三階の廊下
ひとまず靴を履き替え、俺は校舎内に逃げ込んだ。既に普通の生徒は避難した後らしく、校舎には人気がない。
さて、どこに逃げるか…。
左右に分かれている廊下の前で、俺は考え込んでいた。するとどこからか一人分の足音が聞こえてくる。
警戒して辺りを見回していると、見覚えのある少年の姿が視界に入った。
「希月か?」
俺は確認するように、その少年に声をかけた。その少年は木刀を片手にこちらに手を振っている。
「よかった。奏寺、無事だったんだ」
「まあ、ぎりぎりな」
小走りで長い廊下を駆ける希月が、俺の近くまで来る。すると、どっと疲れたような苦い顔で、苦情をつけてきた。
「まったく…気付いたらいなくなってたから、びっくりしたよ」
「…は?」
まるで俺が迷子みたいな言い方を…!
まあ、隠れていたから仕方はないが。それに今は醜い言い争いをしている場合ではない。
それにしても…。
俺は右手に収まっている携帯電話をじっと見つめた。
戦闘開始後は、いつもなら電話が休む暇なく入ってくる。だが、今日はまだ二件のみ。
「…。なあ、今日もこの前と同じ所で待機するのか?」
「そうだね…。できれば、校門の様子が見える場所が良いんだけど」
希月は言葉を濁していた。
確かに、校門が見える廊下はある。だが、今回は目的がはっきり分からない戦闘であるため、希月はあまりこちらの姿を敵に見せたくないのだろう。
「よし、じゃあ校門が見える廊下に行くか。三階で良いか?」
俺はわざと明るい口調で言った。希月は少しためらった様子を見せるが、やっと頷いてくれた。こうして俺たちは、再び長い廊下を警戒しながら歩き出す。
一階から二階、二階から三階へ移動するために俺達は階段を上がって行った。上にいくほど壁の色がくすんだりせず、綺麗に残っている。それほど普段から上の階に行く生徒が少ないということなのだろうか。
その途中、踊り場にある窓から外の様子に何度か目をやる。今のところ動きに大きな変化はなく、お互いによく動いていた。
さあ、校門が見える三階の廊下まであと一息だ、というところで、希月の足は止まった。その希月の後ろを歩いていた俺も、自動的に止まる。
「希月、どうしたんだ?」
止まってから何もいわない希月に、俺は話しかけ、ひょいと希月の視線の先に目をやった。それと同時に、希月が口を開く。
「ひ、人が倒れてる!」
「えぇっ?」
確かに俺たちがいる廊下の突き当たりには、倒れている人影があった。俺と希月は走り出し、うつ伏せになった生徒のもとへ駆け寄る。顔は見えないが、制服からして女子生徒のようだった。
…はて?この人、なんか見たことあるような…?
「大丈夫ですか?!」
希月が倒れている生徒に声をかける。すると女子生徒は気だるそうに、声のした方に顔を向け…驚いていた。
「…か、か……ち………。………………」
「…へ?どうしました?」
女子生徒が思わず呟きそうになった言葉を聞き取れず、希月は聞き返していた。
もちろん、この女子生徒が驚いた理由は、視界に俺がいたからだ。そして思わず、こう言おうとしたのだろう。
か、奏ちゃん?どうしてここに?
…と。
この状況で起き上がらないことから、倒れていた女子生徒こと春崎先輩は、あれなのだろう。
第十高校から急いで帰ってきたのなら、春崎先輩は恐らく…。
春崎先輩が情報部だとは知らない希月は、優しく声をかけていた。
「大丈夫ですか?もしかして怪我や病気を?」
「……いえ、大丈夫……。ただの…疲労だから」
春崎先輩は、恐ろしく体力がない。それに構わず、第十高校から乗り物に乗ったり、走ったりして帰ってきたのなら、体力が尽きてもおかしくはなかった。なぜこんな所で倒れて…いや、休んでいたのかは不明だが。
俺は春崎先輩とアイコンタクトをとったあと、何も気付いていない希月に声をかけた。
「なあ希月、この人を安全なところまで運んであげて」
「うん。そうしたいけど…」
希月は辺りを見回し、何かを考えた後、深く頷いた。
「わかった。奏寺、十分に気をつけてよ。できたら他の守衛部をこっちにまわしておくから!」
春崎先輩を背負った希月は、俺を心配そうにみた後に走り去っていった。
守衛部が近くに居ない以上、俺一人で目立った動きもできない。これもまあまあ困ったことなのだが、それ以上に大きな問題がある。
それは、全然電話が鳴らないことだ。
春崎先輩は体力がなくなり、これ以上の活動は不可能。
白池先輩からは先ほど連絡がきたが、なかなか連絡が出来ない状況にあるらしい。
香藤部長は得意のクラッキングがセキュリティーに適わず、恐らくまともに情報収集が出来ていない。
雪平先輩は………何をしているのだろう。その前に、どこにいるのだろうか。
…。
冷や汗が流れるのがわかる。
作戦なのか偶然なのかは分からないが、情報部は見事に第十高校に抑えられてしまっていた。
仕方なく危険を承知の上で、俺は校門が見える廊下へと移動を始めた。
「お困りのようだね」
不意にどこからか優しい声が聞こえた。どこから聞こえたのかが分からなかったのは、声が響いたせいだろう。
声がした場所は分からずとも、俺には声の主が誰か一発でわかった。それ故に、いつでも助けを呼べるように携帯電話を握りしめる。
「ここまで来たら、神出鬼没って言っても良いよな?」
「うーん…。本来は自分が動くのは得意じゃないから、それは辞退するよ」
校門が見える三階の廊下で、俺と第十高校の津辻が向き合った。俺と津辻の距離は五メートルほど。二人の間には、緊迫した空気が流れていた。
彼の青い髪も、見慣れたせいかもうそんなに気にならない。
この状況で先に口を開いたのは、相手を睨みつける俺だった。
「なぜここに来た?」
さすがの津辻も、この場面で優しい笑顔は見せてくれないらしい。真っ直ぐ俺を見たまま、なんとも悪そうな笑みで答える。
「ここのとある情報部員に聞きたいことがあって、かな」
「…へえ」
とある情報部員か。
絶対それ、俺だろ。
しかしそれを言ってしまったら、完全に相手のペースだ。
そう思った俺は、もう一つ質問をする。
「津辻、お前は何がしたいんだ?」
「うーん…そうなぁ。簡単に言うと、帰りたいんだ。母国に」
「この土地でめちゃくちゃな戦闘をしなきゃ帰れないとでも?」
真剣に聞くと、津辻はくすりと笑った。
「そこが大変なところなんだけどね。…でも、やっぱりというべきか『留学生』の本当の意味を君たちでも知らないんだ?」
「…留学生の本当の意味?」
少し考える仕草をした津辻は、体の向きを変えて窓から見える戦闘を眺め始めた。視線はそのままに、津辻は俺に話し出す。
「一応同業者ということで、特別に教えてあげるよ。僕らの世界の『交換留学』の本当の目的を」




