民や他国の信頼を勝ち得て『五大国』の一角でいられるのもまた事実。
また、玉座に就いているとはいえ、いつの世でも民衆の支持というのはそれなりの影響力を持つものだ。強大な幻獣、その中でも一線を画す神獣が国を守護している。それは魔物が蔓延るこの世界において、民の心に余りある恩恵をもたらしてくれている。
天を見れば足元が疎かになり、地を見れば流れが見えなくなる。
国を治める脆弱な人の王は敬われ、国を絶大な力で守る守護獣は親しまれる。……実に可笑しな話だ。
「どうにもこうにも……敵わんなぁ」
すっかり温くなってしまったカップに口をつけ紅茶を啜る。
コン吉相手では対応が甘くなってしまうのだから、儂も人のことを笑えんか。
「……惚れた弱み、ですか」
「ブ~ーーッッ!!」
近衛騎士団長が脈絡なくボソッと呟いた言葉で、飲んでいた紅茶を噴き出した。
「な……! お、お前はいきなり何を言いだすんじゃ!!」
口を拭いながら振り返れば、真面目腐った鉄面皮の顔がある。
「はて、王が学園に通っている際の守護獣様は女性の姿だったとか。残念ながら私は拝見する機会には恵まれませんでしたが、それはそれは美しく、見る者全てを虜にする月の精霊のようであったと訊き及んでおります。王も含め、在学中の生徒がこぞって寵愛を競い合ったとも」
「誰じゃ儂の黒歴史をバラしたのはッ!」
若気の至り。そうとしか言い表せん忘れたい過去だ。
同期の者達は皆同じ経験を共有し、一様にして口を閉ざしているはずじゃ。そうそう漏れるものではない。ならば誰が漏らした。学園の関係者か!?
「宰相が仰っておりました」
「あの糞ジジィイイイイッ!! 直ぐに連れて来い! 国王恥辱罪で獄門極刑じゃあッ!!」
「落ち着いてください。この国にそのような罪状はございません」
悪戯気に嗤う宰相の顔がありありと目に浮かぶ。
あの老いぼれめ。普段は有能で辣腕を振るうのだが、儂が産まれる前からコン吉を兄のように慕っていたからか、どうにも悪戯好きになってしまっている。変なところだけ似おってからに。歳を考えろ歳を!
「コン吉もコン吉だ。何も儂の時に女にならんでもいいだろうに……!」
コン吉が女に化けた姿は深窓の令嬢、傾国の美女、月の精霊、薄幸の美姫。当時、王族であった儂ですら高嶺の花だと思わずにはいられなかった絶世の美しさを誇っていた。
言い寄った男は数知れず。同じ数だけ玉砕しておった。
そのような娘が隠れながらとはいえ、健気にも儂に熱い眼差しを向けて来るのだぞ? 不幸にも儂は見詰めて来るそれに気がついてしまったのだ。勘違いしてしまうのを誰が責められよう。
今ならば、先代国王に頼まれて王太子であった儂を見守っていたと分かるが、多感な時期であった当時の儂にそれを解れと言うのは酷というもの。
つまりあれはただの気の迷いだ。胡蝶の夢でしかない。そこはしっかりと割り切っている。
今の儂は王妃一筋であると宣言……いや、断言しておこう。
一筋なのである!
「近衛騎士団長! ≪赤の王国≫国王である余の勅命だ。今後一切この話を蒸し返すことを禁ずる。他の者に口外することもだ。特に王妃には絶対、絶~~~対に言うなよ! もし漏れた場合にはそれ相応の罰が下ると知れッ!!」
「……恐れながら王よ。王妃様は既にこの件を承知でございます」
「なんじゃとっ!?」
「私が宰相よりこの話を聞き及んだ際、その場には王妃様もいらっしゃいましたから」
「え……?」
おわった…………。
「おわった…………」
思った事がそのまま口から洩れ、項垂れる。
愛する妻に、凍えた視線を送られるかもしれんという恐怖。それは舌筆にし難い絶望を孕んでいた。
「王よご安心ください」
「死刑宣告にも等しい事実を知らされて安心などできるか! 安い慰めなど不要だっ!!」
こんな状況で何を安心しろというのか。根拠もない薄っぺらな言葉には怒りすら感じる。
王妃の恐ろしを知らぬ者に、この恐怖は伝わるまい。
儂の焦燥を歯牙にもかけず、鉄面皮は続ける。
「私は宰相よりこの話を伺いましたが、宰相は王妃様より聞き及んだと申しておりました。ですので王の考えているような事態にはならないかと愚考致します」
「なんじゃとっ!? なれば王妃は過去の出来事を把握していたというのか?!」
「……そもそも同じ学園に通っていらっしゃったのに、知られていないと思われる方が如何なものかと。王妃様も和やかに話しておられましたので、特に問題はないでしょう」
遠回しに考えが足らないと言われ、だが怒りよりも安堵が先に出る。
「そ、そうか……。うむ、それは良かった」
本当に良かった。
今まで夫婦円満でいられたといのに、こんなことで気泡に帰するなど冗談ではない。
王妃とコン吉は仲も良いからな。変な確執などできてしまえば目も当てられん。
「そうですね」
涼し気に流す鉄面皮。そのおざなりの対応に、忘れかけていた怒りが再燃する。
……一国の王である儂をここまで翻弄し、乱させたのだ。こ奴にはそれなりの責任は負ってもらう。
「お前減給な」
「ストライキを起こしますよ?」
それからまた一悶着あったのは言うまでもない。
次の更新は四日後ぐらいになると思います