津辻の目的
第十高校との戦闘を終えた次の日、情報部は全員俺の部屋へと集まっていた。
みんな沈んだ顔をしているが、香藤部長だけはキリッとしている。
「それで奏寺、春崎をあの守衛部に預けた後、何が起きた?」
香藤部長は俺に話すよう促してくる。
それに応えるため、俺は津辻と話したときのことを思い出しながら、説明を始めた────。
「簡単に言ってしまうと、『留学』っていうのは『追放』を意味する」
「追放?おい、お前なにか悪いことでもしたのか?」
「ご明察」
にこりと笑う津辻の顔には、悪意は感じられない。それどころか、学校から追放されるようなことなどしない、優しい青年の笑みに見えた。
俺が考えていることを見抜いたのか、笑いながら津辻は手を横に振る。
「僕の顔に騙されないでよ?…僕が何を犯したのかだけど、そうだね…」
津辻は自分の右腕を、地面と平行になるようにまっすぐ伸ばした。その指先は、北東を指している。
「交換留学生って言うくらいだから、この土地で悪いことした人間は、僕の母国の学校に追放されたんだ。
その人は、あっちにあった第二高校の生徒だったらしいよ」
第二高校の校舎はまだ綺麗に形を残している。しかし既に敗退した高校であるため、津辻は「あっちにある」ではなく「あっちにあった」と言ったのだろう。
俺は何も言わず、静かに津辻の話を聞いていた。
「まあ、その生徒は第二高校生なのに、第一高校にずっといたらしいけれど」
「…!おい、まさか!」
津辻の衝撃的な証言に、さすがに俺は冷静さを失っていた。
「まさか、そいつの名前って……!」
「『滝』って名乗っていたよ」
ここであいつの名前を聞くことになるとは。
滝は自分の高校を勝利に導くことを目標に、数々の悪いことをしていた。
第一高校に潜入していたのもそうだ。まあ、それはそこまで問題ではない。というか、問題になったら困る。情報部も潜入はよくしているし。
問題は何人もの生徒に毒を盛ったことだろう。あの事件は主な被害を受けた第三高校生に大きな精神的ダメージを与えた。…そして俺もその被害者だ。
「どうやら、彼とは知り合いみたいだね?」
「まあ、色々とな」
つまり、津辻は滝と同じくらいの悪事を働いたことになる。
滝といい、津辻といい、けっこう人って猫をかぶるのがうまいよな…。
とりあえず津辻に滝のことを話しても意味は無いだろうから、話を元に戻すか。
「それで、だ。なんで他校を敗退に追い込みまくれば、母校に帰れると思ってんだ?追放っていうくらいだから、普通は戻れないんだろ?」
もし帰って来ても良いよ、なんていう追放があったら、それは本当の留学だろう。
「転入して間もなくでこの土地を僕が制圧したら…母校もそんな優秀な人材を戻したいと思うかもしれないからね」
「間もなくか。…夏期休暇前後に、この土地で青い髪の青年の目撃情報があったんだが?」
俺が疑いをかける目で見ると、津辻は何かを思い出したかのように何度か頷く。
「うんうん。それも僕だね。ちょっと下見に来ただけなんだけど、いろんな人に姿を見られちゃったらしい」
わざとらしく、津辻はとぼけたような顔をした。
…全く、それについても対策してたくせに。
「お前、その時に自分の印象を薄くするために、この土地に行きそうな女子を目立つ容姿にさせただろ?」
もちろん、この女子とは春のことだ。
俺がそう言うと津辻は驚き、興味深そうに俺の目をじっと見てきた。
「…へえ」
実際、津辻の春を目立たせる作戦は成功と言って良いだろう。俺も春の方に気を取られてしまっていたし。
ちょうどその時、校門の方から今までとは違う大声が聞こえてきた。俺も津辻も、思わずそちらに顔を向ける。
「…あ!」
目に飛び込んできたのは、なんとも言い難い状況だった。
第一高校は優勢になっており、第十高校を撃退するのは、もう時間の問題となっている。
しかし、第一高校の戦闘員の中には、あきらかに戦闘部員ではない顔がちらほらいた。あれは…。
守衛部か。
さすがに希月はいなかったが、戦場には生徒を守る役割を担う守衛部が確かにいる。つまり、戦闘部だけでは厳しかったということだろう。
恐らく、守衛部が戦闘部に手を貸すなんて、今まで無かったことだ。
この衝撃的な状況にすっかり集中していると、津辻が残念そうに溜め息をついていた。
「さすがに、一部の戦闘員だけじゃ第一高校には勝てないか」
ほんの少しの悔しさと、諦めの良さを見せた津辻はもう一度溜め息をつく。
しかし俺は、津辻の聞き捨てならない言葉に反応し、気付いたときには聞き返していた。
「…え?今、なんて?」
「ん?ああ、こっちにも色々あるからさ。戦闘員を全員連れてくることはできなかったんだ」
「…へええ」
俺は引きつった愛想笑いをするしかなかった。
いくら緊急事態とはいえ、こちらはほぼ全員の戦闘部員が揃っている。それでも勝てず、守衛部の手を借りたというのに…。
…これ、やばいだろ。
だが第一高校は、とりあえず本日は第十高校の攻撃を防ぐことに成功したらしい。攻めてきた第十高校生が、第一高校の敷地からどんどん出て行き始めた。
「ふう、しょうがない。じゃあ、僕も帰らないと」
津辻は低い声で呟くと、こちらに背を向けて下り階段のある方へと歩いていく。
「おい、待てよ!」
俺は慌てて津辻を追いかけ、肩を掴む。津辻はこちらを振り返り、何かを言おうとしていた。しかし、俺の方が先に喋り始める。
「お前、俺に聞きたいことがあって来たんだろう!?なのに帰んのか?」
「………………」
津辻は目を上に向かせて、しばらく無言でいた。
「………………あっ!」
そしてようやく思い出したのか、晴れ晴れとした表情を見せる。
「ごめんごめん、いやー忘れてた。生有くん、教えてくれてありがとう」
「あ、ああ…」
俺は、この津辻の心のこもった感謝の言葉の対応に困った。
やっぱりこういうところを見ると、なんか悪いやつには見えないんだよな…。
しかし津辻の頭の切り替えは早く、俺の困惑は無駄となった。
「生有くんってさ──────」
「生有くん、ってさ?」
俺の長い長い回送話も終わりに近付いたところで、白池先輩が興味津々に聞いてくる。
その雰囲気を壊さない程度に、津辻に似た口調で、俺は津辻の問いを先輩たちに教えた。
「『生有くんってさ、情報部だけど友達いるの?』」




