望まぬ外来者
暑さも薄れ、徐々に過ごしやすい気候へと変わっていく。食欲だの読書だの運動など、様々なことがしやすくなるこの季節。
だからだろうか?
情報部に所属する俺は、平日の午後である「放課後」に、校舎の三階の廊下の真ん中にいる。マイク付きのヘッドホンを付け、廊下の窓から広い校庭を見下ろしていた。
放課後になるとこの第一高校の校庭は、普段は戦闘部や守衛部たちの練習場となる。たまにスクープを求めて新聞部が徘徊する事もあるが、少なくとも俺が気にするべき場所ではない。
しかし、俺の神経のほとんどが、今は校庭に注がれている。
そして俺のすぐそばにいる守衛部の希月徳の神経は、廊下に注がれていた。その右手には、守衛部員の中で彼だけが扱える木刀が握られている。
一応言っておくが、希月が俺の殺害を目論み、人が居ないのを確認して木刀で叩こうとしているわけではない。
希月は俺の守衛をしているだけだ。
廊下を注意深く見渡す希月が、俺に目を向けずに話しかけてきた。
「どう?校庭の様子は」
俺はその問いに、自分なりの解釈を含めて答えた。
「第一高校が優勢だな。校庭の半分くらいで敵を抑え、だんだん優勢になってきてる」
しかし希月は俺が話し終える前に、廊下の端に向かって走り出した。俺は校庭を見たままであるため詳細は分からないが「うわぁっ」「わあ?!」という聞き慣れない声の悲鳴が聞こえた。恐らくここに侵入してきた、第五高校の奴らが、希月に負けたのだろう。
─────そう。今、第一高校は第五高校と「戦闘」を行っている。しかも第一高校は攻められる側だ。
ここで負ければ、第一高校は敗退となり、この土地から消えてしまう。
攻め込んでいる第五高校に俺たちが勝てば、第一高校は今まで通りでいれる。ただ、第五高校は攻め込んでいる側なので、負けてもこの土地から退くことはない。まあ、敗者という名は与えられるが。
そのとき、ヘッドホンから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「こちら…………カエルの大魔王。…奏寺、聞こえるか?」
「はい、オッケーです」
嫌々ながらに合い言葉を言う俺の通信相手は、もちろん香藤勇雅部長だ。
香藤部長は気持ちを切り替えたのか、真面目な声に変わる。
「今、第五高校のとあるパソコンに侵入している。次だが、校庭から少しずつ撤退し、校舎に入るそうだ」
「了解です。…って、校舎ですか?やだな」
俺が居るここが、次の戦場となるのか。よし、早めにここから出よう。
香藤部長との通信を切った後、今度は俺の方から電話をかける。呼び出し音が数秒流れた後、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「もしもし、奏寺くん?」
「ああ。城戸、新しい情報だ」
戦闘部にて戦略をたてている城戸に、俺は先ほど仕入れた情報を伝える。城戸は一度も聞き返すことなく、静かに聞いていた。そしてこちらが話し終えると、嬉しそうに話し出す。
「ありがと!よし、叩きのめしてやる!」
「こ、心強いな」
「まあね!できるだけ校舎への侵入はさせないようにするから、安心して」
城戸はテンションをあげたまま、通信を切った。そして休む暇を与えることなく、次の通信が入る。
「もしもし」
「奏ちゃん?…ええと、…カマキリの銀行員だけど…」
「お疲れ様です」
カマキリの銀行員という合い言葉と、この喋り方といえば、春崎先輩しかいない。
春崎先輩は俺と同じく、この校舎内に居るはずだ。俺と違って単独行動をしているので、どこかに隠れているのだろう。
「今、校舎の入り口あたりにいるんだけど…結構な数の敵が校舎に侵入したの。…だから気をつけて」
「ありがとうございます」
春崎先輩は小声で別れの言葉を言い、通信を切る。俺はすぐさま廊下を見渡し、敵がまだここに来ていないことを確認した。
「奏寺、どうしたの?」
「それがさ、結構な数の敵が校舎内に入ったらしくて」
希月はそれを聞くと、気を引き締めたのか真剣な顔つきになった。
それもそのはず。俺は完全なる非戦闘員である。自分の身すら守る自信すらない。そんな生徒を守らなければならないのだから、希月も笑ってはいられない。
とりあえず後は希月に任せ、俺は再び窓の外に目をやった。相変わらず、校庭は二つの高校の生徒で賑わっている。
その端の方に、雪平先輩が見えた。雪平先輩はいつも通り、救護班の手伝いをしている。それ故に、雪平先輩が携帯電話を通話中にしてくれると、戦闘員たちの声がここにも直接聞こえる。
背後で風を感じた。恐らく希月が敵を見つけ、走り出したのだろう。今度は、俺はしっかりと近くの教室に身を隠す。
十数秒、いや数秒で片付けた希月は、焦った様子で俺がいる教室に走り込んできた。
「ちょ、奏寺!」
「…なんだ?恐ろしい数の敵でも攻めてきたか?」
ありとあらゆる最悪のケースを想像しながら、俺は希月の方を見た。だが、俺のマイナス思考な考えははずれているらしい。希月が首を横に振った。
「逆なんだ!皆、校舎から出てった」
「………は?」
想定外すぎる答えに、俺は呆気にとられた。
今攻めてきた敵が、すぐにいなくなった?
どういうことだ?
まるで誰かに操られて…、いる、ような…。
…。
…ああ。そういうことか。
苦笑いを浮かべながら、俺はある人物に通信を入れた。
「もしもし?あなたは?」
「はいはい、どじょうの公務員だね」
俺が通信を入れた人物、それは白池和攻先輩だ。
どじょうの公務員という微妙なコードネームを持つ白池先輩は、その名前を意外と気に入っている。
俺は白池先輩に、この状況について尋ねてみた。すると、予想通りの答えが返ってくる。
「うん、僕だよ。校庭にいる敵の方に、ちょーっとした誤情報やら何やらを投げたんだ。そしたら、皆急いで校庭に戻って行ったんだよね」
爽やかかつ優しい声とは裏腹に、やっていることは相変わらず容赦がない。抜け目もないのか、誤情報だとバレることも少ないのが凄いところだ。
通話を終えたところで、希月に簡単かつ曖昧に事情を伝えた。
「うん、とりあえずここは安全になったんだね」
希月ももう慣れたのだろう。それで納得してくれた。
俺たちは今までいた場所に戻り、再び戦闘部や守衛部との連携プレーを始めた。騒がしい校庭の声はここまではそんなに届かない。そのため、この静かな校舎内に響く冷たい足音は俺の耳にも届いた。
「なんだ?」
不安を隠しきれない俺が、廊下をキョロキョロと見渡す。希月は冷静に、足音がしている方向をじっと見つめていた。
「…来るよ」
希月は低い声でそう呟くと、木刀と構えた。こちらに背を向けているため、希月の表情は分からない。しかし、その気迫はここまで伝わってくる。
さすがは守衛部のエース、ってやつか。
しばらくすると、足音の主の男子生徒がこの階にあがってきた。足音の主とは離れているものの、その巨大な図体はここからでも目立った。
「うわ、でかっ」
希月が思わず言葉をもらしていた。だが、確かにデカい。縦だけではなく、幅もある。その生徒の制服のラインの色は茶色。…第五高校生の証拠だ。
こちらに近付いてくるデカい第五高校生は、見た目通りの太い声でこちらに話しかけてきた。
「へえ…こんな所にも生徒がいたんだ?木刀持ってるってことは、君も戦闘員か」
「戦闘員といえば、まあそうなります」
力強い声で希月が答える。デカい第五高校生はニヤリと笑うと、自分の得物である木製の長い棒を取り出した。その長い棒は眩しいほど明るい黄色で塗られている。
デカくて、黄色い長い棒を使う、第五高校生。
その情報たちが俺の記憶に結びつく。気がつくと俺は言葉を発していた。
「夏間英流、第五高校の二年生。身長203センチメートル、体重85キログラム。彼が扱う武器の黄色く長い棒は、実は金属が仕込んであり、かなりの重量。弱点は方向音痴」
すらすらと並べられた自分の情報に、近くまできたデカい第五高校生の夏間は動揺していた。
「な、なんなんだよお前?!」
夏間の大声で、俺もはっとして我に返る。やはり情報を並べてしまう癖は、簡単には治ってくれないらしい。
夏間は黄色い棒を強く握り締め、俺に突進してきた。だが残念なことに、俺の元につく前に、夏間の頭は働いてしまったらしい。彼の顔に再び動揺が現れる。
「ま、まさかお前が噂のじょ…」
全てを言い終える前に、希月は夏間の腹に木刀を叩き込んだ。夏間が咳をしながら倒れ込むと、あっという間に拘束具を巻き付ける。
そして、最後に一言。
「動揺しすぎですよ」
希月はそう言い放つと、携帯電話で仲間を呼んだ。駆けつけた仲間の守衛部が、速やかに夏間を連れて行く。
「…それにしても奏寺、あの情報の羅列はなに?」
「俺の癖なんだよ。普段は頭の中で流れるだけなんだが…今日は口に出していた」
「へ、変な癖だなぁ」
半ば呆れながら、希月は再び警戒体制に入った。しかし、ふと疑問にでも感じたのか、俺に話しかけてきた。
「それにしても、どうしてあの夏間って人は、この校舎内に居たのかな?他の人は校庭に戻って行ったのに」
「ああ、それはたぶん……」
俺は夏間の情報を頭の中で確認した後、笑いながら説明する。
「あいつの弱点は、重度の方向音痴だからな」
それを聞いた希月も、吹き出しながら納得した。
「なるほど。この校舎内で迷子になったんだ」
校舎内に二人の笑い声が響き渡る。その頃には校庭での戦闘もだいぶ落ち着き、第一高校は見事、第五高校を退けた。
次の日の朝、各クラスの教室の黒板には、新聞が貼られていた。恐らく、新聞部が勝手に貼っていったのだろう。
もちろん俺のクラスの黒板にも例外なく貼られている。一面には大きな字で「第一高校、勝利!!」と書かれていた。その横には、戦闘部の暮谷の写真が大きく載っている。
ほう。
ということは暮谷が活躍したのだろうか?
昨日、俺は新聞部にある程度は情報を提供した。だが、向こうから情報を与えられることは滅多にない。だから暮谷の活躍については、一切知らなかった。
記事が気になるところだが、放課後まで待つことにした。今日は放課後に、新聞部に別の情報を渡す予定がある。
その時に、新聞を買うとしよう。




