冷静な情報部部長の回想終了
授業が終わると、視線を合わせた俺と白池は頷き、走って教室の出口に向かった。
「うわっ!どうしたんだ?二人とも」
出口の近くの席に座っている雪平が驚いてこちらを見た。
もちろんこの時は俺も白池も、雪平が二重人格だとは思ってもいない頃だ。それゆえに、俺たちはこいつが好青年な良い奴だと思いこんでいた。周りの奴らも同じで、みんな雪平を慕っている。
そんな雪平に、女子からの人気は雪平より遥かに高い白池が笑顔で謝った。
「驚かせてごめん。じゃあまた明日」
マイペースにことを済ませ、軽やかに廊下を駆ける白池に俺も続く。
雪平は頭に「?」という文字を浮かべ、俺たちの背中を見続けていた。
…今なら分かるが、雪平は白池の説明不足に苛立ち、その背中を蹴りたいとでも思っていたのだろうな。
放課後開始より二分後、俺たちはすでに学校の敷地から出ていた。しかし俺も白池も体育会系ではないので、ぼちぼちと速度が落ちる。
「…」
「…」
足に重い疲れがきた時、ついに徒歩になった。
流れ落ちる汗をてきとうに拭っていると、道の少し先にひとりの女子生徒の姿があった。その女子生徒はこちらに背を向け、ゆっくりと寮のある方へ歩いている。
?…どこかで見たことがあるような?
その時、女子生徒は肩に着くか着かないかの黒い髪を風になびかせながら、俺たちがいる後ろを振り向いた。
俺はその女子生徒に見覚えがあったが、誰なのかは思い出せない。そのため、スルーして通学路を進もうとしたところ、白池が話しかける。
「あ!春崎さん!」
笑顔の白池とは対照的に、春崎と呼ばれた女子生徒は無表情だった。
「あら…白池くんに…香藤くん」
興味が無さそうな目で俺たちを見る春崎の足は、早くも寮へと向いている。
そこでやっと、俺は春崎がクラスメートだということに気付いた。
…ん?ちょっと待てよ…?
「おい、なんで春崎さんは俺たちより前にいたんだ?」
俺と白池は雪平と少し話したものの、その時以外はずっと走っていた。それなのに、春崎は俺たちより教室から離れた場所を歩いている。
俺の疑問に、春崎は少しだけ微笑みながら答えた。
「さあ?…不思議ね」
そしてくるりと体の向きを変え、再び春崎は寮に向かって歩き出す。
ちなみに春崎が俺たちより早かった理由は、やはり今なら簡単にわかる。
俺と白池が雪平と話し、クラスメートの視線の的になっていたとき、春崎はこっそりと窓から脱出したのだ。
なぜそんなことをしたのか、俺には分からねえが、さすがは春崎ということにしておこう。
それからは何事もなかったため、やっとの事で俺たちは寮の部屋へと到着した。
部屋に入り片付けをしている間、ずっと楽しそうにしていた白池がちらりとこちらを見る。
「それで、勇雅はどうやってあの人たちの身元を?」
「少し待っていろ」
俺が素早くパソコンを立ち上げると、白池が画面を覗き込んできた。それに構うことなく俺は情報収集を始める。
最初は制服の色について調べた。こちらはクラッキングするまでもなく、さらりと判明。
次は渡田という人物についてか。さすがにここからは正当な手段では、情報は得られない。
先ほどとは違うパソコンの使い方に、初めは白池は首を傾げているだけだった。だが、時と共に俺が何をしているのか薄々感づいたらしい。白池は遂に頭を抱えこむ。
「…勇雅、なにやってんの」
「クラッキングだ」
「なにそれ?!」
「まあ…よく耳にする呼び方でいうと、ハッキングだな」
さすがの白池も、これには驚いていたらしい。
それほど時間はかからず、俺は渡田ともう一人が第二高校の生徒会の端くれということを掴んだ。
「しかもこいつら、明日は特別休暇をとっているな」
「特別休暇?」
「ああ。生徒会員が仕事が忙しいときに、授業を休むことができる制度らしい」
それを伝えると、白池は少し考え込んだ。
「なるほどね。…でも、せめて第一高校に潜入するだいたいの時間さえ分かれば…」
その独り言に、俺は即答した。
「午前八時だな。こいつら、パソコンにスケジュール入力してやがる」
「………そう」
白池は俺に何か言いたそうな目をしていたが、俺は気付かないフリをする。しかし、次第に白池の表情は明るくなっていった。
「…うん。大丈夫!あの人達を追い出す方法、思い付いた!」
「やけに早えな」
にこやかな微笑みを俺に向けただけで、それ以降、このことについて白池は何も語らなかった。
よって、なにが起こるか知らないまま、あの二人が来る明日を迎えることになった。
午前九時をまわるとき、俺も白池も教室で授業を受けていた。
白池はすでにあの二人を追い払ったのか?と疑問に思っていると、突然ベルの音が校内から鳴り響く。
「なんだ?!」
「何の音?」
「警報の音じゃないか?!」
この教室だけでなく、他の教室からもそんな声が聞こえてきた。そんな俺たちを煽るかのように、今度は違うベルの音も鳴り出す。
呆然としている俺の周りでは、クラスメートたちが混乱し、席を離れたり、友達の元に駆け寄ったりしていた。
もしかして、あの二人が見つかったのか…?
「おい白池、もしかし…………」
白池に近付き声をかけたものの、その言葉は喉から出て行かなくなった。
周囲がパニックになるなか、ひとりだけ幸せそうに微笑む少年。
そう、それは俺の目の前にいる白池だった。
「………おいコラ白池。てめえ、なにしてくれた?」
「え?何って、潜入者を追い出すんだよね?」
その表情を一切崩すことなく、白池は俺を見た。
この騒ぎから数時間後、第二高校の潜入者を二名発見したことが、生徒会より広報部を通して報じられた。
ちなみにその広報部からは、数々の警報を鳴らした犯人は二名の潜入者であるという説明まで入った。
学校も終わり、生徒たちはようやく寮に帰ることができた。俺は一緒に帰った白池に、今日の出来事について詰問したところ…。
「あれは、まず朝のうちに校門のセンサーと放送室の色んな機械をいじったんだよ」
「…」
「それからあの二人が…」
「おい、白池」
嬉しそうに話す白池の言葉を、俺は遮った。
「なに?勇雅」
「つまり今日の不気味な出来事は全てお前の仕業だと?」
「そうだよ」
白池はあっさりとそれを肯定した。それにより過去に起きた不審な出来事が、記憶から蘇る。
「以前、お前が宿題をやり忘れた時、どこかの教室から煙が上がり、休校になった日があったよな?」
「あ、それ僕のしわざ」
「お前がテスト勉強をし忘れた日には大量の虫が校内を歩き回り、ちょうどテストがある授業が潰れたよな?」
「あー!懐かしい。あれは苦労したなぁ」
その時、俺が頭を抱えたのは言うまでもあるまい。
しかし白池は、そんな俺を見ても変わらず笑っていた。
「でも、勇雅のクラッキングの方がたち悪いよ?」
「ここまできたらお互い様だろう…」
「あははっ!…っていうことは、勇雅も部活と委員会に入るのを止められた人?」
今までの雰囲気をそのままに、白池は鋭いところに気付いていた。俺が驚きながらも頷くと、白池は少しだけ顔を曇らせる。
「やっぱりね。僕はこの情報操作を、勇雅はクラッキング技術を見込まれたと。…この土地の大人は、何をしたいんだろうね?」
意味深な言葉と共に、白池は窓の外に顔を向ける。俺もつられて外を見ると、そこには綺麗な満月があった。
もうそんな時間か…。
いつの間にか過ぎた時間。自分たちが数ヶ月後、何をするのか分からないまま、俺たちはその日を迎えた。
「情報部?」
二年目の四月の初め頃、一つの教室に極秘で集められた四人が、不審な顔で教卓にいる人物を見た。
この教室には教卓はあるものの、机と椅子は無い。それどころか壁に備え付けてある棚にさえ物がなく、変にすっきりとしていた。お陰様で俺たち四人は立たされたまま、説明を聞く羽目になる。
教卓にいる人物、つまり以前俺たちに委員会やら部活やらに入るなといった役所の人間は、大きく頷いた。
「そう。これからは情報が武器となる時代だから。ちなみに君たちはできるだけ自分が情報部であることを隠していてほしい。
だから高い身体能力を持つ春崎さん。
社交性のある雪平くん。
情報操作が得意な白池くん。
そしてクラッキングができる香藤くん。
君たちに頼みたい」
この場にいた四人の名前が挙げられた。
その時、春崎は無表情で黙り込み、雪平は俺と白池を不審な目で見ていた。そんな雪平に、白池は笑顔を向けている。
役所の人間は咳払いをして、もう一度注目を集めてから再び話し出した
。
「それと明日入学する生徒からも、一人だけ情報部員になってもらう予定だ。そいつが揃ってから、情報部は活動を開始してくれ」
その言葉に、いち早く反応したのは雪平だった。
「一人だけですか」
「そうだ。そいつの名前は……。忘れたが、記憶力が高い生徒だった気がする。とりあえず入学式の日に、そいつを他の奴らにバレないように、この教室まで連れてきてほしい。そしたら、こちらで話をつけよう」
その曖昧過ぎる情報と説明に、俺たちは脱力した。だが、ここで俺はコイツが言いたい事の意味を理解した。
「面白いじゃねえか。その新入生、俺が特定してやる」
「うわっ、悪い顔してるね。じゃあ、僕がその生徒に近付きやすいように、勧誘するときには他の生徒を追い払おうかな。情報操作で」
白池も理解したのか、俺の話に乗った。
次に雪平が、いつもは見せない偉そうな態度で口を開いた。
「では俺がそいつの案内役を務めよう」
「…じゃあ、私は…その情報操作とやらのお手伝いをする」
最終的に、春崎も無表情ながら話を合わせた。
そして入学式の日にこの作戦が成功し、奏寺が情報部に入ったのは言うまでもない。
「それで、情報部って具体的に何をするんですか?」
本日この土地に来たばかりで、右も左も分からないだろう奏寺が、真剣な表情で俺たちに聞いてきた。それに応えるため、俺たちも真剣な顔で返答する。
「知らん」
「あははっ!僕にも分からないんだ」
「こちらが知りたいくらいなんだよ!」
「…さあ?」
「…」
こうして、情報部はスタートした。




