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真なるチートの活用法  作者: ぽむ
一章 マズワ王国編
8/25

辺境伯登場1

 一応最初に情報収集をした村として、やはりイナーカ村などの小さな農村部をもう少し裕福にしてやりたい所だ。その為には農業改革が手っ取り早い。取りあえずは魔法を交えての肥料の短期精製法から、害虫対策、農機具関連の改良かなぁ。長期的には手動受粉による優性主の品種改良のための知識なんてのも教えておくと良いかもしれない。ビニールハウス、まぁこの世界ではビニールは早いので硝子で囲った水晶農園ってのも良いかもしれない。いや、石油に拘らなくとも、植物樹脂の加工からビニールを作るのもありかな。化学知識を広めればこっちもなんとかできるだろう。他にも大気のマナを使って水を継続的に出す魔導具をつくれば日照りによる不作は気にしなくて良くなる。


 水車は既にあるようだけど、あまり普及してない感じだな。まぁ近くに一定以上の流れを持つ川がなければ使い物にならないって言うのはあるけど、川から水を引くための工事や、逆に雨季の時に増水で川が氾濫しないようにする堤防づくりも重要だ。今のところその辺が自然任せな所が多くて微妙に中途半端な気がする。


 どうせ近いうちに領主が会いに来るだろうから、各村の問題点や改善点をそれぞれレポートにまとめておくか。今のところ肉料理関連は狩猟に頼りすぎてて、定期的な提供が可能な畜産関係も遅れている。まぁ畜産が未熟だからこそ、紙と硝子の材料である藁が大量に入るわけだが……。後は陶器に向いた粘土層を持つ地域のリストかな。最初の陶器用の窯はどういう形で入れるべきか。出来れば領主が各村に最初の1個は投資という形で買ってあげるというのが一番望ましいのだが……。


 あーでも陶器は割れやすいから輸送の面でも問題があるな。となると街道の整備と馬車の静粛性の向上が課題か。まぁ板バネの馬車なんてのは良くある答えではあるが、一足飛びにスプリングを用いたサスペンションとか、油圧サスペンションを普及させるのもありかもな。原理さえ理解できれば今の鍛冶技術で作れない事もない。これなら舗装してない踏みしめただけの悪路でも陶器を運ぶぐらいは問題ない揺れで走行できるはずだ。


 いや、ここはガラッと発想を変えて空飛ぶ絨毯ならぬ、宙に浮いてる馬車もいいかもしれん。宙に浮かせるだけで馬に引かせる方式なら、馬車ほどの大きさがあれば十分に魔法陣を書くスペースはある。これなら魔導師が手書きでも書ける範囲の密度で魔法陣を構築可能だ。かなりの書き込み量になるので個人が手動で少しも間違いなく写し取るのはほぼ不可能だが、模写のための方式や魔法を伝授しておくべきか……


 どちらにしろ、魔術レベルも微妙に低いんだよな。今現在体内マナの使用による魔法ばかりが先行しているが、永久に動かす事を考えれば大気にあるマナを使う形式に移行せざる得ない。電池のような畜魔も不可能ではないが……。


 今のところ魔導具作成は魔物が生物的に、細胞に刻まれた生態魔法陣を流用するってだけで本質的な魔法陣の原理が理解がされていないのも問題だな。まぁだからこそ魔物素材経済が発達するわけだが……。


 魔物の持つ生態魔法陣の解析方法と基本魔法陣の仕組みだけを伝授して人間の手で研究させる方法の方が有効かな。いや教育機関その物もショボイからこれを作る方が先かも知れん。


 なんて事をつれづれと思いながら、必要な書類や資料を次々にまとめていく。村ごとの詳細データは周辺探査で範囲を拡げさえすれば、ここにいながらにしてこの世界全土の詳細情報を得る事が出来るのでデータを参照しながら資料を作成していく。そんな事を三日ほど続けているとメルゲンさんに渡した通話用の魔導具(携帯)がなった。やっと辺境伯との連絡が付いたかな?


『はい、もしもし。クニミツです』


『こちらメルゲンで御座います』


『はいはい、何かありましたか?』


『先日頼まれていた領主様との会合の件なのですが、今からお会いできますでしょうか?』


『え? 今からですか?』


『えっと、実はクニミツ様のお話から一度その店舗を見てみたいと言う話になりまして、領主様を今さっきまで案内していたのです。

 それで一通り見終わったのですが、是非クニミツ様にも会いたいと仰られまして……』


『なるほど、城への呼び出しではなくてわざわざこちらに来るというのは、この家にあるその他の物も見てみたいと言う事ですかな?』


『いやはや、全くその通りで……』


『解りました。領主様のお連れは何名になりますか?』


『護衛の者が5名に領主様のご息女も来ておられます。それとハンターズギルドマスターのタネン殿もおられます』


『タネン様もおられるのですか?』


『タネン殿も居住区には非常に興味を持っておられまして、ギルド内の応接室やトイレについて個人的に相談したいとか』


『あー、なるほど……。解りました門は解錠しておきましたので玄関までお進み下さい』


『解りました。直ぐに向かいます』


 あー、しまった。玄関までとは言った物の、一応領主相手だし門まで出迎えるか。前評判は良い領主だけど、評判通りだと良いなぁ。ていうか娘が来てるってのが微妙に気になるな。いろいろと微妙にやっかい事の予感。


「この度は御領主様自らのご来訪、恐悦至極に御座います。宮廷作法も禄に知らぬ粗忽者ですがご容赦いただければと思います」


「そんな風に畏まらずとも良い。堅苦しいのは他の貴族どもが見ている謁見の間だけで十分だ。それに作法等気にしておったら城下に降りられんでな」


「そう言っていただければ助かります」


 そんなある意味決まり切ったやり取りをしつつ、周辺探査のアラートに意識を向ける。周辺探査は普段からONのままなのだが、常時表層意識下に展開していると様々な作業の時に邪魔になる。なので普段は最小化されている。だが、敵が近付いている等の緊急時のみアラートを発するようにしているのだ。


 アラートの内容はオレンジ信号。敵意や警戒をこちらに向けている人間が居る事を示し、危険度が増すほどに黄色から赤までアイコンの色が変化する。まぁぶっちゃけて言えば護衛の皆さんだ。ざっとレベルを確認すると、領主は65とかなり高い。ステータスやレベル構成からすると魔術師系のようだ。いや領内の治世からすると賢者系といった所か。んでご息女と思われる少女は18。年齢が13でこのレベルというのはかなりのお転婆のようだ。アイコンカラーは薄い空色。こちらに何も興味を示さないと白なのだが、好意を持っていると青色に染まっていく。現在の段階は興味津々と言った所か。ちなみに、領主は微妙に警戒しているのか赤が混じり薄い紫となっている。


 で、問題なのはやはり護衛だ。一人はレベル96。なんと人間種で最高レベルの人間がここにいる。称号は辺境軍将軍。装備もざっと見た所国宝級を所持しており、国の英雄と言った所か。アイコンカラーはほぼ真っ赤だ。隣にいるのは更にレベルが高く102。種族は長命種であるエルフ。年齢は187歳だったが、見かけは人間の20代後半と言った所か。称号は魔術隊隊長となっている。アイコンカラーは黄色よりのオレンジだ。残り三人の護衛はレベル70~76程。称号は辺境軍第零部隊となっていたが、領主の親衛隊と言う所か?こちらは先に見た二人よりも警戒は薄く、薄い黄色にとどまっている。


 まぁぶっちゃけて言えばこの国の物理系、魔法系の最高戦力がここに揃っている事になる。う~ん、よくよく考えたら、国王&国王の側近よりも良い人材がこっちにいるってのはどうなんかな?と思わなくもなかったり。まぁ国内は基本安定してるので同盟も何も組んでいない軍事国家に隣接している領地に最高戦力を配置するのは間違っては居ないのだが……。ああいや、逆なのかな?常に戦っているからこそ、最高レベルに達したと見るべきか。


 てなことを刹那の時間に判断しつつ、屋敷内に御領主一行を案内する。ちなみに親衛隊と思われる下っ端一人は門の前に残った。まぁ警戒と言う事なんだろう。んでさらに屋敷の玄関前でもう一人残る。うん、慎重な事で。そしてリビングの扉の外に更に一人残る。将軍とエルフの二人はリビングまでそのまま入ってきた。


部屋に入った時点で簡単に自己紹介。将軍がガルフォード・ブラム。エルフさんがミリアリア・メル・シャリードと名乗る。同時に職業も紹介された。娘の名前はカレン・ロッテリアルだ。うん、もう知ってたけどね。エルフさんにミドルネームがあるのは、故郷を出た際にミドルネームに出身の村の名前を入れる風習があるからだそうだ。まぁ寿命が長いからこその風習なのかも知れん。


「どうぞお座りになってお待ち下さい。いま適当につまめる物を持って参ります」


 めんどくせぇからツマミは簡単に済むピザとかポテチとか、カキピー、するめ、チーズ類とかの飲み会仕様で良いか。気が向いたら唐揚げぐらい揚げてやろう。酒類はウイスキーにブランデー、ワイン、日本風ビールでもあれば十分だ。そういやお嬢ちゃん用には適当にケーキとかソフトドリンクを用意しないとな。一応聞いておくか。


「ところで、お姫様はお酒はお飲みになられるので?」


「いや、カレンはお酒でない物を頼む」


「え~~」


「解りました。適当にお持ちします」


 うん、直感だがこのお嬢ちゃんは甘い飲み物が好きだが、実際にどんな物が欲しいか聞くと見栄をはってブラック珈琲頼みそうな感じと見た。オレンジジュースとか果汁系の飲み物に、アイスティーと烏龍茶あたりを出しておこう。烏龍茶は酒休めにも悪くないしな。後は試しでジンジャエールの炭酸飲料も出してみるか。ケーキ類はショートケーキにチーズケーキ、チョコレートケーキって所かな。


「そうそう、カレンの事をお姫様と呼んで貰えるのは有り難いが、私は王ではないのでその呼称はまずい。もし私がそう呼ばせていると噂されれば、王位簒奪を狙っていると追求されかねん」


「そうでしたか……それは大変申し訳ありませんでした。では今後はお嬢様と呼ばせていただきます」


「うむ、よろしく頼む」


 ちょっとしたおべっかのつもりで『お姫様』の呼称を使ったのだが、思った以上に周囲への貴族を警戒しているようだな。まぁこの領主ならあり得るか。


 そんな事を思いつつ、着々と飲み会の準備をする。取りあえずはピザをオーブンに入れてタイマーセット。そして酒関連とツマミ系を机の上に並べると、椅子と机のセットをもう一つだし、そちらにはソフトドリンクとお菓子系を並べる。グラスはもちろん硝子製が主だがビール用だけは素焼きのビールタップを用意する。これで飲むと泡がきめ細かくて美味いんだよね。幾つかの飲み物はデキャンタに入れて出す。炭酸飲料系は蓋のある物を用意した。気が抜けると美味しくないしな。まぁチートで幾らでも炭酸復活できるんだけど。チーズやクラッカーなんかの食べ物系は両方の机に並べる。ちなみに、いきなり机と椅子を何もない所から出した事で初体験のメンバーはやけに驚いていた。


「カップの種類が複数あるようだが?」


「味が混ざってしまっては何なので、使い分けていただければと。こちらのグラスがワインを飲むためのワイングラス。こちらがウイスキーやブランデーを飲む用で、こちらがビール、エール用になります。ソフトドリンク用はあちらのテーブルに用意しましたのでそちらからお取り下さい」


「ふむふむ……」


「乾杯の前にお注ぎいたしますので、まずは何をお飲みになられますか?」


「そうだな、話しに聞いたブランデーとやらを飲みたい」


「承りました」


 領主にはブランデーの飲み方を注意した後にロックで作成。知らずに飲むとアルコールでむせるからね。ついでに水割りで飲む方法も一緒に説明。メルゲンさんとタネンさんはビールを選んだ。俺もビールだ。お嬢には「これは酒精はありませんがショウガを使ったエールもどきです」と説明した所ジンジャエールを選択した。チョロいな。将軍とエルフは職務中であるという事でオレンジジュースとアイスティーを選んだ。アイスティーを選んだエルフさんにはガムシロップやミルクについても教えておく。


 ちなみにその間も将軍は敵意まる出しで俺をずっと睨み付けている。普通の人ならビビって小便漏らすぐらい何だろうな。まぁ精神振り切ってる俺は何ともないけどね。しかしなんというか、そういう態度を取る事で領主の品位を貶めてると思わないのかね?一応、領主の威厳を肩代わりするって意味もあるだろうが、敵意剥き出しすぎるのは逆効果だ。とはいえ迷惑さえかけなければいいけどさ。そうそう、ついでにエルフさんの様子を見ると、こっそり出された食べ物や食器に片っ端から『毒探査』の魔法を掛けていた。俺にはバレバレだけど気づかれないように魔法を使うのはちゃんと心遣いが出来てる証拠だ。出した物を疑われたら気分悪いしね。


 そんな事を思いつつ、全員に飲み物が行きわったったのを確認した俺は乾杯の音頭を取らせて貰う事にする。


「では僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます『新しい出会いに乾杯!』」


『乾杯!』


 領主やお嬢はひとしきり出ている物に舌鼓を打ち感嘆の声を上げまくっていた。エルフさんもチョコレートケーキはたいそう気に入ったようだ。オレンジだったアイコンが薄い空色にまでなっている。将軍も食べ物で若干警戒が薄れたのか、ほぼ真っ赤だったのか赤橙ぐらいになっている。乾杯して数分後にピザが焼き上がったので、熱々のピザも警戒を薄めるのに貢献していたのかも知れない。


 参加者が一通り酒やらつまみやらに手を出し、落ち着いてきた所で話を切り出す事にする。


「それで、本日はどのようなご用件でいらしたのでしょうか?」


「ふむ、お主の真意と人柄を見に。と言った所か」


「真意と申しますと?」


「そうだな、簡単に言うなら疑っておるのよ。色々と話がうますぎる。お主の提示してくれた話は確かにこの領地を更なる発展へと導いてくれるだろう。領主としては歓迎できる話ではある。だが聞いた話によればお主の得る利益はそれに全く見合っておらん。となればなにやら企んでおるのではないかと疑うのは当然であろう」


「なるほど、まぁ私が利益を求めないのは必要がないからです。私の場合生活に必要な物資などは魔法で幾らでも出せますので過剰なお金は必要ありません。この家も魔法で出しましたしね。

 私にとってお金は皆さんとの生活に関わるため、仕方なく必要としている物なのです。ハッキリ言うと得たお金を無償に近い形でばらまいたとしても私には何のダメージもありません。しかし、それをしないのは働くという対価を支払っていない物にそれをしても、人を腐らせるだけですので仕事を与えようとしただけです。

 仕事についても既存の仕事に関わる商売に手を出した場合、既にそれに関わっている方々に迷惑がかかりますので、ここには無い商売を選ばせていただきました」


「………お主には欲がないと?」


「金や地位などには興味ありませんね。必要な物は自力で揃えられますし、地位など面倒なだけです」


「地位や名誉を求め、人から傅かれたい、支配したいとは思わないのか?」


 …………ふむ、なるほど。そう言う意図か。しかし、こういう狸なやり取りはあまり好きではないのだが……。


 刹那の時間に、今後の状況を予測する。まぁ最悪の場合は『最後の手段』をとらざる得ないが、相手の出方次第では使わずにすむだろう。取りあえずは乗ってやろう。


「………善政を敷く領主様のお言葉とも思えませんが、まあいいでしょう。私にその様な物は全く必要ありません。

 私から言わせて貰うとその手の欲を過剰に持つ方々は自らに自信がない事の裏返しでしかありません。

 自分が弱いと思っているからこそ地位や金で必要以上に補おうとする。一部の方々は領民を蔑ろにしてひたすら地位と金を追い求めている様ですが、私から言わせて貰えば滑稽なだけです。

 本当にそれで強くなりたいなら、領民からの信頼を得、領民の力を上げた方が自身の使える強さは格段に上がるのですから。

 領主様もそう思っているからこその善政を敷いていらっしゃるのでしょう?」


「なるほど……お主は一部の馬鹿共よりは治世について良く解っているようだ。だがその言い方ではお主にはそれが必要ないほどに強いと言っているように聞こえるが?」


「まぁそうですね。ドラゴンが群れないのと一緒です。アレも偶に戯れに人間に知識を授けたりするでしょう?」


「………否定はせぬと言う事か」


「まぁ少なくともドラゴンが群でかかってこようとも、傷一つ私には付けられないと言う自負はありますし、国を消滅させる程度なら造作もない事です」


「貴様、ハッタリもいい加減にしろ!」


 おや?いきなり将軍様がキレました。まぁ向こうの意向に乗って挑発した結果ですけどね。


「何故ハッタリだと?」


「お前のような若造がドラゴンに立ち向かえるなど在りえるはずがない!」


「タネン様、私の事を詳しくお話になっていないので?」


「ああいえ、既に報告書として提出しております。ジャイアントトロールをソロで狩れるマスタークラスで見かけの年齢ではない魔術師だと」


「ジャイアントトロールにしてもどうせ人に言えないような卑怯な手を使ったに違いない」


 実際、チート使ってますから当たってますが。


「これはこれは、戦場に生きる将軍とは思えないお言葉ですな。

 あなたは戦場で負けたら『負けたのは相手が卑怯だったから』と言い訳するお方ですか?

 戦場では結果こそが全て、その過程に貴賤はありません」


「ぬぐ……」


「そもそも、見かけの先入観に捕らわれては戦局を誤る原因にもなると思いますが?」


「………」


 おーおー、超睨んでるわ~。まぁ今まで人類最強の自負があっただけに、いきなり計測不能のマスタークラスが出てきて焦ったと言う部分もあるかな?ただ今までの態度からすると将軍が領主に従っているのは心酔からの忠誠と言うよりも、自分の力を上手く使ってくれるから、今の状態に満足しているからという所か?所謂脳筋系か。だが本当に単なる脳筋ならば、人類最強に増長し領主にもっと大きな態度を取っていてもおかしくない。


 となれば領主は領主で戦場における自分の力を将軍に認めさせ、それなりの信頼を得ているはずだ。おそらく軍師系の才能もあるのだろう。うん、この領主普通にチートだな。と言う事は将軍のキレ具合は恐らく領主の思惑の内なのだろう。領主の仕掛けとしては『頭に乗ったのがいるから適当に因縁付けて思い知らせてやれ』と吹き込んだぐらいか。そうであるなら最初から敵意バリバリなのも頷ける。


 そう、領主の真の思惑は『人柄を見る』なんてのはある意味建前で、俺の武力を直接確認したいと言う事だ。だからこそエルフさんまで連れてきてる。ま、思惑に乗ると決めた以上最後まで乗ってやるつもりだが。


「ふむ、どうやら言葉では納得していただけないようですね。いっそ私と立ち会ってみますか? 少しは納得出来るかも知れません」


「ほほう、おもしろい! ガルフォードそれで良いな?」


 はいはい、筋書き通り乙!んで領主はエルフさんに目配せ。


「お待ち下さい。その物がドラゴンさえ問題にならぬと言うなら、私も多少興味があります。私とも立ち会っていただけませんか?」


「解りました。何でしたら二人同時でも構いませんよ」


「な……」


「貴様……」


 ぶっちゃけ、茶番って解ってるのに一人一人相手にするのは面倒でしかない。


「とはいえ、こんな場所で立ち会いとなると色々壊れてしまうので、地下に作った訓練場でお相手いたします。それで宜しいですか?」


「いいだろう」


 ちなみに地下訓練場なんて作ってなかったから、その場で作りましたよ。ええ、観覧席まで作りましたとも。


「観覧される領主様達は、その場所から出ないで下さいね。其処ならば安全ですから」


「ミリアリア、どうだ?」


「確かにかなり高度な結界魔法が掛かっているようです」


「エルフさんの極大魔法でも防げますから安心して全力を出しても構いませんよ」


「…………」


 お、エルフさんもちょっとカチンとキタかな?


そんな訳で観客席に領主、両ギルド長、お嬢、部屋の外にいた衛士が待機。俺と将軍&エルフさんは訓練場の真ん中で向かい合う。


「んじゃ、始めましょう。ちなみに私は何もするつもりはありません。あなた方が何をしようと傷一つ付けられないのは解ってますから」


「なんだと……!?」


「そのお腰に付けている、宝剣ヴァルヴァトーレも使っていただいて構いません。エルフさんも極大呪文だろうが、禁呪だろうがお好きにどうぞ」


「貴様! 頭に乗りすぎだぞ!」


「解りました。では私達も本気で行かせていただきます」


「どうぞどうぞ」


「ガル、最初から強化最大で行くわよ」


「おう!」


 ふむふむ、エルフさんの補助魔法で筋力と耐久のステータスが2倍になりました。まぁでも賢さが上がってないので、総合威力的には1.2倍って所かな。エルフさんも魔力の数値を上げて、極大呪文の詠唱に入る。魔力を上げた事で使える呪文のランクは上げたけど、やっぱり賢さは上げてないから詠唱の終了には時間が掛かりそうだ。賢さの重要性を知らないのか、賢さを上げる呪文を知らないのかどっちかね。両方かな? いや、ちがうか。神経の伝達速度や頭の回転速度の仕組み、という概念自体を知らないからかも知れないな。


 そんな訳で、まずはガルさんからの袈裟斬りに渾身の一撃。


 ガン!


「なんだと……!?」


 俺が全く避けなかったのにも驚いたようだが、全力の斬撃で傷一つ付かないどころか、俺を微動だにさせる事が出来なかった事にかなり驚いたようだ。が、直ぐに気を取り直すと通常なら鍛える事が不可能と言われる目にヴァルヴァトーレを突き立てようとする。なかなか切り替えが早いな。流石戦場で鍛えられた剣と言う事か。


 ギン!


 しかし、当たり前というか目を狙おうが何処を狙おうが俺に傷を付けられるはずもない。三度目の斬撃以降は動きを止めることなく、急所と思われる場所を斬っていこうとする。感心したのは鼻の穴、耳の穴、肛門までも狙った事だ。こういう穴もやはり鍛える事が出来ず、其処へ異物を差し込めば確実にダメージを与える事の出来る場所だ。まぁ俺には効きませんけどね。その後もひたすら休み無しで斬る殴る蹴るをひたすら繰り返す。


 んで時間にして10分ほど、将軍様は流石にお疲れのようで、一旦距離を置く。まぁ戦場でたった10分で疲労するほどの肉体ではない筈なので精神的な疲労だろうけど。あーでも、振り抜けないから打撃の衝撃が全部自分の身体に来ている筈で、それを考えれば凄いのかな?


「貴様、化物か……」


「そんなつもりは毛頭ありませんよ? それよりもなんで全力で斬りかからないので? その宝剣は飾りですか?

 全力を出さずに負けて貰っても『あの時は全力でなかったから』と言い訳されても困るのですが」


「なんだと……」


 そう、この将軍様、宝剣の力を解放せずに戦っているのだ。一瞬将軍は領主に目配せする。威力の大きすぎる宝剣は訓練場で使うような物ではない。普段は領主の許可無しでは開放しないのだろう。かといって、今のままでは俺にダメージを与えられないのは明らかだ。


 将軍が躊躇していると背後からエルフさんが声を掛ける。やっと詠唱が終ったようだ。呪文長すぎだろ。


「ガル!!」


 エルフさんの声にとまどうことなく、素早く後退する将軍。呪文を仕掛けるから下がれって事ですな。うん、長年の連携で培われた阿吽の呼吸と言う奴でしょうか。


「『殲滅する天界の雷』」


 おお! これって対軍用の殲滅魔法じゃん。しかも、威力を俺の周囲数mにまで圧縮している。なるほど通常よりも長い呪文はこの為か。


 発動した瞬間強烈な光が周囲を覆う。俺が以前木を殴った時にあまりの速度でプラズマ化したが、同様の現象が起る。まぁ規模は全然低いんですけど。俺の時は周囲2㎞を一瞬に更地にしたが、彼女の呪文圧縮による爆発は10m程の地面を蒸発させクレーターを作った。クレーターの表面はあまりの熱で半溶岩化している。


「おお! 結構すごいじゃないですか。これならジャイアントトロールでも重傷を与えられますよ! まぁ素材は取れなくなりそうですが……」


「な、なんであなたは無傷なの……」


「うーん、そう言う意見はドラゴンブレスより強力な魔法を使ってから言うべきでは? ドラゴンでも傷が付かないと言っている相手にそれ以下の魔法で傷か付くわけ無いでしょう?」


「く……」


 その様子を見て領主が声を上げる。


「ガルフォード! 宝剣の開放を許可する」


「御意!」


 宝剣ヴァルヴァトーレも雷系の魔法剣だ。この世界で雷系は攻撃魔法としては上位に当たる。理由は防御がしづらい上に使い手が少ないからだ。また威力が低くても相手を麻痺させ無力化できるなど、対生物において最大の効果を望めると言うのもある。


 そしてこのヴァルヴァトーレは宝剣と言うだけあってさっきエルフさんが放った殲滅呪文には劣るが、それに近い威力を対軍に発揮できる魔力を秘めている。しかしこの宝剣が宝剣たる理由はそれだけではない。エルフさんが呪文の威力を圧縮したように、宝剣はその威力の全てを刀身に圧縮、集中させる事が出来るのだ。その斬撃の威力たるや先程の呪文の数万倍では効かない。正にドラゴンをも斬る事が可能な宝剣だ。


 大きなプラズマのような光が次第に収縮し、剣の形に収まっていく。全ての光が刀身の飲み込まれると、刀身はビィィイイインとうなりを上げ、大気を振わせた。


「貴殿の言うとおり、ドラゴンの一撃に勝る一撃を用意した。 死にたくなくば今度は避ける事だ」


「お気遣いどうも。と言いたい所だけど、剣戟ごっこで子供の攻撃を避ける大人は居ませんよ?」


「………」


 ふむ、反論しない所を見ると、ちゃんと全力で攻撃してくれるのかな?将軍は自分の心に踏ん切りを付けるためか目を閉じ深く息を吸う。そして目を見開くとこれまでで最高の速度で俺に斬りかかる。狙いは首だ。先程のやり取りは本気で殺すつもりでないと駄目だ悟ったからなのだろう。そしてその一撃はこの戦いで一番の破裂音を響かせる。


 ギィィイイイン!


 だが、それでも俺の肌には傷一つ付けられない。しかしその剣の威力は本物だろう。おそらく無敵モードを切っていた場合、軽いひっかき傷程度の跡は付けられたと思う。しかし俺に言わせると、剣の威力に対して人間が弱すぎるように思う。この剣を使えば確かにドラゴンでさえも斬る事が出来るだろう。だが、それを振るう者が人間の範疇を出ないのであれば速度はたかが知れてしまう。運動エネルギーが圧倒的に足りないのだ。この斬撃ではドラゴンの鱗は切り裂く事は出来ても、肉を断つには到底及ばないと言える。包丁の刃の部分をただ触るだけでは指は切れないのと同じだ。


「残念でした」


「な、なぜだ……」


 今度こそ、本気で驚愕の目を向ける将軍様。


「納得していただけました? もしこれでも納得していただけないなら、こちらの攻撃をお見せするしかないのですが……」


「わ、私はもう良いわ!」


 エルフさんは即座に降参。


「まぁ殺すつもりはありませんし、生きてさえいればどんな重傷でも元に戻して差し上げられます。が、少々トラウマになるかも知れません。

 それでも良いなら続行しますが?」


 将軍はどうもまだ諦めたくないような顔だ。そして領主の方を見る。領主もその意を組む。


「クニミツ殿はガルフォードを殺さずにおいてくれるのだな?」


「もちろん、ただ、納得してもらうには少々痛い目に合って貰う予定ですが、身体を完治させるのは約束しましょう」


「了解した。

 ではガルフォード、お前の気の済むまでやってみろ」


「はっ」


 エルフさんはそのやり取りを見てさっさと観客席の方に移動。うん、それが正しい。


「えっと、今から少しばかり残虐なシーンになると思うので、お嬢様はお下がりになった方がよいと思うのですが?」


「む、そうだな…… カレンは下がっていなさい」


「え~~、クニミツさんが普通の人間だったらとっくにスプラッタな状態になっているのに今さら? それに魔物狩りぐらい何度もしてるんだし大丈夫だよ」


「しかしだな……」


「……… まぁ本人が納得しているなら良いのですが……」


 うーん、お話ならロリヒロイン候補の筈なんだが、これから起る事をみたら恐怖しか浮かばないだろうな。まぁいいか。そういや、さっきのエルフさんのクレーターも修復しておきますかね。自分はどうでも良いけど、将軍は戦いにくそうだし。


「では先ず、力任せではない戦いという物をお見せしましょう。将軍様何時でもどうぞ」


「………参る!」


 上段からの一撃が迫る。宝剣は先程から開放状態のままだ。しっかしこの宝剣も結構なチート武器だな。仕様を解析する限り、対軍向けに『放出』してしまうとリチャージまでに数時間かかるようだけど、今のように刀身強化に使う場合は半永久的に効果を持続できる。


 俺は将軍からの上段を体さばきで躱しつつ、剣を持つ手首を取ってそのまま関節を外し、更にその勢いを利用して投げる。所謂合気だ。ついでに体勢を崩し宙に浮いてる所で肘と肩の関節を決め、そのまま折る。この国には投げ技という物が戦いに想定されていないのか、将軍様は受け身を取る事もなく地面に叩き付けられた。


「かは……」


 腕を折ったので、当然腕が明後日の方に向いている。流石に剣も取り落としたようだ。俺はそんなうずくまる将軍の首を軽く足で踏んづける。


「まずは1回死亡ですね。回復しましょう」


 魔法に見せかけるため『快癒』と言葉だけ発してステータスから全回復させる。ちなみに魔法の全回復呪文『快癒』では即座には回復しない上に回復には本人の疲労感がかなりでる。もちろんステータスから全快ではそんな制限ありませんよ。


「なんだと……!?」


 将軍も、予想外の全快に驚いているようだ。そしてニヤリと笑う。


「なるほど……どんな状態でも直せるというのは本当のようだな。ならば心行くまでやらせて貰う!」


 あれぇ?もしかして脳筋刺激しちゃった?まぁいいか、何度やっても諦めなければ奥の手があるし。そして再び開始位置まで戻る。


「どうぞ」


 そう言うと、再び一気に突進する。が、今度は左腕に付けた盾を俺に向かって投げつける。攻撃が当たっても効かないって解ってる筈なのに……と本来なら油断する所なのだが、恐らく彼は俺の武を確認したいのだ。身体能力だけで武を知らない力押しなのか、武術という物を知った戦いが出来るのかを見極めたいのかもしれない。今回の場合、盾を投げた理由は俺の視界を塞ぐためであり、俺相手でなければ、その一瞬の死角に入り相手に打撃を与えるという奇襲に成るかと思われる。言わばその奇襲が当たれば、俺は身体能力だけに物を言わせただけの魔術師、武人ではない者と判断するのだろう。


 となれば、俺はそれに対処せねばならない。彼は既に飛ぶ盾の位置と俺の位置から死角になるだろう場所へと移動し始めている。盾を受けた後、剣を躱しても良いのだがそれでは面白くない。俺は盾に向かって突進すると、それを将軍にはじき返す。既に動き出していた将軍は足を止める事が出来ず、剣で盾を弾く。が、盾に気を取られている隙に俺は将軍の死角、後に周り、背面からダメージ調整してストマックブロー。その威力はプレートメイルを陥没させそのまま身体にめり込ませる。結果、その一撃で胃袋を破裂させ、ゲロと吐血が喉を塞ぎ、将軍は呼吸すら出来ずにのたうち回る。そんな将軍に更に追い打ちを掛け、ローキック一発で両足まとめて粉砕骨折させる。


 将軍が動く事も出来ずに十分に激痛を味わったのを確認してから、再び全快させる。


「どうぞ」


「…………」


 今度は突進してこないようだ。んじゃこっちから行きますか。俺は真っ直ぐ近付いて朋拳、将軍は全く反応できずにまともに受ける。その結果、腹が吹っ飛び、上半身とか半身がお別れする。下半身を拾って、将軍が意識を失う直前に全快。流石に精神的ダメージも大きいようで焦点が合うまでに時間が掛かる。ちなみに真の朋拳、奥義である絶掌で撃った場合、お腹だけが吹っ飛ぶなんて事は起きない。水風船が破裂するように全身の毛細血管が破裂し、瞬時に絶命する。そう言う意味ではさっきの打撃は朋拳の形をした勢いのあるパンチに過ぎない。


「ところで私は、先程から戦闘魔法を使っていないわけですが、そっちも見てみたいですか?」


「………望む所だ」


「解りました」


 と俺が発言した瞬間に、将軍の両手両足を無詠唱で切り飛ばす。


「今のは『次元斬』という魔法です。基本的にこの斬撃を防御する方法はありません。防御をするには『次元斬』の仕組みを知り、その対処法を知り、且つ使い手よりも高い魔力が必要です。ま、事実上私の放つ『次元斬』は誰にも防御は出来ないと言う事です」


 『次元斬』は今のこの世界では古い文献に存在だけが示されている超高位魔法だ。世界システムを直接参照可能な俺は当然それを使いこなす事が出来る。一瞬にしてダルマになった将軍の手足を再び繋げて全快させる。


「さて、次はどんなやられ方がお好みですか?」


「…………」


「や、やめて! もういい! もうやんなくていい!」


 そう声を掛けたのはお嬢様であるカレンだ。うん、彼女はここで限界か。


「カレンお嬢様はああ言ってますが?」


「カレン様、お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。しかし私にも引けない理由があります。

 見るに堪えぬと言うのであれば、御退室願います」


「う……」


 お嬢は歯を食いしばった後、訓練場を出る扉に手を掛ける。が、其処から動かない。たっぷり10秒は葛藤した後、扉から手を離し観客席に戻り、沈痛な面もちでこう告げた。


「最後まで、見届ける」


 さいですか。13歳とは思えない気丈さですな。


 となると後は将軍次第か。しかしまぁ何というか…… このオッチャン、Mの気もあるのかね。そろそろ納得して欲しいのだが。ふーむ……


「将軍様、もしかしたら、自分の身を犠牲にしても私の全力を出させる事で、手の内を晒させて後に繋げようなんて思ってます?」


「……」


 彼は何も言わないが、表情が明らかに変わりバレバレだ。将軍は政治には向かなそうだな。


「はぁ図星ですか……

 言っておきますが、先程までの攻防で私の実力の0.1%も出していませんよ?

 私が本気で拳を振えばその拳圧だけで王都を更地にする事だって出来ます。

 先程言った国を消滅させるなど造作もないと言うのは本当の事です」


「だからどうした。私はまだ納得しておらぬ」


「仕方ありませんね、ではこうしましょう。

 私は今からあなたを威圧します。もし気絶しなければあなたの勝ち。

 恐怖によって気絶をしたら、その時点でこんな茶番は終了という事でどうでしょう?

 ちなみに私は威圧するだけで、一切の攻撃をしません」


「ふざけるな! この俺がそんなもので気絶をすると? 舐めるのも大概にしろ!」


「まぁ終った後にも同じ事が言えると良いですね。

 それと、領主様に最後の忠告です。私がこれを行うと将軍様は戦闘者として役に立たなくなる可能性があります。

 困るのであればお止め下さるようお願いします」


「わ、私はガルフォードを信じておる!」


 領主の企みに敢えて乗ってしまった俺も悪いが、先を予想せず、最後まで馬鹿な選択をした領主に流石にイラッと来る。俺はこの先の展開を予想し、暗澹たる気持ちに包まれる。


「………愚か者が……」


 苛立つ気持ちから言葉を吐き捨てると俺はカリスマ値をどんどん上げていく。200を越えたあたりでお嬢は顔面蒼白、250で失禁し、300で白目を剥いて気絶した。400で両ギルド長が、500で衛士が失神した。700で領主は息も絶え絶えと言う所だ。


「領主様、ここはひとまずお下がり下さい!」


「その方が良い。ここから先の被害は彼だけで十分だ」


「お、お言葉に甘えさせていただきます」


 そう言うとエルフが気絶した人間をつれて退出する。周辺探査で十分離れた事を確認すると、上昇の速度を一気に加速させる。


 1200。神竜ではない一般的な上位ドラゴンのカリスマだ。


「そんな馬鹿な…… この感じドラゴンと同等……?」


 1500。


「う、うそだっ! うそだ! そんな事あるはずがない!」


 1800。


「ちがう……ちがう!」


 将軍の全身が発汗し、目に涙を浮かべ、足は震えが止まらず、失禁もしている。2200。


「あが…… が……」


 既にまともな言葉を発する事も出来ず、2300に達する前に気絶した。うん、彼では神竜の前に出る事も出来ないって事だ。


 失禁どころか脱糞までしてしまった将軍には触りたくないので、そのまま放置して訓練所に続く通路を戻っていく。通路をぬけた所で、先に退出させたメンバーと合流した。気絶せずに済んだ領主とエルフさんはもう完全に恐怖の目だ。今のカリスマ値は既に熟練冒険者レベルの55に戻してるんだけどな。


「まぁ解ってるでしょうけど、彼は訓練場で気絶してます。失禁、脱糞してて触りたくないので放置してきました。衛士さんに言って彼を回収してくれるように言って貰えませんか?」


「わ、解った……」


「訓練所に入る前の通路の横に扉が合ったと思いますが、其処がシャワー室になってますのでついでに綺麗に洗ってきて下さい。替えの服も既に置いてあります。そういえばお嬢様も失禁してましたね。風呂場に案内しますのでお嬢様の世話をお願いします。替えの服は……まぁ今作りますか」


 といって適当に衣服や下着を作成し、エルフさんに渡す。


「じゃ、こっちがお風呂場になりますので付いて来て下さい。両ギルド長とその気絶した衛士は私が運びましょう」


 そう言って三人を魔法で浮かせ、一行を風呂場に案内する。使い方が解るかどうか聞いた所、店舗の居住区で説明を受けたとの事でお嬢はエルフさんに任せて客間に向かう。気絶している両ギルド長と衛士をベッドに寝かせ、俺と領主さんはリビングに戻る。領主さんは玄関と門に居た衛士を呼ぶと将軍の介抱に向かわせる。そういやこの二人は訓練所の場所解んないな。仕方ないもう一度案内するか。


 二人を訓練所まで案内し、その途中のシャワー室も教え、着替えや休ませるための客室の事も伝えておく。脱糞服はこの家のゴミ箱に捨てられても嫌なので、収納袋にでも入れて匂いの漏れないようにして持って帰れと伝える。ついでに訓練場の掃除も頼んでおく。ま、粗相の汚れ程度一瞬で消せるのだが、単なる嫌がらせだ。憧れの将軍様の失態を思う存分味わってくれ。


 衛士の二人に指示を伝えた俺はリビングに戻っていった。そんな訳で今リビングには、俺と領主さんしか居ない。領主さんは縮こまって俺を見ている。


「さて、領主様」


 俺が声を掛けると、ビクッと身体が震わせる。


「らしくない馬鹿な事をしましたね」


「う、うむ……」


「私の力を確認したくてけしかける程度は悪いとは言いません。為政者として力を確認するのは当たり前ですし。ですが手に負えないと解った時点で即座に引くべきです。いくら私が命の保証をしていようとです」


「む……」


「もし、私が悪意を持って接していれば、今頃あなた方は全員死んでますよ? たかだか口約束の命の保証で覗くべき物ではありません」


「そうだな……身の程を思い知ったよ」


「私がこの領地に手を貸すのは、あなたが良き領主であり、多くの領民の笑顔を守っていたからです。

 多くの人の笑顔は見ていて気持ちいいですからね。

 私は金も地位も要らないとは言いましたが、心から笑う笑顔は嫌いじゃありません。

 私が手を貸す理由はそれだけです。

 しかし、あなたのおかげで、今回のメンバーはいらぬ恐怖を植え付けてしまいました。

 特に両ギルド長については残念でしかありません。将来を考えるともう少し良好な関係を築きたかったのですが」


「……す、すまなかった」


「はぁ…… 本当ならもっと建設的な話をする筈だったんですけどねぇ……」


「………というと?」


「あなたが近いうちにここに来る事は解っていましたから色々と資料をまとめておいたんですよ」


 そういって領主が来るまで作成していた書類を手元に引き寄せ、領主に渡す。


「これは……」


「まぁこの領地を更に発展させるための改善案です。魔物経済のこの街や、商工業区であるキシ・リーシュは良いとして、農産区はまだまだ改善の余地があります。一応この領内は他の領地に比べ税率こそ低いですが、それでも農産区には食うに困って痩せこけた人間の村が多数あるわけです」


「む……」


「魔物経済で結構儲けてるんですから、自給自足に拘らず食料をもっと他の領地から買えばいいじゃないですか」


「……そうもいかんのだ。私は他の貴族から結構疎まれておる。他から食料を買うとなるとかなりふっかけられるのよ」


「俺にも美味しい汁を吸わせろって所ですか。はぁ、腐ってますね~。

 なら、やっぱり生産量を上げるしかないですね。

 ま、その為の方法も今お渡しした物の中に入ってますけど」


「本当か!? 有り難い!」


「ただ、予想してたよりも領主様が早く来られたので、資料が全ての村を網羅しておりません。残りは三分の一といった所ですか」


「それはどれ位で出来るのだ?」


「いや、それ以前に私は結構怒っているわけですが?」


「………」


「過度な干渉がなければ協力するが、それが守られないようでは私も協力する理由はありません。その事は既に伝わっていたはずです。私は何時ここを出た所でもやっていけますし、例えあなたがそれを気に食わず、追っ手を掛けた所で返り討ちにする事が出来ます。ま、追っ手を掛けるなら国を滅ぼす覚悟はして貰いますが」


「す、すまなかった。どうか許して欲しい。この通りだ!」


 と言って深く頭を下げる。


「…………まぁ良いでしょう」


「そ、それにしても、あなたは何者なのだ?」


「あー、そうですねぇ…… この世界に既に神が存在しない事はご存じですか?」


「な、なんですと!?」


「おや? 気付いてないのですか? 20程前、神の加護を持つ者から一斉に全ての加護が消え、それ以来、神の加護を受ける人間は出ていない筈ですが?」


「い、一部の者から神の加護が消えたというのは知っていたが……」


「あー、なるほど。消えた事を隠している人も大勢いるわけですか。まぁ正直に言えば『神に見捨てられた=不心得者』って取られかねませんしね。特に法国あたりでは必死に隠すでしょうね」


「………本当に神は居ないのですか?」


「まぁ実際に他の神から聞いてますからねぇ」


「他の神!? 聞くとは?」


「ま、詳しい事は内緒です。知って良い事と悪い事がありますから」


「な……」


 この世界が昇級用の練習で使う『使い捨ての世界』と教えるのは流石に可哀想だしな。


「ただこれは言っておきましょう。以前この世界を創った神はもう居ませんが、とある理由からその上位に当たる神がこの世界を覗いてらっしゃいます。

 実はこの世界は破棄が決っていて、後は消滅を待つだけの世界だったのですが、今後の世界のあり様次第では消滅を見逃してくれるそうです」


「…………」


「まぁ私を失望させれば、その前に消滅させますけどね」


「あなたは神がよこした審判者と言う事か」


「違います。 私は上位神にこの世界を好きにして良いと言われ、また世界を好きに出来る力を持っている。ただそれだけの存在です」


「………」


「まあでも、私は残すべきと判断された別の世界を知っています。だからこそ、ここがそんな世界になったらいいなぁとは思ってます」


「………もしかして、これらの資料はその一環と言う事ですか?」


「ま、そんな感じですね。私は不老不死の存在ですが、自分で死ぬ事は出来ます。なので生きるのに飽いたらとっとと死にます。その時に上位神がこの世界を見て『こんな世界はいらん』と判断したら其処でこの世界は消滅です」


「そ、それは本当の話なのですか?」


「私がここで本当です、と言った所でそれを証明する方法はありません。信じるかどうかはあなた自身の問題です」


「…………」


「ところで、エルフさんにお嬢様。扉の外で聞き耳を立てるのはお行儀がいいとは言えませんよ?」


 俺がそう発言すると、扉の外からガタっと音がする。そして申し訳なさそうに二人が入ってきた。ちなみに二人は領主が謝罪で頭を下げる直前あたりから扉の前におり、エルフさんに至ってはほぼ最初から聞こえていたようだ。流石耳の長いエルフだな。


「思ったよりも戻ってくるのが早かったですね」


「カレン様は『気付け』の魔法で覚醒させました」


「なるほど、そう言えばあなたには気絶したお嬢様を寝かせる為の客室を教えてませんでした。

 カレンお嬢様、御加減は大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です」


「………全然大丈夫じゃ無さそうですね」


「う……」


「ところで今日はまたなんでお嬢様までお越しになったので?」


「そ、その…… メルゲンが持ってきた遊具が面白かったから…… お店の方にはもっとあるって言ってたし」


「保育室のお人形はもう見られましたか?」


「あ、可愛かった!」


「そうですか。じゃぁ怖がらせたお詫びに幾つか差し上げましょう」


 そういって、お人形やぬいぐるみをお嬢の前に幾つか出す。ぬいぐるみのつぶらな瞳がお嬢を射貫く。


「うわぁ…… 貰って良いの?」


「ええ、どうぞ。可愛がってやって下さいね」


「うん」


 割と早い内に気絶したから、思ったよりはダメージ少なくてすんだのかな?


「さて、領主様」


「な、なんだ?」


「今後私と関係を続けて行くに当たって、幾つか約束して欲しい事があります」


「む……」


「一つ、私を試そうとしないで下さい。

 二つ、私を利用できると思わないで下さい。

 三つ、今後その他の貴族、王にもそう言う馬鹿な事をさせないようにして下さい」


「わ、わかった……」


「今回のようにコソコソ影で将軍様を焚きつけ、勝負を誘うような事をする必要はありません。まぁ魂胆はミエミエでしたので敢えて乗ってみましたが、やはり気持ちのいいものではありません」


「ど、どういうこと?」


 と聞くのは、何も知らずに付いて来たお嬢様だ。


「将軍様はここに来た時から敵意丸出しだったでしょう? 領主様に『お前よりも強いと調子に乗ってる奴が居るから凹ましてやれ』って言われたんですよ」


「な、どうしてそれを?」


「本当なんですか、お父様!?」


 台詞はもちろん記憶を読ませていただきました。


「2番目はまぁアレを体験すれば利用できる存在ではないと理解していただけたと思いますが、3番目もあなたが出来る範囲で徹底して下さい。

 そうですねぇ…… もし何処ぞの馬鹿丸出しの貴族が私にチョッカイを掛けた場合、最低で翌日にはその貴族が行方不明になるか、最悪この国が消えると思って下さい。それが嫌ならそうならないように努力して貰えればと思います」


 と言ってニッコリ笑う。


「わ、わ、わ、わかった……」


 領主様ガクブルです。ちょっと脅しすぎたか?


「もしかして私に関わらねば良かったと思っています? まぁ領主様が願うなら出て行く事もやぶさかではありませんが、その場合私は他の国に行くか、この大陸を見捨てる事になります。その結果どうなるかは、もう説明しなくても解ってますよね?」


「あ、ああ……」


「そんなに怯えなくても良いですよ。私が好感を持っている間はこの国の発展は保証します。

 あぁそうだ。先に言っておきますが、私は国どころか世界と喧嘩しても勝てる存在ですが、王になるつもりなど全くありません。

 最初に言ったとおり権力争いなどに興味がないからです。

 というか、貴族の社交界は表向きは贅沢で華やかですが、裏は権力争いばっかでドロドロじゃないですか。権謀術数渦巻く世界とか、私の求める物とは対極に位置するものです。そんな物を間近で眺める趣味はありません」


「………なるほど、あなたの事が少し理解できた気がするよ」


「それは良かったです。出来れば今後は腹の探り合いのような搦め手でなく、腹を割った実直な付き合いを望みたいですね」


「了解した。もうこんな事はこりごりだ。肝に銘じさせていただく」


「さてこれからどうします? 気絶したメンバーを魔法でたたき起こすか、そのまま寝かせておくか」


「………出来れば寝かせておいてやってくれ。目が覚めた後、心を整理する時間をやりたい」


「良い判断です。将軍様を直ぐに起こしても錯乱は間違いないですから。じゃぁそれまではトランプでもしながらたのしく時間を潰す事にしましょうか」


 丁度良い事に、将軍の世話をした衛士が戻ってきたため、その二人も加えて七並べをする事にする事にした。

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