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ガトーショコラ(後編)

 こういうのを、何と言うのだっただろうか。

 目から(うろこ)――だっけ?

 少女の言葉は、素直に心に響いてきた。


 ――というか、本当に、文字通りに、鱗が落ちた。

 俺の目から。

 ぽろりと。


「はあ!?」

「おっとっと」


 机の上に転がったそれを――その鱗を――はっしと少女がつかむ。

 数センチはある楕円形の、キラキラ光る美しい鱗だった。


「トルマリンの鱗――ですか。綺麗ですね。ありがとうございます」

「い……いやいや、何今の! 明らかに不思議現象が起きたんだけど!」

「と、言われましても?」

 少女はかわいらしく首をかしげる。

 いや本当にかわいいけども! そんなことでごまかされねえぞ!


「いや、鱗だよ、その鱗! どっから出てきたよ!?」

「はあ――まあ、ここ、異空間ですから。不思議なことも起こります」

「――は。……え?」


「これはあなたの感情の揺らぎ。最初にお金はいただきません、と申し上げましたが……当店では金銭はいただきません。そのかわり、琴線(きんせん)には触れさせていただきます。この鱗は、お代としていただきます。ご来店、ありがとうございました。――どうぞ、有意義な人生を」


 気がつけば、俺は路上に立っていた。

 いつもの帰り道。

 辺りを見回しても、洋菓子店などどこにも見当たらない。

「――!? なに? 嘘だろ? さっきまで……」


 動揺して挙動不審になる俺。

 すると。

「きょろきょろして……どうしたの? 柏木(かしわぎ)君」

「! 誰、あ……なんだ流見(ながれみ)か」


 近くに、女子生徒が立っていた。

 クラスメイトの流見。

 目立つタイプではないが、どちらかといえば優等生に属する。

 そんな女子だ。


「なんだ、って……ちょっとへこむかな、その言い方」

「あ、わりい。なんていうか、考え事してて――なあ、流見。この辺に、菓子屋ってなかったっけ?」


 突然の質問に、流見はきょとんとしながらも、答えてくれた。

「いつもここ通って帰るけど……お菓子屋さんなんてあったかな? 私は記憶にないけど」

「そっか……」


 聞くまでもない。

 通りのどこを見ても、あの不思議な店は存在していなかった。


「割と遅い時間だけど、柏木君、部活の帰りとか?」

「……いや。俺は部活はやってねえよ。色々あったんだけど――まあ、いいや。流見こそ、どうしたんだ?」

「ああ、私は図書室に寄ってて」


「図書室って……。やっぱお前、真面目なんだな。必要でも無い限り、行こうと思わないわ、俺は。あんなとこ」

「うーん……真面目ってわけじゃないよ。図書室って好きなんだよね。いろんな本があってさ。色々な世界に触れられるっていうか」

「色々な、世界――」


「ほら、毎日って、平凡で、なんとなく飽きちゃうときってあるじゃない? そんなときに、私は図書室に行くの。そこで本を読んで、平凡でも退屈でもない世界に触れて、気を紛らわせるの」

「……お前も、毎日に飽きるとか、そういうことあるんだな」

「そんなの皆そうじゃないかな? 物語のようなドラマチックな出来事なんて、そうそう転がってるわけないんだし」


「そりゃそうだ。――流見は、将来何になりたいとか、あるのか?」

「……どうしたの、柏木君。突然」

「いや、まあ、なんとなく。俺あんまりクラスの奴と話したことないから、いい機会だし、聞いてみよっかなって」

 流見は笑った。


「なんか私、試供品みたいだね。まあ、いいか。そういうのって、いいことだと思うし。……でもね、せっかく聞いてくれたけど、私には、ないなあ。まだ。そういうの」

「ないのか? なんとなく、将来設計とかしっかりしてそうなのに」

「ないの。だからね、それを見つけたいから、何をしたいのか考えたいから、本を読むんだと思うなあ。本だけじゃなくて、図鑑とか、専門書とかもそうだけど。自分の知らない世界を知るって、楽しいじゃない? 毎日のめんどくささなんかも、忘れちゃったりして。んー、えらそうなことを行ったけど、結局私のしてることって、逃避でしかないのかもしれないね」

「いや――そんなことないだろ。お前、やっぱり真面目だよ」


 自分が知らないことを自覚していて、それを補おうと知識を吸収して、それをどう生かそうかと考えて。

 そういう流見は、かっこいいと思った。

 あんな不思議な店に、本当に逃避してしまった、俺なんかよりは、少なくともずっと。


「今度、俺も行ってみようかな、図書室」

「あ、いいね。それでなにか面白い本があったら、私にも教えてよ」

「ああ、そうする」


 俺は日常に戻った。


 何も変わらない、とんでもないハプニングも、劇的なサプライズも起こらない――けれど、隣にいる新しい友人と、明日も言葉を交わせることが、少しだけ楽しみになった――マイナーチェンジした、日常に。


***


 お客様がお帰りになり、私は貯金箱ならぬ貯鱗箱(ちょりんばこ)に、本日の収穫を落とし込みます。

「皆様、落とす鱗は色とりどりで、美しいですね」

 ガラスでできたその容器は、赤・青・黄――様々な色の光で、万華鏡のように煌いていました。


「悩めるお客様に、感動していただく……。本日も、無事達成できてよかったです」

 それがこの菓子処『ノン・シュガー』の存在意義。

 日常の、ふとしたことにつまづき、足踏みしてしまう方々に、ささやかなひと時を提供し、そして、そのお客様の心を動かすことができたなら、対価として、その感動をいただく。

 

 え、結局対価をとるんじゃないか、ですって?

 私は、お金はいただきませんと申し上げました。嘘ではないですよ。

 この鱗はお金ではなく、一種の象徴ですから。

 ご心配なく。これをいただいたことで、お客様に危害が生じることはございません。

 まあ、それでも、押し売りと言われてしまえば、そうかもしれませんね。


 ――ええ、ですから、当店は、『ノン・シュガー』な(甘くない)のです。


 お前は一体何者なんだ、ですか?

 

 そうですね。

 それは私も知りたいです。

 私は一体何者で――そして、一体、誰なのでしょう?


 ――私は、それを知るために、このお店をやっているのです。

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