守られた情報
「第一高校、勝利!!」の新聞が出回った次の日の放課後、俺は真っ直ぐ寮に帰宅した。
第一高校はすでに、第十高校の話題で持ちきりになっていた。一昨日の勝利によるお祝いムードが一気に冷めてしまったのは、少し寂しい気がする。
さてさて。
俺は部屋の窓の鍵とカーテンを開けた。すると、涼しい自然の風が、部屋にすっと入ってくる。
その風に感謝する暇もなく、俺はせかせかと動き出した。部屋を簡単に片付けて、飲み物があるかを確認する。
しばらくすると、ドアとノックする音と、声が聞こえてきた。
「香藤だ」
俺はドアを開けて香藤部長と、その後ろにいた白池先輩を招き入れた。
慣れ親しんだ俺の部屋で、二人は定位置に座った。香藤部長の顔をみると、少しだけ疲れが見える。
「香藤部長、もしかして疲れてます?」
「まあ、少しな」
「やっぱり、戦闘が続いたからですか?」
香藤部長は首を横に振った後、堂々とした声で言った。
「戦闘の時の情報収集なんかで疲れねえよ」
隣でくすくす笑う白池先輩が、俺に説明をしてくれた。
「勇雅に最近ライバルが出来たんだよ」
「ライバル…?カエルの大魔王に…?」
カエルのライバル…つまり、アメンボか!と言おうとしたら、香藤部長に睨まれたのでやめた。
しかし、ライバルって、何のライバルだろうか?
俺の疑問を察した白池先輩が、説明を付け足した。
「セキュリティーシステムだよ。どうしてもそのセキュリティーに引っかかって、クラッキングできないみたいでね」
「セキュリティー…ですか」
セキュリティーに引っかかる、か。今まではそんなことなかったのに。
というか、香藤部長に突破できないレベルのセキュリティーなんて、今までなかったのに。
俺は、その時ふと、嫌な予感がした。
「その…もしかして…その破れないセキュリティーがあるのって…」
「ああ。第十高校だ」
またかよ!と叫びたくなった。
苛々している香藤部長が、ぼそりと不満をもらしていた。
「やはりあの留学生のせいか?留学生が編入したのは昨日だ。セキュリティーが厳しくなったのも、昨日からだ」
「そうだね、昨日までは普通に留学生のことも、第十高校のことも調べられたし」
白池先輩もさすがに今回は笑っていなかった。俺もだんだん気持ちが沈んでいく。
「留学生…いったい、どんな奴なんですかね」
留学生が来ることは情報部も掴んでいたが、そいつの名前や性別、容姿は一切分からなかった。そのため、実はずっと気になっている。
その時、白池先輩が鞄の中から書類を取り出し、テーブルの上に広げた。
「一応、生徒会室に忍び込んで、クラス名簿はコピーしてきたけど」
テーブルの上には、十数枚の紙が並べられた。留学生の出身国の言語は英語。そのため、名前がカタカナ表記になっている者が居れば怪しいのだが、漢字の名前しかない。この土地に来るにあたって、日本名を用意したのかもしれない。それとも、元からあったのだろうか。
俺は名簿を受け取り、とりあえず生徒名を記憶する事にした。
第十高校の全校生徒は約三百人。まあ…一日でいけるな。
「無理はだめだよ?」
俺の心を読んだかのように、白池先輩が忠告してきた。
「だ、大丈夫ですって。このくらい三時間もあれば余裕で───」
「失礼するね…」
俺が話していると、いつものごとく軽やかに窓から春崎先輩が入ってきた。春崎先輩は俺の部屋に足をつけると、一瞬にしてカーテンを閉める。春崎先輩は、この一部始終の動作を無表情でこなした。
「お疲れ様です、春崎先輩」
「お疲れ様」
「…お疲れ」
同時に俺たち三人の挨拶を受けた春崎先輩は、少しだけ口角を上げた。
「お疲れ様…」
春崎先輩も定位置に座り、少しだけ雑談を交わした。香藤部長と白池先輩はクラスが同じだが、春崎先輩と雪平先輩は別のクラスらしい。それゆえに同じ学年とはいえ、関わることは滅多にないようだ。
「やっぱり…今は…第十高校が話題の中心だよね…」
春崎先輩がぼそりと呟いた。俺たちの世間話は、だんだんと部活の本題へと近付いていく。
そこで俺は紙を取り出し、ボールペンで書き込んでいった。
「最初に敗退したのは地下高校。次に敗退したのは…」
次々に敗退していった高校名を挙げ、紙にメモする。最新の第十一高校を書き終わったところで、現在まだ残っている高校名を書いた。
「残ったのは第一高校、第三高校、第五高校、第十高校、…そして湖上高校か」
「少ないな…」
香藤部長が苦い声で呟いた。
夏期休暇の一件で忘れがちだが、第一高校は第三高校と特に仲が悪い。
第五高校にはこの間攻め込まれたばかりだし、第十高校は今は色んなところに喧嘩を売っている。
友好関係にある湖上高校は、こういった争いに関与しない姿勢を示し、それを実行している。
つまり…。
第一高校にとって、とても不利な状況にあるのは間違いない。
俺たち情報部は第一高校の生徒にも怪しまれてはいるが、一応第一高校生である。そのため、できるだけ敵の情報は集めておきたいところだが…。
「みんな警戒態勢を強め始めたね。敷地に入るのも一苦労だったよ」
昨日、第十高校に潜入した白池先輩はこう語った。
「そうね…。私は第五高校に行ったけど…見張りが以前より倍以上に増えてた…」
春崎先輩は目を細めながら、悔しそうに呟いた。
「第十高校のセキュリティーは高くなった。他の高校は今まで通りだが…」
香藤部長が舌打ちをした後、苛立ちながら言った。
そして、俺は。
「最近、覚える情報が増えたような気がしますが」
率直な感想を述べた。
すると、納得したような顔で香藤部長が口を開く。
「ああ。それはこの頃、第一高校にクラッキングしてくる奴がいてな」
「えっ?!」
俺は驚き、声を上げた。
第一高校もついに情報を盗まれる立場になっていたのか。
「なるほど!だからインターネットに繋がっていない、俺の頭に情報を入れるようになったということですか」
納得できるような、なんだか引っかかるような…。
そんな俺をよそに、香藤部長は大きく頷いた。
「そうだ。だからどんな拷問を受けようが、情報は守れよ」
「う…。は、はい」
俺が苦い返事をすると、くすりと春崎先輩が笑った。
「特に…第三高校の広報部には気をつけた方がいいかもね…。拷問とか…得意そう」
「怖いですから」
確かに広報部は得意そうだ。シャレにならない。
「あははっ。もし広報部に捕まったら、自分の頭殴って記憶を失うしか無いかもね」
笑いながら、白池先輩は恐いことを言った。
もうこれは、確実に…。
「先輩方、後輩をからかって遊ばないでくださいよ…」
溜め息を交えながら、俺は楽しそうな三人の先輩に苦情を伝えた。




