情報部員の広報
階段を上がり、俺は地下二階に到着した。ここにあるのは図書室と家庭科室。まずは近くにある図書室に逃げ込んだ。
「うわっ」
思わず、声が出てしまった。
図書室には、本棚と本がぎゅうぎゅう詰めに置かれていた。木製の本棚の背丈は天井にまで届いており、その本棚にもぎっしりと本が入れられている。そこまでならまだいいのだが、ここの本棚の配置は滅茶苦茶になっていた。本棚の向きさえも揃っておらず、秩序がない。まるで迷路だ。
俺は困惑気味に足を進める。地面から天井まである本棚に方向感覚を奪われながらも、進路が大量にある本棚の道を適当に進んでいく。不安を抱きながら辿り着いた場所は行き止まりだった。
回れ右をして戻ろうとした時、図書室の扉が開く音と共に、篠川の声が聞こえてくる。
「へぇ…凄い図書室だね。迷路か、って」
やや面白そうに言った篠川は、その後一切しゃべらなかった。
それに俺は、とある危機を感じる。
…篠川に出くわして、逃げた先が行き止まりだったら…俺、終わりだな。
用心しながら今来た道を戻る。天井まで本棚が伸びてしまうと、ここまで方向音痴になってしまうとは、と思いながら。
分岐点を何度か経由し、行き止まりにあいながらも篠川に会うことはなかった。なんとか図書室から出て、迷い中の篠川から逃げようと考えたときに、ふと目の前の本棚に目がいった。
あれ?
この部屋にある本棚には、本が敷き詰められるように入れられている。それなのに、今目の前にある本棚は空っぽだった。
不思議に思い、よく本棚を見てみると、一番下の段から一冊の薄い本が見つかった。ずっと抱えていた小麦粉の袋を地面に置き、俺はその本を手に取る。古くなり色褪せている茶色の薄い本の表紙には『庶務連絡』と書かれていた。
なんでそんなもんが図書室なんかに…。
疑問に思いながらも、中を見てみた。そこには『晃城冬地』という名前が書かれている。
…晃城冬地?!って地下高校の生徒会長の名前じゃ…?!って、古代宝書いた人じゃん。
ということは、これが古代宝?いや。中を見る限り、生徒会役員が晃城冬地に対する連絡事項を書き記したものだから、古代宝ではないか。
俺はひとりで、浮かれたり落ち着いたりしていた。そういえば広報部のせいで忘れてたけど、俺たちの当初の目的は古代宝なんだよな。最初は希月が探そうって言って、霧丘も同じこと言い出して。それで集まろうってことになって…………。
割と最近の思い出を思い出しながら、俺は庶務連絡の本を閉じ、本棚にしまおうとした。しかし、その手が途中でぴたりと止まり、思わず本を開いていた。
『晃城冬地』
…名前を耳で聞いた時は、何にも気付かなかったが、コイツは、もしかして…。
もしかして。その答えが、すぐそばにある疑問に触れようとした時、近くから篠川の声が聞こえてきた。
「広いね。うん、面倒くさくなっちゃった」
その声と同時に、何かが倒れる音と、本が床に叩きつけられる音が響いた。その音はだんだん近付いてくる。
俺は危険を感じ、庶務連絡の本を置いてその場をすぐに離れたが、遅かったようだ。
他の本棚とは違い、俺の目の前にあった本棚には本がなかった。そんなことを知る由もない篠川は、俺がいた反対側の方から、その軽い本棚を勢い良く殴ったに違いない。
本棚はこちらに向かい、コンクリートの床を少し滑ったあとに、俺を巻き込んで倒れ込んだ。
「いってぇ…」
正直、俺に向かって倒れた本棚より、剥き出しのコンクリートに体を打ち当てた方がより痛い。頭がコンクリートに頭突きをするようなことは防げたのが、せめてもの救いかもしれない。
こちらに走って近付いてくる篠川は、さすがに心配そうにしていた。
「奏寺くん、…生きてる?」
「なんとかな。っつーか殺人未遂だろ、これ」
「ごめんごめん」
俺が無事だとわかると、篠川はまたふざけたような笑顔に戻った。俺は篠川に呆れながらも、自分の上にある本棚を腕で押しどける。
「なあ篠川、俺たちの勝敗ってどう決めるんだよ?」
「難しいところだよなー。光時たちならきっぱり決められるんだろうが、俺たちはな…。やっぱ、『負けた』って認めるか『気絶』した方の負けじゃん?」
篠川の提案に、俺は渋い顔をする。
「やっぱり俺のが不利だよな」
「しょうがないっしょ」
篠川はあっさりとそう言い切ると、手に持ったボールを投げる姿勢になった。
慌ててすぐそばにある空の本棚を篠川に向けて、ちゃぶ台返しのようにして投げつける。
さすがにこちらも攻撃しなければ、逃げることすら出来なくなる。
もちろん篠川は本棚を軽々と避けた。俺は必死に走り、やっとの思いで迷路を抜け、図書室を出て扉を閉める。
「やっと、ここについたか…」
廊下を少し歩いて、地下高校に来て初めて見た特別教室である『家庭科室』の目の前についた。…うん、よかった。
安堵した俺が家庭科室の扉を開けたとき、背中に重いものかぶつかる。その衝撃で、俺は家庭科室に投げ入れられたように、飛ばされて倒れた。痛みに耐えていると、後ろから篠川の声がした。
「油断するなって奏寺くん。部活柄、気配消すのは上手いに決まってんじゃん」
やべ、これ、洒落にならないくらい痛い。背骨に直撃していたら、絶対に動けなくなっていた。それでも立ち上がることはできたので、俺は篠川に問いかける。
「お前、さっきから得意の話術を使わないな」
篠川はきょとんとしていた。恐らく、俺がこのようなことを言い出すなんて、全く思ってもいなかったのだろう。だが篠川はすぐにいつもの表情に戻った。
「まーね。俺の勝率的にさ、奏寺くんには話術より、戦術の方がいいでしょ?」
「ああ。戦術の経験なんてないしな。だが…お前も油断したんじゃないか?」
家庭科室に入ってきた篠川と俺は睨み合う。そして、俺は篠川との鬼ごっこを始めてから、初めて顔に笑みを浮かべた。
「俺がお前に勝てること。それは、なんだ?」
「へー?なに?」
意味深にそういった後、俺は家庭科室のドアが開いていること。そして俺の背中に命中したボールが、篠川の足元に転がっていることを確認した。
「記憶力だ」
低い声で告げると、俺は篠川に背中を向けるかたちで家庭科室の奥に走り込んだ。そこで壁側に置かれた棚に手を伸ばし、あるものを掴んだ。
「だから背中を向けたら…」
嬉しそうな、呆れたような篠川の声と共に、またボールが放られた。俺がそのボールを勘で避けると、ボールは壁にぶつかり、床に落ちた。
「さて、と」
俺はそのボールを拾い上げる。予想を超えるボールの重さに、少し驚いた。これを放り投げることは、俺には不可能だろう。
「篠川、このボール借りるから」
「うーん、困るけど。でも奏寺くんがそれを扱えるわけ?そのボールの重さだと、下手に投げると肩を壊すよ」
困るけど。そういう割に篠川の表情は全く変わらない。俺にはこのボールは投げれないという確信があるのだろう。
俺は心の中で苦い顔をして、篠川から見えない位置に、先ほど掴んだものと調理室で得た小麦粉の袋を置いた。
そして俺は深呼吸するかのように、息を目一杯吸い込む。それから、その空気を全力で使い切るかのように叫んだ。
「希月ーーー!!消すぞ!!」
この人生の中で、一番大きな声だったんじゃないか、というくらい俺は叫んだ。頭がくらくらする。
いきなりの大声に、篠川は驚いていた。
「消すって?何かの宣言?」
「ああ」
俺はポケットに手を入れる。そしてそこから、地下高校に入ったときに一島和飛から貰った電気スイッチを取り出した。
「宣言でも正解だが、広報でも有りかもな」
そう言った後、俺は電気スイッチを押す。すると辺りの電気は一斉に消え、地下高校は再び暗闇に包まれた。




