最後の砦
咲宮と篠川に挟まれた俺たちは、コソコソと会話をしていた。
「奏寺、いい?おれは咲宮と戦いながら篠川も巻き込む。その隙に奏寺は逃げて」
「う…。希月、すまない。頼む」
「謝る必要はないよ」
希月は一瞬にこりと笑うと、すぐに真剣な顔に戻る。そして咲宮の方に向かい、静かに歩き出した。
湖上高校では引き分けとなっていたが、今日はどうなってしまうのだろうか。
本当は今から始まる戦いを見届けたい。だが俺は安全な場所へ移り、情報を伝えなければ。
しかしこの決意は大量の足音により、かき消された。
統率のない、最低でも十人はいるであろう足音が下から聞こえ始める。その異常な音に、咲宮の元に向かう希月の足も止まった。
「いたぞー!」
「!!!」
予想通り十人ほどの生徒が、篠川の後ろに集まった。そいつらは俺たちを睨んでいる。広報部の応援の戦闘員なのだろうか。
広報部に合わせて生徒が十人以上…これは、さすがの希月も…。
その時、俺たちを見て篠川がにやりと笑った。
「苦しそうだね。さあて…始めるか」
その言葉を号令としたのか、篠川の後ろにいた約十人が一斉に俺と希月の方に走り込む。もちろんその手には様々な武器があった。
「うっ…」
「とにかく奏寺だけでも逃げて!」
この勢いに怯んでいた俺に、希月が叫ぶ。そして十人以上の生徒の前で木刀を構えた。
俺は仕方なく窓に向かい、逃走を試みる。しかし内心は悔しさでいっぱいだった。
逃げることしか出来ないなんて…。
この思いが素直に顔に表れていたのか、俺の横顔を見た咲宮が静かに呟いた。
「…やはり勘違いしているな、情報部」
「……………へ?」
聞き間違えか?と思い咲宮の方を見ると、彼は手に持ったボールを次々と投げつけていた。標的は────希月より奥にいる、第十高校生だった。
ボールが命中した生徒は、自らも驚きながら倒れていく。もちろん希月もやや混乱していた。
「…え?ええ?」
「木刀くん、話は後だって。とりあえずこいつら片付けるよー」
やる気のない声で、篠川も第十高校生の群れに殴りかかる。希月も慌ててそれに加わり、木刀を振るっていた。
…?
近くにいる咲宮に話を聞こうと顔をそちらに向ける。すると無言で「今は話しかけるな」と怒られた気がした。
…とりあえず、咲宮に倒された第一高校生を助けるか。
俺は倒れ込んだ二人の赤いラインの生徒の元に向かった。そして側にしゃがみこみ、声をかける。
「おい、お前ら無事か?」
「……ああ。僕はなんとか。それより、三原は…?」
二人のうち、ひとりの生徒が俺に返事を返した後、まだ倒れて黙り込む生徒に声をかけた。黙っている方も軽く頷いたところから、まあ無事なのだろう。
それよりも…『三原』だと?
恐らく、というか確実に黙り込んでいた生徒が三原なのだろう。
しかし、三原といえば─────。
俺は思わず身震いした。そして俺と言葉を交わした奴にも、自然に名前を聞いてみる。
「そういえば、君の名前は?」
「僕?僕は歩田だけど…」
「なるほどな…」
こいつのおかげで、やっと理解できた。
なぜ広報部の二人はこの赤いラインを攻撃したのに、俺たちには攻撃しなかったのか。
なぜ今、二人は第十高校生と戦っているのかを。
俺は念のため希月から分けてもらっていた拘束具で、この三原と歩田を拘束した。
「な…!」
「…!」
二人は信じられないといった顔つきになるが、俺は構わず二人から離れる。
「三原に歩田。…第一高校にはそんな名前の生徒はいない」
第一高校の生徒名簿は完全に記憶しているから、これは断言できる。
すると、三原と歩田の顔はだんだんと青ざめていく。それでも俺は話すのを止めなかった。
「そして最近、その名前を別の高校で見た。確か、第三高校の広報部の名簿だったな」
「…う」
押し黙る二人を見て、俺は納得した。
なるほどなるほど。
この二人は第十高校の仲間になった、第三高校の広報部員。先ほど篠川を見たときに怯えたのは、そのせいなのだろう。
そして俺たちを倒すため、わざわざ第一高校の制服を調達した。これなら俺たちは油断してしまうとでも思ったのだろう。
いつの間にか十人以上の第十高校生をすべて蹴散らした希月と篠川、咲宮が集まってくる。
篠川は俺に拘束された二人に、軽蔑する視線を送っていた。
「あーあ。愚かだなぁ…」
「…ああ。恥を知れ」
篠川の言葉に咲宮も同意した。
二人は怒っているのか、三原と歩田に向けて冷たい表情しか向けない。
…重い空気だな。
口出しできない俺と希月が黙り込む。だが、その暗い雰囲気を破るのも、やはり篠川だった。
「さーて。第一高校の皮を被ったバカどもも捕まえたし、いっそのこと下の連中も倒すか?」
頭の切り替えが早いのか、篠川は嬉しそうにしている。
「待ってください。あなた達はどういうつもりですか?」
まだ木刀を強く握る希月は、警戒を解かずにいた。
「どういうつもりって?第十高校をやっつけるつもりだって」
「な、なんで第三高校が第一高校の手助けを?」
「まさか。第一高校の手助けをするつもりはねーって」
篠川は首を横に振った後、伸びをし始めた。
「木刀くん。君、この土地の状況わかってる?」
「え、はい」
「第十高校と戦えるのは、第一高校の他にどこだよ?」
「第三高校と湖上高校ですよね」
希月の落ち着いた返事に対して、篠川は大きな溜め息をついた。そのわざとらしい溜め息に、希月が少し苛立ったのが俺にでもわかった。
そんな希月をからかうように、篠川はふざけた口調になる。
「ちげーよ。『生徒数がかなり減った』第三高校と『戦い慣れてない』湖上高校だって」
「え?………あ」
少し時間が経ってから、希月は篠川の言いたいことを理解したらしい。ついでに、この俺も。
一部の生徒が第十高校に流れてしまい、戦力も低下した第三高校。
地下高校との戦い以来、ろくに戦っていない湖上高校。
確かに篠川の言うとおり、万全な状態で戦える高校はもう第一高校だけだろう。そして、この戦いに第一高校が負けたら、恐らく…。
「この土地の終わり、か」
ぼそりと俺は呟く。すると咲宮が頷いた。
「そうだ。だから身勝手なことに、俺たちは第十高校を叩くためこの戦いに参加させてもらう。…まあ、第一高校の味方に近いかたちになるな」
第十高校がただ純粋に他校を全滅させたなら、それはそれで良い。しかしこの状況では、この土地を利用しようとしている津辻に乗っ取られたといえる。
咲宮も篠川も、それが耐えられないのだろう。
俺は笑いながら、篠川の方を向いた。
「この土地を守るためにお前たちは戦うということか。篠川、おまえ意外と律儀だな」
「…まーね」
篠川がこちらから顔を背け、窓の外を見始めた。俺たちが色々騒いでいるうちに、戦況は第一高校の完全なる劣勢に変わっている。
そんななか、どうしても気になったのだろう。希月が俺と咲宮に、小さい声で聞いてきた。
「なんで、篠川さんが律儀なの?」
不審そうに聞く希月に、咲宮が答えてくれた。
「ああ。あの湖上高校での戦いの際、情報部に負けた史也は、二つの条件を突きつけられたらしい」
「二つの条件?」
補足すると、この条件は負けたくせに古代宝をみたいという篠川につけたものだ。
そして、史也とは篠川の名前である。
…話の腰を折らないためにも口には出さないが。
俺の勝手な気遣いを知らない咲宮は、話を進めた。
「その条件の一つは、あのオレンジ頭を見つけること。もうひとつは、この土地を守ることだったらしい」
咲宮の顔は、やや微笑んでいる。
それを見て希月も少しだけ笑った。
「なるほど。それは律儀だね」
しかし、この広報部二人が第一高校の味方となるか。
意外とこれは、心強いかもしれない。




