初日
丸い机を囲み、僕と妹のエリンと少女は夕食を食べていた。
エリンは少女が気になるようで、パンにかじりついて、もぐもぐと食べると安心したようだ。
「よかった。食べるものも違うのかと思ったよ」
ほっと、一息ついて、パンとスープを合わせて食べ始めた。少女を連れてきた時は、「もー、どこで女の子拾ったの! 拾ったところへ戻してきなさい!」と鬼の所行なことを言っていたが、説明をすると納得したようだ。
僕たちの寮は庶民用だ。富裕層の寮と貧乏人の寮は別々になっている。両親に学費を払ってもらっているけど、できるだけ楽をするために生活費を稼ぐために日雇いをしている。
今日も、エリンは食堂で皿洗いをしていたそうだ。
「ところで、スープはどう?」
「美味しいよ」
キャベツの四分の一を二つ、玉ねぎをみじん切りにして、魚と肉で出汁をとったスープに入れて煮た。香辛料のサフランを加えて、塩加減を調整、次に砂糖と市販のスープ用の混合香辛料で味をつけた。
「やった。食堂のおばちゃんのメニューをぱくれたね」
エリンは握りこぶしを作って、「よっしゃ」と言った。
「ねえねえ、おにいちゃん。この子の名前って何ていうの?」
食事を終えてから、僕たちは少女に話しかけてみたけど、意志の疎通ができなかった。ただ、身振り手振りで何となく言いたいことは分かったので、今は不自由は無かった。
「知らん」
「だったら」エリンは少女の前で自分に指をさして、「エリン。エリン。エリン。エリン」と連呼した。少女は何が言いたいのか分かったようで、自らを指差して、「ティナ」と名乗った。
エリンは小さな胸を張り偉そうに笑っていた。
僕もナディアの前に座って、眼を見た。ただ、エリンとは違い、相手は美しい少女だったために少し顔が赤くなってしまった。すると、ティナは少し笑った。
言葉は通じないけど、ばつが悪かった。
僕は自分を指差して、
「ダレン。ダレン。ダレン。ダレン。ダレン」
ティナはこくりと頷いて、僕を指差して「ダレン」、エリンを指差して、「エリン」と言った。
それだけだったけど、僕たちの中で何かが芽生えたような気がした。
夜更けになり寝ることにしたが、エリンが焦っていた。
「寝る場所どうしよう」
ここは二人部屋とはいえ、寮なので基本的には狭い、他の部屋を有効利用するために、今まで妹と一緒に寝ていたので焦っているようだ。布団も二つしかない。
「ティナと私が一緒に寝るから、居間で寝てね」
「地位が低くなったなー」
僕は布団が足りないので座布団を体にかけて寝た。
赤髪の美少女――古代人は秘密――は学園ですぐに噂になった。
余っていた制服を来て、クラスのみんなの前で、自分に指をさして、
「ティナ。ティナ。ティナ。ティナ。ティナ」とニコニコと笑いながら名乗った。
その時、男どもは思ったのだ――なんだこの可愛い生物は――と。
そして、
「なんでお前の部屋に居候してんだよ」
これもすぐに噂になった。彼女は長い間、国外で暮らしていたため言葉が喋れないと言うことにされた。これは教授のお陰だ。ティナがすぐに授業になれて、考古学者が読む辞書を頼りに言葉を覚えようと努力していた。
「ダレン、両手に花だね」
と目の前にいるのは、伯爵家の息子のハルだ。伯爵出身なのは秘密にしていて、一般階級のクラスで勉強をしている。細身で、男でも驚くような美しさ、文武両道の完璧人間だ。僕がハルに勝てる要素と言えば、絵の上手さと、名前の長さと、女性への執着だ。
「片手にしかないぞ」
「エリンがいるだろ」
ハルが愚妹に指を差した。エリンは笑顔をハルに送った。かたわらにはティナがいるけど、ティナは僕に手を振ってきた。
「ハルの眼は節穴だったようだな。あいつは花ではなく雑草だ。雑草のエリン」
「聞こえてるわよ!」
遠くで妹の声がしたが無視をした。
「雑草と言う名前の花は無いよ。ねっ」
愚妹がハルの笑顔で顔を赤くしていた。
僕たちは帰りも話をしていた。男からはモテルとして妬まれているが、伯爵家の嫌味さが無いので、ついついティナの話をしてしまった。ハルの後ろから無口な黒髪の男がついてくるが、ハルの従士であるアランだ。
「古代人か。油機に乗っていたのが気になるね。長い間、眠っていたのに年をとっていないのも不思議だ。北の遺跡にあるんでしょ。見に行ってみたいなぁ」
僕は絵描きの能力を活かして、ダンジョン探索や遺跡の発掘で日雇いを貰っている。実力はハルとアランと比べて遥かに劣るが、魔物との遭遇回数は段違いで多かった。
まあ、戦っていないんだけど。
「今度、遺跡に行くのっていつ?」
「あのなぁ。僕が主動で行く訳じゃあないぞ」
「そんなことは分かっているけど、ついていきたいなぁっと思ってさ」
「ハル様……駄目ですよ」
「それも分かってる。行きたいと思う気持ちがあるってこと」
寮まで戻ると、白狼がハルを見つけて走ってきた。
「いちいち帰ってきただけで喜ぶな」
ハルは言葉と表情が一致していなかった笑顔を浮かべながら白狼を宥めた。
「それじゃあ、また明日な」
「おう、またな」
ハルと別れて、家に入るとエリンがすでに戻っていた。
「どうした?」
「……ケーキ食べちゃった。帰り道にあるお菓子屋の前を歩いていたら口から涎――ティナが食べたそうにしていて」
雑草は人のせいにすることにしたようだ。
「苺が美味しかった……」
「……僕の分は?」
「2つ買ったんだけど、食べちゃった。ティナと二人で」
雑草め。
雑草は肥やしで育て。
「……内職するから、僕の仕事部屋を開放しろ!」
やりたくは無かった。だけど、僕の仕事の半分は、これで稼いでいた。
大量の紙を用意して画材を持って、昨日エレンとティナが寝ていた部屋に篭った。
そう……僕の得意技は絵だ。
実物をそのまま描くと色んな人から評価されている。
はたして――その実体は。
「美人画絵師ダレン! 明日食うためにかきまーす!」
かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり。