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彼が噂の情報部  作者: くるなし頼
第二章 『情報部』の夏期休暇
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ふたつの条件

思い出したくない嫌な思い出。


それは、ある程度は忘れられると思う。

ただ、思い出しやすいだけで。



例えば俺の場合、中学生の時の話だ。忌み嫌われるあの漆黒の虫が、教室に三匹同時に現れた事がある。その時は授業中だったが、クラスの女子が悲鳴を上げたため、三匹の存在はクラスメート全員に知れ渡った。

当たり前のように教室中はパニックに陥った。教師も教卓を降り、その場にいた人間が教室の一カ所に集まる。



さて、ここからが問題だ。



もちろん俺たちが逃げたとして、奴らが「これは失礼」と速やかに教室を出てくれるわけがない。

退治をしなければならない。


女子にそんなことをやらせるのは論外、かといって男子だって嫌なものはある。ここはぜひ教師にやってほしいところだが、教師の表情を見てそれは不可能だと悟った。

それなら、いつもクラスの中心で賑やかにしていた俺がやるべきか?俺が退治すれば、例え奴らがクラスメートの方に激走し始めても、後々笑い話になるかもしれない。


俺はクラスメートの群から飛び出し、黒板の下あたりに走り込んだ。なぜかこの教室には、殺虫剤が黒板の下に置かれている。


「か、奏寺?」

「奏寺くん…」


ぽつぽつと俺の名前を呼ぶ人がいたが、ここからは集中しなければ。俺はその声には応えなかった。

そして手にした殺虫剤を、三匹の敵に向けて迷わず振りかける。二匹は逃げたが、一匹は仕留めた。その後、空中に飛び立った一匹を、すかさず仕留める。クラスメートも一気にテンションが上がったのか、歓声と拍手が聞こえてきた。


ラスト一匹。こいつとも空中戦だった。

こいつも難なく片付け、クラスの皆に笑顔が戻った。奴らの亡骸は教師が片付けるとのことで、俺たちは机に戻る。教師はキョロキョロと教室を見渡して、亡骸を探していた。


それにしてもあの教師は、生きてる奴らを倒すことは出来ないのに、なんで死んだのを片付けることは出来るんだ?


疑問に思いながらも、俺は自分の机に向かい、椅子を引きかけた。


「…」


俺の目に入ってきたのは地獄絵図だった。なぜ、気付かなかったのか。


一匹は俺の机の真横で力尽き、二匹目の空中で殺虫剤をかけた奴は、俺の椅子の上で倒れていた。最後の一匹は、俺の机に乗っている。しかもまだ息があるのか、ぴくぴくと足が…足が小刻みに動いている。


硬直した俺に気付いた一部のクラスメートが、雑巾を持ってきてくれたり、職員室から除菌剤を取ってきてくれた。その後、速やかに片付けられたものの、あの地獄絵図は、なかなか頭を離れなかった。机の上のは特に。


今では、あの目に焼き付いた地獄絵図はめったに思い出さない。それでも、机の上に身に覚えのない小さいものが持っていると、ぞっとしてしまう。





さて、長い記憶の思い出話は置いておいて。


今、地下高校の校舎は真っ暗だ。

光が一切入ってこない校舎であるため、その闇は恐ろしいほど深い。


「へぇ、こんな隠し技持ってたんだ?でも暗くしたって…」


篠川が余裕綽々でそう呟いた時、ゴン!という大きな音が家庭科室に響いた。この音が鳴り終わって、少ししてから俺は再び電気を付けた。




俺の目の前にいるのは、篠川。




彼の表情は、



恐怖に満ち溢れていた。




俺は手元を見る。そこにはあの重いボールを勢いよくぶつけたことより、破壊された小麦粉の袋の残骸があった。そして辺り一面は、小麦粉がびっしりと舞っている。

まさにこの光景は…。


「け、煙?!」


篠川が恐怖の表情を変えることなく、そう呟いた。

そう。篠川はこれが小麦粉だとは知らない。だから白い煙に思えるのだろう。


そして、これを見れば彼の嫌な思い出が蘇るはずだ。


第三高校で見た、隣の校舎から昇る煙を。


彼にとって恐怖に値する、毒を盛られたときのことを。



篠川は慌てて家庭科室から出ようと、俺に背を向けて走り出した。俺もその後を追い、家庭科室から出る。


「はあっ、はあっ…ったく、なんなんだよ」


機嫌の悪そうな声で篠川が呟いた。そんな篠川の背後にそっと近付いた俺は、家庭科室で手に入れた物を取り出した。


「ま、こういうことだ」


俺は隙だらけの篠川の右手首に、家庭科室に置いてあった細長い布を巻きつけ、強く結んだ。篠川がそれに気付いたのは、結び終わったすぐ後だった。


「な、なんだよ。これは」

「とある戦闘系の部活に所属している、変わり者の女子生徒が教えてくれた結び方だ。並大抵の抵抗じゃ取れない」

「いや、結び方じゃなくて。あの煙とこの布は……………もしかして、俺は騙された?」


篠川の問いに頷いて応えると、篠川の顔から恐怖感が消えた。次に呆れ、次に悔しがり、そして最後に笑顔になった。


「なんだ、騙されただけなのか、俺は」


その笑顔が、俺の良心に突き刺さる。謝罪の言葉が自然と口からでていた。


「悪かったな、篠川。お前のトラウマを利用して」


篠川が毒事件の被害者なら、あの時の白池先輩が起こした煙を毒だと思い込んでいてもおかしくはない。もし、あの煙と毒が関係ないと知っていても、煙みたいなものを見れば、あの時の記憶が蘇ると俺は踏んだ。


そして篠川が動揺した隙に、この布式手錠を付けようと考えた。



だが、人のトラウマを利用するというのは、相当な心労を味わうな…。



俺の謝罪に対して、篠川は声をあげて笑い出した。


「それはいいよ。俺たちだってトラウマの一つや二つ利用するし。それより…」


笑い声をぴたりと止めた篠川は、真剣な顔に戻る。


「なぜ、煙のこと…いや、毒の事を知っているんだ?」

「それはな」


俺はわざと一呼吸おいてから、少しだけ勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「情報部だからだ」



詳しいことは言えないため、俺はこの一言で全て済ませる。篠川は若干不満だったようだが、特に言及はされなかった。

その後、篠川は無言で右手首に巻かれた布をじっと見つめた。その布式手錠から長く延びた布は、俺がしっかりと握っている。


「奏寺くん、これで勝ったつもり?」

「ああ。あの凶器のボールは俺が持っているからな。俺はこれを投げれなくても、これで殴りかかることはできる」

「うわっ、ひでー」


篠川は何度も布式手錠を外そうとするが、すぐに断念していた。意外と飽き性なのか、諦めがいいのか。


「でも、俺は負けを認めないよ。正直、奏寺くんにそのボールで殴りかかられても、避ける自信あるし」

「…まあ、お前はそういう奴だよな」


俺は溜め息をついた。それを見た篠川が、得意の話術を始める。


「確かに今のはあの毒のことや、ここの特別教室のことを事細かに覚えていた、奏寺くんの記憶力が一枚上手だったけど?」

「そうだな。まあ、小麦粉があったのはラッキーだった」

「あれ小麦粉だったのかよ。でもどうせそれがなかったら、途中にあった理科室かなんかで煙っぽいものを調達…」


篠川はいきなり、流暢な喋りを止めた。そして不思議そうな顔で、こちらを見てくる。


「そういえば、奏寺くんって理科室はスルーしたよね?なんで?」

「ああ…」


俺は篠川から目をそらし、適切な言葉を探した。無意識に、そして瞬間的な判断を言葉にするのは難しい。


「理科室じゃ、もろに毒って感じだろ?」

「…は?」

「理科室みたいに薬品が揃っている場所であれを再現したら、お前が恐怖のストレスで倒れるんじゃないかと、思った」


俺の説明を聞いた篠川は、ぽかんと口を開けていた。その後数秒間、篠川の姿勢は変わらなかったが、ついに口を動かす。


「俺の負けだ」


そう言いながら、篠川は勢いよく廊下に座り込んで、頭を抱える。ついでに溜め息も聞こえた気がするが。


「お前、何言ってんだ?」

「だから、奏寺くんの勝ちだって言ってんの。…敵にそんな情けをかけられたなんて、不覚だ」

「…全く意味が分からないんだが」


投げやりになる篠川に、俺は冷ややかな返答をする。まあ、勝てたことは良いとしてもだ。篠川だけじゃないが、こいつら含めてこの土地にいる奴って自由すぎないか?!


俺の心を読んだかのように、篠川がくすりと笑った。


「気分次第っていう自由気ままなことじゃねーって。プライドの問題!俺的な勝利の条件は、相手に多大なる屈辱、もしくは絶望を与えることだし」

「お前、性格悪いな…」


まあ、こいつの言うことは鵜呑みに出来ないが。

俺は散らかった家庭科室を横目で見ながら、一応再確認をとった。


「とりあえず、俺の勝ちでいいんだな?」


その問いに、篠川は深く頷いた。


「良いって。ま、どうせあっちは光時が勝ってくれるだろうし」

「それはどうだか。というか咲宮が勝ったらどうなるんだよ」

「光時と奏寺くんが戦うしかないしょ」


なんだと?


「咲宮は無理だ…」


心の中で希月を激励しながら、俺は先ほど家庭科室から拝借したハサミで、篠川の布式手錠を切った。当然篠川は驚く。


「ちょ…奏寺くん!手錠とっていいの?!」

「だって、俺の勝ちだろ?」

「そりゃそうだけどさ」


動揺している篠川を放って置いて、俺は希月達のいる地下四階に向かう。その後を篠川がついてきているのが足音で分かった。


「なんでこっちくるんだよ?どっかいってろ」


俺が冷たく言い放つ。しかしすっかりいつもの調子に戻った篠川は、ふざけた口調で話し出した。


「ここまできたら、古代宝が何か気になんじゃん。情報部が戦ってまで手に入れようとしたものなんて、さ」

「…これまでの時間を無かったことにする気かよ」


時計を見ると、希月と離れてから八分ほどしかたっていなかった。意外と篠川との戦いに時間はかからなかったらしい。


篠川を無視して再び歩き出すと、篠川は俺の横に並んできた。


「な、いいだろ?広報はしないし、誰にも言わないから」

「信じられるか」

「ほんとほんと。皆にお知らせすることを職にしている人間は、意外と口堅いんだって」


悔しいことに、俺には篠川を追い払う『力』はないだろう。本当に厄介な奴だな。


「…篠川、お前はこの土地は好きか?」

「なにさ、いきなり」


篠川が不審なものを見る目をこちらに向けた。俺はそれに構わず、真っ直ぐ前を見る。


「正直に答えろ」

「はいはい。そーだな…イラつく人間は多いけど、この土地自体は嫌いじゃない。俺みたいなのでも過ごしやすいし」


後ろで手を組みながら、篠川は彼らしい意見を述べた。


まあ、そういうことなら…。


「古代宝、見つかったら見せてやるよ」

「おお?いいんだ?」


篠川はやや驚き気味で足を止めた。俺は静かに頷いた後、篠川の顔の前に手をつき出し、二本だけ指を立てた。


「その代わり、条件が二つある」

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