親友
遺跡から戻ってきて、しばらくした日の出来事だった。ハルが深刻な顔で僕を呼び出した。寮の前では食堂を拡張しようとエリンと油機に乗ったティナが工事現場のように働いていた。二人の少女が汗を流して仕事しているので、気に入られたい男たちが群がっていた。僕もさっきまで手伝っていたが、ハルに呼ばれて部屋の中で二人っきりになった。
「どうした急に」
「頼みごとがあるんだ」
美少年の見本のようなハルが見つめてきた。女たちがキャーキャーするわけは分かるけど、当然何も感じない、親友としての友情は感じるけど変な気持ちにはなったことは無い。
「ガルムの顔検分に行くんだろ」
どこでそれを知ったのだろうか。
ガルムと言う男が監獄から脱出して逃走中だった。顔を知っている看守たちは殺されて、長い間投獄されていたため人相が変わり、昔を知っている人たちでも顔の区別がつかなくなっていた。なので、追跡隊にまじって一緒に行って、人相書きを描いてくれと頼まれていた。顔すら分かれば知らない賞金稼ぎでも追跡することができる。
「僕も……行っていいか」
「良いわけないだろ。ガルムはかなりの腕利きだときいたぞ。戦いたいのか」
「違うんだ。僕は昔、ガルムに命を助けてもらったことがあるんだ」
「……話したいのか」
「……ガルムの最初の過ちは、僕の命を助けたことだ。だから――責任を感じてしまって。どうにか……助けられないかと思って」
「脱獄囚を助けたいのか」
「……わからない。ただ……」
その次の言葉は言わなかったが、「許して欲しい」という言葉を言おうとしたのが分かった。
「彼の最後を見たいんだ」
「そうか、わかった。一緒に連れて行くよ」
僕はそれで話を終えようとしたが、ハルに呼び止められた。
「もうひとつあるんだ」
「なんだよー。まだあるのか」
「僕はダレンを親友だと思っている」
ハルが突如言ったので、気恥ずかしくなった。
「僕も思っているけど」
「実は今までも何度も言おうとしたんだけど、言えなかったんだ。」
「何を」
「僕の過去を話したいんだよ」
とある王国の伯爵は子宝に恵まれなかった。だが夫婦仲は周囲も羨むほどだった。おしどり夫婦と言う意味を辞書で引くより、伯爵家に訪れてみたほうが良く分かると言われたほどだ。
伯爵たちは結婚から十数年たって、やっと妻が妊娠をした。だが、妻は病弱だったため出産は危ぶまれた。冴えた夜空に、赤く光る凶星が現れた、不吉のように思われた日だった。
妻の亡骸から産まれたのは女の子だった。伯爵は医者から赤ん坊を奪い取り、両手で高く掲げた。
「何故、女が……女が」
騎士として戦わなければいけない伯爵家にとって、女よりも男のほうが喉から手がでるほど欲しかった。まして、最愛の妻を失って、生まれたのが女の赤ん坊、怒りをぶつける矛先が見つからなかった。
「止めてください。子どもには何の罪もありません!」
「彼女の代わりはいないのに」
出産小屋から出ると、赤く光る凶星が夜を支配していた。
悪魔が産まれたのか……。
伯爵はとり憑かれたように歩き、森の手前に赤ん坊を置いた。赤ん坊は一人っきりで残された。次々と狼の吼え声が聞こえてきた。狼が森から出てきて、赤ん坊の匂いをかぎ、その頬を舐めて、赤ん坊の隣で座った。尻尾を振っていると、森の影から小さな狼が次々と現れて、最初に現れた狼の腹に飛び込んだ。
狼は母親だったようだ。
母狼は子どもに乳を与えた後に、赤ん坊の口元にふくませた。母から与えられたように赤ん坊は飲み、狼によって命を助けられた。
それから、一年が過ぎた。
伯爵家の森で赤ん坊の幽霊を見たと噂された。
あの夜に輝いた赤い星は占い師によって、凶星ではなく運命の子どもが生まれたことを告げる吉兆だった。あの日生まれた子どもは、皇太子と伯爵家の娘だけだった。
妻が死んで以来、伯爵は妻もとらず、戦場を駆け巡る日々を過ごしていた。久し振りに屋敷に戻ってきたら、近隣の村が狼に襲われて困っていると聞き、猟を大々的に開催して次々と狼を狩った。
一番手強かったのが、洞穴に隠れていた狼だった。
伯爵の兵士が逃げ道を塞ぎ、伯爵の弓矢で狙いを定めると、抵抗をして兵士を何人も倒して、伯爵の馬に噛み付こうとした。頭蓋を矢が通った。
何が隠れているのだろう。
伯爵が先頭をきって、洞穴に入ると赤ん坊と傍らに白い狼がいた。赤ん坊が狼の耳を掴み、尻尾を掴み、縫いぐるみを扱うように狼と遊んでいた。
「これは……噂の幽霊では」
兵士の一人がいい、伯爵は赤ん坊と白狼に近づいていった。白狼は唸り伯爵を警戒したが、伯爵が剣を持つと、賢しく兵士たちの横を通って逃げていった。赤ん坊は美しく、伯爵の妻に似ていた。
赤ん坊は一年前に捨てた子どもだった。伯爵は屋敷に連れて行って、手厚く育てることにした。
一年前に捨てた子どもは女の子と、皆が知っていた。赤ん坊も女の子だった。それは当然のことだ。だが、今回拾ったのは男の子だと言いはり、捨て子を養子にしたと伝えた。
そして、赤ん坊は男として育てられた。
「というわけで、僕は育てられた。僕は女なんだ」
前から美少年とは思っていたが、女とは思わなかった。
「からかっている訳では無いみたいだな」
「ああ、本当は秘密にしたかったけど、親友を騙しているみたいで心苦しくてね」
十分騙していたけどね。
「胸は無いな」
「ああ、これか」
ハルは立ち上がり、僕の前で上着を脱いだ。だが、肌着は現れなくて、胴体を全身包むコルセットがでてきた。そして締め付けているのは腰ではなく、胸だった。
「昔から胸を締め付けているんだよ。だから、胸が無いんだよ」
「ふーん」
なんと言っていいのか。嘘を疲れていたのは腹が立つけど、言ってくれたのは嬉しかった。それに、いざ女ですと言われても、これから恋愛対象に入るわけでも無い。
「女だと聞いてびっくりした?」
「うーん。まあ、びっくりするけど、そうか……って感じだね」
「ははっ、ダレンならそう言ってくれると思った」
そうして僕たち二人は、ガルムの追跡隊に参加した。