俺と山田の異世界召喚
俺と山田あさひは幼馴染という奴だ。
親同士も仲が良く、誕生日も近い物だから、俺達は本当の姉弟のように育った。
小さい頃はお互いに名前で呼び合っていたが、高校に入学してから、何となく気恥ずかしくなって苗字で呼ぶようになった。
……主に俺がだが。
それでも関係自体は変わらず、一緒に遊んだり、馬鹿やったり、勉強したりと日々を暮している。
クラスメイトにからかわれた事も何度かあったが、その度に「羨ましいだろう」と言ってやれば、騒ぎは収まった。
そんなある夏の日の事だ。
俺と山田が学校から帰る途中、俺達の前に銀色の鎧を身に着けた金髪の外人が現れた。
正直、こう言うのも癪だが、かなりのイケメンだったという事は覚えている。
最初はコスプレだと思ったんだが、それにしてはやたらと手が込んでいる上に、周囲を何かキラキラしたものが飛んでいた。
反射的にこれはやばいと思い、山田と一緒に全力で逃げた。
「あれ何だろうね」
「知らん」
念の為、警察に不審者がいたと連絡をした所、見回りを強化してくれるそうだ。
俺と山田はほっと息を吐いた。
だが、その翌日も、また奴は現れた。
奴は山田に近づいて「自分の世界の為に力を貸してほしい」と言った。
山田は防犯ベルを鳴らし、俺は山田を引っ張ってまた全力で逃げた。
幸いなことに追いかけて来ないのは良かったが、不気味である。
その翌日も奴は現れた。
今度は見回りをしていた警察官に掴まって、職務質問を受けている。
それは、そうだろう。あんな鎧をつけた奴がうろうろしていたら、誰が見ても怪しむ。
だが奴は諦めなかった。
その翌日も、翌日も、現れ続る奴に、正直、あの執念は怖いと思ったよ。
本格的に対策を考えた方が良いんじゃないかと思っていた俺に、山田はとんでもない事を言い出した。
「……一度話聞いてみようかな」
「はあ!? 何考えてんだよ、お前」
「だって、ずっとずーっと出て来るんだよ? 流石に気になるよ」
「いや、あれどう見ても、近づくとヤバイ類だろ……」
「大丈夫だよ、さっちゃんがいるもの」
そう言って山田はにこにこ笑った。
ちなみにさっちゃんは俺の事だ。
山田にそう言われると、俺は何とも言えなくなる。頼られて嬉しいとか思ったのは内緒だ。
俺と山田は、一度奴の話を聞いてみる事にした。
いつも遭遇する辺りで探していると、鎧姿ではない奴を発見した。
多少ファンタジーチックな模様の服ではあるが、前よりは大分マシである。
どうやら鎧は捕まると学んだらしい。
山田に接触しにくいように俺が前に出て、喫茶店で話をしようと伝えると、奴はほっとした顔で頷いた。
喫茶店に入ると、山田はケーキセットを頼んだ。俺と奴はコーヒー単品だ。
注文したメニューが届くのを待って、俺達は話を始めた。
「あのさ、あんた一体何なわけ? すげぇ迷惑なんだけど」
「申し訳ありません。こちらの事に慣れていなくて、つい……」
「ええと、あなたはどこの国の人ですか?」
「△♯×○¥@という国です」
『はい?』
外国の言葉なのか、上手く聞き取れない。
俺達が首を傾げていると、そいつは「順を追って説明します」と話し始めた。
何でも、そいつの国はこの世界とは別の世界にあるらしい。
ある時予言者が現れ、その国に災厄が訪れる。だが、山田がその国を救ってくれると予言があったのだそうだ。
もっと長い話だったのだが、要約するとこんな感じである。
奴は改めて山田に自分達の世界を救う為に協力して欲しいと頭を下げた。
だが、そんな荒唐無稽な話、誰が信じると思う?
そう言ってやった所、奴は俺の言葉は想定内だったらしく、すっと右手の甲を差し出した。
そこには何やら奇妙な紋様が描かれている。
奴が何かぶつぶつと唱えると、紋様に白い光り、次の瞬間にはふわりとした白い光の鳥が現れた。
「これが、魔法です」
それを見て俺は何も言えなくなった。
トリックだの手品だの、何か言ってやれれば良かったのだが、そんな素振りは一切なかったのだ。
山田を見ると、何やら難しい顔で考え込んでいる。
「……それ、夏休み中に終わりますかね?」
「山田?」
「夏休み中に終わるなら、手伝ってもいいかなって」
「お前、馬鹿か!? こんな怪しい奴の頼みだぞ!?」
俺がそう言って止めるが、山田は首を振る。
頼られたら答えたくなるじゃないと、山田は笑った。
その日、俺はその事で山田と大喧嘩をした。
喧嘩なんてしている場合じゃなかったんだ、本当は。
納得がいくまで話をして、それで自分も一緒に行くとか、そういう事を言ってやれたら良かったんだ。
その後、終業式になっても、俺は山田と一切話さずに過ごした。
クラスメイトは気を遣ってくれたり、山田も時々話しかけてくれたのだが、俺はつまらない意地を張ってそれを拒んだ。
終業式の翌朝、スマートフォンに山田から一通メールが届いた。
それは「これから異世界に行くね」という連絡だった。
俺は布団を飛び起きて必死で走った。
奴と初めて会った場所や、公園。閉じた門をよじ登って、学校の中も探した。
すると、プールの方に何か光のようなものが見えた。
駆け込むと、プールの水の上に、何か光の輪のようなものが浮かんでいるのが見えた。
その前に、山田と奴が立っている。
「あさひ!!」
俺はフェンスを掴んで叫ぶ。
山田は俺の声に驚いたようにきょろきょろと辺りを見回して、俺に気が付いた。
そうしてパアッと嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「行ってきます!」
山田は笑って俺に向かって手を振ると、スカートを翻し、光の輪へと飛び込んだ。
待ってくれ、まだ謝ってもいないんだ。
そう言おうと口を開いた時には、光はすでに消えていて、そこには誰もいなかった。
あの時俺は、フェンスでも何でも跳び越えて、追いかけたら良かったのだろう。
今更後悔しても仕方ないが、俺が行っても何も変わらないかもしれないが、それでもあと一歩が踏み出せていればこんな気持ちにはならなかったのかもしれない。
夏休みが終わっても、山田は帰ってこなかった。
異世界とやらがどういうものなのかは、俺は分からない。
あいつは向こうで有名なRPGのように勇者になって、世界平和の為に奔走しているのかもしれない。
世界は救わなくても、世界の片隅で、こちらの知識をフル活用して上手い事やっているのかもしれない。
間違っても、悪い事が起こっているなんて考えたくはなかった。
山田が消えたプールの縁に座り、両足をプールの中に突っ込みながら、俺はそんな事をぼんやりと考えた。
夏休み明けのテスト期間で、部活もない今日のプールは誰もいない。
俺はそのままごろりと寝転がり、絵の具を落としたような原色の青空を見上げた。
山田は行ってきますと言った。
ならば、きっと帰ってくるはずなのだ。
ポケットからスマートフォンを取り出して、空に翳す。
『――――あさひへ』
未送信ボックスに保存されたメールは、ちょうど山田がいなくなった日の前日に、送ろうか散々迷って迷って、保存したものだ。
もしかしたら、届くだろうか。
そう思いながら、何度もボタンを押しかけて、その度に怖くなって諦めていた。
「……あさひ」
ぽつりと呟いた声は青空に吸い込まれていく。
もう夏休みが終わったぞ。お前はいつ帰って来るんだよ。
そんな事を思いながら、俺は目を閉じ、送信ボタンに指を伸ばす。
そうして長い長い時間悩んで、俺はボタンを押した。
メールは少しの準備時間の後、あっという間に飛んで行く。
エラーで帰ってこなかった事にほっとしながら、俺はスマートフォンを胸に置き、目を閉じる。
もしも山田が帰って来た時に、どんな顔で迎えよう。
最初に言う言葉はやっぱり「ごめん」だ。
そんな事を考えていた俺の胸の上で、スマートフォンが、メールが届いた事を知らせながらチカチカと光っていた。




