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守護獣様は苦労性  作者: 丸メガネ
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あ~あ、ついに連載にしてしまいました。

短編を連載にするとクオリティーが下がるのが大半。この作品もそうなってしまうのか心配です(´・ω・`)


短編では感想欄が可笑しくなっていましたし、どうなることやら……

 人は何か罪を犯せば罰を架せられる。

 例えそれがどんなに小さな過ちであったとしても、社会集団で生きるのならば法という魔の手からは決して逃れられない。


 ルールを守り、モラルを鑑みることで人は自身を律し、人類は非力な身でありながらにして生態系(ヒエラルキー)の上位に君臨できるのだ。これが無法な烏合の衆だったならば、人類は多種族からの脅威から逃れることはできず、今頃は絶滅の憂き目にあっていた事だろう。


 人間は獣ではない。秩序を知る、理性在りし生命体なのだ。


「ルナフォード嬢との婚約は今をもって破棄とするっ。二度と私の前にその汚らわしい姿を晒すな!」

「そんなっ……! どうしてなのです!? 殿下はどうして侯爵令嬢であるわたくしではなく、そのような下賤な女を選ぶのですか!?」

「君がそれを問うのか……。市井の出であるという理由だけで、同じ学び舎に通う学友を虐げるなどあってはならないことだ。ましてや下賤な女呼ばわりで不当な扱いをするなど言語道断! 君は貴族として、守るべき民を傷つけたのだから当然だろう!」


 だからこそ嫉妬に狂い、恋敵を虐めてきた侯爵令嬢が断罪されるのも致し方ないことなのだろう。自業自得だ。

 王権政が蔓延るこのご時世だが、断罪は貴賤に関わらずとまでは言えないまでも、身分が高いというだけで傍若無人な行いは許されない。


 位の高い者が身勝手に振る舞えば国は荒れ、民草は路頭に迷う。王や貴族とは、贅沢な暮らしに見合うだけの責務を背負っているのだ。

 国民を導く責任と、国民を守る義務。それを疎かにし、私怨に囚われた彼女が罰を受けるのは自然の成り行きだった。


「私、《赤の王国》王太子アルバート・セリス・マクシミリアンは、リトワール侯爵家の令嬢であるルナフォード・リトワールとの婚約を破棄し、新たにタリアとの婚約をここに宣言する!」


 宣言を受け、リトワール侯爵家の令嬢であるルナフォード嬢は、恨めしそうにアルバート王太子殿下の隣に立つ平民――タリアを睨み付け、それを王子とその背後に立つ取り巻きたちに睨まれる。


 取り巻きは王国近衛騎士団長の長子、魔法研究の第一人者であるギルハトス王宮魔導伯の三男、現宰相であるモラリス翁の孫といった貴公子たち。なんとも豪華な布陣だ。


 タリアは睨まれた事によって怯え、アルバート殿下の影に隠れるように身を竦める。それによってルナフォード嬢のご機嫌が更に悪くなる悪循環が生まれている。




 そんなザ・修羅場を遠巻きに、俺は思う。

 そりゃあ平民である彼女が侯爵令嬢に睨まれたらそうなるよね。権力って怖いもん。いや~女の嫉妬ってこわいねぇ~、と。


 まだ風は冷たく、麗らかな春の到来を待ち望む今日この頃。そんな昼下がりの食堂で、俺は大好物のキツネうどんを食べながら学生の一人としてその光景を眺めていた。



 どうも。この≪赤の王国≫で守護獣やってる狐のコン吉です。一応転生者です。名前を聞いてわかるように、前は日本で人間やってましたが、今は一介の学生やってます。はい。

 ああ、コン吉ってのは自分で名付けました。狐と言えばこれだよね! って感じで。ごん狐にしようか悩んだんだけど、あれって最後は死んじゃうから縁起悪いから却下した。命大切。とっても。



 それはさて置き、突然だが俺の話を聞いてほしい。

 この国では十二歳から十六歳までの四年間を学生として過ごす義務がある。まあいわゆる義務教育だ。

 そこでは魔術や勉学を学び、人脈などの交友関係を広げて将来に向けて切磋琢磨するのが目的とされている。


 数ある学園の中でもここは貴族が多く通う学園で、名を≪コンフィールド学園≫という。


 ここを一言で説明するのならエリート校だと言うのが手っ取り早いだろう。生徒の殆どが貴族で、国にとって有望そうな庶民を特別枠で数名引き入れるだけの由緒ある学園。正に将来国を背負って歩く者たちが集まると言っても過言ではない学園なのだ。


 ああでも、だからと言って別に選民意識から造られた学園なわけじゃないよ? 平民を受け入れているのがその証拠だ。


 これは普段民がどのような生活をしているのか、どのような考え方なのかを知る機会を設ける思惑があり、貴族である自分たちが守るべき相手を意識するための措置でもある。また、狭き門を潜ってきた一部の能力ある者を選別する意味もあるのだ。

 中にはこれを差別はなくすべきだと非難する輩もいるだろうけど、そんなのは鼻で笑ってしまう。


 これは差別ではなく区別だ。


 そもそも市井の者と貴族では役割が違う。役割が違えば学ぶ事も違い、必要な環境も違う。それなのに区別せずに一緒くたにするわけにもいかないでしょ。

 だからこそ若者の可能性を狭めてしまわないように、この学園では身分階級は有れど、差別の無いようにできるだけ配慮されている。



 さあ、ここまで学園のシステムを説明すればわかって貰えるだろうか。

 目の前で繰り広げられている茶番のくだらなさ加減を。



「アル! そんなの認めない! 認められるわけがないわ!」

「黙れ、気安く私の愛称を呼ぶな。君は既に私の婚約者ではないのだからな」


 そう言ってルナフォードを睥睨するアルバート王子。そこには一片の熱もなく、まるで絶対零度のような冷めた視線だ。さすがは王族。与えるプレッシャーも板についている。


 目の前で繰り広げられているのは、さながら乙女ゲームにありそうなクライマックスシーン。今まで隠れていた悪を白日の下に晒し、それを断罪する粛正の場。


 控えめに言っても訳が分からない。


 思えば、卒業式を明日に控え、学園生活最後の食事を楽しんでいたらこの騒ぎ。

 正直言って邪魔である。食事ぐらい穏やかに食べさせろって話だ。生き物にとっての衣食住の三本柱の一柱だぞ?

 それを邪魔するなんて何を考えているのか。俺にだって静かに食事をする権利はある。完全なる人権侵害だ。告訴すれば間違いなく勝訴になる自信があるね。


 あ! 俺、今は人間じゃなかったっけ。


「痛いっ! 離して! 離しなさいよ!」

「お静かに。貴女が暴れなければ拘束を緩めます」

「いいから離しなさい! わたくしを誰だと思っているのですか!!」


 お、ちょっと目を離した隙にいつの間にか物事が進行しているぞ。今はなぜかルナフォードが近衛騎士団長の息子に組み敷かれている。


 なんでこうなった?


 俺は近くにいた男子生徒に尋ねた。


「なあ、見てなかったんだけど何がどうしてああなったんだ?」

「ん? ええっと、ルナフォード嬢にタリア嬢が話しかけて諭そうとしたんだ。でもそれでルナフォード嬢が激情して張り手を食らわそうとしたんだけど、それを取り押さえられたんだよ」


 なんだそれ。こんな状態でそんな横暴がまかり通るはずがないだろうに。


「はあ……何やってんだか」

「何でこんな事になっちゃったんだろうね……」


 やっぱり君もそう思うか。

 俺は丁寧に説明してくれた男子生徒に礼を言い、うどんをすする。


 彼女はこの学園で何を学んできたのか。大貴族である侯爵家の御息女がみっともない。こんな大観衆の中で暴力に走る悪役令嬢サマにはびっくりだ。

 

 これだから思春期真っ盛りのお子様は怖いのだ。メンタルコントロールもできないまま、感情に任せて突っ走るのは貴族として許されない事ぐらい分かるだろうに。



 なにより、この学園には他国からの学生も多く在籍している。それなのにこんな醜聞を晒すなんて、いったい何を考えているのか。やるなら他所の、もっと人気のない場所でこそこそ隠れてやって貰いたいものだ。

 昼ドラのようにドロドロとした修羅場ならまだ楽しみようもあるが、まだ十五、六の青臭いガキの茶番なんかを見せられる観衆の身にもなってほしいものだ。

 何が悲しくてこんな見たくもない場面を強制的に見せられなければならないのか。


 …………。


 いや違う違う。国の弱みをアッサリと見せるなと言いたかったんだ。うん。


 何も新たな門出である卒業式の前日、それも公衆の面前である食堂でやる必要はない。俺はTPOを弁えろと言いたかったんだよ。

 学生だった者たちが一歩大人の階段を上り、期待に胸を膨らませながら、社会の荒波に立ち向かう大切な日の前日なのに幸先が悪いにも程がある。げんは担ぐべきだろ若人よ。



「いい加減に離しなさい!」


「貴女が暴れないのであれば考えましょう」


「クッ、離さないというのなら――【カルラ・フォルン】!」


「――ぐっ!?」


 瞬間、風が吹いた。ルナフォード嬢を起点として陣が組みあがり、大気が震え、視覚できる程に凝縮された空気の塊が爆ぜる。ルナフォード嬢が魔術を発動させたのだ。

 爆ぜたことによって生まれた爆風は、衝撃波となって近衛騎士団長の息子を弾き飛ばす。

 勢いのついた守護隊長の息子は呻き声をあげて野次馬の波へと飛び込み、それによって無責任に傍観していた観衆が一瞬ざわめく。


 そして、俺にとっての悲劇はこの時に起きた。


 人波に押され、勢いよくテーブルを揺らした衝撃でゆっくりと飛沫を上げながらテーブルから離れていく器。それがスローモーションのように流動する。

 見えているのに体が動かない。器が慣性の法則にしたがって落下していくのを、俺は黙って見つめることしかできなかった。

 陶器の割れる音。

 飛び散る破片。

 その一瞬一瞬が脳裏にこびり付く。


 まだ半分も食べていない麺が床に張り付き、充分に残っていた汁が水溜りを作る。ネギやナルトがアクセントとなり、まるで華のように地面を彩る。


 そして最後に食べようと残していた油揚げ。一口も手を付けていないメイン食材であり愛しい食材が……。



 ――――――――――――――プチン。



 その時、俺の中で何かが切れる音がした。

 本能を鎮める理性というブレーキが壊れる音を俺は確かに聞いた。


 俺の中にある守護獣としての誇りは消え去り、胸の奥から湧き上がるドス黒い何かに支配される。


 それは怒り?


 ――違う。そんな甘いものではない。


 では憤怒?


 ――違う。そんな生易しいものでもない。


 それならば忿怒?


 ――違う。それでもまだ足りない。



 そう。これは悲痛。


 まるで自身の一部を抉られたような果てしない喪失感。



「ぁ……アァ―――――――――――――ッッ!」




 それは声にならない絶叫。もはや慟哭と言った方がいいかもしれない痛み。

 周囲の反応など目に入らない。今は床に手を付き、途方もない悲しみで頭がどうにかなりそうだ。


 なぜ?

 なんで?

 どうして?


 そんな思考が頭の中で堂々巡りをする。

 いくら考えても答えは出ない。


 こんな理不尽があっていいのだろうか?

 こんな不条理を認めてしまっていいのだろうか?



 頭ではなく心に問いかける。



 否だ。

 断じて否だ。



 この俺が理不尽に泣き、不条理にこうべを垂れるなどあってはならない。あっていいはずがない。


 俺は泣き寝入りなどしない。


 反発してやる。

 反逆してやる。

 反抗してやる。

 抵抗してやる。

 抗ってやる。


 これが神の定めた運命だと言うのなら。

 これが世界に打ち込まれた楔だというのなら。



 戦ってやる。

 反旗を翻してやる。


 例えこの身が滅びようとも。

 例え魂の一遍まで朽ち果てようとも。



 俺は自らの矜持にしたがって戦い抜いて見せる! そうしなければならないのだ!




「えっと……大丈夫? 怪我とかしてない?」


 先ほど説明をくれた男子生徒が、心配そうに声をかけてくれるが――今はそれどころではない。


 俺は幽鬼のような足取りで、拘束から解放されて立ち上がるルナフォード嬢のところにたどり着く。


「…………」

「なによ! 関係ない人間は引っ込んでなさい!」



 ―――パシンッ



「なっ――!」



 俺はルナフォード嬢の頬を叩いた。

 誰かが驚いたように声を漏らしたが今はどうでもいい。

 顔が横に逸れたにも関わらず、叩かれた当人は呆けた面をして赤くなった頬をおさえている。茫然自失としていたが、それも直ぐに正気を取り戻し、噛みつかん勢いで声を荒げた。


「ぶ、無礼者! わたくしはリトワール侯爵家のルナフォード・リトワール。侯爵令嬢なのですよ! こんなことをしてただで済むと思っておりますの?! 淑女に手をあげるなど恥を知りなさい!」


「無礼もへったくれもあるかバカタレ! こんな人が密集している場所で魔術を放つなんてどういうつもりだ。〝魔術はむやみやたらと使うべからず〟入学して最初の魔術学で教わることだろうが。

 貴族だろうが平民だろうが道理を弁えていないならどっちでも同じ愚か者だ。そして愚か者には愚か者らしく躾が必要だろう? だから俺が躾けてやる。ありがたく思うんだなこんのクソガキッ!」


「クソガキっ!?」


 ルナフォード嬢があまりにもな物言いに絶句しているが、そんなのは俺には関係ない。だって幻獣だし。

 しかし例え人間であろうとなかろうと、子供が危険な真似をしたら叱ってやる。これは大人の役目だ。


 そもそも魔術とは、自身の体内にある魔力を代償に発現する術式を用いた(すべ)であり、その力は簡単に人を傷つけ、時には命を奪ってしまう人知を超えた理。人間の手に余るものなのだ。


 本来ならば手を出すべきではないのだろうが……人間は長い年月をかけて制御するすべを学び、生活に活用できる程度には操れるようになった。

 これは快挙と言っていいだろう。手放しで称賛できる。


 魔術は使用者の力量に依存する。

 俺からすればまだまだ稚拙な魔術しか扱えないが、それでも外敵に対抗するため、生活を豊かにするため、多少にしても、人の身でありながら魔の術を使えるようにまでなってきたのは見事と言って良い。


 だが、だからこそ使い方を誤ってはならない。


 どんなに便利な道具であろうと、使い手が愚かならば害悪と何ら変わらない。

 故に魔術を使うならば細心の注意が必要になってくるのだ。


 だというに、この小娘は密集地のど真ん中で使いやがった。


「お前は侯爵令嬢である前に≪コンフィールド学園≫の生徒だろうが。それならまずは、学生としてのルールを厳守しろ。感情に任せて魔術を使うお前を誰が庇護する? 親の爵位で威張る前に、貴族の息女としての役目を果たせ。いっちょ前に惚れた腫れたなんて議論するのはその後だ」


「何よ……何も知らないくせに! わたくしがどんな想いで……! どれだけの努力を重ねてきたかも知らないくせに、しゃしゃり出てこないでっ!」

「いや、今までの事も見てきたから大体知ってるし」


 入学してからの四年間。俺は王太子の周囲を観察し続けてきた。

 観察対象にはもちろん、王太子の婚約者であるルナフォード嬢も入っていた。


 幼い頃より王妃となるための教育を施され、苦労して積み上げてきた物をポッと出の平民にかっさられた。

 今までの努力を否定されたような、鳶に油揚げをさらわれたようなものだ。


 ……油揚げを奪われる。


 うん、許せないな。彼女の気持ちが凄くわかる。むしろ俺だったら特大の大魔法で八つ裂きにした後に、焼き鳥にして美味しく頂いちゃうぐらいには許せない。


 なにより、愛するものを失った悲しみを、今まさに失ったばかりの俺に説くとは片腹痛い。今の俺は誰よりもそれを理解しているつもりだ。


 ここでお優しい人間なら懇切丁寧に教えてあげるんだろうけど……生憎と俺はそんな甘い狐ではない。女子供相手だろうが甘やかさない。俺はそんな狐なのだ。


「だいたいお前は何がしたかったんだよ」

「決まってるじゃない! アルからあの泥棒猫を引き離したかったのよ!」


 ルナフォード嬢がアルと言ったとたんに、王太子がキッ、と睨み付けた。愛称で呼ばれるのを嫌悪しているようだ。


「で、失敗して自分が婚約を破棄された、と。引き離すどころか逆に引き剥がされそうになっていると、そういうことだよな」


「それはッ…………」


 俺は王太子を無視して話を進める。

 黙り込んでしまったルナフォード嬢を見て、俺は溜息を吐いた。


「冷静になって考えてみろよ。大切に思っている人が陰湿な虐めを受けていた。それを知った想い人が、虐めをおこなっていた人物に好意を抱くと思うか?」


「…………」


「まさか気が付かれないとでも? ハッキリ言って、聡い奴ならみんな気が付いてたぞ? 巻き込まれないように距離を置いていただけだから」


 恋に目を曇らせてた奴はそうじゃなかったみたいだけどな。


「友人や使用人達からの苦言を蔑ろにし、暴走して幼稚な嫌がらせをした結果、ルナフォード嬢は何を手に入れた? 何を手にに入れたかった? それは自分を気遣ってくれる人を悲しませてまで手に入れる価値がある物なのか?」


「…………」


 ルナフォード嬢は答えない。答えることができないのだろう。


 ルナフォード嬢は王国でも有力な大貴族、侯爵家の御令嬢だ。彼女の周りには励ましてくれる友達や、気遣ってくれる使用人達が大勢いた。しかし彼女はその声に耳を傾けず、拒絶し、暴走し、無茶をした。


 今だって。心配そうに此方を見ている顔がチラホラと。

 かつて心無い罵声を浴びせたにもかかわらずだ。


 良い友達じゃないか。

 そんな彼等彼女等を蔑ろにしてまで執着しなければならない物とは何だ。


 何にしろ、強引な手段で相手の心を縛り付けたとしても、そんなものに意味はない。より一層自分が惨めになるだけではないか。


 そんな虚しい偽愛を取り繕って、押し付けて……。

 明日には学生ではなくなるんだ。本当に大切な物から目を背けてきたことに、そろそろ彼女は気が付くべきだろう。


「わ、わたくしは――ただ義務を果たし、愛して欲しかった……それだけでしたのに」


 今にも泣きだしそうな表情で、ルナフォード嬢はまた黙り込んで俯いてしまう。

 今更ながら自分がしていたことをふり返り、冷静に見詰め直してくれたのだろうか。


「恋をするのが悪いことだとは言わない。でも、自分の想いを一方的に押し付けて許されるのは幼い子供までだ。それを愛とは言わない」


 自分が好きなものや考え方を否定されれば誰でも不快だろう。もちろんそれは人外に転生した俺も同じことだ。


「好きな男が別の女と心を通わせていたら嫉妬もするだろう。胸が張り裂けそうなほど痛いだろうし辛いだろう。何としても思いを繋ぎ止めていたいと思うのも仕方のないことだ。……けどな、本当に愛してほしいと願うなら、本物の愛がほしいと望むなら、自分勝手な振る舞いで相手に理想を押し付けるなよ。愛を言い訳にして、相手が大切に想う人を傷つけていい理由として宛がうなよ。そんなの……お前の恋心が可哀想だ」


 何とも稚拙で浅い思考回路だと我ながら思うが、でも所詮人間なんてそんなものだ。些細なことで怒ったり、ちょっとした親切が嬉しかったり、そんな取るに足らない出来事で一喜一憂する自分が滑稽に映るかもしれない。感情の機微に振り回されては思い通りにいかないことに憤りを覚えることもあるだろう。


「納得できないと思うかもしれない。ふざけんなって叫びたくなるかもしれない。でもそんな愛しく熱い想いだからこそ、抱いた恋心は大切にしなよ」


 俺は人の感情を蔑ろにするつもりはないし、これが俺の主観によるものだともわかっている。それでも、人が人を陥れようとしている(さま)は堪らなく不愉快なのだ。


「ま、分かった上で貫くのなら……それはそれで得難い物として価値があるんだろうけどね。そこまでの覚悟があるのなら何も言わない。好きにすればいい」


「いえ……そうですわね。その通りですわ」


 俺はルナフォード嬢が理解を示してくれたことに安心すると同時に少しだけ感心した。

 俺のような赤の他人に諭されて、それを素直に聞き入れるだけの人間がどれほどいるのか。

 彼女も大貴族の令嬢として、それだけの度量は持っているようだ。

 悲観的な状況下だからこそ冷静になれたのかもしれないが、彼女は頷いてくれたのだ。


 ぶっちゃけ頭に血が上ってたからなんだけど、矛盾した、それこそ滅茶苦茶なことを言った自覚はある。それでも聞き入れてくれたのは、彼女が俺の言に思うところがあったからなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ルナフォード嬢は俺にお礼を言い、意を決したように王太子達の前にまで足を運んでいた。


「わたくしが間違っておりました。アルバート殿下、不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」


 精錬された、実に美しい動作で頭を下げるルナフォード嬢。

 それを見て、王太子は目を見開いて驚いていた。


「タリア……さんも……、侯爵家の一員として市井の民である貴女に頭を下げることはできませんが、己が犯した過ちの責は追いましょう。許してほしいなどと厚顔無恥なことは申しません。ですが、貴女が困難にぶつかったとき、わたくしは貴女の力になることをここにお約束いたします」


「い、いえ! えっと……み、身に余る光栄でございましゅる!」


 タリア嬢はキョドリまくった上、どこの言葉だってツッコミたくなる言語を操って慌てふためく。

 なるほど、この姿はなかなかに可愛らしい。きっと彼らはこんな保護欲をそそるところにやられたんだろう。


 そんな見ている方が心配になるタリア嬢を微笑ましそうに――若干の後悔は見受けられるが――憑き物が落ちたような、そんな清々しい顔でルナフォード嬢は見詰めていた。


 元々はルナフォード嬢は聡明で心優しい女の子だったのだ。

 それが恋に狂い、貴族としての義務を果たそうと視野を狭めてしまった結果が今の現状だった。しかしそれも気が付いてしまえばどうということはない。これから人生経験を積んでいけば、素晴らしい女性に成長していくことだろう。

 こう言ってはなんだが、むしろ良い切っ掛けになったと俺は思っている。




 人間は間違いを犯す、そんなのは当たり前だ。だが、間違えたなら正せばいい。人間はそうするだけの力がある。己を律する強さがある。

 人間は幻獣や魔獣のように強靭な肉体も、強力な魔力も持っていない。人間は弱いのだ。

 でも、だからこそ持ってないからこそ作りだすんだ。

 自分にないものを補うために絆を、縁を、営みを。

 蔑み、争い、嫉妬し、認め合い、支えあう。

 間違い、正し、間違い、また正す。

 そうやって一歩一歩を鈍牛よりも遅い足取りで、でもしっかりと前へと進んでいける。


 それはとても尊い。


 それはとても愛おしい。


 人間でなくなった元人間の今だからそれが分かる。





 今回はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ俺が先走ってしまったが、数百年もこの国を見守り、時には手を貸してきたんだ。少しぐらい我儘を言う資格ぐらいはあるだろ。うん。

 ほら、あのままだと収集が着かなくなりそうだったし、俺の判断は結果的に良かったと言えるだろう。たぶん。

 仮に間違いだったとしても、そこはまあ、人間は間違えるものだし、それを糧に成長できるんだから、俺の行いも一概に悪いとは言えないよね! おそらく。



 あ! 俺ってば今は人間じゃなくて幻獣だった!



「えっと、君はコンラッド君……だったかな。随分と口調が違うから分からなかったよ」


 俺が見苦しい言い訳を考えていると、王太子が話しかけてきた。

 あ、コンラッドっていうのは≪コンフィールド学園≫に通うために使っている偽名だ。

 コンラッド・ハイロニア。ハイロニア子爵の三男。さすがにコン吉だなんて和名は目立つからそう名乗っている。

 もちろん裏を取られてもいいように対策済みだ。


「ルナフォードも反省し、タリアと和解してくれたのは嬉しく思う。私としてはまだ思うところはあるが……あのタリアの嬉しそうな顔を見てしまうと何も言えなくなってしまったよ。これで私はタリアと結婚することができる。君のおかげだ、ありがとう」


 そう言って甘く蕩けるような笑みを浮かべる王太子。

 渦中の女の子二人に目を向ければ、まだぎこちなさは残るものの、穏やかに言葉を交わしていた。


 まだ正式なやり取りをした訳ではないが、ここまで大々的に宣言してしまっては婚約を継続する訳にもいかないだろう。

 それでも俺としては早めに事が済んでくれて満足だ。細々とした所はお家同士でどうにかするだろう。文官は大騒ぎになるだろうけどな。


 嫉妬に狂った女が自分の犯した罪を反省し、晴れて王子様は惚れた女と幸せな結婚をする。これで大団円。全てが丸く収まって勧善懲悪の完成だ。




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