家を建てよう
そんな訳で家を買うわけだが、貨幣単位は日本と同じ円でも土地の値段は日本よりもずっと安いって事を忘れてた。不動産屋に予算的は即金で払える3億と提示した所、もの凄い豪邸を紹介された。正に丘の上の白亜の豪邸というか城だった。
部屋数は本邸というかお城(?)だけで50部屋程、しかも一番狭い部屋が10畳以上のドレッサールーム、通常客間は20畳以上。楽団が入るスペースまである本格的な超広いダンスホールまである。庭もアホみたいに広い。どうも以前大公が使っていた別荘らしく、今は更に大きな別荘を建てたために売りに出したとか。つかこんなデカイ家買ったら維持費がヤバい事になりそうだ。普通に考えてもこのクラスだとメイドor執事50人、庭師20人、コック20人、馬丁5人は最低必要だろう。つか使用人達が住む離れの別館も50部屋以上有るわけで……
「本来なら7億円ほどの物件ですが、タネン殿よりマスタークラスの超有望ゴールド会員と伺っておりますので2億8千万まで勉強させていただきます」
「いや、凄く値引きして貰えるのはもの有り難いんですけどね。ちょっと流石に大きすぎるかなと思うんですよ。住むのは私一人ですよ?」
「はぁ……」
「希望としては工房用の大きめの部屋と快適なリビングと台所があって、風呂があり、その他の部屋数は10もあれば十分です」
「そんな程度で宜しいのですか?」
「そんな程度で宜しいです。まぁ庭も多少あった方が良いかな?」
「しかし、それでは提示された予算が大分余りますが?」
「いや、余っても良いです。もし大きめの家が必要になったらその時に改めて買いますので。あ、いっそ土地だけでも良いかな?30~50m四方ぐらいの更地でも良いです」
「更地ですか?」
「ええ、建物の方は自分の魔法で建てる事も出来ますので」
「こ、個人の魔法で家が建てれるのですか!?」
「まぁそれくらいは」
「はぁ……マスタークラスとはすごいんですね。解りました。では場所的な希望はありますか?」
「そうですねぇ、ギルドか商店街に近い場所がいいですね」
「なるほど…… 少々お待ち下さい、今本部の方に問い合わせてみます」
「よろしくお願いします」
不動産屋さんはポケットから魔導具|(携帯?)を取り出すと本部と連絡をとる。数分間話した後通話を切った。
「更地ではないのですが、隣り合う物件を合わせて売ればそれに相当する場所が見つかりました。ただ商店からは遠くなります」
「そう言う言い方をするって事はギルドには近いんですよね?」
「はい、歩いて1~2分です」
「へぇ結構近いね。一応見せて貰える?」
「畏まりました」
そんな訳でギルド方面にとんぼ返り。道中話を聞いてみるとどうもギルドが新しい訓練場を増設するために近場の土地を買い上げてくれるよう不動産屋に頼んでいたらしい。で、今から行く所はその一環で買い上げた土地なのだがギルドに問い合わせた所自分に売っても良いと許可されたようだ。
そんな訳で該当場所まで来てみると、ギルドマスターのタネンさんが来ていた。
「あれ、タネンさんどうしたんです?」
「一応ギルドの土地を売るわけですしね、見届け人というわけです。それに、何でも魔法で家が建つと聞きまして見物させて貰おうかと……」
「あはは……」
「では説明させていただきます。この家屋から奥へ4棟分がギルド様よりお売りして良いと許可された土地になります」
「ふむ……」
ざっとスキャンすると横50m奥行き40m程の土地になるのかな。
「良いですね。ここにしましょう。幾らぐらいになりますか?」
「建物の方は元々取り壊す予定でしたので、今回は土地代だけの3200万をゴールド会員と言う事で1600万円で結構です」
「安! んじゃ購入という事で」
「承りました。直ぐに契約書類を用意させます」
「んじゃ、この建物はもう取り払っちゃって大丈夫?」
「まさか今から魔法で建てなさるので?」
「今から直ぐに取りかかれば、宿屋にお金払わずにすみそうだしね」
「なるほど……そういう事でしたら」
「んじゃ許可も出た事だしサクッと行きましょうか。まずは建物消去」
と、俺が言った瞬間に4棟の建物が瞬時に消え、更地になった事で、ギルドマスターと不動産屋が目を丸くする。もちろんこれを実現したのもチート解析のパラメータ操作のおかげだ。物を消すなんてのは単純に存在を無くすだけだ。
建物を消した後、更地になった場所を歩きながら、実際の場所毎の視界を確認しつつ頭の中で建物の構成と部屋の間取りを決めていく。やっぱ工房と居住スペースは分けた方が良いかな?取りあえず建物は2棟で工房にする方は後々お店としても使える感じで通りに露出させるか。
方針が決った所で一気に世界システムの空き領域を使って詳細な設計を行う。防犯も考えこの世界には未だ存在しない防犯カメラから、この世界にはない動物であるライオンの石像に見せかけた防犯ゴーレムまで含めて設計。水道は水魔法でも代用が効くが、魔法自体も世界システムへの割り込みに過ぎないのでMP要らずで永久に水の出るシステムを構築。同じように下水に関しても排水を無に帰す形式に変更。よってトイレはもちろん水洗トイレでウオッシュレット付だ。電気やガスをどうしようか迷ったが、電化製品があるわけでもないので、必要と思われる照明器具やエアコンなどは魔導具という形式実現する事にする。ちなみに工房は実際に其処で何かを作る予定はない。今の所、何かを売り出す際に其処で作っているように見せかけるためだけのフェイクだ。
賢さが振り切っている俺はこれらの設計を刹那の時間で済ませ、一気に物質化する。
『マテリアライズ』
更に出来上がった建物に非破壊属性が付くように世界システムに書き込んだあと、指定人物以外の進入禁止のフラグも付ける。その後各種魔法的な結界も厳重に張っていく。不動産屋とタネンは正に目が飛び出さんばかりに驚いていたが見なかった事にしておこう。
「ま、こんな所かな」
「盗賊団の調書から桁はずれた魔法を使うとは聞いていましたが、これは想像以上ですね……」
「建物の壁に継ぎ目が見あたりませんな…… 木でも漆喰でも煉瓦でもない。しかもこれは水晶ですかな?」
水晶? ああ、窓硝子の事か。
「似たようなものです」
実際には非破壊付けてるのであんまり関係ないのだが、防弾性能も高い樹脂製の窓だ。通常の窓硝子よりも断熱性高いからあえて樹脂製にしてみました。そういや、文化レベルが低いから硝子製品は全くなかったな。水晶はあるがアレは宝石というか魔導具素材あつかいだしな。陶器も無いから食器は木か金属だし。紙はかろうじてあるが品質は低いし高価だ。文明にテコ入れするとなるとこのあたりから手を付けた方が良いかな。窓硝子ぐらいは作れる方が良いだろう。今のところ大型昆虫系の魔物からとれる透明な羽を一部の貴族が贅沢品として窓硝子がわりに使っているが、一般家庭の窓と言えば木の蓋が付いてるだけの代物だ。そう言えば硝子がないから鏡も金属を磨いた物しかないんだっけ。鏡とか売ったらかなり儲かりそうだな。虫眼鏡や望遠鏡もいけそうだ。
「こちらの建物はお店のようにも見えますが、商売もなさるので?」
「ええ、まだ何を取り扱うかは細かく決めていませんが」
「なるほどなるほど……」
「さて、建物も建て終わった事ですし、ひとまず中に入りませんか?二人とも中の様子が気になっているようですしね」
「それはありがたい」
「不動産屋さんの部下が今契約書を用意しているんですよね?」
「その通りです」
「では用意できたら、其処にある黒い出っ張りを押すように伝えておいて下さい」
「出っ張りですか」
「インターフォンと言います。こんな感じに使います」
と俺が押すと『ピンポーン』と呼び鈴が鳴る。
「これを押す事で屋敷内の者と話が出来ます」
「ほほう、通話の魔導具になっているわけですか、なるほど確かにこの様な使い方はアリかもしれませんな」
「貴族邸では守衛室と本邸で通話の魔導具でやり取り出来るんですよね? それの簡略化みたいなものです」
「しかしこの様に無防備な状態で高価な魔導具が置いてありますと盗まれてしまうのでは?」
「恐らく取り外すのはもちろん、壊す事も出来ないと思いますよ」
「なるほど、先程幾つか防護結界を貼っていたようですが、その様な効果もあるわけですか」
「まぁそんな所です」
結界魔法は所詮カモフラージュに過ぎないけどね。
「では中にどうぞ」
「あ、ちょっとお待ち下さい。直ぐ部下に先程のいんた~ふぉんとやらの事を伝えますので」
お店の方にも応接室はあるのだが、本邸の方のリビングに招待する。リビングの方は大きな硝子張りに成っており庭が一望できるようになっている。庭の形式は所謂日本庭園形式にした。
「お茶を用意しますので、そちらに掛けてお待ち下さい」
リビングには大理石の机とやわらかな革張りのソファーを設置してあり、二人に着席を勧める。
「こ、これは椅子なので?」
「そうです」
そういや椅子も木で出来た物に申し訳程度のクッションが付いたものしか無いんだっけ。「こ、これは!」とか「なんとも素晴らしい」とか感動の声をしきりに上げている。現代知識においての快適空間をそのまま再現してしまったのでちょいとやり過ぎたかも知れん。そして紅茶を持っていってまた驚かれた。
「この白いカップは何とも上品ですな! 木とも金属とも違うようですが?」
「陶器という粘土を窯で焼いて作る食器です」
「粘土ですか……日干し煉瓦ではない、焼き締める煉瓦のようなものですかな?」
「近いですね。陶器は煉瓦を作る粘土よりもよりきめの細かい粘土を使い整形を行った後、釉薬という上薬を掛けて煉瓦よりもずっと高熱で焼き締めます。釉薬には硝子……まぁ水晶のような物が含まれておりまして、高熱で焼く事で溶けた硝子でコーティングされるわけです。それによって水を通さず艶のある陶器になります」
「………も、もしやホンジャ国はこの暮らしが普通なので?」
あー、しまった。そういや俺ホンジャ国出身って事になってるんだっけ。どうすっかな~
「ああいえ、陶器は確かにホンジャ国にもありますが、硝子の窓もその椅子も私の趣味です。私は数百年にわたり様々な場所を旅しているのですが、この大陸では全く知られていない別の大陸も幾つか旅をしているのです。この生活様式はそれらの集大成みたいなものですね」
「なるほど、全く見た事のない魔法形式もそう言った理由ですか」
「そう言うわけです」
うん、精神が高いからかスルスルと息は吐くように嘘八百並べてます。
「しかしその鏡も素晴らしいですな。其処まで明瞭に姿が映る鏡は初めて見ました」
あー、そういや壁に鏡掛けて設計したっけ。
「その鏡は窓に使っている様な板硝子に銀をメッキする事で作成します」
「メッキとは?」
あー、そっか化学も無いんだっけ……。この世界、錬金術も無い事はないけど大して発達してないからなぁ。物質の変化なんてブドウ汁を放置したのがワインに成るぐらいの認識しかないし、どう説明したもんか。
「錬金術は解りますか?」
「噂程度であるなら、金属を溶かしたり、土から金属を産み出す秘法と聞いております」
おお、それなりには浸透してるのか。もっとダメダメかと思ってたよ。案外この不動産屋は情報に明るいのか?もしかしたら不動産だけじゃなく手広く商売をしているのかも。
「正にそれです。簡単に言いますと秘薬の溶液の中に銀を溶かし、その溶液を板ガラスに塗り、再び銀を出現させると硝子表面に銀が付着しこのような鏡になるのです。これを銀メッキと言います」
「ほほう、その様な事が…… 錬金術など一部の酔狂な薬師が学ぶ程度で大して役に立たぬ物とおもっておりましたが、この様な使い方が」
「この飾り棚の扉も先程言っていた硝子なのですね。中にあるのは何なのでしょうか?まるで宝石のようなカットがされてますが……」
すいません、それブランデーの瓶です。
「えっと、それはお酒です。なんでしたら少し飲んでみますか?」
「「是非に!」」
おお? 随分乗り気だな。酒好きなのか?
「こちらにで一般的に普及しているお酒よりも酒精がかなり強いので気をつけて下さいね。最初は舐める程度が良いと思います」
棚から綺麗にカットされたブランデーグラスを取り出すと、それに大きめの氷を入れトクトクとブランデーを注ぐ。
「ほほう、このカップも見事な物ですな」
「まるで宝石のようだ」
「どうぞ、このお酒は香りも楽しみ方の一つです」
「香りですか」
しばらく手に取り十分に目で堪能した後、おそるおそる顔を近づけくんくんと匂いを嗅ぐ。そしてその香りに驚きそのまま舐めるようにブランデーに口を付ける。
「こ、これは…… 口と鼻一杯にかぐわしい酒の香りが! この様な酒は初めてです」
「確かに酒精は強いですが美味しいですな」
「これも錬金術が応用されているんですよ」
「そうなのですか?」
「酒の酒精分のみを取り出す方法を用いて酒精を強めた後に、香りの良い木の樽に詰めて冷暗所で保管する事で良い香りの酒が出来るのです」
「なんと、その様な酒の作り方があるとは……」
「いやはや、クニミツ様はびっくり箱の宝庫ですな。しかしこの様な酒を知っていらっしゃるとは…… 先程は低級な酒を出して危うく恥を掻く所でした」
「そう言えば最初の時にお酒勧めてきましたね」
「こちらで出せるのは精々エールかワインぐらいですから」
「いえいえ、ワインはワインで美味しいじゃないですか。酒には様々な種類があるのと同様、様々な楽しみがある物です。どれが上と言う事もないでしょう」
「ははは、クニミツ様は安心させるのもお上手ですな」
まぁそんなやり取りをしつつ、つまみを作っては驚かれ、新しい酒を出しては驚かれ、トイレに案内してはウオシュレットに驚かれ、そんな事をしながら1時間ほど酒盛りをするとドアホンが鳴った。
「はいはい、どちら様ですか?」
「ク、クライン商会の物です。契約書をお持ちしました」
「解りました、今扉を解錠しますので中に入って正面の屋敷までおいで下さい」
そう言って、解錠のボタンを押す。魔導具として再現したモニターには使いの者が映っており、解錠した音を聞いてビクッとなってる。
「これは……遠見の魔導具も兼ねているのですか。扉の解錠まで遠隔で可能とは素晴らしいですな」
「訪ねてきた人間がどんな人間か解れば、事前に対処も可能ですからね。さて彼を玄関まで迎えに行きましょう」
しかし、ただの不動産屋じゃないとは思ったが、商会主さんでしたか。なるほど博識なわけだ。
使いの彼を出迎え、滞りなく契約を済ませると本日の突発的な会合はお開きとなった。ちなみに使いの彼はリビングに置いてあった置き時計が大層気に入ったようで終始釘付けだった。
「本日はギルドとしても大変貴重な体験をさせていただきました。出来れば今後とも良好な関係を築いていける事を切に願っております」
「当商会も同じ気持ちです。商売もなさるとこのとですが何かあればお声を掛けていただければと思います。商業地区でクライン商会を尋ねて下されば場所は直ぐに解ると思います。ご来訪の折には精一杯のお持て成しをさせて頂くつもりです」
「いえいえ、こちらこそ良いご縁を結ばせて頂きました。今後ともよろしくお願いします」
うん、ギルド登録するだけのつもりが随分濃い一日に成ってしまった気がする。タネンさんは恐らくこの家の事も上に報告するだろうから家に上げたのはちょっと早計だったかも知れない。
ま、やっちゃったもんは仕方ない。なるようになれだな。