情報部より
この話から、奏寺の一人称に戻ります。
なんとか情報部の予算の確保に成功し、俺は急いで予算会議の教室を後にした。
その理由はもちろん、冷川風紀委員長から逃げるためである。
少しだけ冷たくなった風を感じながら、見慣れた廊下を駆け抜ける。たまに窓の外に見える部活に目をやりながらも、気付けばもう校門にいた。
そして誰よりも早く校舎から出た俺は、校門をくぐったところで溜め息をついた。
ちなみに、これは安堵の溜め息ではなく、厄介なことになったなあと、諦めを表すものだ。
「なんで、あんたがここに…?」
俺の目の前にいるのは、あの青い髪の男子生徒、津辻だった。今まで周りの景色に見とれていた津辻は、俺の声に気付きこちらに寄ってきた。
「こんにちは、生有くん」
津辻は愛想のある笑顔を浮かべた。
これは厄介ごとが始まるな…。
というかなんでコイツは俺を下の名前で呼んでいるんだ?
なんで第一高校の校門の前に現れるんだ?
そしてなんで他校の生徒にこんなに友好的なんだよ…。
正体こそわかったものの、津辻の人間性が未だに謎だらけだ。
俺は再び同じ質問をした。
「なんで、お前がここにいるんだ?」
「え、だってこの前は話の途中で僕が帰っちゃったから」
「…そんな理由で?」
確かにこの間は、津辻が呼び出しをくらい帰ったため、話は途中で終わった。
だが、それだけでまたここに来るものか?
呆れを通り越し、俺はその素直さに感動しそうになる。
いやいや、ちょっと待て。まだ津辻が本当のこと言っているとは限らない。
「津辻、お前はただでさえ目立つ外見なんだから、他校の高校の前で堂々と待つのはどうかと思うけど」
「心配はいらないよ。だって…」
津辻はなぜか言葉に間をあけた。
今度は何を言うのか?
気を抜いて次に来る言葉を待ち構えていると、津辻はいつものペースで話し始めた。
「だって、生有くんが来るだろう時間にここに現れるようにしてるからね。今日もそうなんだよ」
「はあ…」
力無い俺の返事に、津辻は笑顔のまま話を進めた。
「だって、今日は生有くん予算会議だったんでしょ?」
「…!」
今までの穏やかな雰囲気は一変し、緊張が流れる。
なんで津辻は第一高校が予算会議ってことを知っているんだ?伏せている情報なのに…。
俺の動揺が悟られたのか、津辻は少し嬉しそうにする。
「予算会議なら君の苦手な人たちも出席する。そしたら君は、一目散に寮に向かうだろうってね」
「津辻、お前……」
「何者なのか?って言いたいのかな?」
明らかに楽しんでいる津辻は、その表情を崩さない。
「僕は、元情報部なんだ」
「も、元?」
「そう。こっちに来る前に在籍してた学校で僕は情報部にいたんだ」
「…なるほど。それでこの土地の情報部の俺に興味をもったのか」
津辻は小さく頷き、右手に持っていた鞄を左手に持ち直す。その時、鞄の口から電子機器が一瞬見えた。
「その鞄の中の物はノートパソコンか?つまりお前もクラッキング技術を持ってんのかよ」
「ん?まあね」
俺と津辻は同時に鞄に目をやった。
と言うことは第一高校にクラッキングしたり、第十高校のセキュリティーを強化したのも津辻っぽいな。
まったく、一人で何人分の戦力になるつもりなんだか。
ここまで自分のことを話したのなら、もうどんな質問をしてもいいだろう。俺は思いついたことをとりあえず聞いてみる。
「なんで俺が情報部だと分かったんだ?」
「うーん。君の外見は知らなかったけど、奏寺生有って人が情報部っていうことは、とある人物から聞いていて」
「とある人物?」
「そう。さすがに教えられないけど」
とある人物か。
人づての情報なら少し安心だ。情報部のメンバーは生徒会にも公表していないほどだから、他の部員がバレていることはなさそうだな。
「それで?なんで新入生の分際でこの土地を好きに動けるんだ?」
「そのうちわかるよ」
明らかに一方的に質問されているのに、津辻は嫌そうな顔すらしない。どちらかというと、この状況を楽しんでるような気さえする。
ま、まさかこれ、白池先輩みたいな情報操作によりできた状況か?津辻もそんなことができるのか?
この人当たりの良さを考えると、雪平先輩のようだ。コイツも裏では悪態ついたりするのだろうか?
混乱する心を抑え、また一つ質問をする。
「それで…お前がこの土地に来たのは『いつ』なんだ?」
夏期休暇前から青い髪の青年は目撃されているが、津辻は最近この土地に来たことになっている。その詳細は未だに謎のままだ。
津辻はニヤリと笑った後、ゆっくりと話始めた。
「それは────」
「あれっ?奏寺?」
俺のでも、津辻でもない声が、俺の背後から聞こえてきた。
ああこの声は、と振り返るよりも早く、津辻の表情が変わる。
その津辻の顔をあえて熟語で表すなら「驚愕」とか「愕然」だろう。
なぜそんな顔をするのかは分からないが。
俺は津辻を放っておき、後ろを振り返った。
「希月か?」
良く聞く声の主を間違えることはなく、やはり俺の後ろに居たのは希月だ。希月は目を一瞬津辻に向けてから、俺に小声で話し掛ける。
「ちょっと奏寺!オレンジの髪の次は、青い髪の人に絡まれてるの?」
「違うって。ま、この青いのはオレンジの春と違って少しヤバいやつだが……って、あれ?」
津辻がいた場所をちらりと見ると、津辻の姿はなくなっていた。慌てて周囲を見渡しても、やはり津辻は見当たらない。
「あれ?青い人は…いったいどこに?!」
希月も津辻がいなくなったのに気付かなかったのか、驚いている。
俺たちがすぐそばに居たのに…。つまり、逃げたり隠れるための身体能力が高いってことか?まるで、春崎先輩のように。
見事に第一高校の情報部の先輩たちの特技らしきものを見せつけた津辻、彼はいったい何者なのだろう。このままいくと、やはり俺と同じくらい記憶力も良かったりするのか?
考えすぎて疲れたため、俺は希月に話しかけた。
「そういえば希月、今日は屋上からの見張りはいいのか?」
「うん。…って、あれ?もしかして奏寺、聞いてない?」
「?何がだ?」
情報部なのに知らないなんて珍しい、と顔に書いてある希月は、衝撃的なことを口走った。
「さっき役所から正式に、この土地全体にある命令が届いたんだ」
「命令?」
俺が聞き返すと、希月は大きく頷いた。
「そう…『戦闘を禁止する』っていう、命令が」




