市場調査をしよう
翌日俺はどんなものを売るべきか知るために市場調査をする事にした。
ぶっちゃけお金は現時点でも有り余っているので、わざわざ商売をする必要もないのだが、あの二人の期待に満ちた目を向けられては何か売らないわけにも行かないだろう。とはいえチート武器やチート防具、チートポーションなんか売っちゃうと市場崩壊を招きそうだし、出来れば隙間産業的な物で行きたい所だ。
商店街を歩きながら、このあたりの事も同時に情報収集する。コ・アラーノ街はロッテリアル領内の代表的な街の一つだ。コ・アラーノ街が主に魔物経済を中心としたハンターの街で、ハンターズギルドの規模も国内で一番大きい。建ち並ぶ商店もハンター向けの実用商品が多い。武器、防具、薬品、そして酒場や娼館などだ。純粋な飯屋や喫茶などは少ない。服屋も実用一点張りの丈夫な服が多く、女性向けのおしゃれな店は皆無だった。鍋や包丁等の調理器具、机、椅子、タンス等の家具、タオルや洗剤|(灰のようなもの)などの消耗品など、生活における実用的な物を扱っている店も非常に少ない。この街の住人の半数以上がハンターであり、ハンターの殆どが宿屋や借家で必要最低限の家具が揃っていれば困らないと思っているのかもしれない。
ロッテリアル領には他にも2つ代表的な街がある。一つは都市キシ・リーシュ。軍事国家であるグライト帝国との国境線に接する街であり、防衛と交易、工業と商業の街である。人の多さという点ではコ・アラーノ街よりもずっと多く、市民権を持って定住している人も沢山いる。国境警備のために多数の常備軍を抱え、その庇護の所為か治安も高く商業も発達している。裕福な大商人も多数住んでおり、上流階級向けのおしゃれなブティックや宝飾店、喫茶を中心としたお店から、酒場ではない高級料理を食べさせるお店も多数ある。領主の住むロッテリアル城もここにある。所謂城下町だ。
もう一つはレミー・モーゲン農業地区。ロッテリアル領の食を支える巨大農場地である。ロッテリアル領は通商、工業、生産までかなりバランスの良い統治をしており、領主の有能さが伺えると言っていい。
ロッテリアル領の領主は、マグナル・ロッテリアル辺境伯。辺境伯というのは一応文字通りに取れば辺境領を治める伯爵となるのだが、通常の伯爵よりもかなり権限が高い。位の高い順に並べると。
王>大公≧王族>公爵>侯爵≧辺境伯>伯爵>子爵>男爵>平民>奴隷
となる。辺境伯は一応伯爵と言う階級ではあるが、国家防衛などの重要な領地を任され、その見返りに大きな権限を与えられた伯爵である。何故伯爵なのかというと、一応侯爵以上の貴族は国の重要人物という位置づけであるので、そんな貴族を常に戦の危険がある領地などに住まわせていては対外的にも人手不足のようでみっともないと言う外聞上の見栄があるからだ。かといって無能な者に重要拠点を任せる訳にも行かず、国としては侯爵相当の重要人物を一応戦っているのは伯爵ですよと言う面子を保つ為の爵位と言っていい。
その代わり辺境伯にはかなりの権限や支援が与えられる。通常領地を与えられた貴族は王に税金を納める必要があるが、辺境伯にはその義務が無く、それどころか金食い虫の常備軍を賄うために国から支給金が出る場合が殆どだ。税を納めないで済む領地は他に大公領ぐらいしかない訳で、どれほど優遇されているのかが良く解る。まぁこのロッテリアル領に関しては魔物経済によりかなり稼いでいるため、支援金は微々たるものらしいが。
ロッテリアル領の経済状況を鑑みるに本来支援金無しどころか税金を払ってもやっていけそうなのだが、それでは国としての面子が立たないために支援金を払っていると思われる。そう考えるとロッテリアル辺境伯がかなりのやり手である事が良く解る。国として一辺境伯があまり力を持って貰っても困るので、資金源であるコ・アラーノ街を取り上げるか、別領地化したい所だが、魔物経済の仕組みを作り出したのもロッテリアル辺境伯ともなれば、そうも行かないと言った所なのだろう。
ロッテリアル辺境伯は本当に有能なようで、領民からの人気もかなり高い。そんなに儲けているならイナーカ村の税金ももっと下げてやればいいのにと思わなくもないが、餓死者が出るような不作の時などは税金免除の上に支援までしているようだ。というか気になって他領地の税率も調べてみたが、他領地よりも税率は低くその点でも好感が持てる。不正を犯して私腹を肥やす悪徳役人なども、専門の諜報機関が常に監視をしており、見つかり次第処罰されているようで、ある意味有能すぎて「この完璧人間が!」と文句を言いたくなるのが唯一の欠点かも知れない。
まぁ色々回った結果解ったのは、定住するには悪くない土地だという事だ。となれば俺もこの地の経済活動に貢献するのもやぶさかではない。
ただ、俺の場合チートによって原材料も無しに無制限に何でも出す事が出来るため、それを売る方法では領民から貨幣を吸い上げるだけで経済構造を破壊してしまう。金が巡回してこその経済であるので現地で原材料を仕入れ、加工し、商品を売り出すと言う方法を採る必要がある。
ギルドマスターと商会主が強く関心を示していたのは硝子や陶器だ。ひとまずはそのあたりから攻めるのが良いかもしれない。陶器による食器が出来ればグラタンなどのオーブン料理を作る下地も出来るし個人的にも進めたい所だ。商会主の使いっぱが時計などの精密機器に興味を示していたがそれはもっと後で良いだろう。各種製造法は物理化学法則も全て網羅している世界システムを解析すれば問題はない。
となると、落とし所としては製紙工場か。副産物として硝子の精製も可能なため悪くない選択だ。しかし製紙工場となると用意した工房では流石に手狭だ。その辺は空間拡張を掛けて対応するとしよう。材料となる藁やパルプの仕入れはキシ・リーシュとレミー・モーゲンで仕入れればいいだろう。パルプは専用に木を伐採するのではなく、木工業者からおがくずを買い取る形で最初の内は十分だろう。まぁこれだけだと硝子供給量が足りなさそうだし、近くの河原や砂地、鉱山資源もアテにした方が良いかも知れん。
陶器についてはどうするかな……いっそ農村地の製法を広めてみるか。陶器用の窯は、鍛冶の窯が既に魔法で加熱する方式が主流のようだし、魔法で加熱する陶器用の窯を作ってしまえばいい。そうすれば森林伐採が進みすぎる事も無かろう。イナーカ村にも伝えれば農閑期の稼ぎにもなるし悪く無さそうだ。と言うかイナーカ村が貧乏なのは農法に問題がありそうだ。まぁ暇を見てそう言った農業改革を進めるのも良いかもしれない。
そんな訳で午後は幾つかの農村、木工業者、鉱山関係者を周り早速契約を結んできた。帰宅後は工房の拡張と材料仕入れのための受け入れ口の作成、そしてメインとなる各種製造機器の作成をする。
後足りないものと言うと人員ぐらいか……。工房で働く人間、店で売る人間、合わせて20人ぐらいはいた方が良いかも知れん。
こういう場合の人材確保って、お話だと奴隷買ったりする場合が多い訳だが、折角だからクライン商会に頼ってみみよう。ざっと調べてみた所、商人ギルドの会長も兼ねているらしい。そんな訳で翌日、キシ・リーシュのクライン商会に行ってみる。周辺探査でサーチした所ちゃんと商会内に居るようだ。安心して中に入り、受付けと思われるお姉ちゃんに用件を伝える。
「ごめんください。一昨日商会主のメルゲン・クライン様に知古を得た者なのですが、ケイジ・クニミツが会いに来たと伝えていただけないでしょうか?」
「えっと、少々お待ち下さい!」
一瞬、何でこんな若い人が?と言う表情をしたが、カリスマの高さが幸いしたかしっかりと話を通してくれた。受付嬢が通信機でメルゲンさんに連絡を取ると慌てた様子でメルゲンさんが出てくる。
「これはこれはクニミツ様、早速のご訪問大変嬉しく思います。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「商売の話です。本日は商会主さんと言うより、商人ギルド長へのご相談と言う形でやって参りました。ここじゃ何ですから落ち着いて話せる場所に移動しませんか?」
「それはそれは。 君、第一応接室は空いているかね? 空いているなら直ぐに手配を。後、お茶とお茶菓子は最高級の物を頼むよ」
「は、はい。直ちに」
そう言って受付の一人が奥に駆け込んでいく。そして一分もしないうちに戻ってくる。
「応接室は直ぐに使用できます。 どうぞこちらへ、ご案内いたします」
「では、参りましょうクニミツ様」
「お邪魔しますね」
案内された部屋はこの国の文化レベルからすれば貴族を呼んでも十分恥ずかしくない部屋だ。窓には大型昆虫の透明な羽を用いた物で、不明瞭ながらも外の景色を感じる事が出来る。床には高そうな絨毯が敷き詰められており、椅子はソファーではないが、木の椅子にしっかりと革が張ってあり装飾も宝石等が豪華にちりばめられた物だ。まぁ座り心地に装飾なんて関係ないけどね。
そう言えば、この世界でクッションという物を見かけてない。綿や羽毛入りの布団も見かけないし、枕も木に毛皮を巻くか、布や毛皮を何枚も重ねるだけが主流のようだ。従ってこの世界のベッドは非常に固い。超高級宿屋にでもなれば、クッションとして乾燥した藁を入れている場合もあるが、藁は普通に腐ってしまうので定期的な交換が必要でその際の掃除も大変だ。また虫も沸きやすいので高級宿でも藁敷きとそうでないものを選べるのが普通だ。そんな訳で、柔らかなベッドはこの世界でサッパリ流行っていない。綿素材の服はあるのだから綿をそのままクッションとして使っても良さそうなものだが……。そういや海外のホテルとかってベッドの掛け布団は毛布に毛の生えた物ばっかりだったな。日本のふわふわ掛け布団はあまり見ない。もしかしてアレは日本独自の物なのかね。案外こっちにも商売のネタはありそうだ。
と、思考が脱線してしまった。メルゲンさんに上座を譲られたので遠慮なく座らせて貰う。ちなみにメルゲンさんの座る下座の椅子は何の装飾もない木の椅子で手すりも付いていない。この辺は対貴族へのご機嫌取りなんだろう。
「それで、本日はどのようなお話なのでしょうか?」
「一昨日メルゲンさんが来ていただいた時に、ずいぶんと硝子製品に興味を持たれていたようなので、そちらの方で商売をする事にしました」
「ほほう!」
「具体的には紙の生産と硝子の生産を平行で行う予定で、工場と原材料の仕入れに関しては既に整えたのですが、動かすための人材が足りない状況なのです」
「と言う事は従業員を手配して欲しいという事ですな」
「そうなります。将来的には製造販売をギルドに全て任せても良いと思っているので、そのつもりで人員を派遣して貰えればと」
「そ、それは本当ですか!?」
「もちろん、そうなった後も発案者としてのロイヤリティは少々頂くつもりですけどね」
「それは当然です」
「じゃぁ詳しい契約内容をつめていきましょうか」
そんな訳であっさりと人員確保の約束を取り付けた俺はメルゲンさんと大まかな契約内容をつめていく。最初は従業員の給料は全てギルドが持つとメルゲンさんが言い出したが、それは断った。個人的にはどうせお金は余ってるし、少し高めの給料に設定してその分しっかり勉強し働いて貰った方が良い。その他にも住み込みにするのか通いにするのかと言う意見も出たので、住み込みを勧めておいた。柔らかベッド&布団の魅力に取り憑かれ、その評判が広まればその次の商売がしやすくなるしな!ついでにウオッシュレットや日本式風呂の快適さを思い知るが良いさ!
そうなると従業員用の居住区も作らないといけないな。メルゲンさんが契約書を作る前に工場を見たいって言うから家に着くまでに居住区の用意もしておく。うーん、空間圧縮を使っても外と繋がる窓を確保する以上限界あるんだよな。まぁ外見上窓だけが並んでいる建物にした場合、一階分の高さで三階分を収納できるから工房用の土地を拡げなくともナントカできなくもないか。出来れば従業員には個室でトイレとシャワーがあって、簡易キッチンもあるそれなりに満足できる部屋は用意してやりたい。家族で住みたいって人もいるかも知れないから広めの部屋も必要か、その他に共有スペースとして食堂と男女別の風呂、遊戯室、家族連れも考えると保育スペースも必要かも知れん。となると食事や共有スペースの管理清掃を行う専用の人員も必要そうだな。
よし、指針としてはこんな所だ。早速反映させよう。並列思考でメルゲンさんと馬車の中で雑談しながら我が家に到着。
「おや、一昨日見た時とは店舗の建物の形が随分違いますな、ほぼ全面硝子張りで随分ノッポになったというか……」
「ええ、必要に合わせてちょっと作り替えたんですよ。今見えている部分が接客用の小売りスペースになります」
「ふむふむ、ここにもふんだんに硝子が使われているのですな」
「で、奥に進むと倉庫スペースになります」
「ほう、思ったよりも倉庫を広く取ったのですな」
「ええ、在庫はそれなりにあった方が良いですからね。でこの大扉を開けて更に奥に進むと工房スペースです」
「こ、これは……!? 外から見た建物とは大きさが随分食い違うようですが……」
「魔法で空間を拡張してあるんですよ」
「クニミツ様の魔法はそんな事も可能なのですか……」
「ほら、4次元収納袋と同じです。魔力さえあれば広さを確保するなど容易い事です」
「…………そ、そ、そうですな……」
やっべ、広く作りすぎたかな?
よくよく考えたらこの広さの拡張だとこの国の宮廷魔術師が100人集まって一年間魔力行使してやっと半分かも……。うん、やり過ぎた。まぁやっちゃったからには仕方がない。気にしない事にしよう。
「で、こちらの階段を上がると居住スペースです。ワンフロアに7部屋、2階から5階迄を居住スペースにしてますので28部屋用意しました。ワンフロアにつき一つだけ家族単位で住める大きな部屋を用意してますので家族による住み込みも可能にしてます。取りあえず個人用スペースから見ていきましょう」
「そ、そうですな……」
取りあえず手前の個人用スペースの鍵を開ける。
「! 今のは?」
「あぁ、魔錠というものです。対応するこの魔鍵をここに填めなければ基本解錠しません。例外は作った私ぐらいでしょうか」
「なるほど、泥棒対策もしっかりしているわけですが……」
「ええ、工房や店舗にも様々な防犯魔導具が設置してあります。色々と狙われそうですしね。んじゃ中に入りましょう」
「む……これは……」
玄関を開けると、直ぐ横に台所、反対側には扉が2つあり、一つがトイレ、もう一つが洗濯場、乾燥室、シャワーのある小さな風呂場がある。洗濯場にあるのは魔法洗濯機だ。
「……………クニミツ様、一人の従業員に使わせるには贅沢すぎるように思うのですが…… しかもこのトイレはあのトイレですよね?」
あのトイレとはもちろんウオシュレットな水洗トイレである。ちなみにこの街の標準的なトイレはくみ取り式のボットン便所で便器もなく、ただ穴があり、大便用にしゃがんだ時に捕まる用の棒がある程度である。お尻を拭く時はトイレットペーパーは存在しないため、山盛りに置かれた専用の添えつけ海綿で拭く。使った海綿は使用済みの箱に入れ、後で洗われて再利用される。その為汚物洗浄専門の賤業まである始末だ。ぶっちゃけ臭いし、非常に不衛生だ。
「気持ちよく仕事をするには、それなりに快適なプライベート空間も必要だと思うんですよ」
「確かにそれはそうなのですが…… おや、その見慣れない箱はなんなので?」
「ああ、これは冷蔵庫と言うもので、上に乗っているのはオーブンレンジと言う奴ですね。
冷蔵庫は食料などを冷やして長期保存するための物で、特にこちらの扉の中は物を凍らせる事が出来るのでこういった製氷皿に水を入れておくだけで、氷の作成が容易です」
「そういえば、先日頂いたお酒には氷が入っておりましたな。これがあれば魔法を使えぬ者でも氷が作れるという事ですかな?」
「ですね。魔石を使った食品用の保冷箱は既に普及してますが、まぁそれの拡張版です」
「ふ、普及していると行っても、中級以上の貴族でやっとの品物なのですが……」
メルゲンさんがブツブツ言っているが気にせずスルー。
「で、上の箱は冷やして取っておいた食事などを素早く温め直したり、パンを焼いたり出来るオーブン、窯です」
「これが、窯なのですか? 薪はいらないと?」
「鍛冶用の窯も魔法で加熱しているじゃないですか。これは個人用に小さくしたものだと思って貰えれば良いです」
「は、はぁ…… それにしても、硝子張りの食器棚から、食卓までついているとは……」
「んじゃ、ダイニングキッチンはここまでにして奥の部屋も見てみましょう。」
ちなみに、ダイニングキッチンは6畳ほどの広さがあるのでそれなりとゆったり食事する事が出来る。奥との部屋の仕切りは磨り硝子を填めた日本風の引き戸4枚で仕切られている。引き戸のレーンは4つなので一カ所にまとめれば広い部屋としても使用できる。
「…………こちらは棚に机にベッドですか」
「今のところ本は高価で一般庶民には届きませんが、紙の製造で本を安く提供できるようになれば本棚として使って欲しい所ですね。やはり勉強は大事ですから、希望者には出来るだけ本を与えるつもりなので終業時間外に自分から勉強して欲しい所です」
「…………」
あまりの驚きの連続で放心しているようだ。うん、丁度良い。ベッドの寝心地を試して貰おう。
「ふむ………お疲れのようですね。少しこのベッドに横になってみませんか?」
「ああ、いえ! お気遣い無く」
「いえいえ、まぁものは試しですから。こちらのベッドも他とは少し違いますよ?」
「……… ほう…… で、では少しだけ……」
そういってメルゲンさんは腰掛ける。「む…」と唸った後おもむろに横になる。「むむ……」と更に唸る。
「ちなみに、それが枕で、上の物は掛け布団です」
「ほほう、これはこれは……なんとも……快適ですな…… 貴族用の高級ベッドも取り扱っておりますが、それを遙かに上回る快適さです!
下に敷いてある物は乾燥藁ではないようですが?」
「基本はスプリングのマットレスとその上に綿を敷き詰めた布団という物で構成されています」
「マットレス? スプリング?」
「あー、そう言えばこの国にはバネもありませんでしたね…… まぁその内教えます。というか、今紹介したこの部屋にあるもの全て、その内ギルドで扱ってくれないかなぁと思っている物です」
「それは真ですか!!」
「もちろんです。まぁ従業員さんにはこれらの快適さを実感して貰い、宣伝も兼ねてくれると嬉しいなぁと思っているわけですよ」
「なるほど……その様な意図で、たかだか一従業員にこれ程までの厚遇を……」
「大きい方の部屋も一応見ますか? 基本は家族用に収納や部屋数を増やし、ダイニングなども大きくしているだけですが……」
「是非!」
そんな訳で、家族用の部屋も案内する。
「これは……、風呂もかなり大きくなっているのですな」
「家族で入りたいと思う事も多いと思いますしね」
「しかし、なんとまぁ…… 私がこの部屋に住みたいぐらいですよ」
「そう言って貰えると嬉しいですね。じゃぁ次のフロアに行きましょう」
「え?まだあるのですか?」
「あと、食堂と男女別の共有大浴場に遊戯保育スペース等の共有スペースがあります」
「………そ、そうですか」
「次は6階なのでエレベーターを使いましょう」
「えれべーたー?」
まぁそんな感じでどんどんメルゲンさんに紹介していく。ちなみに遊戯室にはビリヤード台と卓球台の設置のほかに、トランプなどの幾つかのカードゲームと遊び方を書いた本、各種ボードゲームと説明書のセットで置いておいた。保育場には小さなジャングルジムや、滑り台、絵本、幼児向け文字学習用の本、積み木や人形、お絵かきセット、簡単な打楽器からおままごとセットも完備だ。ちなみに遊技場のトランプやボードゲームなどは説明書と一緒にメルゲンさんにお土産として持たせている。これはアイデアだけの問題なので、制作にはそれ程手間はかからないはずだ。もちろんこれについてのロイヤリティは貰う予定である。将棋やチェス、囲碁、リバーシなどは酒場に置いておけばかなり流行るのではないかと助言しておいた。販売についても庶民向けは木彫りでも、貴族向けは希少金属製等にすれば差別化が図れ良い商売になる。
「で、どうでした?」
「本気で移住したくなりますね。遊戯施設もとても魅力的です。たっきゅうというのもびりやーどというのも遊び方までしっかり壁に貼ってあるのが憎い心遣いです。恐らく贅をこらした貴族でも満足できる居住空間だと思います。宿屋として開業したら、一泊あたり50万取っても泊まりに来る貴族はいるでしょう。全く一従業員に住まわせるには贅沢きわまりないと言えます」
「まぁでも、私個人の目標としては、この生活レベルを一般庶民の普通にまで持っていきたいのですよ。最終的にギルドの方に製造販売お任せするつもりですが、一般庶民にも買える値段になるようお願いします」
「解りました。出来るだけ希望に添うよう頑張せていただきます」
「それで募集する従業員なのですが、この対価に見合う真面目で誠実な人を選んでいただければと思います。住み込みの場合、初任給が宿代込み、朝食昼食付、風呂にも自由に入れ、一月18万円。能力次第で給料アップをします。就業時間は一日9時間、週に一度のお休みを入れる予定です」
「何とも破格ですな……」
「営業開始は一月先の17日を予定してますので、それまでに希望者を集めておいて下さい。最終的に私が面接をして採用不採用を判断させていただきます。一応説得するのに部屋を見せた方が効果有ると思いますので、メルゲンさんに魔鍵をお渡ししておきますので自由に案内して下さい。食堂と管理清掃を行う人員は出来れば5日前に仕事に入れるようにして下さい。大人数の食事を出すのに仕入れや調理に慣れないと行けませんしね」
「解りました。希望に添えるよう精一杯頑張ります。それとこれはお願いなのですが、このレベルの宿屋を新しく建築していただくというのは可能でしょうか?」
「あまり高級にしない等の幾つかの約束を守って貰えるなら考えます。ただ、今現在の多くの宿との差が付きすぎてしまいますから出来れば既存の宿屋を改築する形で進めたいですね」
「ふむ……」
「この街はそもそも人の出入りが多いですから、この街で宿泊したお客様が自分の家にも快適な環境を導入したいと思ってくれるのが一番良いです。ですのでベッドやトイレもそうですが、私でなくギルド主体で製造できるようになった後で一般的な宿屋に導入した方が爆発的に売れると思います。
その場合は宣伝にもなりますから格安で改築いたします。替えや予備のベッドシーツや布団、枕などは宿屋さんに負担して貰わねばなりませんが、改築時の添え付け分ぐらいは無料サービスという形にすれば、改築に納得してくれる宿屋も多いのではないでしょうか?」
「ふむふむ……それもそうですな。そうして頂けるのであれば、とても有り難い。わかりました。そちらの方面についても職人を見繕っておきます。となると、宿屋の主人や職人にも、こういう物だと言う事で部屋を見学させても宜しいですかな?」
「ええ、もちろんです」
「まぁトイレの方は、便座が陶器で作られていますから、まずは陶器を製造できる環境を作らないといけません。個人的には農閑期等で定期的に手が空く農民の皆さんに副業としてやってもらうと貧しい農村も豊になると思っているのですが……。ここまで大規模になると領主さんにも断りを入れておいた方が良いですかね?」
「その辺は私の方からアプローチしておきましょう。なに、あの方は気さくで領民思いですからきっと協力してくれますよ」
「それは有り難いです。では今後とも良き関係を続けられる事を…」
「こちらこそ、良き関係を、遊具などの新しい契約に関しては後日契約書を作成して再度伺わせて頂きます」
メルゲンさんが立ち去ろうとした所でふと思い出す。
「………そう言えば、このゴールドカードってギルドとの通話機能はありますが、メルゲンさんとも話せた方が便利ですよね」
「え? それは確かに便利ですが……」
『マテリアライズ』
「な!?」
「通話用の魔導具です。このボタンを押すと名前のリストが出ますので、こっちのボタンで選んで再度このボタンを押すと私に繋がります。といっても今登録されてる名前は私だけですけどね」
「…………」
「どうしました?」
「い、いえ、相変わらず規格外な方だなと…… と言うか通話の魔法具は巨大な補助機も含めて最低で一千万近くする物なのですが、もしかして案外安く作成できる方法があるのでしょうか?」
「まぁ不可能ではないですね」
と言うか、魔法という不可思議で、携帯電話では必須だった中継基地が要らない分、多分かなり安く作れる。必要なのは精密で細かい魔法陣を間違いなく転写出来るかどうかにかかっている。トランジスタの製造と同じように銀塩写真技術を発達させれば何とかなるかな。その為には精密なレンズを作る技術、完全な平面と水平を作成できる技術、ミクロン単位で位置調整が可能な加工機械も必須になってくるから先は長いけど……。製作機自体を渡してしまえば確かに誰にでも作れるのだけど、それじゃ意味無いしな。今の技術でも頑張れば製作機を作れるレベルの品物じゃないと売り出す価値がない。
「このレベルの物もさっさと作れるほどに産業が発達すると良いのですが、お教えする硝子の加工技術から、精密な鍛冶の技術、その他様々な点で産業レベルを上げる必要があります。なのでこの通話機をお渡しするのは当面は私と親しい人限定です。まぁこの身は殆ど不老不死ですし、一部の者から不快な目にさえ合わなければ、のんびり発展に付き合いますよ」
「な、なるほど…… 期待に添えるように頑張らせていただきます」
うーんハンターをするつもりが商業チートな感じ。まぁ儲けるつもりは全くないので得た収入はどんどん消費して還元していこう。ロイヤリティーも10年ぐらいでフリーにして自由競争にした方が良いかな。