表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真なるチートの活用法  作者: ぽむ
一章 マズワ王国編
10/25

発展と障害

 始めて領主が来たあの日の後、俺はとっとと残りの農産地区についての改善案を作成し、領主に渡す事にした。何か色々規格外の力を見せた後なので、まぁいいやとばかりに、領主が執務室に一人なのを確認すると、その場に転移し残りの書類は渡す。もちろん出現する前に魔導具の皮を被った携帯で直接転移する事は伝えておいたので騒ぎにはなっていない。


 ただ、改善案については色々と問題があった。それは陶器もそうだが新農法についてまるで未知だったために、渡した書類だけでは理解し辛かったのである。それに読むのは領内の事務官だったというのも大きい。彼らは書類仕事はしても、実際の生産活動を知っているわけではない。生産活動のイロハすらも知らない人間に理解しろと言うのは無理な話だった。


 かといって、農産地域住人の識字率は最悪で書類を読ませる事すら出来ない。村長レベルでも識字については毎年の徴税に関わる決まり事や商人の契約に関わる最低限の単語は知っていても、難しい単語になるとさっぱり解らなかったりする。作成した書類は魔法による応用なども多分に含まれており、書類を理解するには、魔法の知識、農業の知識、工業の知識、鉱物薬物の知識、そして最低限四則演算レベルの算術が必要だった。うん、冷静に考えたら全くもって無理だった。折角解りやすく絵まで付けて書類を作成したというのに……くそ。


 そもそもこの世界では薬師でさえも薬剤の作成する際、材料の合成は全て経験と勘によるどんぶり勘定だったのである。書類の中で普通に何グラムだとか何リットルだとか使っていた訳だが、その量を示す単位すら一部の知識人しか知らなかったのだ。


 教育の重要性を痛感した俺だが、いまこの世界に義務教育を導入できるほどの余裕はどう見てもない。子供であっても立派な労働力であると言う意識があるからだ。教育をするには生活に余裕が必要であり、余裕を産むための知識を身につける必要があった。


 悩んだ俺はマグナルに領内行政に『生産課』と言う新部署を作るように提案。何人かの魔導の心得のある者と、最低限識字が出来る人間を提供させた。もちろん面接はし、支配欲や差別意識の強いもの虚栄心の強い者は除く。最終的に魔術師20名と魔術は使えないが勉強熱心な物60名を『生産課』として発足させる。不幸中の幸いとしてはやはりロッテリアル領は領主の善政のおかげで、領民と協力し仲良くやると言う意識を多くの人間が持っていた事だろう。おかげで面接での心労が軽微だった。


 生産課1年目は過疎で人が居なくなった廃村の再生である。今現在は領内における農民の商工業地区への移住を禁じているのだが、昔はそうではなかったため、若者が一攫千金を夢見てコ・アラーノ街へ、と言う流出が止められず、過疎による廃村が問題になったのだ。


 そんな訳で、幾つか点在する廃村を先ず再生させる事にする。当然村人も募集を掛ける。他の領地においても農家の人間が一攫千金を夢見てコ・アラーノ街へ、と言う事はよくある。だが出て来たは良いが、大して魔物を討伐できず貧窮に喘ぐなんて事もよくある事で、今回の募集はそう言った人間がターゲットになる。


 条件は元農家で農作業の経験のある人間。もちろん農民の他にも最低限必要となる薬師や魔術師、鍛冶師も採用する。契約は一年契約で、住宅完備。報酬も初級商人クラスの報酬20万円が毎月支払われる。2年目以降は依頼報酬は無いが、その土地の村民になればそれまで住んでいた家と定住権を与え、その後の農民として得られる収益は自分の物になると言う契約だ。


 普通ならば「また農民に戻るのか……」と落ち込むような条件だが、俺がやるんだからそんなんで終るはずがない。先ず家が全然違う。冷暖房完備で、綺麗なトイレと風呂が付き、ベッドだってふわふわである。そして収穫高がまるで違う。まともな肥料と農法を用いれば、特に何もしていないコレまでの農法に比べ収穫は5倍、作物によって20倍にまで膨らむ。徴税により作物を収めても無茶苦茶儲かる事が実感できる。そう、月20万どころか100万だって儲けられるのだ。


 もちろんあまり儲けすぎてもまずいので、新耕地区に設定された区画はそれなりに高めに税を設定し、月50万ぐらいの収入になるように調整する。しかし、それでも生活は格段に向上し、その村から離れる者は居なくなると言う算段だ。


 まず行ったのは農業協同組合、農協の設置だ。村の教育や指導、必要な農具や肥料、農薬の販売はここで行い、生産課のメンバーも組合員としてここに住む事になる。当面必要な食料販売や生活必需品の販売もここで行う。


 最初の一年はまだ何も知らない生産課のメンバーも全員参加で、実地で農業や陶器作成を覚えていく。農業というのは余程大きな畑を持っているのでなければ、日が昇ってから昼頃まで仕事をし、昼以降はのんびりするか副業や狩りをすると言う場合が殆どだ。もちろん田植えの時期や収穫時期は朝から晩まで働くのだが、成長を見守る段階では、ちゃんと水をやり、虫や雑草にさえ気をつければ実はそれ程忙しくはない。しかし今回の農法は水やりも魔導具で半自動で行える為、自由に使える時間が非常に多いのだ。


 なので午後の半日は勉強に使う。基本的な読み書きは当然として、四則演算や、数量、物量単位等の計測、そして簡単な魔術までも総合的に教えていく。ただし、単なる教育をしてもみんな真面目にやらないので定期的にテストをし、その点数を溜めると美味しいものを食べられたり、便利な農機具や新しい家畜を得られ、農業得点を稼ぐ手助けにもなるようにする。


 他にも得点を稼ぐ方法はある。勉強で得た知識を元に、自分で肥料の材料を揃え、正しく計測し、ちゃんとした肥料を作成できれば農協が買い取ってくれるのだ。副業にもなるし得点も得られる。もちろんコレには買い取れる限界はあるが……。陶器についても同様であり、農協に設置された窯を使うには使用料が掛かるが、農協へ陶器の販売を委託する事も出来る。手数料として一部の利益が農協に取られる事になるが、その分得点が増える。


 魔導具を用いた様々な農機具も多数農協で売っているが、使い方は説明書を渡すだけで敢えて教えない。ちゃんと読み書きや、魔導の知識、四則演算が出来れば自力で説明書を理解し使う事が出来る。勉強不足な人間は個別の魔導具使用講習を受ける事は出来るが、講習費用は高めだ。


 俺の思惑は想像以上に上手く行き、収穫高は平均10倍。識字や四則演算などはほぼ完璧、肥料作成や魔導具起動に関わる簡易魔術もほぼ全員使えるようになった。また、契約更新についても、全員が村に残り領民となる事が決定した。


 2年目は既存の生産課の人間を10グループに分け、それらを指導員として新たな廃村の再生と、新規生産課メンバーの教育を行いつつ、同様に新村民の教育も行っていく。


 ちなみに俺の指導は並列思考を使用し、人間型の式神を作成して実現している。式神は一応、領民として架空の『升魔導研究所』所員として出向している事になっている。2年目は式神の数も生産課を分けた数に合わせて10に増やし指導を行う。だが、2年目は出来るだけ自分は手を出さず、指導員が間違った時の訂正や、重大な問題が起きた際の解決に終始し、出来るだけ見守る姿勢を貫いた。


 2年目も順調に推移し3年目。「どうも生産課は給料がいい上に良い家に住め、教育まで受けられるらしい」と噂が広がる事になる。おかげで生産課を希望する役人が一気に増えたが、一つの村に必要な農協組合員はそれ程多くはない。ハッキリ言えば魔術師4名と12人の事務&作業員で事足りる。2年目の教育によって村百個分の生産課の人材が出来ていたので、残りの村は50ほどで事足りる為、妙に狭き門となってしまったのはちょっと笑えた。


 そんな訳で3年目、農協設置可能数100となり、廃村となった村を超えるため、廃村でない既存の村の農業改革にも乗り出す事になる。この頃になると農業改革の噂は既存の村にも届いており、熱烈歓迎をもって迎えられる事になる。普通なら税率が上がる訳で、疎まれそうなものだが、税率以上の収穫と収入が約束されるとなれば話は別である。


 新耕地区の特典として、家が改築される点も歓迎される理由だ。そんな訳で3年目の収穫ではついにロッテリアル領での一部食料の完全自給を達成、そして4年目には全農産地区が新農法と新産業、教育を受ける事に成功、全農産物の完全自給を達成しただけでなく、一部商品については輸出できるまでになったのである。


 これを持って、農産区から工業区への移住禁止の法律も解除される事になる。もう、法で縛らなくても農村を出る必要がなくなったからだ。むしろ街から農村部への移住を望む人間も居た。ちなみに、この時点で既に快適なベッドもトイレも、街で生産できるようになっており、お金さえあれば自力でそれらを建築可能なため、新しい住人との生活水準に大きな差が出る事はなかった。


 農業以外でも大きな変化があった。自分の店舗である製紙&ガラス工場ももちろん順調に成長した。1年目で十分に教育を受けた従業員の中から優秀な者を選択し、融資という形で3つほど新工場の設立し独立をさせた。その頃になると流石におがくずを集めるだけではすまないので、植林も含めた林業も平行して行っていく。


 植林において成長を促進させるために肥料はもちろん撒くが、太陽の光量が増えるわけではないので成長には限界がある。魔法で一気に成長させると土地が急激に痩せてしまうのでそれもまずい。この点に関してはチートを使ってしまおうか非常に迷ったが、マグナルに領内法として伐採した木と同数の苗木を植える事、苗木は生長し一定以上の大きさしか伐採しない事を制定させた。どうしても駄目ならチートを使う事にしよう。


 快適なベッドを作るための工業指導等も順次行っていく、鋼鉄によってスプリングを作成し、マットレスや、馬車のサスペンションとして使う方法を鍛冶屋などに伝授。布団に入れるための綿の大量生産も新耕地区に任せ、まずは取り寄せた綿で布団を作る方法等も指導していく。


 便器の製造については新耕地区に任せようか非常に迷ったが、新耕地区は基本トイレ付なので街の工業地区にトイレ専門の業者を立ち上げる事にする。トイレの陶器は食器製造で直ぐに思いつくロクロではなく、型にはめて一定の形を作り出す方式だ。まぁ現代日本で流通している陶器の殆どが型に粘土を押しつけ整形する方式なのであるが、こういった型の精製方法や効率的な分割法も含めて指導していく。


 硝子製造も順調で、まずは透明度の高い硝子を作る方法。そしてそれに任意の色を付ける方法。さらに様々なガラズ細工の方法を順次教えていく。風船のように膨らまして加工する方法から、型の使用による瓶のやグラス作成方法、平面硝子やパイプ状のガラス管の作成方法、カットによる切子細工の方法まで、この世界で実現可能で教えられる限りの技術を叩き込んでいく。


 製紙も同様に順調だ。これまでの紙といえば、羊皮紙や木にカンナを掛けた際にでる帯状の削りクズを縦横にニカワで貼り合わせて作る物が主流だった。この疑似パピルスに似た紙は折り曲げれば直ぐに割れ、書き味もよく無かったためにあまり普及しなかったのだ。その為和紙のような鋤紙から、現代的な上質紙に近いものは爆発的に普及した。また水洗トイレが一般的になるとトイレットペーパーも爆発的に売れていく事になる。紙が普及となれば今度は印刷技術だ。ひとまずは判子や凸版印刷についても広めるが、現像技術を応用し薬剤により感光部分以外を溶かして印刷原版を作成する方法なども同時に伝えていく。凸版印刷はアルファベットなどの文字数が少ないのであれば有効だが、この世界は日本語ベースなだけに文字数がべらぼうに多い、なのでとっとと写真原版式を導入する。


 魔法についても、自分の起こした産業で雇った魔術師には魔法陣の基礎理論や解析法、錬金術という名の基本的な化学も同時に仕込んでいく。特に水を少量ではあるが永続的に出す魔導具や、汚水処理のための魔導具を作成できるようにし、トイレ製造や農産区に役立てる。また化学では硝子製造やパルプ製造、樹脂製ビニールを作成するのに必要な薬品の精製方法などを中心に仕込む。


 全ての産業技術はそれぞれ密接に関わり合いながら必要な技術レベルをどんどん上げていったのだ。


 ちなみにこの世界自体が出来合の世界からの寄せ集めで、継ぎ接ぎで構成された世界であった為、世界システムの余剰メモリには関連する加工技術についても多数の資料が存在しており非常に助かった。もしかしたら以前この世界を創った下級神がわざと残して何時でも見れるようにしていたのかも知れない。


 3年ほどで、ベッドやトイレ、様々な硝子商品は俺の手を借りなくとも作成できるようになり、それを持って領内宿屋の一斉改築も行った。


 そんな訳で、この4年間は多数の分身を使い、様々な産業の発展を助力すると共に、自分自身も世界システムや実地で様々に学ぶ事になったのである。結果、今現在ロッテリアル領は他の領地とは比べものにならない程の産業格差を生む結果となってしまった。


 ちなみに農産区の教育については農協で行っていたのだが、それ以外の地域では自分の関わった会社以外では教育を行っていない。即ち街ではまだまだ教育レベルが低い。通常とは逆の状態になってしまったが、街の生活も農産区に釣られるように余裕が出て来た為そろそろ本格的な学校を作ろうとしたのだが、別の問題が発生した。


 他領からのやっかみである。しかしよくよく考えたら、隠す必要もないし、隠して独占したら争いの種にしかならないのでどんどん公開する方針を採る。どうせロッテリアル領は既に完全自給自足を実現しているのだし、失う物はない。


 まずはマグナルに資料を渡したように今回の改革のすべての資料を各領地に送る。だがまぁ予想通りというかなんというか、その全てを理解できる領主や領主の側近は一人もいなかったのである。「訳の解らん物をよこして煙に巻くつもりか!」等と憤慨する領主も居たが、部分的に理解できる知識人も居たため「これは本当ではないのか?」と信じてくれる他領もそれなりにあった。実地で学ぶ気があるなら使節団を送ってくれれば教育すると親書に書いていた事も大きい。


 これにより、第一次研究使節団の受け入れを行う事にしたのだが、結果から言えば大失敗だった。何故なら使節団がことごとく問題を起こしたからである。研究使節団の多くが『研究』と言うだけあって、それなりに教育を受けている者。即ち殆どが貴族であったために、領内の平民を蔑視したり虐待する事が横行したのだ。なにせ貴族が学ぶ相手はロッテリアル領の平民なのである。平民から学ぶなんてプライドが許さん!と言う訳である。おまえら何しに来たんだよって言いたくなるが、領民に被害を及ぼすわけにも行かないので第一次研究使節団は、各領主に「学ぶ気のない者には習得できるはずもない」と報告し、早々にお引き取り願った。


 次に第二次研究使節団は、平民のみに限定して募集を行う事にする。が、これも微妙な結果になった。教育自体は確かに成功した。しかし誰も元の領地に帰ろうとしなかったのである。考えてみれば当然だ。平民をこれ程手厚く保護してくれる領地などロッテリアル領意外に無かったからである。それに例え帰った所でロッテリアル領の家に慣れた後では、風呂もなければトイレも臭い元の家などボロ小屋に等しく、またロッテリアル領で使用した魔導式農機具なども領主が揃えてくれればいいが、まず期待できない以上、元の領地で農業を再び行うなど考えられなかったのである。


 かといって公式な使節団としてやって来た他領の領民を帰さない訳には行かず、しかし無理矢理帰した所で、一時的にハンターになるなどして脱領し、ロッテリアル領で領民になろうとするのも大いに予想できた。


 これを防ぐには他領の農産区もロッテリアル領並に優遇するか、ハンター制度を改定するなどして農民の職業選択や移住の自由を奪い、法的に土地に縛り付けるしか方法はない。だがロッテリアル領こそ領内法の制定についてかなりの自由度があるが、他領では其処まで自由ではなく、特にハンター規定などの国家全体に関わる部分に関しての改正は不可能だった。


 その為、マグナルは使節団を送った各領主に現状を正しく伝えると共に、農民に対する優遇がどれほど効果をもたらすのか、事細かに解説し説得する事にする。食料が増えると言う事は、そのまま支える事の出来る人員が増える事であり、人員が増えれば産業も発達し、税収も増え軍を支えるための基板も整うのだ。全ての産業の支えはまず『十分な食料』があってこそなのである。そして工業を支える一部の原材料、綿や木材なども増やせれば更に発展が望めるわけである。その為には農民を優遇し、適切な教育が必要であると説いた。


 しかし「平民が力と知識を持つなどとありえん、全ての知識と力は貴族が独占すべきであり、支配される者に学など必要ない」と反発する貴族が多数居たのである。この意見を押さえ込むにはもはや王を直接説得し、王の勅令をもってあたるしかないと悟ったマグナルは秘密裏に王との会談を望む。


 何故秘密裏なのかというとこの段階で、ロッテリアル領は既に完全自給を果たしていた事からほぼ独立国に近いものであり、国を二つに別けての内乱が起きるのでは?と噂されていたからだ。ただ、本気で内乱を起こすつもりなら相手の力を増すための方策を馬鹿正直に全て教える筈もなく、それを察した王は会談に望む。


 元々王と辺境伯は仲が悪いわけではなく、強い信頼関係にあったからこそマグナルに辺境伯を任せていたわけで、貴族のみが通う学院、マズワ学院でも同級生であり親友でもあった。


 この会談においてマグナルは俺に、説得のためにどうしても付いて来て欲しいと懇願する。ぶっちゃけ王なんかと関わりたくないし、全く付いていく気無しと伝えたのだが「親友を敵に回したくない!それに、あんたの所為でこんな事になったのだから最後まで面倒みてくれ!」と言われたので「俺が行くって事は馬鹿貴族どもが全員消滅する可能性が高いわけだが良いのか?あんな奴らでも一応国を動かしているんだろう?」と返した所、渋々俺無しで会談に向かう事になった。


 ま、遠隔で様子を探る事ぐらい訳ないから、身の安全ぐらいは保証してやるさ。


 会談にはあの時のメンバー、マグナルに両ギルド長、辺境軍将軍ガルフォード、魔術師長ミリアリアも随行し、会談に臨む。


 ん?留守の間の防衛をどうするつもりなんだ? まぁ転移陣を併用しての旅路だからロッテリアル領を空けるのは1週間程だが、まさか俺だよりか?確かに「留守を頼みます」とは言われたけどな。その間1回隣国からのチョッカイもあったが、まともに相手をするのは面倒なので結界を貼って、一切こちらに侵入できないようにしておきました。


 で、会談はと言うと王とは本当に親友だったらしく、また領地の防衛を捨ててまでの「疑うなら自分たちを拘束し、領地を接収しても構わない、それでもお前とは敵対するつもりはない」という必死の説得と言う事もあり、王は納得してくれたようだ。ちなみに王の名前はイップク27世だ。マズワ王国のイップクって……うん、こんな名前を受け継ぐとか本当に可哀想な王家だ。ちなみに王家には名字がない。家名などを示す必要はないと言う事だ。


 そんな訳でマグナル一行は安心して帰ってきたのだが、事はそう上手く行かなかった。


 王はマグナルの意思を受け『農地優遇令』として、衣食住環境の整備と教育についての勅令を出そうとしたのだが、平民が力を持つ事に強く反発する貴族院から猛反対を受ける。それでも強行して発令しようとすると、王と王族を捕らえ幽閉し「王はご病気になられたので、執政は全て貴族院が代行する」と発表。同時に一部王族を人質に取り、王権の委譲を迫る。一部となっているのは妾腹の低位の王位後継者を貴族院の傀儡として祀り上げたからだ。もちろん、その妾というのは今回のクーデターの首魁である貴族の娘である。結果、無事王位簒奪を終えた貴族院は傀儡にイップク28世を名乗らせ、ロッテリアル領の接収を発令した。


 権力に固執するアホは本当にどうしようもないなと呆れた俺は、取りあえず他領に渡した農業&産業改革に関する資料を全て遠隔回収する。次に用が無くなったと言う事で、秘密裏に毒殺されそうになっていた王と人質となっていた王家をロッテリアル領に呼び寄せた。貴族院は王が居なくなった事に気が付いたが「以前からのご病気が祟り、崩御なされた」と発表した。


 で、この時点で始めて王であるイップクさんとお話。俺の素性についてはマグナルから既に説明は受けている。


「で、既に死んでいる筈のイップクさんとしてはどうするおつもりで?」


「……貴族の欲がこれ程愚かだったとは……」


「まぁ今なら特別サービスであいつら全員殺しても良いけど? 折角育てた領地を掠め取ろうとか有り得ないし。

 ただし、その場合は貴族制は廃止のうえに、あなたにも一芝居打って貰う。

 もちろん、全員殺される事が解っていて王都に戻るのも選択としてはありだ。

 ただ、ここに残るならイップクさんとその家族の安全は保証しよう。

 ま、ロッテリアル領なら例え農村地でも十分豊かな暮しが出来るし、悪くないと思うけど?」


「…………解った。その条件を吞もう。それと私はもうイップクではない。 それ以前の名前ミラービリスと呼んでくれ」


「了解、ミラービリス。んじゃ計画はこうだ……」


 翌日、ロッテリアル城セレモニー広場にて、イップク27世の存命が伝えられると共に、貴族院の王位簒奪における謀略を暴露。世襲制の権力など百害あって一利無しとし、貴族制の全面廃止を宣言した。そして、ロッテリアル領では平民が貴族以上の知識と持っている事も示し、生まれによる能力など幻想であるとして、廃止の理由とした。そして、民衆の前で王位をマグナルに譲ると、自分を陥れた貴族に復讐を宣言したのである。


 その宣言を証明する様に翌日には、王の華印が押された書簡が各領地の貴族に届く。内容はこうだ。


***********************************

 欲と権力に取り憑かれた愚かな貴族どもよ


 我は死んだと公布されたイップク27世である。

 我を幽閉し、家族を人質に王位を簒奪しただけに飽きたらず

 あまつさえ王家を皆殺しにしようとは畜生にも劣る行い、万死に値する。


 王の証である華印は神の祝福により王が認めた者にしか使えぬもの。

 偽王を立て華印を奪ったとて、我が望めば神の意により我が手に戻るのだ。

 愚か者共よ、後悔するがいい。


 我は今より神に託された王にのみに伝わる秘法を用い

 我が命を媒介に汝らに復讐せん。


 時は陸の月7日より、粛正を開始する。せいぜい震え上がれ。


 尚、ロッテリアル領を攻めようとしても無駄だ。神との契約により

 我が呪いが終るまで絶対なる加護が我が友と友の地を守るであろう。


 では地獄で待っているぞ イップク27世

***********************************


 もちろん王の華印は私が調達しました。そして同じ内容を各領地の公布広場にデカデカと貼り付ける。非破壊属性、移動禁止属性を付けたので壊す事も移動する事も出来ません。ついでに隠そうとしたりする衛士は近付くだけで気絶するように調整する。


 そして更に三日後、陸の月7日、今回のクーデターの首魁である貴族の一族全てとイップク28世、その母親である妾の死体が王都の公布広場に首つり状態でぶら下げられる。もちろんこれも撤去できないようにする。


 これに震え上がったのが積極的にクーデターに荷担した貴族だ。ある者は呪いを止めようと挙兵し、ある者は許しを請おうとロッテリアル領を目指す。


 挙兵によりこれを止めようとした部隊は、兵士がロッテリアル領に足を踏み入れた瞬間、命が尽きた。そとから矢を射かければ、その矢はそのまま放った者に刺さった。魔法に関しても同様で、敵対行動は全て放った者に帰ってきた。そして次の瞬間それを先導していた貴族が何の前触れもなく死亡。それに畏れを成した部隊は自領に逃げ帰った。そして逃げ帰った領地の公布広場には先程まで先導していた貴族とその一族の首つり死体が出迎えたのである。


 一方、許しを請おうとする貴族は困っていた。どうやってもロッテリアル領に入れないのだ。見えない壁が道をふさぎ、全く進めない。しかしその横を行商人と思われる馬車が平然と通過する。慌てて行商人を大声呼び止め、どうなっているのかを聞く。行商人はロッテリアル領の境界の内側に立ち、質問に答える。


「あんたら貴族だろ? ならは入れるはずがねぇべさ」


「な……」


「今、ロッテリアル領は神の加護で守られてっからな、偉そうにふんぞり返ってるお馬鹿な貴族は入れねえよ」


「なんだと!? 貴様、平民の分際で言葉に気をつけろ!」


 と、一人の貴族の騎士が、憤慨して平民に魔法を放つ。するとその魔法はそのまま放った貴族に襲いかかる。


「あーあ、やっちまった。あんたもこれでおしめえだ。今ロッテリアル領に敵対行動を取ったら、その場で神の裁きが落ちるだで」


 そう行商人が言った瞬間、魔法を放った貴族はいきなり死ぬ。


「ほら死んだ」


 それを見た貴族はうろたえながら質問する。


「ど、ど、どうすればいいのだ?」


「よくわかんねぇけど、酒場で聞いた話じゃ、神との契約は貴族の消滅らしいから、貴族辞めれば助かるって噂だな」


「なんだと……」


 その後ロッテリアル領に出入りする人間に片っ端から話を聞いて回る。解った事は。

 1.貴族を辞めないと、いずれ死ぬ。

 2.罪無き平民を攻撃すると死ぬ。

 3.貴族を辞めるには貴族の権利を全て放棄し、財産のほぼ全てを新王に差し出さねばならない。

 4.平民を使った文書による新王とのやり取りは可能。


 簡単に言うと廃爵の上に財産没収を自分からしろと言う事である。


「そんな馬鹿な…… 貴族が存在せずしてどうやって国を守るというのだ!」


「なんでも神の加護が国全体にはられているので、しばらくは他国からの侵略も防いでくれるんだとか聞きましたねー。んじゃまお達者で、貴・族・様」


「な…」


 そう、今現在、国内が落ち着くまでは他国が侵略できないように、ロッテリアル領の対貴族結界のような物を国の境界線に張っているのだ。ちなみにこの貴族は割と慌てて自領を出て来たので気付いてなかったが、前王の呪いを躱すための方法として、貴族を辞める条件などをロッテリアル領から新王マグナルの名前で各貴族に届けられている。


 財産没収に関しても、ちゃんと正統な商売の範囲で儲けた物については没収しない。貴族の爵位は無くなるが、行政の役に立つ人間ならばちゃんと一役人として取り立てられる。この事もちゃんと書簡に書いてあり、今後の行政形態についても詳しく書かれていた為に、実力の伴う貴族は早々に爵位を捨てた。


 よって騎士はただの兵士の階級に成り、優秀な領主は暫定的に領知事となった。今後領地の領知事は選挙で選ばれる事になる。よって圧政を敷けば、あっという間に引きずり下ろされる事になる。


 更に貴族の持っていた私設軍は全て解体、軍組織は全て国の管理下となった。今後無断で軍組織を持つ物は国家反逆罪に問われる事になる。


 そんな流れの中、どうしても貴族の地位を捨てられず、また死にたくなかった者は、懇意にしていた隣国の貴族を頼って持てるだけの財産を持って国外に逃亡しようとする。しかし、国境を出た瞬間に持ち出した財産が全て消える事になる。当然俺が没収した結果だ。国境外に出た貴族は国内に戻ろうにも結界で中に入れず、着の身着のままで隣国へ旅立たざる得なくなる。そんな状態で隣国にたどり着けるのかどうかも疑わしいが、運良く行商の馬車等に拾って貰い、隣国にたどり着けたとしても、裸一貫で何の権力もない、何の資産もない貴族を果たして匿ってくれるかは疑わしい。


 この国政改変については周辺国に対してももちろん通告した。軍事国家であるグライト帝国は今こそ領土を拡げる時!と早速大規模な軍事行動を行ったが、結界に阻まれ進軍は出来ず、全ての攻撃は自分に返り、結果、無駄に兵站を消費して帰る事になった。


 また、神の加護を失った宗教国であるメルーザ法国はこの神の結界に多大な関心を示す事になる。


 そんなクーデター騒ぎから、三ヶ月。マズワ王国から貴族は一人もいなくなったのである。


 ちなみに当たり前だが、元イップク27世ことミラービリスは当たり前のように生きており、謎の宰相としてマグナルを支えている。生きている事にすると今後、色々とやっかいなので死んだ事にして貰った。


 そんな訳で国内に邪魔者が消えた事で一気に行政改革を進めていく。まずは『升魔導研究所所員』をマズワ王国全土に派遣し、農地改革と産業発展をしつつ、基礎教育も行っていく。


 農地以外の土地についても基礎教育機関の設置をし、成績による恩賞を与える事で、農地以外の土地にも最低限の教育を行えるようにする。


 そして更なる教育を進めるために、土地資源が未熟な場所に新規で学校を設立した。初期教員はもちろん俺の式神である『升魔導研究所所員』である。応用学校では基礎教育の発展系を、それを卒業すると専門学校に入れる。専門学校ではそれぞれの進みたい分野ごとに学科を専攻し更に詳しい知識を教えていく。物理、化学、数学などはもちろん、農学や鍛冶、工芸等の現在ある職種の殆どを網羅するようにし、専門学校で専攻した学科を卒業すればその分野で即働けるまで仕込む。もちろん兵科もある。専門学校の卒業資格を得ると、国家研究所への道も得られる。国家研究所では学ぶと言うよりも、これまで得た知識を元に、研究のための場を提供する形式になる。入所資格は難しく、研究目的が明瞭で、ある程度は指針が立っていないと認められない。長期間結果が出せないと追い出される事になるが、研究費用は国家が出してくれるため学者には憧れの場所だ。


 まぁ始めたばかりなので、今のところ応用学校の人間が殆どだが、飛び級を認めているのである程度勉強している元貴族あたりは頑張れば一年ぐらいで専門学校に入れるかも知れない。ちなみに俺が直接指導している人間のうち何人かは、専門学校卒業レベルの学力を認めている。


 そして2年後、新農法や新産業は国内全土に広がり、安定した政治を取り戻したのである。


 正直、鉱山資源などの土地に関わる資源格差が無視できなくなっていたので、一気に全土を治める事が出来て良かったかもしれん。


 ていうか、王にはならないって言ったけど、政治には無茶苦茶関わってるし、働き過ぎな気がする…… 何でこうなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ