世間話ができる関係
俺は夏休みの宿題や書類を鞄に入れ、寮を出た。
朝早いだけあって、人は少ない。夏休みが終わったという感覚をいまいち味わえないまま、俺は黙々と足を進める。
たまに吹くそよ風が心地良い。そんなことを思いながら、どんどん寮から離れていく。
「ね、ちょっと待って」
突然、誰かの声がした。辺りを見回すと、見慣れたオレンジ色が視界に入る。
「お、春か。まだこの土地にいたのか」
道の隅に隠れていた春が、にこりと笑った。
「ええ。今日ここを出るの。だから最後に、ちょっとお話いい?」
俺が頷くと、春は手招きをしてきた。俺たちは第一高校の通学路から外れた場所で、立ち止まる。
「とりあえずさ、色々とありがとね。奏寺くん…だっけ?」
「ああ。別に大したことはしてないし」
結局、あのとき地下高校にいた全員の賛同のもと、古代宝は春の所有物となった。もう、二度とこの土地の生徒の目に触れないためにも、それが一番良い。
「なんかさ、あの一島って人のおかげで、安全にこの島から出れるようにはなったけどさ。バタバタしちゃって皆にお礼言えなかったんだよね。皆に伝えといてくれる?」
「ああ、分かった」
まあ、広報部に今後会う機会があれば、だが。希月には今日言ってしまおう。
それより、ずっと気になっていたことが一つある。
「なあ、何でお前、髪の毛オレンジ色にしてるんだ?普通、この土地に不法侵入するなら目立たなくするべきだろう」
きょとんとした後、春は自分の髪の毛をいじり始める。
「もともと私はどっかの生徒会長に会って、地下高校の場所を聞き出す予定だったから…。ある程度、印象に残る容姿にした方が良いって聞いたのよ」
「聞いたって…お祖父さんとかにか?」
「ううん。この土地に来る前日に偶然会った『津辻』っていう人」
知らない人の言ったことを聞き入れて、オレンジ色の髪に染めたのかよ。
まあ、それは…もういいか。
俺は携帯電話の時計を見た。
「そろそろここには、朝のランニングを始める飛脚部が通るんだ。場所を変えるか?」
「ひ、飛脚部ってなによ?!」
「早い話が郵便部だな。どこにいるか分からない相手に、渡したい物がある時に便利なんだよ」
春は、信じられない!という目つきで、こちらを見てきた。まあ、しょうがないだろう。俺だって最初は目を疑ったものだ。
春は頭を切り替えて、話題を元に戻した。
「いいえ、場所は変えなくていいの。私はお礼さえ伝えられれば良かっただけだし。何より、あなたには学校があるでしょう?その膨らんだ鞄は、夏休みの宿題かしら?」
「ああ、四割は宿題だ。残りは新聞部に売りつける情報の書類」
春は驚きを越し、半ば呆れ顔になった。俺は鞄を肩に掛け直す。
「それじゃあ、元気でな」
笑顔で別れを告げると、春も笑顔で手を振ってきた。
「ええ。あなたも」
遠くに見え始めた飛脚部の群れを横目に、俺は通学路へと戻った。
春と話したため、時間が経ったせいか登校する生徒の数が明らかに増えている。
やっと、新学期って実感がわいてきたな…。
鞄の重さを忘れ始めたころ、やっと校舎が見えてきた。その時、後ろから俺を呼ぶ声がした。
「奏寺、おはよ」
「おはよ」
希月はいつもの明るさを持ちつつ、顔に疲れを見せていた。恐らく、夏休みの宿題を夜な夜なやっていたのだろう。
そのまま俺たちは世間話をしながら歩く。気付くと校門にまで辿り着いていた。
「そういえば霧丘さんは?」
希月がふと思い出したように、俺に聞いてきた。部活やら宿題やらで忙しかった希月は、地下高校に行ったとき以来、霧丘と会っていないらしい。
「霧丘は一島和飛に謝られたみたいだ。霧丘はあいつに散々利用されていたからな」
この情報は、霧丘本人の口から聞いたものである。そして謝罪の過程で、この土地の秘密を霧丘は知った。
これであのとき俺たちが、霧丘にこの土地の秘密を教えなかった意味が無くなってしまった。
「霧丘さん、怒ってなかった?」
「怒っていた。一島和飛に対してな」
希月が心配そうにして、下を向いた。
「だが一発叩いただけで、霧丘は一島和飛を許したらしいぞ」
笑いながら俺がそう言うと、希月もおかしそうに笑った。
「霧丘さんの一発叩く、か。霧丘さん本人からすれば、かなり軽い処罰なんだろうけど」
「あの強い力で叩かれたら、まあ…完全に痛みがひくのは一週間後だっただろう」
「うわー」
完全な笑い話になり、俺たちは校門をくぐった。目の前に、大きな第一高校の校舎が現れる。
久しぶりに、我が校の校舎に入るな…。
遠くにある靴箱に目線を向けた、まさにその時───また後ろから俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おっ、奏寺くんに竹刀…じゃなくて木刀くんじゃん」
「第一高校は今日から新学期なのか」
夏休みに散々聞いた、この声の主を俺と希月は恐る恐る振り返って確認する。…やはり俺と希月の後ろには、あの広報部の二人がいた。二人の手には、ダンボール箱が抱えられている。
「お前ら、何でここに…?」
俺はつい反射的に聞いてしまった。周りの生徒から送られる視線が痛い。そんなことは全く気にしない篠川が、ダンボール箱の中身を俺たちに見せびらかした。
「俺たちの新学期は来週からだから。今日は広報部の仲間でこれ食べるんだよ」
ダンボール箱の中にはスイカが丸々一玉、すっぽりと入っていた。羨ましすぎるが、それを言葉に出すと篠川が調子に乗りそうなので黙っておく。そのとき、篠川の隣に居る咲宮が、希月を見て話しかけていた。
「お前、眠そうだな?」
「そ、そんなこと、ないですよ?」
希月が慌てて、愛想笑いをする。徹夜して宿題をしただろうことを、咲宮は見抜いたのだ。
というか俺たちはいつの間に、広報部とこんな世間話ができる関係になったんだろうか。
ふと感じた疑問を解決するため、過去を頭の中で探ってみる。しかし、それを阻害する声が、新たに聞こえてきた。
「奏寺くん、新学期からなに目立ってるのよ!」
朝の挨拶もなしに、戦闘部の城戸が走りながら俺に文句をつけてきた。城戸は夏期休暇中は実家に帰っていたため、会うのは久しぶりだ。
だが確かに城戸の言うとおりだ。ただでさえ情報部という危うい立場にいるのに、第三高校生と仲良くするのは悪目立ちしすぎたか。
彼女の言葉はまだ続く。
「守衛部と仲良くしだしたと思ったら、今度は第三高校の生徒と友達になったの?」
「いや、広報部と仲良くなったわけでは…」
「というか、校門の前で敵の学校の生徒と世間話なんて…前代未聞だから!」
俺は慌ててあたりを見渡す。第一高校の生徒たちは、不審な目でこちらを見ている。よく見ると、その集団のなかに香藤部長と白池先輩の姿があった。
あ、白池先輩は楽しそうな笑顔でこっちを見てる。けど、香藤部長の顔が、怖い。
俺は青ざめた顔のまま、広報部の二人を見る。彼らはこの状況を楽しんでいるのか、いい笑顔をしていた。もちろん、咲宮は無表情に限りなく近いが。
その時、俺は一瞬、何かを思い出した。
だが、すぐにその記憶は飛んでいってしまった。
はて、なんだ?
広報部の制服の青いラインを見ていたら、記憶のどこかで、何かが引っかかった気がするが…。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
とにかく、俺はこの場を上手く切り抜けなければ…!
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
これにて二章は終了となります。
最終章となる三章は、本日(7月23日)より十日以内には投稿し始める予定です。




