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絞り出しクッキー(前編)

「あー、もうっ! 駄ー目だ、全然書けない!」

 ぎしっ、と。椅子の背もたれにのけぞって、私は両手を万歳とのばした。

 お手上げだ。

「考えても考えても全然タイピング進まないし……やっと書けてもありきたりだし面白くないし……もーやだ。なんでよー。私って才能ないのかなあ……」

 ばたりと机に伏せてため息をつく。

「頑張ってサイトにUPしてもアクセス全然伸びないし……。すごい勢いで評価ついてランキングにのってる作品と、私のと、何がそんなに違うんだろう……」

 逃避してスマホをもてあそぶ。どうでもいいアプリでしばし遊ぶ。

「……まあ、全然違うんだろうね。やっぱ、上位の作品は、引きこまれるし。どんどん次を読み進めたくなっちゃうし。……それに比べて、なーんか私のは、地味なんだよなあ……」


 暇さえあれば自室で書いている、趣味の小説。

 『小説家を目指そう』という、自由投稿型のサイトがあり、そこにUPして反響を確認するのが唯一の楽しみだ。

 でも――。


「もうそろそろ潮時かなあ……。こんな夢見がちなこと、いつまでも続けてても時間の無駄かも。小説家になれるなんて、どうせ一握りの人だけなんだし……」

 大学生のときはそれなりに時間はあったが、社会人になってからは、趣味に費やせる時間はかなり少なくなった。平日は、帰宅して数時間あるかどうかだ。

 自炊する時間がもったいなくて、買い食いですませている。

 非常に身体によくない。お財布にもよくない。


「昔はもっと、書きたくて書きたくてたまらないくらい、妄想があふれてたんだけどなあ。書くことが楽しくて仕方なくて。誰かに読んでもらえなくても、評価されなくてもよくて、書いたもの自分で読んではにやにやしたりして……」

 だけど、就職して社会に出て、ばりばり働いてるほかの人たちを見ていると、こんな子供みたいな趣味をいつまでも続けている自分が、恥ずかしくなってきて。

(なにかしらの賞をとるとか、形を得なかったら、自分がただ自己満足に逃げ込んでいるだけなんじゃないかって、焦ってきて……)


 でも一方で、家に帰っても、仕事のことがちらついて、妄想の世界に入り込めなくなったり。しまいには、好きだったはずの小説を書くという行為そのものが苦痛になってしまって。

(そんなの、本末転倒じゃん)

 本当に自分が、何をやっているのか分からないよ。


(私には、賞を取れるような小説を書く能力なんて、備わってないんじゃないか?)

 そんな不安が、わきあがってくる。

(無理だ、諦めろ、いつまでも夢を見るな)

 そんな風に、誰よりも私自身が、自分をくじけさせようとする。


「もうやめよっかなあ……」

 突っ伏したまま、目を閉じる。


***


 やがて、違和感に目を開けた。

(ん? なんか、甘い香り……。超美味しそう)

「は、え? ええっ!?」


 がばっ!

 跳ね起きた。

「どこ、ここ!?」

 自分の部屋にいたはずなのに、気付けば辺りは広く。

 すっごくおしゃれな、アンティークカフェっぽい空間。

 なんかテレビとかで隠れ家カフェ、とかって紹介されてそう。

 女子力の低い私には、縁のない場所だ。


「ちょ、まっ。まさかこれって! 噂の異世界転移ってやつ!?」

 ひゃっほう!

 まだここが異世界なんて証拠は微塵もないけれど、私のテンションは一気に頂点に達していた。

 だって一瞬で場所移動するとか現実じゃありえないもん! 私が夢遊病とかじゃない限りは。

 ……なかったと思う。多分。


 立ち上がって小躍りしていると、

「あの……お客様?」

 若干引いた感じでおずおずと声をかけられた。

「へ……?」

 見ると。

「銀髪美少女きたー!!」

 叫んだ。

 私に声をかけてきた、小学生くらいの銀髪美少女はびくっと震えた。なんかもう若干青ざめている。

 つぶらな紫の瞳が、動揺もあらわに揺らいでいた。

 ……うん、ごめん。テンションあがりすぎた。


「あー……えっと、驚かせて、ごめんなさい。私は(あずま)と言います。――私、自分の部屋にいたはずなんだけど……ここ、どこ? やっぱ異世界?」

 銀髪美少女は、得体の知れない人物に言葉が通じると分かってほっとしたように――いや、自分で言ってて悲しくなるけれど――ぎこちなく微笑んだ。

「あ……私はシュガーといいます。ご期待に沿えず、残念ですが……ここは異世界ではありません。――でも、あなたのいた所でもありません。ここはどこでもない所。……じつは、私にもよく分かっていないんです。確かなのは、ここはお菓子屋さんだということです」

「お菓子屋さん……?」

「はい。メニューはございませんが、腕によりをかけた一品を、ご提供させていただきます」


 悩むまでもなかった。

 こんな面白そうなこと――逃す手はない!


「じゃあ、それ! 是非食べさせてちょうだい!」


***


 な、なんだかちょっと変わったお客様でしたけど……、

 ですが、こんなに早く順応され、これほど乗り気で注文されたのは初めての経験です。

 ……うん。良いものをお届けしなければ!

 

 ちょうどいいです。材料が一つ増えて、作れるようになったばかりの新作。

 これをお出ししましょう。

 

 今回は事前に作っていたものをご提供します。

 作るのに時間がかかりますし――これはさめてからが食べごろですからね。


 作り方は、とっても単純。

 まずは、室温に戻しておいたバターを、泡だて器でぐるぐると混ぜます。ちょっと混ぜにくいですが、白っぽくなるまで頑張りましょう。

 続いて、砂糖を何回か――そうですね、3回くらいでしょうか――に分けて加え、再び混ぜます。卵白も加えて、良く混ぜます。ぐるぐる。

 薄力粉は、振るってから入れます。ここからはヘラに持ち替えて、軽く押さえながら、なじませるように良く混ぜます。


 生地が出来上がったら、星型の口金をつけた絞り袋に入れ、自由な形に絞りましょう。

 シンプルな丸型、ぎざぎざの波型、しずく型、ハート型なんかも。

 ふふ、ケーキ作りみたいです。お菓子作りって、こういうところが楽しいですよね。


 さて、絞り終えたら、予熱しておいたオーブンで焼き上げ。

 ――さめたら、完成です!


 とりどりの形をお皿に盛り付けて。

 さあ、お客様にお出ししましょう。

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